主戦場目指し移動を始めてから暫く経ち、視界を遮っていた山を越えた辺りでようやく目的地が見えてきた。
しかしそれは必ずしも良い事ではなかったのだ……眼前に広がっていたのは巨大な樹に蹴散らされている連合の忍達。
カツユから報告されてはいたが、聞くのと見るのとではその衝撃は大きく違っていた。
神樹と呼ばれる巨木の根が触手のように蠢き、触れた者のチャクラを根こそぎ奪い取っていく光景はパニックホラーの一幕の様で現実感がない。
されどコレは現実以外の何物でもなく、現に五影は驚きを顔に出す事もなく如何に動けばこの状況を打破出来るか話し合いを始めていた。
その会話に入っていけない理由は、自身の動揺もあるが一番の理由は俺がある程度戦力になることを綱手が言わないでいてくれているからである。
五影に伝えられた俺の素性はあくまで医療忍者の一人に過ぎない……それ故に最前線で神樹とガチンコバトルを繰り広げる気満々の話し合いに参加できるはずもなかった。
しかし俺とてこの世界の住人の一人、この状況下で果報を寝て待つような事が出来るはずもなく、俺は綱手を助けに行った時点である程度覚悟を決めてきている。
前線で戦う……というよりも一人でも多くの人の命を守るという覚悟を。
勿論自分の命が最優先ではあるが、能力の効果範囲内の人位ならなんとかなるはずだ。
そう考えた俺が出来るだけ人の多い場所へと降り立つために戦場を観察していると、突然頭の中に直接語りかける声が聞こえてくる。
その声の持ち主は初代火影であるらしく、味方の穢土転生体として蘇ったのだとか。
他にも二~四代目火影も共にいるという情報もあり、現五影の表情に僅かながらの希望が窺えた。
心境の変化か、そのまま勢いで速度を上げて数分もしない内に戦場の真上まで到着し、五影は風影の砂から飛び降りる……ちなみに俺の乗っている砂だけは緩やかに少し離れた位置に下ろしてくれたので、目撃者ゼロとは言わないが其程注目されることもなかった。
ましてや今は敵前……それもチャクラを限界以上まで吸い取る化け物のような大樹が相手なのだ。
幾ら目立つ登場をしたところで此方に気を割く余裕なんぞないのである。
そんな緊張感漂う戦場に着いて俺が最初に行ったのは、シズネと連絡を取ること。
幸いカツユの分体の一つを持っていたらしく、すぐに連絡を取ることができた……繋いですぐに綱手を助けたことに対しての礼と、あまり無茶をしないでほしいという軽い説教のようなものを受けたが、声色から俺に対する心配が感じ取れたので申し訳ないと思う気持ちが湧く。
ましてや手が空いていたとは言え、持ち場を離れて独断専行に近い形で綱手の元へ向かった訳なのだからシズネに掛けた心配たるや如何ほどのものだっただろうか。
状況が状況だけにこの場においては短時間の説教で済んだ訳だが、流石にそれで「はい、お終い」という訳にはいかない……落ち着いたら今回の件は一度謝りに行かないと駄目だろう。
シズネは根に持つタイプではないけれど、放っておくとトントンが体当たりと共に抗議してくるのだ……あの忍豚の狙い澄ましたかのように弁慶の泣き所を打ち抜くチャージは、思わずしゃがみ込む位のダメージがある。
閑話休題、彼女は言いたい事を手早く言い終えると、次に俺へ此方に合流してくれという指示を寄越す。
シズネのいる医療部隊も現在はこの戦場の後方部にいるらしく、そこには綱手もいるらしい。
明確にどう動くかというビジョンを持っていなかった俺にとってある意味渡りに船に近いその提案に乗り、すぐに後方支援部隊のいる場所まで下がった。
負傷で下がる忍達に代わって決死の覚悟で終わりの見えない戦いへ踏み出す仲間達……すれ違う彼らの無事を祈りつつシズネの元へひた走る。
さほど離れていた訳でもなかったので数分もしない内に到着した其処は、大樹から其程離れていない位置にあるが故に時折木の根がすぐ近くで新たな怪我人を作り出す。
