里の主柱とも言える火影が亡くなり、新たな火影を据えなければならないという状況の今、里の人が話す話題は次代の火影に誰がなるのかという話ばかり。
現状挙がっている候補は三人……蝦蟇仙人自来也、暗部のダンゾウ、蛞蝓綱手姫だ。
この中で他薦で一番票が入っているのは自来也なのだが、本人がなる気はないと言っており保留。
ダンゾウはこの中だと唯一火影になることに積極的だが、如何せん人気がない。
残った綱手も火影になることに魅力は感じていないらしく、返事は芳しくないとの事。
だが自来也は自分よりも綱手の方が火影に向いていると上役に言い、自身が綱手に打診するために近々彼女の元を尋ねるらしい。
何故そんな話を俺が知っているかというと……
「だから修行も兼ねてナルトの奴を連れていこうと思うんだが、問題ないかのぅ?」
「いいだろおっちゃん! 俺ってばもっと強くなりたいんだってばよ!」
当人+1が此処にいるからに他ならない。
彼らが来たのは三十分程前の事、店の戸を開けてナルトが元気よく挨拶しながら入ってきたので、俺は読んでいた本に栞を挟んで読書を一時中断した。
そして顔を上げ彼に一言いらっしゃいと言葉を掛けようとしたのだが、其処にいたのはナルトだけではなく、彼の後ろには油と書かれた額当てをした五十路を過ぎているであろう白髪の男性が一人。
その男性は軽く店内を見回し、一冊の本を手に取ると俺の前に立っていたナルトの横からその本をそっと差し出した。
「この本の売れ行きはどうじゃ?」
「ド根性忍伝ですか……やはりイチャイチャシリーズの方が売れ行きはいいですね。
ド根性忍伝は読んでいて引き込まれるような話なのですが、如何せんアクションやサスペンスは一回読んで満足してしまう方も多く、一時期売りに来る方が結構いましたよ」
「そ、そうか……普通に凹むのぅ」
「ところで貴方は一体どなた様でしょうか?」
「そういえばまだ名乗ってなかったのぅ、儂はその本の作者だ……それで察してくれるか?」
「作者ってことは……自来也様ですか? 貴方様が成した数々の偉業は忍ではない私の耳にも届いておりますよ」
木の葉の三忍と一括りで考えれば偉業なんて数えるのが馬鹿らしくなる程あるだろうが、彼個人で成したものも数多く存在している。
だからこそ彼は木の葉の人々から尊敬され、他里の忍からは畏怖の念を抱かれていた。
「まぁ色々やってきたからな……だが儂もお主の事を少しは知っている。
短い間とはいえ綱手の弟の師を務め、幼きシズネの命を救い、ナルトの保護者を務める自称一般人……そして今も綱手と連絡が取れる数少ない人間。
今日はそんなお主に報告と聞きたい事があって此処に来た」
「俺にですか?」
彼が俺の事を知っているのはあり得ない話ではないと分かっていたが、予想していたよりも詳しく俺の事を知っているようで少し驚いた。
それにしても俺に聞きたい事って言うのはなんだろう?
報告はナルトに関することだろうけど、聞きたい事もそれ関係かな?
