忍者の世界で生き残る   作:アヤカシ

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雨雲 その6

 俺の宣言を聞いた半蔵の顔は半分以上隠れていたものの、「何を言ってるんだ此奴?」という訝しげな表情だった。

 しかしその顔をしていられたのも戦闘が再開する前までだ……半蔵のハンドサインと共に波状攻撃を仕掛けんとする敵の一人の刀が俺の身に迫る。

 

 

「伏せを警戒せずに攻撃しかけるなんて剛気だね……だが今回に限ってはその選択は失敗だよ里長殿。

 この人数相手に使うのは初めてだけど、威力自体は折り紙付きだ。

 安心して味わってくれ……罠‘聖なるバリア-ミラーフォース-’」

 

 

 振り下ろされた刀が俺の目の前に突如現れた白く輝くドーム状の壁に当たると、当たった箇所が強く発光し其処から放射状に朱いレーザーが放たれた。

 ミラーフォースは相手の攻撃表示モンスターを全て破壊するという最初期から現在まで通用する強い罠カード。

 この世界で発動した場合、攻撃表示というものが曖昧な上に範囲の問題から文字通り敵全てどうにかするという効果にはなり得ないのだが、それでも少なくない数の敵を朱い閃光が貫く。

 高出力のエネルギーによって出来た傷から血が流れることは無かったが、衝撃によって逆流した血液が脳や心臓に多大な負担を掛けたためにそれに当たった人間の殆どは苦しむことなく黄泉路へと旅立った。

 今の一件で敵の数は半数以下へと減じ、流石に忍達の表情に驚きや怯えが混ざり始めていたが、半蔵がいち早く我に返って指示を飛ばす。

 

 

「なんだ今のは……結界忍術に攻撃性を持たせた様な術だったが、血継限界の類か?

 なんにせよあれ程の術であれば続けて何度も使用できる者ではあるまい。

 者共、再度今の術を発動される前に畳み掛けろ!」

「流石良い読みをする……確かにさっきのを今すぐ使う事は出来ないし、使える回数にも限度がある。

 でもあれで俺の手が無くなったと思ったら大間違いだよ……魔法‘光の護封剣’」

 

 

 宣言と共に範囲内の敵集団を取り囲む様に光で出来た剣群が現れ、隣り合う剣の間に見えない結界が張られる。

 この結界は内側からの物理的な衝撃を受け付けず、術などの超常的な力はほぼ素通りするという足止めには丁度良い効果を持つもの。

 普段であれば効果時間中に逃走するという手を取るのだが、今回は殲滅が目的……故にここで追撃を行う。

 結界の性質を理解した敵達が俺目掛けて様々な術を放ってくるのを躱しながら、連続して魔法を発動していく。

 

 

「‘サンダー・ショート’‘昼夜の大火事’‘デス・メテオ’」

 

 

 逃げ場のない結界内に次々と現れる黄緑色の雷球に一人、また一人と飲み込まれ感電していく中で雷遁や土遁の才を持つものが前面に立って防ごうとしている。

 しかし彼らを襲うのはそれだけではない。

 次に襲いかかるのは轟音と共に広がる巨大な火柱……まるで彼らを包み込む様に外から内へと狭まる炎の壁。

 先程感電し、動けなくなった者が苦痛の呻き声を上げながら炭化していき、入れ替わる様に今度は火遁と水遁使いが炎を食い止めんとチャクラを振り絞って術を発動していく。

 進行が僅かながら遅くなり、彼らの表情に少しだけ希望が浮かび始めた頃にそれはやってくる。

 上空から墜ちてくる赤黒い何か……中心に黒い何かを内包している火を纏ったそれは彼らの表情を再び絶望へと変えるだけのインパクトがあった。

 ‘デス・メテオ’……死の流星という意味を持つこの魔法はバーン系魔法の中でも大きなダメージを与える効果を持ち、尚かつ発動にデメリットが存在しない良いカード。

 ただしこの魔法は市街地では決して使えない代物故に使いどころが限られる……その理由は今目の前の惨状を見れば明らかだ。

 

 

 速度自体は実際の流星に比べると遅いのだが、20mを超える岩が禍々しく燃えながら降ってきたのだ。

 衝撃で地面は捲れ上がり、直撃した部分は熱でガラス化し、結界内に閉じ込められていた殆どの者達は潰れて焼けて灰になって風に散らされ痕跡も残さずに消えた。

 其処にいる者の殆どを圧殺したそれが音もなく消えると、完全に炭化した黒い塊だけがその場に残った。

 岩が消えると同じくして護封剣の効果も切れ、もう敵もいないだろうと俺はその場を後にしようと背を向けると、背後から風切り音が聞こえて何かが弾ける音と共にすっかり弱まっていた‘ファイティング・スピリット’の恩恵が消滅する。

