忍者の世界で生き残る   作:アヤカシ

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第81話 猫

 査定と買取は予想していたよりも早く終わらせることができた。

 カツユの情報通りに本の数は多かったのだが、保存状態が悪かったために買い取れない物も少なくなかったからである。

 そのことで揉めるかとも思ったのだが、流石に表紙の一部が破れていたり、日焼けが酷い本は売れないと言えば流石に納得してくれた。

 それでも買取る数は結構な数があったので結構な額を支払うことになったのだが、それに見合うだけのいい買い物になったと思う。

 買取った本は木箱に詰めて木の葉に送ってもらったから、帰りの荷物は少なくて済むのは僥倖だ。

 

 

 雲隠れの里での仕事はこれで終わった……で後はあの女性との約束を果たすだけなので、商談終わったその足で茶屋へと向かう。

 それほど離れた場所にない茶屋に着くのには長い時間が掛かるはずもなく、五分も掛からないうちに到着したのだが、店の様子が何処かおかしい。

 外から見る限り外観も良いし、仄かに香る花の蜜のような甘い匂いは若い女性を誘蛾灯の如く呼び寄せるはず……しかし店内にいるのは僅か数組の客のみ。

 その客も雲隠れの額当てをした忍だけであり、楽しい雰囲気とは程遠い雰囲気を醸し出している。

 俺としては直ぐにでも回れ右して里へ直帰したい気持ちが強まったが、件の人物が明らかにこっちを捕捉しているために、そんな選択は出来そうにない。

 覚悟を決めて店内へ入ると、店員さんが引き攣った笑顔を俺に向けながら「お一人様ですか?」と尋ねてきたが、その言葉の裏には今はこの店に入らないほうがいいですよと言う親切心が隠されているように感じられる。

 だが俺が待ち合わせている人がいると告げて女性へと視線を向けると、店員さんの顔の笑顔がより引き攣った。

 その反応で店内をこの状況にした原因が件の女性にあることを理解し、より一層帰りたくなる。

 でも悲しいかな、俺に向けられる彼女からの眼光は徐々にその強さを増しており、あの禍々しいチャクラも少しずつ増えてきているのだ。

 ここで踵を返すとどうなるかわからないので、俺は行かなければならない……例えそこが地獄の一丁目であろうとも。

 故に一歩一歩しっかりと床を踏みしめ、彼女の正面の椅子に腰掛けた。

 彼女の視線は俺をジッと見ており、周りにいる忍も俺の動向を観察しているように感じる……もしかすると彼女は周囲に一目置かれる凄い忍で、それ故に高嶺の花的な意味で俺の値踏みをしているのかもしれないという、よくわからない現実逃避をする位には俺も緊張し始めている。

 そんな中沈黙を保っていた彼女がようやく口を開く。

 

 

「まずは改めて礼をさせてもらうよ……あの子を助けてくれてありがとう。

 もしアンタが助けてくれなかったら、あの子は大きな怪我を負っていたかもしれない」

 

 

 そう言ってテーブルに頭をぶつけるんじゃないかと思うくらいに深く頭を下げる彼女。

 その光景に周りの忍たちが息を呑む……そして小さな呟きが聞こえてくる。

 

 

「あの化け猫が頭を下げるだと?」

「奴に頭を下げさせるなんて……あの老人は何者なんだ?!」

 

 

 化け猫と言うのは彼女の二つ名のようなものだろうか?

 二つ名があると言うことは彼女はやはり凄腕の忍ということか……こんなに若くしてそこまで上り詰めるというのは中々凄いことだ。

 俺はこの真っ直ぐな感謝と彼女がしてきたであろう努力の日々に、内心における彼女の評価を大分上昇させる。

 

 

「頭を上げてください、俺はただ自分が後悔しない様に行動しただけですから、そんなに感謝してくださらなくてもいいですよ」

 

 

 俺の言葉で頭を上げた彼女の眼は先程までとは違い、少しだけ穏やかな光を携えていた。

 その眼を見て少し心和んだ俺は、ふとこの場に先程の少年がいないことに気が付く。

 

 

「そういえばあの少年は?」

「あぁ、あの子は先に家に帰したよ……思っていたよりもアンタが来るまで時間があったからね」

「それは申し訳ない、出来るだけ急いだのですが……」

「いや、責めている訳じゃないんだ。 ただ子供には少し長かったみたいでね。

 眠たそうにしていたから家に帰らせただけ」

「そうですか……では先程は何故不機嫌そうだったので?」

 

 

 正直待たされた事に苛立っていたのだと思っていたのだけれど……違うのだろうか?

 そんな俺の問い掛けに彼女は少し恥ずかしそうに頬を掻き、俺から目線を逸らす。

 

 

「バレてたか……いやね、本来なら私があの子を助けなければいけなかったんだ。

 だけど私は店先の服に目を取られて反応が遅れてしまった……そんな情けない私自身に腹が立っていたのさ」

「……あの子は血の繋がった弟か何かなのかい?」

「いや、あの子は孤児だ。 私とは何の血の繋がりもない子だよ。

 でも弟のようにも思っている」

「孤児……それは「哀れみは止めてくれないか?」……そうですね、すみません」

 

 

 そう言った彼女の瞳に怒りはなかったが、強い意志が込められていた。

 哀れみは相手を哀れだと思うこと……それは相手を下に見ているとも取れるのだから彼女の反応は当然のものなのかもしれない。

 

 

「分かってくれればいいんだ……そうだ、ここにはアンタに奢りに来たんだった。

 ほら、なんでも頼みな」

「そういえばそんな話だったね、じゃあ……この三色団子を一つ」

「はぁ? そんなんじゃ腹の足しにもならないだろうに……よし、私が頼んであげよう!