そんな疑問を抱きつつ自来也の話を聞くと、今回の木の葉崩しが大蛇丸によって引き起こされたものである事や、中忍試験期間中に彼がナルトの師匠になった事……そして近い内に綱手を探す旅に出ると同時にナルトを鍛える為に連れていくらしい。
そこで冒頭に戻るわけだが、俺としては別段反対する理由もないため躊躇なく首を縦に振った。
それを見てナルトは喜び、自来也も「そうかそうか」と笑顔で顎を撫でる。
これで彼らの用件は終わっただろうと思い、俺は再び読書へ戻ろうと読みかけの本を手に取ったのだが、まだ何か話があるらしく彼らは立ち去ろうとしない。
他の用事に全くと言って良い程心当たりがないために、首を傾げて「他にもお話が?」と今度は此方から尋ねてみた。
すると彼は少し困った様な顔をして自身の後ろ髪を撫でつけながら、口を開く。
「今綱手が何処に居るか知っておるか? 儂も恐らく居るであろう場所に幾つか心辺りはあるんだが、確実にここという場所ではないのでな……お主の意見を聞かせてはくれんかの?」
「流石に二人の行く先全てを知っているわけではありませんから、此方もあくまで予想にすぎませんが、恐らく有名な賭場があり温泉宿もある場所が今彼女達がいる場所だと思いますよ。
先日シズネちゃんの用事に一段落ついて、息抜きしにいくとか言っていましたから」
「アイツの賭博好きも変わってないようだの」
「エロ仙人は風呂を覗くの止めた方が良いってばよ……痛った!?」
「儂のは取材だと言っておるだろうが! 全くコレだからお子様は……ともかく分かった、取りあえず近場の賭場と温泉がある里を回りながらお主の修行をつけていくことにするかのぅ。
それでは店主、情報感謝する……何か綱手に伝えておく事があれば承るが?」
「いえ、特にありませんから大丈夫です」
「……そうか、ではナルト一楽のラーメンでも食ってから出発するとしようか!」
「やったー!! そうと決まれば先に行ってるってばよ!」
そう言って元気良く彼は店から飛び出していった。
俺は自来也もすぐに一楽へと向かうと思ったのだが、彼はナルトが此処から出て行くのを見送ると俺の方へ振り返る。
その表情は先程の好々爺然としたものではなく、真剣そのものだったので知らずと俺は息を呑む。
「あんまりナルトを待たせると五月蝿いだろうから単刀直入に言うぞ?
お主が大蛇丸の奴からの刺客を退けたことで彼奴のお主に対する対応が苛烈になる可能性がある。
その歳を取らないという体質は彼奴にとってかなり魅力的だろうからのぅ」
「な、何故その事を……」
「蛇の道は蛇ということだ……儂は蛇は好かんがの。
別に言い触らす気などないから安心せぃ、そんなことより……お主は先程綱手に伝えることはないと申しておったが、本当に伝えることはないのか?」
「……俺も考えなかったわけではないのです。 カツユにも提案されましたからね。
ですが今の綱手が大蛇丸と戦う事になるかも知れないと考えるとどうしても伝える気が起きないのです」
「……まだアレが治ってないからか」
綱手は未だに血液恐怖症を克服していない。
時折聞くシズネの話では昔に比べれば少しは良くなっているようだが、それでも血を見れば身体が震え、血に触れれば足に力が入らなくなるらしい。
そんな弱点を持ったまま戦闘を行うなど自殺行為に等しいだろう。
「俺の事を伝えて彼女がもし大蛇丸と戦う事になれば奴は必ず弱点を突いてきます。
そうなれば彼女は一方的に嬲られてしまう……自分の命が掛かっているとはいえ、そのためにあの子を危険に晒すことは俺としても不本意ですから」
「そうか、お主の考えは分かった……綱手には何も伝えない事にする。
だが彼奴が諦めない限りいつか知られてしまうぞ? その時必ず綱手の奴は怒る……そりゃあもうとんでもない勢いで怒るだろう。
それでもいいんだな?」
そう言った彼の顔色は青く、胸の辺りを擦っている事から恐らく綱手を怒らせて殴られた経験でもあるのだろう。
木の葉の三忍とも呼ばれる人物が青ざめる程の怒りというものに少し臆病風が吹くが、何とか耐えて首を縦に振る。
「か、覚悟の上ですよ……たぶん大丈夫……なはず」
「いきなりえらく歯切れが悪くなったのぅ……まぁいい、とりあえず気を付けることだ。
お主の為にも、アイツの為にもな」
そうして彼は今度こそ下駄をカランコロンと鳴らしながら店を出ていった。
店の中が静寂に包まれ、外から聞こえる里復興を目指す大工達の掛け声が微かに耳に届く。
平和……今里は一つの困難を乗り越えて以前の平和な日常を取り戻そうと皆が頑張っている。
そんな中俺は何時来るか分からない襲撃者に警戒しながら、尚かつそれを他者に悟られないようにして生活を送らなければならない……まるで夜に明かりも無しで山道を手を縛られたまま歩くような不安を抱かずにはいられなかった。