麗らかな昼下がりで優雅にお茶を啜りながら客のいない店のカウンターで読書をする俺。
今日も今日とて平和な日常……といけば良かったんだけど、今ここで展開する謎の修羅場を前にして平和とはとても言い難いよね。
「そもそもなんでそこに座ってんのよ先輩」
「昔からここは私の指定席ですよ後輩。
綱手様からこの椅子を受け継いだのは私ですから」
「へぇ……だけどここは本を買う店であって寛ぐ所じゃないんじゃない?」
「いいんです、この店にお客さんなんて滅多に来ないんですから」
「いや、最近はそうでも「「ヨミト(さん)は黙ってて!」」……俺の店なんだがなぁ」
先程からずっとこんな感じで、店を訪れたアンコがカウンターの内側で本を読んでいたシズネに話しかけたのが事の始まりだった。
最初は初対面だったこともあり会話もぎこちなかったが、次第に打ち解けて楽しそうに会話をしているのを見て、俺も和んでいたんだよ。
切っ掛けは小さな事だったんだ。
シズネがペットの豚を忍豚にしたいって言ったときに、アンコが「いや、豚は無理でしょ」って言い切った辺りから空気が変わった。
シズネとしては自分がこれからやろうとしていることを全否定されたわけだからイラッと来るのも分からなくないが、アンコとしても別段悪意があって言った訳じゃないから、何故彼女の機嫌が悪くなってしまったのか分からなかったんだ。
そこから少しずつ意見が食い違い、口調がヒートアップして口論に近い形になってしまった。
論点は多岐にわたり、三忍をどう思うかや好きな食べ物、俺のことや親のこと等、思いついたことを片っ端から議題に挙げている印象を受ける。
まさに子供の喧嘩っぽくて、俺にもあんな時あったなぁと少し感傷に浸ったりしていた訳だが、流石にこのまま放って置いたら店内で暴れ始めないとも言い切れないから一先ず仲裁に入ることにした。
一先ずこのままだと件の椅子が壊れてしまいそうなので、椅子をシズネの下から引っこ抜く。
「痛っ! 何するんですかヨミトさん!」
「ヨミトもこの椅子が私の指定席だと思ってるって事だろ!
さっすがヨミト、この分からず屋とは違うね」
「なんですって!?」
「なんだよ!」
「あ~……こほん。
あ、これは咳の音の‘こほん’と本の‘古本’を掛けたわけじゃないから勘違いしないように」
「「ヨミト(さん)五月蠅い!」」
「場を和めようとしただけだったのに……っとそんなことはさておき、そこら辺で止めておきなさい」
「「でもこの子が!」」
「忍者は感情的になっちゃ駄目なんじゃなかったかい?」
確かアカデミーの教科書にそんな一文があったはず。
二人の様子を見ると、どちらも納得していない様だが言い返してこない所から思い当たる何かがあったのだろう。
だが流石にこのまま二人を帰すと何時か一緒に任務を受けるかも知れないときに良くない影響を与えるかも知れない。
別に見ず知らずの人なら対して問題ないんだが、シズネとの付き合いは結構長いから多少宥めておくか……。
俺は手に持っていた椅子を置き、二人の頭に手を乗せる。
「いいかい二人共、君たちはまだ経験が無いだろうけど、大人になれば空気を読むという能力が必須になるんだ」
「空気って見えませんよ?」
シズネの言葉に同意するようにアンコが首を縦に振る。
あれ?この二人普通に仲良くない?
俺大げさに捉えすぎた?
ま、まぁ今話を止めるのもなんだから続けよう。
「俺が言っている空気は場の空気……要するに雰囲気のことだよ。
交渉とかをするときに空気を読まない発言をすれば相手に悪い印象を与えて、良い結果を得られないことがある」
「それは何となく分かるけど、それが私たちになんの関係があるっていうのよ」
「空気を読むって事は譲り合いの精神を忘れない事も必要になるから言っているんだよ。
さっきまで君たちが話していた内容はどちらも一方的に相手に自分の意見をぶつけるだけで相手の事を理解しようとしていなかっただろう?」
「そんなこと……」「……」
「確かに自分の意見を通すのも大事な事だ。
だが全て自分の意志を押し通すとなると話は変わってくる。
それは独りよがりで自己中心的な良くない考え方だよ。
お互い譲れるところは譲り、相手を認め、理解しようと努力する。
これが人間関係を深めるコツだと俺は思うんだけど……どうかな?」
俺の言葉を聞いて二人はそれぞれ違う反応を示す。
シズネは一度目を閉じて深呼吸し、俺の視線を正面から受け止めた。
アンコはそっぽを向いて、視線だけ俺とシズネを交互に行き来させる。
「そう……ですね、確かに熱くなりすぎていた部分もあったかもしれません。
ごめんねアンコちゃん」
「あ、アタシは謝らないわよ!?」
「はぁ……アンコちゃん、ちょっとこっちへ」
俺は頑固者の首根っこを掴み本棚の影へと移動する。
そして必死に手から逃れようとする少女の耳に一つの可能性を示唆した。
「今を逃すとタイミングを逃してしまうよ?
そうなれば君の内心に大なり小なりしこりが出来てしまうし、シズネちゃんも怒りはしないだろうけど、さっきの様に和気藹々とした会話を楽しむことは出来なくなってしまうかも知れない。
ましてや君たちはいずれ危険な任務につくかも知れない忍者……何かあってからじゃ遅いんだ。
アンコちゃんはそれでいいのかい?」
「それは……嫌」
「ならどうすればいいか分かるだろう?」
彼女が小さく首を縦に振るのを確認してから手を離し、軽く背中を押してやる。
するとつんのめるように前に出てシズネの前に出た。
シズネは目の前でもじもじしているアンコを見て、何となく今から何が起こるのか察したらしく苦笑している。
俺もその姿を見てとても微笑ましい気分になった。
そして遂に少女が口を開く。
「あの……ごめん。
さっきは少し言い過ぎた……かも」
「ううん、いいの。 私こそお姉さんなのに大人げなかったですし」
「な、なら仲直りしてくれる?」
「もちろんですよ! 今度一緒にさっき言ってたお団子の美味しいお店に行きましょうね」
「うん! あ、そう言えば今期間限定で玄米団子っていうのやってるお店があるからそこにも行ってみようよ!」
「やった、私玄米好きなんですよ!」
ふぅ……これにて一件落着だな。
小さい頃ってちょっとした切っ掛けで仲の良い友達が出来たり、逆に仲が悪くなったりするからちょっとだけ心配だったけど無事に仲良くなってくれて良かった。
それにしても何でアンコは大蛇丸を尊敬してるんだ?
シズネが綱手を尊敬してるのは身近な存在であると同時に、優れた医療忍者で多くの命を助けたからなんだろうけど……三忍の中で大蛇丸の印象は冷酷という印象が強い。
彼は味方にすれば心強いが、何を考えているのか分からないところがあるから他の二人に比べて人気がない。
忍者としてはそれが正しいのかも知れないけど、俺としては将来的に彼がとんでもないことしでかすのを知っているから、アンコに話を振られたときも答えをぼかしてしまった。
もし彼女が大蛇丸に師事するようになったなら……暫く様子を見て、いざという時は色々とバレないように動くことも考えておこう。