アンコが任務でいないので、久しぶりに訓練に付き合わなくても良くなった暇な休日。
何となく外食を取り、家に帰って読みかけの本でも読もうと家路を歩いていた途中、少し里の様子がおかしい事に気付いた。
活気が少なすぎる……昼時だというのに食事処への呼び込みが聞こえず、何処で昼食を取ろうか悩む若者達の声も聞こえない。
聞こえてくるのは微かに響くボソボソとした声だけ。
俺は意味が分からず周囲を見回しながら、その原因が何か探りながら歩みを進める。
結局原因が分からぬまま家に辿り着いてしまった俺だったが、何も分からなかったわけではなかった。
彼らが共通して視線を向けていたのは俺の後ろを歩く誰か。
視線には嫌悪、憎悪、侮蔑のいずれかが込められており、自然と俺は背後に居る人物が何者か察しがついた。
しかし此処で振り返ると件の彼と目が合ってしまうかもしれない。
俺は手早く家の戸を開け家の中に入ると僅かな隙間を空けて戸を閉める。
そして隙間から後ろに居た人物を此処で初めて目視した……そこには金髪で両頬に三本の髭?を持つ子供が寂しそうに歩いていた。
その光景に一瞬罪悪感を抱いたが、将来的に彼には素晴らしい仲間達が出来る事を知っている俺は何とかそれを抑え込み、その横顔を眺める。
心の中で助けられない事に対する謝罪とこれから頑張って生きていけるように応援を込めた視線を送っていると、彼の表情が唐突に歪む。
最初は寂しさを堪えきれなくなったのかと思ったが、どうやら原因は別にあった様だ。
少し周囲を見回してみると、それが分かった。
「石を投げたのか……」
飛んできた石の大きさはそうでもないが、大人の力で投げられた小石は子供にとって脅威だろう。
どうやら投げたのは俺の店の三軒隣にある家の女性のようだ。
確かあの家の子供が九尾に殺されたという話を前に聞いた気がする。
九尾への恨みはあるが、三代目がナルトに九尾のことを知らせることを禁じており、尚かつ彼に対する復讐も禁じられて、罵倒も怒りのまま拳を振るうことも出来ない。
その結果彼女が選んだのが何も言わずに石を投げつけるという行動なのだろう。
周りの人間は彼女の気持ちを知っているから止められず、痛々しげに彼女を見るだけ。
ただそこでナルトへ憐憫の目を向ける人がいないのが木の葉において九尾がどれだけ恨まれているかを表している。
彼女が歯を食いしばりながらナルトへ石を投げつけ、ナルトは何も言わずに頭を守るように身を屈めて腕で頭を覆う。
しかし彼女はそれが気に食わないのか、今まで投げていた石よりも一回り大きい石を持ち彼に向かって投げつける。
石は腕のガードをすり抜け彼の後頭部に当たりながら、俺の家のドアへと直撃した。
ナルトの後頭部から一筋の血が流れている……それを見て俺は流石にこのまま放って置くわけにもいかないと思い、少しだけ開いていた戸を開く。
俺が出てくることが予想外だったのか、野次馬を含めたその場に居た全員が俺に注目する。
俺は足下に転がった少し血がついた石を拾い、まるで今までのことは全く知らないとばかりに周囲を見渡す。
「誰だい、俺の家に石を投げた人は?」
俺の問いに答えるものは誰もいない……それどころか巻き込まれては敵わんとばかりに野次馬がその場を去っていく。
うちの店は偶に火影やら綱手やらが訪れる店と近所の人は知っているから、もしかしたら三代目に話されるかもしれないと思って逃げたのだろう。
少しすると残るのは石を投げた彼女と、投げられた子供。
彼女は俺の言うことが聞こえないかの如く、未だに無言で石を投げようとしている。
しかしそれを彼女の友人と思わしき女性が止め、俺に一礼すると彼女の腕を掴んで家の中へと引っ張り込んだ。
家の中に引っ張り込まれた彼女は最後までナルトのことを射殺さんばかりの眼で睨み付けていた。
俺は少し面倒臭いことになるかもしれないと思い、自然と大きく溜息を吐く。
でも一先ずはこの目の前で小さくなっている子供の治療が先だ。
「そこの子供……こっちに来なさい」
俺の声が自分に向けられていると気付いたのか、ナルトはゆっくりと顔を上げた。
近くで見るとどことなく四代目に似ているなと思ったが、それは口に出さず用件を告げる。
「頭の傷を治療してあげるから家に来なさい」
「お、俺?」
「そうだよ……出来れば早くして欲しい。
色々と面倒な事になってしまうかも知れないからね」
「………俺のこと虐めるんじゃないか?」
「そんなことしたら俺が三代目に怒られてしまうよ」
「じぃちゃんの友達?」
「友達と言える程の仲じゃないと思うけれど、まぁ似たようなものかな。
で、来てくれるかい?」
「うぅ~……分かった、行く」
ナルトは戸惑いがちに差し出した俺の手を取った。
しょうがなく行くようなニュアンスの言葉を言いながらも、必至に俺の手を離さんとばかりに握り締めている子供らしい一面に微笑ましいものを感じつつ俺は彼を家の居間へと連れていく。
他人の家の中が珍しいのだろう彼は頻りに辺りを見回していたが、居間に着いて俺が薬を取りに行くために手を離すと、驚きと悲しさを合わせたような顔をしながら俺を見た。
俺はその反応に少し驚きつつ、ナルトに「薬を取りに行くだけだから」と言い聞かせる。
すると安堵したように肩から力を抜き、少し恥ずかしくなってしまったのか俯いてしまった。
その姿に苦笑しつつ台所に置いてあった薬箱を取って居間に戻ってくると、先程と全く同じ姿勢で彼が待っていたので、頭に手を乗せ「ずっとその体勢でいたのかい?」と言葉を掛ける。
「だって……何か壊したら悪いし」
「そこまで気にしなくても良いんだけどね。
さてと、それじゃあ早速頭を見せてくれるかな?」
彼が無言で背中を向け、少し顎を引いて後頭部を見せやすい体勢になった。
俺は治療のため血で濡れた金色の髪を持ち上げて傷口を探す……しかし傷が見当たらない。
石が後頭部に当たったというのは髪が血で濡れていることから確実だ。
では何故傷口がないのか………あ、そういえば
「(人柱力って傷の治りが異様に早いんだったっけか)」
人柱力といえば身体能力やチャクラ量にばかり目がいくが、この自然治癒能力が高い事も一つの特徴だということをすっかり忘れていた。
もしかしたら俺は無駄に問題を抱え込んだのだろうかと考えて思わず膝から崩れ落ちたが、ナルトが後ろに振り返ってが俺の事を心配そうに見ていたので「な、何でもないんだ、何でも……はは」と口に出しつつ、彼の頭を撫でて誤魔化す。
頭の中で俺は良いことをしたんだと連呼していなければ、思わず部屋の中を後悔しながら転げ回っていたかも知れない。