破れたカボチャの馬車(仮題   作:猫毛布

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第3話

目を覚ました。

頭痛のする頭と乾いた喉を感じてよろよろと布団から脱出し流しへと向かう。

流しの近くにはグラスが立っていてその中には透明の液体が入っている。鼻を寄せるまでもなく、中の液体を流しへと棄てれば僅かに香るアルコール臭。どうやら記憶にない私は楓さん達をタクシーで送ってから一人で呑んでしまったらしい。

近くの冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して胃へと押し込んでいく。潤う喉に対して冷たい水で意識が覚醒していき頭で除夜の鐘が鳴り響く。108ツ鳴ろうが私の煩悩と悩みは消えないけれど。

 

空になったボトルから口を離して息が溢れる。頭の天辺か、それとも前頭葉辺りか、いいや後方かもしれない。いっそのこと全部かも。

ともかくとして、私はお酒の無い国に行きたかった。これ以上飲まない為に。ついでに記憶に残る弱い自分を捨てるために。失言を忘れるためにお酒が欲しい。

 

「ふぅ……。にぃー」

 

鏡の前で笑顔を作り上げる。笑え、笑え、笑え。ソレほど笑顔である時は少ないが、それでも笑顔は大切なのだ。

聊か不格好な笑顔の自分を見て、よし、と一声。

時計を見ればまだ余裕はある。頭の中で準備時間や移動時間を考えるても問題はない。

 

「今日も頑張ろう」

 

何はともあれ、一番最初は恐らくアルコールの臭いが染み付いたこの体を清めることから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

三年前の上津メイという人物の世間での評価、つまるところアイドルであった私の評価は、私にとって過ぎたモノだった。ソレを知ったのは二年前で、アイドル活動を自主的に、或いは必然的、もしくは偶然的に止めてから一年過ぎた時だった。

よく一緒に仕事をしていた765プロの女王様と同じように幻想めいて、そして彼女よりも厳しい。そんな印象だったそうだ。

氷、という表現が上津メイの評価だった。孤高の姫。氷湖の花。ピグ○ム。最後の評価はさっぱり分からなかったけれど、どうやらどれも他人を寄せ付けないという印象だったらしい。

良くも悪くも、その時代の私を知っている人からすれば私という存在はとにかくキツい性格に思うようで。怖がられている、というか一歩引かれる。

果たして何が悪いのか、いや、全部悪いんだろう。そもそもアイドルという職業に就いていたというのに人を寄せ付けないなんて評価を受けていたのだから、結果としてその評価は的を得ていたといえる。

その頃の私が目指していた物が孤高、などと言えばアイドル時代の私は目標に近い存在だったのかもしれない。アイドル時代だったならば、という話。

今の私は346プロの社員であり、カボチャの馬車なのだ。決して恐れられて良いわけもなく、挨拶を交わして逃げるように走り去られる訳もいかない。

 

「いや、フツーに緊張してるだけじゃないですか?」

「私ごときで緊張するものですか?城ヶ崎さん」

「フツーはしますよ。一世を風靡したアイドルが目の前にいるんですよ?」

「……でも私ですよ?」

「むしろメイさんだからこそなんですけど……」

 

私のことを目を細めて呆れたように見ている城ヶ崎さん。アイドル時代の私ならいざ知らず、今の私の何が怖いのか。

色々と考えていると城ヶ崎さんの口から溜め息が吐き出された。

 

「メイさんの自己評価の低さは良くないけど、いいです。それで、私に話ってなんです?」

「妹さんについて少しだけ」

「何かしました?」

「あぁ、いえ。少しだけ妹さんのお話を聞こうかな、と」

 

ばつの悪そうな顔をされたので否定を入れておく。むしろ妹さん、城ヶ崎莉嘉さんとちゃんとした会話をしたことはない。出会ってはいるのだけれど。

 

「なるほど……莉嘉と直接話したほうが早くないですか?」

「その……」

「あー、最初の話に戻るんですね」

「ハイ……私ってそんなに怖いんでしょうか?」

「…………」

 

私を見て固まっていた城ヶ崎さんは少ししてから視線を外して何かをぶつぶつと呟いている。良くみれば耳も赤い。

額を合わせる訳にも、ましてや顔を触ることも出来ないので机に置かれていた手をそっと握りしめる。ビクリと動いた手はそのまま硬直している。

 

「メイさん?」

「風邪ですか?脈拍も早くなってるようですが……」

「……はぁ」

「健康には気を付けてくださいね」

「天然タラシめ」

 

