第77話 始まり
突然だが忍者アカデミーの卒業試験が何か知っているだろうか?
試験の内容は毎年変わるのだが、今年の卒業試験は分身の術らしい。
何故俺がそんなことを知っているかと言えばナルトが前に来た時に「卒業試験ってば俺の苦手な術なんだってばよ」と口から漏らしていたからなのだが、彼は他の術も大分苦手なようなのであくまで予想に過ぎないが、おそらく現状一番苦手な術である分身の術が試験内容で間違いないだろう。
俺も一応彼の家庭教師のような事をやっている手前、分身等の訓練も多少つけたのだが一向に上達の気配がなかった……まぁお色気の術の完成度だけは認めても良いと思うが。
今日はそんなナルトが卒業試験を受ける日らしい。
彼が合格するしないに関わらず、とりあえず一楽で一杯奢ってやる位はしてやろうと考えながら閉店時間までいつも通りに店をやっていたのだが、店を閉めてからも一向にナルトが報告に来ないのだ。
合否に関わらず結果を伝えに来ると言っていたにも関わらず、全く来る気配がない事に少しだけ心配になり、こちらから向かえに行こうと店を出ようとすると、勢いよく店の戸が開かれる。
突然のことで驚いたが、ナルトが来たのだと思って「遅かったね」と声を掛けたのだが、そこに立っていたのは彼ではなく、彼の担任でもあるイルカ君だった。
彼の表情には困惑と焦りが浮かんでおり、明らかに何かが起こったことを暗に示している。
「大変ですヨミトさん! ナルトが禁術の書かれた巻物を持って姿を消してしまいました!
今火影様の指示の元、手が空いている十数名の忍がナルトの追跡を行っています」
「ナルト君が何故そんな真似を……いや、今はそれどころじゃないな。
俺に何か手伝えることはあるかい?」
「もちろんです、まずは火影様の所に向かってください。
ナルトの事について色々と聞きたい事があるそうですから」
「分かった……イルカ君はナルト君を探すのかい?」
「えぇ、アイツがどういうつもりでこんな事しでかしたのかは分かりませんが、きっと悪気があってやったわけじゃないと信じていますから」
そう言って彼は捜索に戻っていった。
そんな彼を視線で見送り、俺も急いで用意をして三代目の元へと走る。
俺が三代目の元へ辿り着くと、彼は難しい顔をしながら遠くを見ていた。
「火影様、本瓜ヨミト只今到着いたしました」
「うむ、今回の件についての説明はいるか?」
「いえ、大丈夫です……ところで俺に聞きたい事があると聞いてきたのですが?」
「そうじゃ、ナルトの事について二つ三つ聞きたい事がある」
三代目が俺に聞いてきたのは最近のナルトにおかしなところがなかったかと言うこと。
別段思い当たる節もなかったのでその通り答えると、納得したかのように小さく頷く。
次に聞かれたのはナルトの行きそうな場所について心辺りがないかどうか……これにも思い当たる節がない。
全く思いつかなかったわけではないので幾つか行きそうな所を言ってはみたものの、既に捜索済みの場所が殆どだったらしく、役に立つ情報とは言えなかった。
そもそも何故ナルトはこんな事をしでかしたのだろうか……それが分かれば少しは何か分かるかも知れないと考え、今度は俺が三代目に尋ねる。
「火影様、ナルト君は何故巻物を盗んだりしたのでしょうか?」
「……ハッキリとした原因が何かは分かっておらんが、アカデミー教員の一人は卒業試験に落とされたことが関係しているのではないかと言っておったな」
「その腹いせに巻物を盗んだと……本気で言っているんですか?」
「儂もその可能性は限りなく低いと思っておるが、他の者達は……今回の件はもし大きな被害なく終わったとしてもナルトに対する風聞は悪くなるじゃろう。
今捜索に出ている忍の何人かなぞ、殺害許可を求めてきた位じゃ。
無論万が一を考えて戦闘の許可までは出したが、殺害許可は下ろさなかった」
あまりの状況の悪さに思わず絶句せざるを得なかった。
確かに重要な巻物を持ち出した事は良くない事だ……戦闘許可を通り越して殺害許可を求める程なのだろうか?
幾ら身体の中に九尾を飼っているとはいえ、まだ子供に過ぎない彼を有無を言わさず殺す気がある人達がいる事に、改めて忍の世界の厳しさや冷酷さを感じた。
俺は少し顔色を悪くしながらも、ナルトの捜索に関わる事についての情報を聞いていると、勢いよく部屋のドアが開いて一人の忍が入ってくる。
「うずまきナルトが見つかりました! 負傷しているため、同じく負傷した中忍うみのイルカと共に一旦病院に向かうそうです」
「そうか、巻物は?」
「はっ! ここに」
そう言って忍は背中に背負っていた巻物を机の上に置き、一歩下がった。
三代目がそれを開いて一読した後に関係者以外立ち入り禁止的な場所へ仕舞い、戻ってくる。
どうやら本物だったらしい。
「では改めて報告を聞こう」
「ですが……」
忍がチラリと俺へ視線を向ける。
それを見て三代目が「構わん。 こやつはナルトの保護者じゃ、共に話を聞く位は問題なかろう」と言うと、彼は少しだけ目を細めて俺の顔をしっかり見た後、了承の意を表した。
忍の報告を纏めると、卒業試験に落ちたナルトをアカデミー教員のミズキという男が巻物を盗むよう唆したらしい。
ミズキは里抜けを狙っており、他国への亡命の際に禁術が記されている巻物を持って行けば好待遇で受け入れてもらえるために、ナルトを利用して盗み出させたのだとか。
ちなみに彼はナルトがチャクラにものを言わせた多重影分身の術でリンチにされて顎の骨などが折れてしまったため、軽い治療を受けながら尋問されているという。
「そうか、では引き続きその者の尋問を続け、いるであろう内通者を探るのじゃ」
「了解いたしました」
「うむ……ということじゃ、お主はもう戻ってもよいぞ?
今日は既に面会時間が終わっておるはずじゃから、明日にでもナルトとイルカの見舞いに行くが良い」
「そうですね……火影様から二人に何か伝えておくことはありますか?」
「いや、時間を見つけて儂も見舞いに行くから気にせんで良い」
「わかりました、では失礼します」
俺は部屋を後にし、帰路へと着く。
帰り道を歩きながら、今日起こったことを頭の中で纏める……そこで一つ重要な事に気付いて冷や汗を流す。
何十年も前から覚悟はしていたが、いざ時が来ると震えが止まらない。
「ナルトのアカデミー卒業、多重影分身の習得……原作が始まったのか」
この世界に来て数十年……今日の今この時、漸くこの世界の物語が大きく動き出す。
NARUTOという物語がどのように歪み、どのような結末を迎えるのか……それはまだ誰も知らない。