攻撃力・防御力共に異常な強化を施された俺の身体能力はまさに化け物と言えるだろう。
男が先程の様に……いや先程よりも遙かに速く、今度は切っ先ではなく斬撃を飛ばして来たが、今の俺はそれを余裕を持って躱すことが出来る。
その斬撃が連続して飛ばされ、逃げ場がなくなった時も幾つか片腕を盾にして強引に通り抜けた。
しかし腕についたのは浅い切り傷が幾つかと、まるで静電気を受けたかのような僅かな痺れ。
男は腕と足の一部しか見えない俺が近づいてくるのを感じ顔を徐々に顔色が蒼くなっていく。
「何なんだ貴様は! こ、この化け物がぁ!!」
「(化け物か……)」
敵対している相手とはいえ、化け物呼ばわりされたことに少し傷つきながら相手に近づいていく。
男が半狂乱で刀を振り回すが、俺は冷静に背中の幼女に当たらないように腕を盾にしながら前進を続ける。
俺の腕にどんどん切り傷が増えていくが、そのどれもが深い裂傷にはならずに男との距離が徐々に縮まっていく。
そして遂に直接刀が届く距離まで近づいた。
「き、貴様がいくら頑丈だろうが、これならかすり傷では済むまい!」
一段と輝いている刀を俺の首目掛け振りかぶる男。
その剣速は今までで最も速く、切断力も先程までのものに比べれば格段に優れているだろう。
しかし今の俺を切り裂くには少しばかり速度が足りなかった様だ。
俺は刀の刃の部分を掴み、刀を強引に止め力ずくで奪うとそのまま力任せに握りつぶす。
「なん……だと?!」
「(痛ぇ……ちょっと指切れた)」
壊れた剣に呆然としている男だが、一瞬で我に返り俺から距離を取ろうとする。
しかしこの好機を逃すほど俺は抜けちゃいない。
男が飛び退こうとする瞬間に足を踏みつけ動きを封じると、勢いを殺しきれずに後ろに仰け反った男の胸部を思いっきり平手打ちをする。
すると破裂音の様な音と共に男は地面と水平に吹き飛び、そのまま20メートル程先にあった樹にめり込んだ。
数秒間変わり身の可能性を考えて警戒を続けたが、樹にめり込んだ男はピクリとも動かず、腰に着けた忍具がこぼれ落ちるのを見て完全に決着がついたのを確信する。
‘光の護封剣’によって閉じ込められていた男の仲間達は、その光景を見た瞬間にずっと試みていた結界の解除を止め、驚愕の表情で男の飛んでいった方を見ながら口を開け膝をつく。
俺は念のため男のめり込んだ樹と先程使った‘光の護封剣’を囲むように、新しい‘光の護封剣’を発動した。
「(これで全員の動きを封じたな、これでやっと里に戻れる)」
何とか大きな怪我もせず目標を達成出来た事に安堵しつつ、目を瞑りながら震えている幼女に「今里に戻るからもう少し我慢してくれ」と言い、彼女をしっかりと背負い直すと全速力で里に向かって走り始める。
新しく掛け直したからこれから15分間は効果が持続するし、最初の性犯罪者は最低でも一日は動けないがこの子の精神的には一刻も早く家に帰った方が良いだろう。
既に‘突進’の効果は切れていたが、‘魔導師の力’の効果によって身体能力が大幅に増強されている俺が全力で走ることで音を置き去りにするとまではいかないにしても、行きよりはかなり速く里まで戻ることが出来た。
流石に家の前まで送っていくわけにはいかないので、里の正門の前で幼女を下ろしてずっと着けていた猿ぐつわを外す。
顎が疲れてしまったのか言葉らしい言葉を話せないながらにも「あいがとう」と言ってくれたのが少し嬉しかったが、日向家は今大騒動だろうからこの子をずっと引き留めておく事は出来ない。
だから俺は彼女に「お礼は良いから早く家の人を安心させてあげなさい」と言って頭を撫でると、彼女に背を向けて家路へとついた。
わたしを助けてくれた透明の人が行っちゃう。
怖かったおじさん達をやっつけて、私を助け出してくれた人が!
まだちゃんとお礼できてないのに……名前だって聞いてないのに。
引き留めようと声を出すけど口から出るのは「行かないで」「待って」という短い上に小さくて掠れた声。
これじゃあ止まってくれない、でも身体で止めるにしてもあの人はもう屋根の上へ飛び上がってしまった。
あの人を引き留める手段がないと分かったわたしは、せめて今は後ろ姿(見えるのは腕だけだけど)だけでも目に焼き付けておこうと透明じゃなくなった腕を見つめる。
徐々に小さくなっていく後ろ姿をグッと目に力を入れて見続ける……すると何故か透明の人が徐々に透明じゃなくなって、その背中が、後頭部が、足が見えてきた。
それだけじゃなく、いつもは見えなかったような凄く遠くの景色までもがハッキリと見える。
わたしがそのことに驚いて目を閉じてしまうと、いつも通りの目に戻ってしまった。
「(なんなんだろう、さっきの……でもあの人の背中は目に焼き付けた)いつか必ずちゃんとお礼を言いに行きますから……その時までどうか待っていてください」
あの人はもう見えなくなってしまったけれど、わたしはあの人が跳んでいった方向に深く頭を下げる。
お礼もまともに言えなかったという情けなさで涙が滲むけれど、それを袖で拭って無理矢理止める。
もっと強くなろう、いつかあの人が困った時にわたしが力になれるように……一つの目標を心に刻んでわたしは家に向かって歩き出す。
一歩一歩救ってもらった命を噛み締めながら。
難産だったなぁ