失礼な。タラシの素質は皆無だ。

手を離してコーヒーを飲み込む。相変わらずジトリとこちらを睨んでいる城ヶ崎さんはもう一つ溜め息を吐き出して「莉嘉、莉嘉のことかぁ」と呟いて腕を組んでいる。どうやら彼女から話を聞くことは出来るようだ。

どうしてか嬉しそうな彼女を見ながら、私はコーヒーを口に含んだ。

 

 

 

 

 

城ヶ崎さんのスケジュール上仕方なく、彼女を仕事場まで送り届けてから部署に戻ってきた。帰り際に、「メイさんはもっと自分の気持ちをはっきり言えばいいと思いますよ」と痛いところを突く発言を頂いた事を除けば万事順調だと言えた。

自分の気持ち、想い、叶わない願い。叶わない事はないだろう。きっと私の願いなんて物はちっぽけで、それこそ私が一歩踏み出せば叶うのだ。けれどそれは叶わない。叶えてはいけない。自責や後悔がないと言えば嘘になる。それこそ私は責任をすべて放棄して、逃げ出したのだ。だからこそ、私は怖い。ただ単純に怖いだけだ。

自分の願いが、気持ちが怖くて、逃げている。願いは叶えたい。叶えたくない。

 

息を一つ吐き出す。なるべく表情に感情を出さないように、頭を切り替える。

扉を開き、適当な挨拶を飛ばせば千川さんから返事が戻ってきて、その少しあとに武内さんの低い声が聞こえた。

 

「上手くいってないんですか?」

「……はい」

 

彼の声の調子で、何となく察してしまった私が聞けば、申し訳なさそうな武内さん。その大きな体格が少しばかり小さく見えてしまう。

 

「問題ありません。想定してました」

 

そもそも何も無くアイドル候補を探すというのが無理があるのかもしれない。いや、無理ではないのだろうけど、運も必要なのだろう。だからこそ余裕をもったスケジュールは既に組んでいる。早く見つけてくれることが一番いいけれど、彼がしっかり判断してくれる方がいい。

 

けれど、どうしてだかその武内さんは余計にへこんでいる。

はて?と首を傾げても答えは出ず、どうしてか苦笑してる千川さんの方を向けばにっこりと微笑まれる。

 

「何か間違ったことでも言いましたか?」

「いえ、上津さんが悪いという訳では……私が不甲斐ないばかりに」

「武内さんが?何を言ってるんですか」

「変に勘違いをしてるんですよ」

 

苦笑がクスクスとした笑いに変わっている千川さんが首を傾げていた私たちに声を掛けた。武内さんはやはり首の後ろを撫でて困り顔だ。

勘違い。大きな体躯を縮ませた武内さんが更に縮んだのは私の発言が原因だろう。内容的に遅れても仕方がないから言ったのだが。なるほど、捉えようによっては彼に無能の烙印を押してしまったのかもしれない。

 

「すいません。仕事内容を考えてある程度の余裕もあったので予想していただけです。……その。無能とか、不甲斐ないとか、使えないとか、そういう意味ではありません」

「上津さん、実は楽しんで言ってませんか?」

 

千川さんの言葉で顔をあげてみれば空気が暗い武内さん。楽しんでなどいない。人を貶めて楽しむ感情など持ち合わせていない。

落ち込ませてしまった。何か言わなければ。どうにか持ち上げなければいけない。

 

「その、えっと、武内さんなら大丈夫と、そう信じてますので」

「さっさと候補をナンパして来いってことですよー」

「千川さん!?そんなこと思ってません!」

「いえ、流石に……」

「武内さんまで……」

「そういう訳ではなく。冗談とわかってますので」

 

困ったように、けれども雰囲気は柔らかくなった武内さんが落ち込みそうな私を制した。

変わらずも仏頂面だったけれど、彼との付き合いも中々にあるのだ。流石にわかる。安堵の息を吐き出して千川さんを見ればクスクスと笑みを作っている。楓さんの様に膨れ面を晒したところで私では可愛げも出ないので改めて溜め息を吐き出すに留まった。

 

「上津さん」

「はい?」

「貴女の期待に応えてみせます」

「……精々頑張ってください 」

 

込み上げる何かを押し止めて、私は自分の席へと向かう。どうしてだか顔が熱く、後ろからはやっぱり千川さんの笑い声が聞こえた。

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