意外と言うべきか、当然と言うべきか、深海棲艦にも「意志」があるのは人類側にとっても周知の事実である。
それは戦場において「癖」や「性格」、「行動の傾向」として表れる。
例えば不利な状況にあっても勇猛に前進する者もいれば有利であっても情報が揃わなければ撤退するような慎重な者もいる。
そんな個性を発揮する深海棲艦だが、軍隊にも似た組織系統である以上情報共有や共通認識も勿論存在する。
例えば、「人類航空母艦は最優先警戒目標であり最優先攻撃目標である」等だ。
言うまでもないことではあるが、第二次大戦型の兵器によって構成される艦娘や深海棲艦からすれば現代のジェット航空機は完全に超兵器だ。
深海棲艦の立場から見れば、人型艦ならば攻撃そのものは無意味であっても艦載機は撃墜されてしまう厄介な存在であり、数の上で主力である艦船型ならば撃墜、阻止はほぼ不可能でありながら一撃必殺の攻撃を行って来る最大限の脅威となる。
とは言え無尽蔵と言ってもいい戦力を有する深海側からすれば、かつてのMe262に対する連合国軍の対策と同じく「離着陸時に攻撃する」、「策源地そのものを叩く」戦術で対応出来た。
が、だ。
航空母艦となればそうは行かない。
自ら動き、常時護衛艦という強力な高射陣地に守られた空母の周辺にのこのこ近寄るのは文字通り自殺行為でしかない。
対策は実質後者のみに絞られる。
当然、「大戦力による」という前提はあるが。
そこで深海艦隊が採った戦術は既に出撃した攻撃隊に攻撃目標の変更を下令するというものだった。
即ち、本隊からの166機と別動体からの82機、本来艦娘部隊を撃滅するべく放った全ての攻撃隊を第5艦隊に差し向けたのだ。
この動きを探知した第5艦隊は北西に変針しつつ増速、直ちに直掩機の収容と補給を行い温存していた機も加えて再出撃を行った。
完全に総力戦の構えだ。
「今回は来るぞ、俺達の上に敵機が……」
蒼空へと消えていくフランカーをモニタ越しに見遣る栞。
その言葉を聞いてアリカは生唾を飲み込んだ。
残念ながら深海機に高性能な対空ミサイルは全く用をなさない。
勿論、近接信管による攻撃を行えばある程度はダメージを与えられるが、平均して中SAMを3発は使わなければ単発機も落とせないのでは余りに非効率的だ。
結果として、例えイージス艦であろうと速射砲やCIWSで戦わざるを得なくなる。
その為に第5艦隊は編制された……のだが、現状艦の数は足りず本格的な砲撃型艦艇も「いずも」と「よしの」のみ。
迎撃をすり抜けた敵機は速射砲とCIWSを少数装備しているだけの現代艦で阻止するしかない。
ただ、圧倒的不利かというとそうでもない。
早期警戒機のレーダーによって敵機の動きは丸裸であり、再出撃した直掩機は艦隊遥か手前で迎撃が可能だ。
32機のフランカーと40機の零戦52型、24機の零戦63型……事実上「なでしこ」と「瑞鶴」に搭載された全ての戦闘機が166機の編隊に向かっている。
当然、82機の編隊は何の妨害も受けず艦隊に到達することになった。
『………』
敵機が来るであろう東北東の空を睨む瑞鶴達の表情は第一次迎撃戦時の比ではない程に深刻だ。
その周囲の艦達が空に向ける速射砲やCIWS。
瑞鶴達艦娘から見れば余りにも数が少なく頼りなさげに見えた。
その中でも数少ない例外である「いずも」は真っ先に敵機と対峙するであろう艦隊右翼から移動していない。
数少ない砲撃型艦として艦隊の盾となる構えだ。
そして、とうとう対空戦闘用意が通達される。
「敵機更に接近、視認距離まで至近!」
「全艦武器使用自由。ランダム回避運動、撃ち方始め。「瑞鶴」と「なでしこ」には絶対に攻撃させるな!」
「全艦武器使用自由!撃ちぃ方始め!」
「ランダム回避運動開始!各艦衝突に注意せよ!」
警報が鳴り響き、未だ視界の外である敵機を対空砲が狙う。
潮が不安げに陣形反対側の「いずも」とその前方を進む曙に視線を送る。
曙は半信半疑と言った様子で空を睨む。
『……来た……っ!』
瑞鶴の小さくも鋭い呟き。
ほぼ同時に空に数多の黒点が滲んだ。
艦娘部隊ならここで戦艦による3式弾の砲撃が行われるのだが、「いずも」にはそういった装備は無い。
瑞鶴達の不安は更に深まった。
「艦爆と思しき編隊は散開を始めました。2方向から突入してくるつもりのようですね」
「戦闘機らしき編隊、降下を開始。艦攻らしき編隊も高度60につきます」
「あ!ヤロー、雲の上から……!優先目標艦爆!」
