通常戦力これくしょん―通これ―   作:戦艦トマト

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小笠原諸島沖迎撃戦初戦

2027年4月20日 小笠原諸島沖

その光景は現代の海戦を知る者にとって、非常に奇妙な光景だった。

それは、弓道着にも似た服装のツーテールの少女が生身のまま海上を進んでいることでは無い。

あまつさえ、彼女の身長が50mに達しかねないのも然して異変ではない。

彼女が空母艦娘の「瑞鶴」だと言えば、誰もが納得する。

問題は、彼女の周囲だ。

「瑞鶴」の左右を進む駆逐艦娘「潮」、「曙」は護衛であるから問題ない。

問題は更にその周囲に展開する通常の艦艇の存在だ。

そもそも対深海棲艦戦闘の正面作戦に通常艦艇が参加することは常識から外れた光景である。

更にその上で空母や戦艦すら含む大規模艦隊。

それだけ見れば、これまで散々敗北してきた各国海軍の二の舞い三の舞でしかない。

だと言うのに彼ら彼女らはそこに居た。

第5艦隊……それがこの部隊の名前だ。

現時点では日本海上自衛隊唯一の主力級通常艦艇部隊であり、同時に唯一の通常型空母機動部隊である。

中核となるのは、超大型型航空母艦「なでしこ」。

「瑞鶴」の後方2000にぴったりくっ付いて続いている。

これに次ぐ大型艦は戦艦「いずも」。

こちらは「曙」の後方2000に位置している。

「曙」を挟んで前方にははざくら型駆逐艦の「しまゆき」。

「潮」側には前方はおなじく「こなゆき」、後ろには艦隊唯一の本格対深海装備艦のよしの型巡洋艦「よしの」が続く。

「瑞鶴」の前方には改ウダロイ級駆逐艦の「すずらん」、更にその前方に改あさひ型駆逐艦の「くにつかぜ」が進む。

艦列の最後尾、「なでしこ」の後方には改はたかぜ型の「しきかぜ」。

計8隻が現在艦隊を構成する全艦艇となる。

それらの旗艦である「いずも」の巨大な艦橋の下に備えられた長官室。

第5艦隊司令長官の私室兼執務室であるそこに2つの人影があった。

 

「これは……ねぇ……」

 

「これでは体のいい囮です」

 

「いやぁ、囮としても期待されてないっぽいぞ?」

 

1つは何とも冴えないモブ顔の男……第5艦隊司令長官である擬古 栞海将補。

彼は2020年頃に採用されたイメージ〇ァイト的な徴用即席士官養成プログラムで教育を受けた「間に合わせ士官」の1人だ。

2023年から艦娘が前線に出るまで通常艦艇で深海棲艦と戦い続けた数少ない生き残りである。

艦娘が実戦投入されると用無しとばかりに閑職にまわされていたのだが、今回通常艦艇による艦隊が再編されると引っ張り出された。

勿論、「間に合わせ」に。

もう1人は中学生程度の年頃に見える姫カットの美少女……栞の副官である妖精の木島 アリカ一尉。

彼女、元々は艦娘部隊への所属を希望していたのだが、艤装への憑依が出来ないとして不採用とされていた。

それでもと通常戦力の妖精士官枠に入った努力の人である。

逆に言えば、そんな新人が副官になるほどに第5艦隊は人材不足だった。

ちなみに2人とも現在の表情は冴えないモノとなっている。

その表情のまま、栞は書類を持ち上げてヒラヒラと振る。

そこには要約すると、艦娘「瑞鶴」を護衛しつつ第1機動艦隊に随行、必要によっては支援せよ、といった旨の文章が小難しい言葉遣いで記されていた。

第1機動艦隊とは、空母「赤城」、「加賀」、戦艦「金剛」を中核に重巡3、軽巡2、駆逐艦24が付き従う機動部隊である。

勿論、全艦が艦娘であり対深海棲艦戦闘における主戦力である。

本来なら空母「蒼龍」「飛龍」、戦艦「榛名」他重巡3、軽巡2、駆逐艦4も所属しているのだが、本海戦には不参加である。

と言うのも、フィリピン近海に侵攻しつつある深海艦隊は戦艦2、フラグシップ空母1、大型空母1、小型空母1、重巡2、軽巡3、駆逐艦20以上と中規模艦隊クラスだったこともあり、艤装点検中の「飛龍」と「榛名」、「飛龍」と同戦隊の「蒼龍」まで無理に参加させる必要は無いと司令部は判断した。

