忍者の世界で生き残る   作:アヤカシ

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雨雲 その4

 三人が店を出ていって二年程が経った……偶に遊びには来るが、今は暁という名の組織の運営が忙しいらしく、最後に三人に会ったのは三ヶ月程前の事だ。

 弥彦をリーダーとした組織は各地で目覚ましい評価を受け、今では中々名の売れた忍集団らしい。

 極力武力に訴えないという理念は民衆の受けも良く、賛同者も増えてきているのだとか……その事が誇らしくもあり、少し寂しくもある。

 寂しくなると言えば、三人が店の手伝いを出来なくなってから三人目当てだった客がめっきりと来なくなった。

 小南に積極的ではないアピールを続けていた青年も、弥彦と駄弁りに来ていた少年も、長門を構いに来ていたおばちゃん……は今でも来るけど、すっかり三人の来る前の閑散とした店内に逆戻りだ。

 そんな静けさに包まれた店内に客が来たことを知らせるベルの音が響き渡る。

 入ってきたのは暗部面を着けた男性が五人、彼は商品に見向きもせずに真っ直ぐ俺のいるカウンターへと近寄り、俺の50cm手前程で立ち止まった。

 

 

「本瓜ヨミトだな?」

「そうですけど……何かご入り用ですか?」

「半蔵様の(めい)で連行する」

「ちょっと! 何をするんですか!?」

 

 

 突然二人がカウンターを乗り越え俺の腕を拘束して後ろ手に縛り、一番ガタイの良い奴が俺を小脇に抱えたまま外に出る。

 抗議しようにも猿轡を噛まされているため声にならず、周囲に四人が控えている上に此処で暴れれば反逆者として里に居られなくなる……最悪の場合は命を優先して交戦もやもえないが、一先ずは何が目的で俺を攫うのか里長の真意を知るため大人しくしている事にした。

 里長の半蔵に関して自分が知っている事は少ないが、近年あまり良い噂が流れていないので多分碌な事じゃないと思うんだが、一縷の望みを掛けて穏便に済めばいいなぁと願いながら、腹部への圧迫感を我慢しつつ運ばれていく。

 どれ位の時間が経っただろう……大雨の降る中で辺りは草一つ生えない岩肌ばかり、着の身着のまま連れ出された俺の体温は徐々に奪われ、うっすら感じる俺を抱える男の体温が鮮明に感じられて微妙に気持ち悪い(せめて女性であって欲しかった)。

 あとどれだけこの苦行が続くのかなぁと考えていると、ようやく一際大きく跳躍してから立ち止まり、俺を地面に投げ捨てて五人は一人の男に跪く。

 

 

「半蔵様の命令通り本瓜ヨミトを確保して参りました」

「うむ、ご苦労だった……さて後は彼奴らを待つだけか。

 理想を語るばかりの小僧共が」

 

 

 顔の下半分を覆うガスマスクの様なものを着けている半蔵はチラリと此方を一瞥して、何も言わずに正面へと向き直り腕を組みながら何かを待っている。

 周りには百人近い忍が控えており、まるで今から戦争をするかの様な緊張感を醸し出していた。

 私語一つ無く、聞こえてくるのは激しく降る雨の音だけ。

 しかしその静寂を破る何処か聞き覚えのある声が辺りに響き渡る。

 

 

「半蔵、アンタの言うとおり三人で来た! だからヨミトさんを解放しろ!」

「馬鹿者が、三人で来るのは交渉を行うための前段階に過ぎんわ。

 これから出す条件に同意すればこの男は無傷で帰そう」

 

 

 此処まで俺を運んできた男が今度は俺の襟を掴んで、半蔵の横まで運ぶ。

 どうやら此処は高さ20m程の崖の上らしく、殺風景ではあるが大分遠くまで見渡せるため、恐らく不意打ち対策でこの場所を選んだのだろう。

 先程声を上げていた聞き覚えのある声の持ち主は崖下に居た……弥彦だ。

 その横には長門と小南もいる……弥彦は悔しそうな表情で半蔵を睨み付け、二人は申し訳なさそうな表情で此方を見上げていた。

 

 

「……条件は何だ」

「簡単な事だ、お前が自害すればいい。

 覚悟が決まらないんなら横に居る奴らに手伝って貰っても構わんぞ?」

「な?!」「そんなこと出来る訳が……」

「別にこの条件を受けなくても構わんぞ?