12機と20機に分かれながら雲上を進む艦爆。
雲の切れ間から空母を攻撃する腹積もりなのだろう。
それを見た栞の命令に合わせ各艦の速射砲が急角度で仰角を取る。
そして、その時を迎えた。
「右舷各速射砲、全門自由射撃!始めぇ!」
火器管制官の声に続いて、CICにも太鼓を連打しているような腹の底に響く砲声が僅かだが聞こえて来た。
「いずも」に備えられた片舷3基、6門の速射砲が射撃を開始したのだ。
「「くにつかぜ」、「すずらん」、「しまゆき」砲撃開始!」
更にモニタの向こうに僚艦が砲撃する姿が映る。
端から見れば雲に向かって闇雲に砲弾を放っているようにも見えただろう。
案の定曙と潮は絶望した表情でそれを眺めている。
唯一瑞鶴だけは先程とは違う表情を浮かべていた。
結果はすぐに現れた。
次々と部品を撒き散らしながら黒煙を吐いて墜落していくDB-1C。
当然マグレなどではない。
レーダーによってつぶさに捕捉、追尾し、高精度の速射砲で次々と近接信管を撃ち込んでいるのだ。
本来なら対艦ミサイルを叩き落とす為の速射砲だ、レシプロ機相手ならばオーバーキルと言っていい。
視界が通らない雲の上でどれだけ回避しようとその鼻面に砲弾が送り込まれ次々と撃ち落とされる……深海艦爆隊は壊乱状態に陥った。
編隊は完全に崩壊。
ある機は攻撃を続行しようと突入を続け、ある機は爆弾を投棄し退避に移る。
寧ろこれだけの混乱に陥りながら一切の空中衝突が起こらなかったのは深海機の練度の高さを示しただろう。
瞬く間に艦隊2時方向から突入を図った20機は壊滅し残った7機が這う這うの体で退避していく。
残る12機はその間に艦隊へと接近、まさに降下せんと機体を捻った。
……捻ろうとした。
それを40mmの砲弾が毎秒120発以上の数で貫いた。
「いずも」と「なでしこ」に備え付けられたCIWS「アイアン・ガーダー」が猛烈な勢いで40mmガトリングガンを撃ち続ける。
1発でも命中すれば致命的な40mm機銃弾を十数発浴びて無事な機体などある訳もなく、DB-1Cは次々と爆散。
この時、すでに最後尾の「しきかぜ」を含む右翼各艦の速射砲が低空を進む艦攻へと射撃を開始していた。
恐ろしく精確に艦攻の鼻面で砲弾が炸裂し、黒煙で海上が埋め尽くされる。
断片の嵐に自ら突入する格好となり、次々とズタズタにされ黒煙を吹いて海面へ墜落するDA-1C。
それを見て呆気にとられていた「曙」が慌てて射撃を開始する。
周囲の艦と比べれば射撃速度も精度も段違いに低調だが、それでも砲煙が増えればそれだけ命中率が上がるのだから全くの無駄ではない。
事実、敵機は次々と炎に包まれ海面へと墜落していくのだから。
先頭集団が瞬く間に壊滅したのを見て後衛の編隊は波間に突っ込む危険を無視して速度を上げる。
それでも海上が凪いでいるからだろう、脱落機はなく急速に接近してきた。
その多くは真っ直ぐ「なでしこ」に向かうが、その進路にはやはり「いずも」が立ちふさがる。
それまで上空を狙っていた右舷のCIWSが即座に照準を変更し僅かに俯角を取ると再び猛烈な射撃を開始した。
海面に無数の水柱が立ち上がり、その散布界の中心に捉えられた機体は40mm弾の洗礼を諸に受け爆発四散してしまう。
それでも艦爆隊が攻撃を引き受けてくれていた分は接近出来たが、そこからが彼らの地獄だった。
「いずも」を飛び越えようとした集団は「アイアン・ガーダー」に加えてCIWS「ファランクス」の20mmガトリングガンによる射撃も浴びせられる羽目になったのだ。
40mm弾よりはマシと言ってもその破壊力と連射力は航空機を破壊するのに十分な威力である。
黒煙を吐きながら次々と海面へと突っ込んでいく敵機。
ここに至り残存する攻撃機は「なでしこ」への攻撃を諦め「いずも」へと目標を変更した。
僅かに進路を変更すると、最早編隊も統制も何もない各機が魚雷を投下すべく速度を落とした。
しかし、それを見逃す程CIWSは甘くない。
最後に残った5機も瞬く間に撃墜され、艦攻は文字通り全滅した。
投下された5本の内「いずも」へと向かった魚雷は2本。
他は明後日の方向へ進んでいる。
その2本も「いずも」の戦艦とは思えない素早い機動に全く命中することが出来なかった。
ほとんど揺れず、また巡洋艦を思わせる急機動を見せ付けながら陣形に復帰する。
(一体どこが海軍モドキだって言うのよ……!)
思わず怒鳴りつけたくなる衝動を飲み込み、すまし顔で航行する「いずも」を睨み付ける瑞鶴だった。