──ふらり、と体が傾いで。
気付けば空に浮いていた。
ふわふわと頼りない足元の遥か下を、じっと見ていた。
─嗚呼、私は夢を覗いているのだ。
風に靡く金色の髪に、私は何とはなしにそう思う。
視線の先には、里が在った。
山が在った、川が在った。
尚も世界をじろりと見下ろして。
人が居た、妖が居た、獣がいた。
皆、生きている。
ぐるりと閉じたこの世界で。
そして、小さく笑った。
『わたし』は、満足げに、笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして、目が覚めた。
風が強く、カタカタと障子が揺れている。
目を開けば、きんいろが目に入った。
まだ働かない頭を懸命に回して、きんいろに手を伸ばす。
指の間から零れていってしまうそれは、どうやら誰かさんの髪の毛のようで、
つまりは。
「ゆか…り…?」
眠っている。
何時もなら、とうに目を覚まして私を見ているのに。
ひゅう、とまた風が吹いた。
「…夢を、見ているのかな」
先の光景を思い出して、ふと呟く。
夢の主は未だ目覚めずに、感情の覗けない寝顔をしている。
けれど私には、どこか寂しそうに感じた。
少しでも気が晴れればと、しっかりと手入れされていることを伺わせる髪を梳くように、ゆっくりと手を動かす。
そうすると紫は口元を緩めて、気持ちよさそうに吐息を零した。
何時もと違い、まるで幼子のようにこちらへ委ねる紫は、なんというか。
「………かわいい」
思わず口をついたその言葉に反応するように、紫が身じろぎをする。
…どうやら起こしてしまったらしい。
寝ぼけているのか、紫はトロンとした目で此方を見つめてくる。
「ぅん……れいむ?」
私は答えずに、そっと微笑んだ。
紫が動かないてのでしばらく撫でていると、漸く我に帰ったのか頬が朱くなっていく。
それでも逃げないまま、ひとしきり撫で終えた後。
紫が今度は困ったような顔で口を開く。
「ごめんなさい……そろそろ、みたいね」
「…ええ、分かってるわ。もう冬だものね」
そう、分かりきっていたこと。
何時もと同じで、暫しの別れを迎えるだけ。
「貴女を放っておくのは、とても心苦しいのだけれど」
「仕方の無いことよ。それに毎年のこと、もう慣れたわ」
─嘘だ。
何時も苦しくなって、辛くてどうしようもなくなるのに。
紫もそれを分かっているようで、困ったように笑う。
だけどもう限界なのか、何度も目を擦りながらまた口を開いた。
「本当にごめんなさい。何か残していければいいんだけど」
「……じゃあひとつだけ」
そう言って、疑問を浮かべようとした紫の口をふさぐ。
直ぐ目の前に驚いた紫の顔が見え、その目が真ん丸になっているのが可笑しくてつい笑ってしまう。
「……んっ…これで、満足だわ」
「………貴女は本当に」
紫もまた、小さく笑って。
今度は私の額に唇を落として、そして。
「それじゃあ──おやすみなさい、霊夢」
「ええ、おやすみ。紫」
ずるり、と開いたスキマへと落ちていった。
程なくしてそれが閉じてしまえば、後にはただ紫の体温が仄かに残っているだけだ。
─また、風が吹いて障子を揺らした。
カタカタと鳴るその音が、冬の近付いてくる足音のように思えて、少しだけ笑った。
そうしたらまた布団に潜り込んで、まだ来ない夜明けを待つことにする。
──暫くしてまた、冬の足音が聞こえた。
今度は、笑い声は無く。
ひとつだけの寝息が聞こえた。