代わりに戦力の穴埋めとして第5艦隊を参加させ、艦娘の為の肉壁として使おうという作戦な訳だ。

空母艦娘としては生存性の高い「瑞鶴」を参加させ、最低限囮としての体裁を保つという念の入りよう。

要するに作戦書には「「瑞鶴」の盾となることくらいしか期待していない」と書かれているのだ。

 

「ま、言われたことやってれば文句言われないでしょーよ。気楽に行こう、気楽に……ね」

 

「…………はぁ」

 

へらへら笑いの栞を見て、アリカは思わず溜息を吐くのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

現在第5艦隊は上空に常に早期警戒機を飛ばしており、低く厚めの雲が立ち込める空を電子の目で見張っている。

艦隊からは見えないが更に外周では哨戒ヘリによる対潜哨戒も行われている。

この強力な哨戒、警戒網が第5艦隊最大の武器とも言えるだろう。

深海側潜水艦の静粛性では遥か彼方から探知され、動かずとも磁気探知で発見される為陣形内部に潜り込むどころか接近すら難しい。

航空機も同様で、対空レーダーの探知範囲は艦娘のそれを遥かに凌ぐ。

早期警戒機と組み合わせれば最早艦娘では逆立ちしても叶わないほどの処理能力を有する。

艦娘運用以前からこと対空対潜戦闘に関して人類は深海棲艦に負けていない。

そんな鉄壁の防衛網のただ中に居ながら瑞鶴の表情には不満と不安が薄く張り付いていた。

 

『瑞鶴さん、やっぱり加賀さん達が気になりますか?』

 

「!」

 

艦娘間のみで通信可能な通称「念話」。

その潮の声が聞こえて来る。

 

「別に加賀さんだけじゃなくて第1機動艦隊のことが気になってたの」

 

溜息一つ吐いてクスクス笑う潮に返す。

 

「まぁ、後で加賀さんから嫌味か戦果自慢の一つはされるかもってのは考えてたけどさ」

 

『今回は仕方ないですよ、海軍モドキとの付き合いもありますもん』

 

「海軍モドキ……ね」

 

曙の明け透けな言葉をおうむ返しに独り言つ。

言葉にせずとも瑞鶴も同意する意見だ。

少なくない艦娘は人類艦で構成された艦隊を「海軍モドキ」と馬鹿にする。

と言うのも、人類の運用する艦艇は海上護衛作戦や哨戒にしか従事していない。

対深海主力艦隊との戦闘は艦娘部隊のみが戦果を挙げていると言っていい。

どうしても帝国海軍出身である艦娘は大なり小なり輜重輸送を軽視する傾向がある。

実際、この場にいる瑞鶴も「人類艦は役に立たない」とまでは言わずとも、わざわざ高価な大型艦を揃えて前線に送り込む必要はないのではないか……と考えてしまう。

勿論、第5艦隊の「お守り」をさせられているというやっかみも込みでの意見であることは瑞鶴自身が自覚しているが。

 

「と言うか二人とも、作戦中の私語は禁止でしょうが」

 

『はい!』『すみません!』

 

「全く、もう」

 

反省の色薄く、含み笑いすら混じる二人の返事に苦笑を返す瑞鶴。

そう言う瑞鶴も、決して本気で注意する気が無いのは明白だった。

 

 

 

戦艦「いずも」CIC

 

「敵潜、反応遠ざかります」

 

数分前から艦隊にコンタクトしていた深海側の潜水艦が情報を送り終えたらしく、退避行動に移るのがソナー画面上に見えた。

通常艦艇の対潜能力を過小評価せず距離を取り続けていたところを見ると通商護衛隊と矛を交えたことのある艦なのかも知れない。

勿論、確認の術は無いが。

 

「これで我々の位置は敵に筒抜け……」

 

