うちは全滅から一年、木の葉において非常に大きな存在だった一族が一晩にして滅びたことは里の人々に非常に大きな不安を与えた。
しかしそれも一年あれば落ち着き、今では一部の忍が惰性に近い形で調べている位らしい。
ただ唯一の生き残りである男の子の証言で下手人が彼の兄であることが分かっていたが、それが判明する頃には彼は既に里を後にしていたため手配書を出す位しか手がなかったのだとか……まぁ例え見つけられたとしても捕まえられる人はそう居ないだろうが。
薄れかけた記憶の中でも深く根付いている写輪眼の力というものを思い出しつつ、俺は今月の収支について纏める。
いつも通り決して多くはないが、赤字ではないので特に焦ることなく順調に記し続け、気付けば残りは三日分だけになっていたので、ラストスパートとばかりに袖を捲って気合いを入れた。
そしていざ再開しようと筆を滑らせようとした瞬間、騒々しく一人の男が店にやって来て、俺の腕は急停止し計算簿に墨が一滴落ちる。
その一滴が既に書き込んである部分に落ちたので修正しなければならなくなり、余計な仕事が増えた事で俺の機嫌は急降下。
これでしょぼい用事だったら店から叩き出してやろうと、計算簿から顔を上げて客の顔を見ると、息を切らせて汗だくになった俺のよく知る人物……みたらしゴウマが立っていた。
今まで彼が此処まで切羽詰まった状況になっているのを見たことが無かった俺は少し動揺しつつも、彼に用件を尋ねる。
「ど、どうしたんですか、そんなに慌てて」
「ア……アンコが……」
「アンコちゃんがどうかしたんですか?」
明らかに良くないことが起こった様な雰囲気が漂っているが、まずは何が起こったのか聞かなければどうしようもない。
ゴウマは乱れた呼吸を整えるために一度大きく深呼吸をし、声を張り上げた
「アンコが居なくなっちまったんだ!!」
「え……何時からですか?」
「昨日の晩に何か手紙の様なもんを読んだ後飛び出すように出て行っちまったっきり戻ってこないんだよ」
「一日経っているのか……とりあえず俺も探すのを手伝いましょう。
その手紙というのは今どこに?」
「アンコが持って行っちまった」
手掛かりは無いに等しいってことか……何か事件に巻き込まれたんだとしたら一分一秒が大切になる。
全く手掛かりがないとなると見つけることはかなり難しくなるだろう。
俺は何か小さな事でも情報を得ようと質問を続ける。
「じゃあ何か思い当たる事はないですか?」
「あったら俺が探しに行ってる……一つ分かってることがあるとしたら、家を出る時にアンコが喜びと怒りを混ぜたような顔をしていたって事位だ」
「どんな顔だか想像尽きませんが、もし本当にその感情を抱いていたのなら行く先は限られてくるのではないですか?」
「だがあの子の友人の家は既に粗方尋ねたんだぞ!?
他にどんな相手がいるっていうんだ!!」
焦りからボルテージが上がりやすくなっている彼に手を突き出して「まずは聞いてください」と一先ず気持ちを抑えてもらう。
少し遠回りになるが詳しく説明しないと納得してもらえないだろうため、出来る限り分かり易く且つ簡略化して説明する。
「何も手紙の主が友人とは限らないのではないでしょう……アンコちゃんに片思いした男性かもしれないですし、それほど仲良くなくても同僚の人という可能性もあります」
「そんなこと言い出したら何でも有りになるじゃねぇか!」
「そうですね……ですが単純に怒っているだけでなく、表情に見える程喜んでいるようにも見えたのならそれらの可能性は格段と下がります」
「ヨミト……アンタ何が言いたいんだ?」
いまいち要領を得ないゴウマがイライラしつつも続きを催促するので、これ以上説明を続ければ話を聞かずに店を出て手当たり次第探しかねない。
なので俺は手っ取り早く俺の考えを述べることにした。
「たぶんアンコちゃんが受け取った手紙の送り主は……大蛇丸じゃないかと俺は考えています」
「大蛇丸!? なんでそんな名前が此処で出てくるんだ!?」
「未だにアンコちゃんはあの人の事を割り切れていない……いくら犯罪者だとしても彼女にとっては恩師だったのですから、その気持ちは分からなくもありません。
もしそんな相手から手紙が来たらどういう気持ちになりますか?」
「犯罪を犯したことを怒りつつも会えることに喜ぶ……ってか?
だがそれはヨミトの予想に過ぎ「だとしてもその可能性はゼロではない」……万が一アンコを呼びだしたのが奴だとしても行き先が分からない事には変わりない」
「ですが協力者を増やすことはできますよ……アンコちゃんを探せば指名手配犯捕縛も出来るかも知れないのですから。
それに三代目様も元生徒の事となれば直接手を貸してくださるかも知れませんしね」
「そう……だな、人海戦術ならアンコのことを見つけることが出来るかも知れない」
「ということでまず三代目様にこの事を伝えに行った方が良いですね。
俺もアンコちゃんを探すのを手伝いますが、少し準備をしてから行こうと思いますので三代目様への報告はゴウマさんに頼んでも大丈夫ですか?」
「あぁ、急いで行ってくる」
直ぐさま三代目の元へ行こうとする彼だったが、俺はそんな彼の腕を掴んで止める。
彼は「何故止めるんだ」と少し怒っていたが、この世界において遠く離れた相手と通信する手段はかなり限られるのだ。
もしここで何も決めずに分かれたら情報交換なども出来ないまま非効率的に動くことになる。
それを防ぐために俺は親指の腹を犬歯で少し傷つけ、カツユを呼び出す。
「今日は訓練……というわけじゃなさそうですね。
どうかしたのですか、ヨミトさん?」
「アンコちゃんが行方不明なんだ。 今から探索するから少し手伝ってくれないかい?」
「「それは一大事ですね! もちろん手伝わせてもらいます!」」
「それじゃあゴウマさん、こちらのカツユを連れて行ってください」
そうして彼の肩に二体に分裂したカツユの片方を乗せ、もう片方を俺の懐に入れる。
カツユの分体はネットワークのように繋がっており、携帯電話の代わりも出来るという素晴らしい能力を持っているので、俺も偶にカツユを通して綱手と話したりしていたりするのだ。
ゴウマにどうすれば連絡を取り合えるか簡単に説明すると、話が終わるとほぼ同時に「分かった、じゃあ何かあれば連絡する」と言って直ぐに店から出て行ってしまった。
その背中を少しの間見送った後、俺も少し動きやすいように両手足につけた重りを外し、幾つかの符と忍具をウエストポーチに入れて、アンコを探すために動き始める。
もし予想通りに大蛇丸と共に居るのだとしたら、例え見つけられたとしても確保できるか分からないが、覚悟だけはしておこう……逃走を目的とした交戦の可能性を。
見捨てるには縁がありすぎるんだ………娘みたいなもんだからね。