治しては別の怪我人が増え、治しては新たな怪我人が……まるで鼬ごっこのような現場に息を呑む。
そんな中一際激しい戦闘音を響かせている一角があった。
巨大な根がへし折れ、酷い怪我の者が優先的に其処へと運ばれていく。
一目で其処に誰がいるかわかる暴れっぷりである……触れられればチャクラが奪われるならば地面ごと吹き飛ばしてしまえとばかりに攻撃する綱手の姿はかなり際立っていた。
患者が彼処に集められていることから恐らく彼処にシズネもいるだろうと考え、強化された身体能力をフルに使って目標地点へと走る。
足を着いた場所の土がめくれ上がり、音を置き去りにする勢いで接近する俺を見て、一瞬新たな敵かと綱手が殴りかかろうとしてきたが、横から何処か見覚えのあるお爺さんが土遁で壁を作って止める。
安堵の溜息を吐きながら三年前に息を引き取ったはずの老人に一言礼を言おうとするが、その前に相手の方から声を掛けられた。
「お主もようやく自らを偽らずに生きられるようになったんじゃな……ヨミトよ」
「そういう訳じゃ「本瓜……なのか?」……なんで此処にユギトちゃんが?」
「私は怪我人を運んできたんだよ……ってそんなことよりアンタ、私の呼び方といい、身体に染みつく匂いといい、本当にあの本瓜なんだね?
何でそんなに若々しい姿なのかとか、暁に襲われた時に私を助けたのはアンタなのかとか聞きたい事は沢山あるけど、今は時間もないから一つだけ聞くよ。
本瓜……アンタは味方でいいんだよな?」
綱手がそれに「当たり前だ」と答えようとして、またしても三代目に「お主が訊かれた訳じゃあるまい、いいから黙っておけ」と止められている中、ユギトは瞬きすらせず、周囲の戦闘音すら聞こえていないとばかりに俺の顔から目を離さない。
虚偽は許さないと瞳で語りつつ、その奥では微かに揺れ動く感情が感じ取れる。
初めて会った時から姿を偽られていた事に対する怒り、今までの関係が上っ面だけだったのではないかという疑惑、命を救われたことに対する感謝……様々な感情が入り乱れ、すぐには整理しきれないというのが本音なのだろう。
色々と気を揉ませて申し訳なく思いつつ、彼女の問いに対して答えを返す。
「勿論だよ、俺は敵じゃない……神に誓ったっていい」
「神なんて胡散臭いものに誓われるよりも、アンタの店に誓われた方が信用できるね…… まぁいいさ、今は信じといてあげるよ。
でもこの大戦が終わったら話を訊かせて貰うからね」
彼女はそう言って少し拗ねたようにそっぽを向き、火遁系の術で近くに来ていた根を焼く。
蒼い人魂のような火球が不規則な軌道を描き、着弾と同時に燃え広がるその術は今まで見たどの火遁よりも美しかった。
少しだけその光景に魅せられながら、彼女へ返答する。
「あぁ、餡蜜でも用意して待ってるよ」
「……話は終わったか二尾の人柱力? じゃあ次は私の番だな。
私の用件は単純に今から何をして貰いたいか伝えるためだ」
「この部隊に合流させたって事は治療を手伝えば良いんじゃないのかい?」
「いや、それは本職の医療忍者達に任せてくれればいい……ヨミトに頼みたいのはこの防衛ラインを守るのを手伝って欲しいという事だ。
カツユからお前の力についての話は少しだけ聞いている。
光で出来た特殊な結界忍術のような物を使えるらしいが、その強度と効果範囲、それと持続時間、発動条件を詳しく教えてくれ」
綱手が言っているのは恐らく‘光の護封剣’の事だろう。
過去にカツユに見られたことがある中で該当するのはそれ位だ。
しかしあれは効果時間が短いので、この状況下においてはあまり適した選択とは言えないだろう……だからこそ俺は、自身にとってそれなりにリスキーだが、効果時間と範囲の広い別のものを使うつもりだった。
捧げた生命力の大きさと比例して強度を増す神秘の防壁‘光の護封壁’を。