 ただこの男は死ぬ……その後は単純にお前らの組織と雨隠れの里との総力戦になるだけだ。

 あぁそうだ、別れの言葉位は紡がせてやろう……お前達にとって此奴は親代わりの様な者だろうからな」

 

 

 半蔵がハンドサインで指示を出すと俺を拘束している男が猿轡を取り払う。

 長く着けられていた所為か顎が気怠いが、そうも言っていられない。

 どう考えても俺が三人の足を引っ張ってしまっている……ようやく夢に向かって本格的に動き始めた三人の邪魔になる位であれば、俺は……今までの平穏な人生を捨てよう。

 死にたくはないし、俺を助ける為に弥彦の命が犠牲になるのも認められない。

 だから此処で半蔵を仕留めて雲隠れしよう。

 覚悟を決めてしまえば後は実行するだけ、まずは三人に伝えないと。

 

 

「三人共俺を助けるためにこんな危険な橋を渡らせてごめんな……でも俺は大丈夫だから。

 仲間の所に戻りな、リーダーがいなくなっちゃ組織が空中分解しちゃうかもしれないだろ?」

「ほぅ自己犠牲の精神か……奴らの所為で殺されようとしているにも関わらず逆に奴らの身を案ずるとは面白い奴だな」

「ヨミトさん……」「ヨミトさんを見捨てるなんて出来るはずが……」「弥彦もヨミトさんも僕達にとって大切な人なんだ……そんなの選べない」

「大丈夫だよ……俺は死なない。 雨隠れには居られなくなるけど死ぬ訳じゃ無いさ」

「何を言っている? もしや一介の商売人如きがこの死地から生きて帰れるとでも思っているのか?

 そんな荒唐無稽な夢は寝てから見るものだ」

 

 

 そう言って半蔵は鼻で笑い、自身の大きな鎖鎌の様な武器を手に取った。

 恐らく何時でも俺の事を切れるという事を三人にアピールして選択を促しているのだろう……ただし刃は弥彦達の方を向いているため、警戒がメインなのかもしれないが。

 何にせよ今半蔵の意識は全てが俺に向けられている訳ではない……ならば攻撃まで若干のラグがあるだろう。

 故に俺は此処で最初の勝負に出る。

 

 

「魔法発動‘ファイティング・スピリッツ’、続けて‘地割れ’、‘デーモンの斧’」

 

 

 日頃二つの罠(一つは対多人数反撃用、一つは逃走用)を伏せていたために俺自身の力が範囲内で俺個人を敵視している相手の数に比例して上昇し、尚かつ効果を失う代わりに一度限り攻撃を防いでくれるという多人数戦において効果が高い装備魔法の発動と共に拘束を力尽くで引き千切り、ほぼ誤差無く同時に発動した残り三つの効果が忍達を混乱させた。

 前触れ無く地面が割れて回避が間に合わなかった忍が四人程が消え、突然の現象に驚きつつも此方に攻撃してきた半蔵の刃を中空に現れた身の丈程もある禍々しい斧で受け止める。

 半蔵は己が攻撃を防がれるとは微塵も思っていなかったのか、続けて攻撃することなく一度舌打ちして大きくバックステップをして此方を睨み付けている。

 しかし状況について行けていないのは弥彦達も同じで、驚きで眼を見開いているのが視界に入っていた。

 

 

「貴様……忍だったのか?」

「俺はただの商売人だよ……少しだけ特殊な力を持っているけどね」

「巫山戯おって! 交渉が決裂した以上やることは変わらん、四人とも殺してしまえ!」

 

 

 こうして四人対約百人という数の上で見れば勝ち目のない戦いが幕を開ける。

 


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