誘拐事件の翌日、やはり里はそのニュースで持ちきりだった。
同盟を結んだばかりの雲隠れが日向の子供を攫い、その事を盾に当主の弟を殺害したことは里の人々に大きな衝撃を与えたのだ。
雲隠れとの付き合い方を見直すべきではないかという意見が増える中、三代目がどういった答えを出すのか気になるところである。
……とここまでなら「へ~三代目も大変だなぁ」で終わるんだが、世界はそこまで優しくない。
日向宗家子女誘拐未遂事件のニュースの大まかな内容は、子供が攫われて当主の弟が殺されたというものだが、ここに厄介な情報が一つ混ざっている。
それは誘拐された宗家の子供が見ず知らずの男性に救われ、日向が総力を挙げてその人物を探しているということ……要は俺の事だよ。
アンコの父親が店に来た時に初めて今回の事についての話を聞いたんだが、最初その話を聴いた時はどうせあの時は姿を消していたわけだし、大して問題ないだろうと思ったんだが……話を聞くにつれて、そうも言っていられない状況なのだと理解できた。
何故ならその子供が件の男性の後ろ姿を見たというのだから。
俺は動揺を隠しつつ、先程の話との矛盾点を彼に問い掛ける。
「その男の姿は見えなかったのではなかったかい?」
「そうなんだけどよ、その子が男がいなくなる寸前に白眼に目覚めたとかで、後ろ姿だけは見えたんだと」
なんだと?! そんなタイミング良く目覚めるなんて、どれだけ運がないんだよ俺は!
というか白眼だと‘光学迷彩アーマー’見破れるのか……マジで勘弁してくれよ。
思わず膝から崩れ落ちそうになったが、まだ後ろ姿を見られただけで俺と結びついたわけじゃないと何とか踏みとどまる。
「そ、それでどんな後ろ姿なのかな?」
「確か二十代の男で体型は細身の筋肉質、身長は175位で髪の色は黒いらしい。
まぁこれだけの情報で探そうっていうのは大分厳しいと思うがな」
「へぇ……他にその人の情報って何かあるのかい?」
「どうしたんだ? 妙に食いつきが良いな……別に見つけたからって報奨金はないぞ?」
「別にただの好奇心だよ、最近気になるニュースもないからね」
「そうか……さっきも言った通り男は何らかの方法で自分の身体を透明に出来るが、別に幻術で姿を消しているわけじゃないのだとか。
ただ姿が見えないだけで普通に触れることは出来るらしい。
他にも特殊な結界術が使えたり、異常に身体能力が高いとか色々と引き出しの多い男だっていう話だ」
それを聞いて俺は安堵した。
俺を特定できそうなのは身長、体型、髪の色位の上、そんな男は何処にでも居るだろうし、そもそも変化が破られなければ問題ない。
後半のものだって表立って使う予定なんてないし、似た効果を持つものなんて幾らでもあるのだから逃げ道も存在する。
流石にここに来ていきなり白眼とか発動させたら怪しまれるだろうが、そこまではしないと思う……暴いてはいけないものも見透かしてしまいそうだから色んな所から怒られるだろうし。
俺が安堵の溜息を吐くと、彼は不思議そうに首を傾げたが、別に気にすることでもないかと肩をすくめ、今日ここに来た本当の目的を話し始めた。
「ヨミト、うちのアンコが世話になり始めてから二年経ったわけだが……どんな感じだ?
近い内上忍に成れそうか?」
「またその話かい? この間も言っただろうに……アンコちゃんは確かに優秀な中忍だから上忍になるのも夢ではないと思うけど、あの人の一件があるから厳しく審査されるって」
「でもそれは忍ではないヨミトの考えだろう?」
「この事に関しては忍じゃない俺の意見ではなく、店の客の上忍の意見だよ」
久しぶりに店に来た綱手も同じ事を言っていたから信用性はかなり高いと思う。
未だに大蛇丸のことを完全に割り切っていない事も上忍になれていない理由の一つだと彼女は言っていた。
その事を彼に伝えると、苦虫を噛み潰したような表情で「そうか」と一言だけ呟く。
ゴウマは昔から彼のことが信用ならなかったらしい。
時折人を人と見ないような目で見ていたのが人として受け入れられなかったんだとか。
だから当時からアンコとはよく大蛇丸とのことで口喧嘩しては俺の所に愚痴を言いに来ていた。
「やっぱりアンコはアイツのことを引き摺ってたか……ったくあんな事をして里を出た奴の何処が良いんだ?」
「遠くに居ると見えないことがあるのと同じように、近くに居ると見えないことがあるのでしょう。
俺も彼の近くには居なかったので彼の良いところっていうのはよく分かりませんけどね」
「そういうものか」
俺の言葉で何か思うところがあったのか真剣な表情になり、自分の顎を擦るゴウマ。
男手一つでアンコを育てている彼にとってアンコはまさに宝だ。
宝に怪しい人物が近づけば普通警戒する……おそらく彼が大蛇丸に感じているのは特大の警戒心だろう。
実際危険な人物であることは知っているから俺としてはそのまま彼を警戒し続けて欲しい。
大蛇丸は自身の容姿を簡単に変えることができるから、いつの間にかこの里に入り込んでいる可能性もあるのだから。
考え事が終わったのか彼が俺に話しかけてくる。
「そういえばうちはの天才がまた手柄を立ててきたっていう話知ってるか?」
「うちはの天才ですか、あの一族は基本的に天才ばかりじゃないですか」
「何だそこからかよ……確かにうちはの一族はあの眼があるから有能な忍が多いが、今うちはの天才って言えば一人の子供を指す言葉だぞ?」
「子供……ですか?」
「名前をうちはイタチって言ってな、若干七歳でアカデミーを卒業して直ぐにその能力の高さを買われてBランク任務も任されることがあるっていう位だ」
「Bランク任務っていうと中忍、もしくは上忍が受ける任務じゃなかったかい?」
「だから話題になってるんだろうが……何でお前さんはそれを知らないのかねぇ。
偶に変な事は知ってるっていうのに」
「ははは……会話する人が偏ってるから情報も偏っちゃうんだよ」
俺の主な情報源はお喋り好きの客とアンコなので、どうしても情報が偏りがちになる。
何かのコミュニティに属しているわけじゃないし、インターネットとかがあるわけじゃないから得られる情報の絶対量が少ないのだ。
この世界でも新聞らしきものはあるけれど、俺は取っていないしね……新聞って毎日取ると馬鹿にならないんだよ。
「瓦版取った方が良いのかな?」
「まぁ取って損はないだろう……何だったら俺が読み終わったら持ってきてやろうか?」
「いいのかい?」
「別に繰り返して読むもんでもないし、俺はかまわねぇよ。
夕方辺りにでも家に来てくれりゃ渡すぜ?」
「それじゃあお言葉に甘えようかな」
内心新聞代ならぬ瓦版代が浮くことにガッツポーズをし、彼に感謝の言葉を伝える。
その後閉店時間まで居座った彼は「アンコのために飯を作らなければいけない」と家に帰り、俺はそんな彼の後ろ姿を見て改めて親って大変だなと感じて、いつか俺も親になるのだろうかということを夢想した。