 消える際に起こった衝撃によって弾かれたそれは勢いそのままに持ち主の元へと戻り、主を囲む炭を切り払った。

 中から出てきたのは半蔵を含んだ六人、六人中五人は何かの印を結んだ恰好のまま膝をついて息も絶え絶えだが半蔵だけは射殺さんとばかりに殺気の篭もった視線を此方に向けている。

 

 

「正直驚きを隠せない、あの三つを食らって尚生き残るなんて……」

「ギリギリだったがな……おかげで此方の手勢はほぼ壊滅だ。

 俺は貴様のことを随分と見誤っていた……有象無象に任せようとした俺が間違いだったのだ。

 もう巻き込む兵も居ない事だ、此方も形振り構うのはもう止めるとしよう。

 ご苦労だったな、お前らも巻き込まれたくなければ下がっていろ……口寄せの術!」

 

 

 白煙と共に現れたのは巨大な山椒魚……半蔵の二つ名にもなっているそれだった。

 よく見れば愛嬌のある顔をしているそれは出てくるとほぼ同時に、口から紫色の煙を噴出する。

 煙幕に紛れて奇襲するつもりかと考えた俺は迎え撃とうと斧を構えるが、煙に飛び込んだ鳥がすぐに地面に落下して泡を吹いているのを見て考えを変え、急いで距離を取る。

 

 

「毒を吐く山椒魚なんて聞いたこと無いぞ!?」

「イブセは普通じゃないからな……そして俺もな」

 

 

 毒煙の中から今までずっと着けていたマスクを外し、素顔が露わになった半蔵が話しかけてくる。

 何故このタイミングで素顔を晒したのかは分からないが、なにやら毒が効いている様子もないし俺にとって良い状況になることはないだろう。

 どんどん此方へ煙が向かってくる……そして追い打ちとばかりに半蔵が煙の効果範囲の両端に向かって起爆札を投げたことで、爆風に乗じて一気に煙が広がった。

 

 

「このままだと不味い……全部処理できるかは分からないけど取りあえずやっておくしかない! 魔法‘サイクロン’」

 

 

 発動と同時に毒煙の中心に一陣の風が吹き込む……風は渦を巻き、天高く登る龍の如き様相を成し、周囲に漂う紫煙を巻き込んで紫色の竜巻が肥大化していく。

 その過程で半蔵の居場所が明らかになったので、竜巻の風圧に足を取られている間に装備魔法‘魔導師の力’と速攻魔法‘突進’を発動した上で全力で踏み込み、斧で腹部を横に一線……その身体を両断した。

 斧を振り切った俺はこれで一先ず終わったと少しの安堵を感じたが、宙を舞う半蔵の上半身から先程山椒魚が吐き出していた紫煙よりも濃い色の煙が吹き出している事に気付き、思考が停止する。

 そのまま地面に落ちた上半身だけの半蔵は自分の死を確信し既に覚悟を決めたのか、痛みに脂汗を流しながらも不敵に笑い俺に言葉を投げ掛けてくる。

 

 

「ま……さか……この俺がこんなとこ……ろで死ぬとはな…………しかし一人では……行かんぞ。

貴様も……道連れだ!」

「糞、体内に毒を仕込んでたのか?! 罠‘強制脱出装置’、魔法‘治療の神ディアン・ケト’!」

 

 

 半蔵との距離が近かったために、少し毒を吸い込んでしまい既に殆ど身体の自由が効かない中で、なんとかこれ以上の毒を摂取しない様に急速に距離を取ることが出来る罠を使用し、それと同時に優秀な回復効果を持つ魔法を発動させた。

 突如現れたシャルター状の脱出装置からバックパック一つ付いただけの状態で射出され、その横を後光がさす様な神々しさを醸し出す無駄に露出の高いふくよかな熟女が飛び、空中で治療と解毒を行う。

 ここで‘サイクロン’を使わなかったのは、距離が近すぎて自分が竜巻に巻き込まれる可能性が高かったためである……ただし治療の神で毒に対処できなければ、自身の身に‘サイクロン’を試すことになるのだが、それはあくまで次策なので今は考えないでおく。

 突然この世界に存在しないメカっぽい何か敵を天高く打ち上げ、それを同じく突然現れた女性が飛んで追いかけるというシュールで訳の分からない光景を目にした半蔵はもう言葉を発する力もないのか、酷く悔しそうな表情を浮かべながら静かに息を引き取った。

 


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