「高度な情報戦と言って欲しいな」

 

小さく呟いたアリカに栞が返す。

聞かれていたか、とばつの悪い顔をするアリカ。

しかし、周囲は皆苦笑するだけで咎める空気は無い。

 

「なに、安心しなさいな。こと対空に関してなら人類艦も捨てたもんじゃないさ」

 

肩を竦めながら気楽に言う栞。

操舵士はウンウンと頷き、火器管制士が任せろと笑う。

少なくともCIC内に「囮になる」という悲壮な空気は無かった。

 

「よし、ここから忙しくなるぞ!各艦に対空警戒を厳にするよう通達してくれ」

 

「了解!」

 

栞の言葉に通信士が答え、俄かに艦隊が騒がしくなる。

艦娘にも発見された旨を伝えれば、先程まで笑顔すら見せていた彼女達の表情が険しくなるのがモニタに映る。

中央に陣取る瑞鶴が背中に背負っていた弓を取り出し念入りに点検を始める姿は流石堂に入ったものがあった。

さて、空母艦娘の航空機発艦方法は大きく分けて2つある。

1つは弓矢による発艦。

弓から放った矢が艦載機になるタイプである。

もう1つは陰陽式もしくは式神式と呼ばれるもので、飛行機型の紙で出来た依代を航空機に変化させるものだ。

弓矢型は言うまでも無く弓を放つ能力が必要であるし、式神式も発艦時は相当な集中力が必要な方式であり「どちらかが劇的に楽」というものは無い。

敢えて言うならば艦娘の適性による……と言ったところだ。

矢筒に収められた「零式艦戦52型に変化する矢」を弓に番える瑞鶴の表情はどこか悲壮感すら漂っていた。

次々と放たれた矢が上空で発光し爆発するかのようにレシプロ戦闘機へと変化する。

何度見ても摩訶不思議な光景である。

対して現代空母は電気の力で機体を打ち出す。

リニアカタパルトによる出力調整で大重量機だろうと軽量機だろうと適正速度で射出することが出来る。

そして海上自衛隊の空母艦載機はロシアからライセンスを獲得し独自の改装を施したSu-33J。

西側ではフランカーで知られるSu-27戦闘機の艦上機型で、カナード翼が特徴的な機体である。

格闘戦を意識した機体としてはかなり大柄で優美な姿をしている。

通常ならば翼下のハードポイントにはAAMが搭載されるのだが、深海棲艦に対して電子機器搭載兵器は効果が無い為現在は20mmガトリング砲のガンポッドが2基吊るされている。

「なでしこ」甲板に並ぶ機は12機と寂しく、他には交代の為のE-2F早期警戒機1機とSH-60K2機が居るだけだ。

本来予備機まで含めれば90機を超える航空機を搭載可能なスーパーキャリアである「なでしこ」だが、度重なる航空隊の引き抜き、搭載中止により現在の所属機は戦闘機32機、偵察機4機、早期警戒機3機、哨戒ヘリ8機とかなり寂しいことになっている。

更に必要ならば第1機動艦隊の要請に基づき支援機も派遣しなければならないのだから直掩が侘しいことになるのは必然だった。

とは言え、支援要請が出されることはほぼ無いであろうしそれを心配している場合でも無くなった。

早期警戒機が敵機を捉えたのだ。

 

『IFFに反応の無い飛行体の編隊を捕捉。方位0-8-7、速度300毎時。艦隊との距離480000。高度4000に24、3800に22、2000に13を確認』

 