 店主、大盛り餡蜜と牛乳大ジョッキで二つ頼む」

「餡蜜の大盛り?! というか牛乳大ジョッキって何だい?!」

「大丈夫大丈夫、残したら私が責任持って処理するからさ」

 

 

 そう舌なめずりするのを見て、この注文が俺のためというよりも、彼女自身が飲みたくて頼んだのだと理解した。

 事実俺が半分も飲みきれなかった牛乳を嬉々として飲み切った上に、俺の残した分まで一気に飲んだのだから。

 その後少し遅い昼食を終えて、まったりと雑談しながら椅子にもたれ掛かっていると、彼女が何気ない顔で重い話を切り出してくる。

 

 

「……私はこの里で浮いている。 いや違うな、たぶん何処にいようとも浮いた存在になるっていうのが正しいね」

「それはこれだけ沢山食べれば周囲から凄い眼で見られると思うよ?」

「そういうことじゃないんだよ、アンタだって薄々は感じているんだろう?

 私に向けられる視線のことを」

「…………」

 

 

 気付いていた……俺が気付かない筈がない。

 この視線は木の葉の里でナルトに向けられる視線と似たものなのだから。

 店に入ったときの空気で本当はなんとなく分かっていたんだ……彼女が疎まれ、恐怖され、嫌悪されていることは。

 まぁ認めてくれている人が少なからず居るみたいだから、ナルトよりも少しはマシな状況だろう。

 

 

「その反応は、やっぱり気付いていたか」

「まぁ……ね」

「理由は話せないけど、アンタが感じている通り私は……端的に言えば嫌われているのさ。

 でも里の全ての人に嫌われているというわけじゃない。

 私を認めてくれる人もいるし、仲間と呼べる奴もいる。

 そして何より私を慕ってくれるあの子達がいる……だから私は皆がいるこの里を愛しているんだ」

「そうですか……」

「故に私は里に危害を加えるものを絶対に許さない……それが恩人であったとしてもだ」

 

 

 その言葉と共に店内の空気が一気に緊迫したものへと切り替わる。

 今まで遠巻きに監視を続けてきた店内にいた忍達はいきなり様子が変わった彼女の一挙一動を見逃すまいと、各々の武器へと手を伸ばす。

 しかし彼女の視線は彼らには一切向かず、俺だけを貫いている。

 あまりに突然の出来事に最初俺は頭が真っ白になったが、直ぐに彼女が何を危惧しているのかを理解した。

 彼女は俺がスパイ、もしくは暗殺の任を受けた忍ではないかと疑っているのだ……額当てをしていないにも関わらず、忍に匹敵する身体能力を発揮した見た目爺のこの俺を。

 彼女の瞳が虚偽を許さぬとばかりに細く鋭くなり、俺に「お前は何者だ」と問い掛けてくる。

 正直見当違いにも程があるわけなのだが、彼女がどれ程里を愛しているかが伝わってきて、自然と俺の顔に笑みが浮かぶ。

 詰問に近い状況の中でのその反応は彼女にとって予想外だったのだろう、訝しげに眉間に皺を寄せる。

 そんな彼女を見て俺は少し不謹慎だったかと反省し、表情を引き締めると彼女の疑問に答えを返す。

 

 

「俺は木の葉で古本屋をやっている修行が趣味の唯の爺だよ……もし信用できないのなら、本瓜ヨミトという名前で木の葉に身元証明を送ってもらうといい。

 なんだったらそれが届くまで拘束されてもいいよ?」

「………いや、それには及ばない。 アンタは嘘をついていないだろうからね」

 

 

 しばらくジッと俺の目を見続けていた彼女は、ふと一度目を閉じて溜め息を吐くと店の中を包み込んでいた緊迫した空気が弛緩する。

 どうやら信じてもらえたようだ。

 

 

「疑ってすまなかった、会話を通じてアンタは……本瓜は悪い奴じゃないと分かってはいたんだが、万が一を考えて尋問紛いのことをしてしまった」

「いや、今回は俺が紛らわしい部分を見せてしまったのが問題でしょうから、気にしないでください」

「本瓜……ありがとう」

「いえいえ……さてと、ではそろそろお暇しようかな」

 

 

 そろそろ雲隠れを出ないとこの里で一泊しなきゃいけなくなる……今から出れば何とか火の国行きの船に間に合いそうだしな。

 俺は頭の中で帰宅へのタイムスケジュールを整理しながら席を立ち、何気なく伝票を手にレジまで歩き始める。

 

 

「ちょっと待て本瓜、ここの代金は私が奢るという話だっただろう?」

「いやさ、流石にかなり年下に奢ってもらうのは幾ら爺とはいえ男だから、格好が付かないよ」

「だがそれでは礼が!」

「さっきも言った通り礼なんて気にしなくていいさ……もしどうしても気になるのなら、いつか木の葉に来たときにでも店に寄って買い物してくれればそれで十分だよ」

 

 

 俺はパパっと支払いを終わらせ、彼女の方を振り向かずに手を振り、店を後にした。

 店を出て三十メートル程歩いたところで後ろから凛々しい制止の声が聞こえ、一旦足を止めて振り返ると、店先に彼女が立っているのが見える。

 

 

「私の名前は二位ユギトだ! 今日の礼は必ずしにいく!!

 だからそれまで長生きしろよ本瓜! 死んでたら承知しないからな!!」

 

 

 そのぶっきら棒だけど、思いやりに溢れた言葉に胸が暖かくなった俺は言葉ではなく、笑顔で答えた。

 今の気持ちを言葉にするよりもその方が今の俺の喜びを……異国の地で出来た歳の離れた友に伝えられると思ったが故に。

 

 


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