管制官の恐ろしく感情の無い淡々とした物言い。

それを聞いた艦隊は、一気に騒がしくなる。

Su-33Jの編隊は先行する零戦隊を悠々と追い越し、敵編隊へと向かって行く。

これは巡航速度が時速300km程の零戦とマッハ1……時速1224kmのSu-33との差であるため仕方が無い。

当然最初に接触するのはSu-33Jの部隊だ。

接触地点は艦隊より約120kmの地点。

12機の直掩機が大回りで敵編隊後方へと回り込み後下方から急上昇しながら1撃を加えたのが初撃となった。

大出力ジェットエンジンのなせる強引な攻撃方だ。

深海機は上方への警戒を主としていたのだろう。

猛禽の嘴、もしくは猛獣の爪を思わせる不気味な姿の航空機は無防備な腹を撃たれることとなった。

Su-33Jの編隊が高度3000から次々と急上昇し翼下のガンポッドから20mmガトリング砲を放つ。

真っ先に狙われたのは高度4000にいる24機の護衛機、DF-1C。

プロペラを持たないのにレシプロ機相当の性能を発揮する謎の航空機で、その装甲も当時のジュラルミン装甲が基準となる。

2発も当たれば致命的と言える20mm弾が毎秒100発という文字通り雨のように掃射されれば耐えられる道理など無く、その黒い機体が一瞬で引き裂かれ粉砕される。

一瞬で9機が粉砕され、敵編隊は算を乱して散開。

勇敢な機体はSu-33Jを追撃しようと機首を上げるがエレメントごとに分かれ個々に逃げ回る深海機を時速800kmの一撃離脱で仕留めていくSu-33Jに急降下でもしなければ時速600kmも出ないDF-1Cが追いつけるはずも無い。

シャチに襲われる小魚の群れと化した深海攻撃隊に更なる脅威が襲い掛かる。

20機の零戦隊が一糸乱れぬ編隊飛行で上空から逆落としに突っ込んで来たのだ。

20mm、7.7mm機銃が降り注ぎ、少数機もしくは単機で飛ぶ敵機を次々と撃墜していく。

更に「瑞鶴」所属の零戦63型で構成される爆戦隊12機が突入し、高度3800で前進を続ける艦爆隊に襲い掛かる。

最早これを阻止する手段を深海機は有していなかった。

鈍重な艦爆で戦闘機の追撃を躱せるわけも無く、1機また1機と銃弾を食らい墜落していく。

そして最後に艦隊直掩である4機のSu-33Jが戦闘機迎撃から分かれた4機のSu-33Jと共に高度2000の攻撃機隊への迎撃を開始する。

最早一切援護の無い攻撃機では突破は不可能であり、文字通り鴨撃ちとなって攻撃機隊は壊滅した。

爆弾や魚雷を投棄した残り少ないDB-1CやDA-1Cはちりぢりに逃げ出し、結果艦隊上空に達した敵機は皆無。

瑞鶴隊の初戦は文字通り完勝で終わったのだ。

 

『うそ……』

 

瑞鶴の間の抜けた声がヘッドセット越しに聞こえて来る。

曙と潮もどこか惚けたように東の空を眺めている。

無味乾燥なまでに正確で無慈悲な迎撃。

これまで人類戦力と艦娘は全く別の戦場でしか戦ってこなかった。

海上戦力再建まで主戦力となっていた陸上航空隊も高空での敵機迎撃や少数偵察艦隊への攻撃ばかり、対して艦娘は艦隊決戦ばかり。

本格的な共同戦線は文字通り今回が初めてだ。

かつてのマリアナで惨敗を喫した米軍の迎撃網を倍加したような代物を目の当たりにしたのだ、そうもなろう。

「いずも」CICも静けさに包まれている。

しかし、それは艦娘達とは違う理由によるモノだ。

 

「少な過ぎる……」

 

「え?」

 

栞の重い声にアリカが振り返る。

 

「敵機が少ないんだよ。通常型のヲ級でも80機、フラグシップクラスなら100は積んでるはずの航空機が」

 

「……」

 

「作戦機だけでも6割は出せるんだから、本気で「瑞鶴」を叩くつもりなら150機くらいは出して来てもおかしかない。つまり……」

 

『アイツらは陽動だってこと!?』

 

「そう言うことだ」

 

横から入って来た瑞鶴の言葉を肯定する栞。

そして、それを証明する報告が早期警戒機からもたらされる。

 

『IFFに反応の無い飛行体の編隊を捕捉。方位0-7-9、速度300毎時。高度4000に108、2000に58を確認。更に別の編隊、方位0-8-1、速度300毎時、高度4000に22、3800に32、2000に28。両編隊共真っ直ぐ第1機動艦隊へと向かう』

 

「マズいな……」

 

栞が思わず零した言葉は現状を端的に示していた。

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