暗殺教室 月陽の時間   作:霧咲桐乃

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タイトル通りなんで理事長メインでございます。
正直、本編の展開とあんまり変わらないので読み飛ばしていいレベル……




理事長の時間

 

 

「「「「さて皆さん、始めましょうか!」」」」

 

『……いや、何を?』

 

 5月も後半に差し掛かり、梅雨に向けて屋外も屋内もわずかながら湿気が出始めてきたこの日。

 E組生徒の目の前には、やけに気合の入った殺せんせー“たち”が立っていた。

 

「学校の中間テストが迫ってきました」

「そうそう」

「そんな訳でこの時間は」

「「「「高速強化テスト勉強を行いますッ!!」」」」

 

 その瞬間、全員それぞれの目の前に顔をくわっと強張らせた殺せんせー(分身)が出現。マッハ20で大量の分身を出現させた殺せんせーは、生徒たち一人一人にマンツーマンの指導を開始する。

 

「さて伊月君、君はどうやら根っからの文系タイプで、理系科目は苦手のようですねぇ。なので今回は、数学と理科を中心に勉強していきましょう! まずは数学からです!」

 

 そう言って伊月の前に立った殺せんせーの頭には、『数』という文字が書かれたハチマキが巻かれていた。伊月だけに限らず、殺せんせーたちは各人の苦手教科ごとのハチマキを巻いている。内訳は、国語六人、数学九人、社会三人、理科四人、英語四人、苦手科目の多い寺坂だけは何故か『NA○UTO』だった。

 

「何だか、また速くなったんじゃないか、殺せんせー?」

 

 殺せんせーによる分かりやすい説明を聞きながら、ふと伊月は自然に湧き出た疑問を口にした。

 この前まで四、五人くらいしか分身が出せなかった殺せんせーは、今やクラス全員分の分身を出せるようになっていた。

 伊月の質問に、殺せんせーはヌルフフフと笑う。

 

「そうですねぇ。まあ、皆さんが日々学び、進化していくのと同じように、先生も日々進化するのですよ」

 

 そう、進化。それは果たして、何のための進化なのか。一年後に地球を滅ぼすための準備でしかないのか。その答えは伊月にも、無論E組の誰にも分からない。殺せんせーしか分からないのだ。

 何にせよ、結局は暗殺者にとって極めて厄介な暗殺対象(ターゲット)であって、

 

「……とまあ、この数式はこうすることで計算できるというわけです。分かりましたか、伊月君?」

 

「……はい」

 

 しかしながら、テストを控えた生徒には心強い先生なのである。

 と、

 

「にゅやっ!?」

 

「うおっ!?」

 

 突然、殺せんせーの顔がぐにゃりと歪んだ。

 

「いきなり暗殺をしないで下さいカルマ君! これ避けると残像が全部乱れるんです!」

 

 どうやらこの残像、かなり繊細なものらしい。

 

 

 殺せんせーによる高速強化テスト勉強が終わり、放課後の鐘が鳴る。さっさと帰宅する者、残って復習をする者、殺せんせーを暗殺しに行く者、それぞれがそれぞれのしたいことに時間を費やす中、伊月は渚と二人で殺せんせーに出されていた課題を提出しに職員室の前にいた。

 

「それじゃ、さようなら殺せんせー!」

 

 課題を殺せんせーに提出し、彼がそれを受け取った直後に対先生ブレードを振るう。しかしいつも通りあっさりと避けられてしまう。

 

「ヌルフフフ、今日もダメでしたねぇ? また明日の暗殺に期待してますよ、伊月君」

 

 シマシマ顔で触手()を振る殺せんせーに相変わらず殺意が沸くが、ここは素直に引き下がる。

 

「惜しかったね、伊月君」

 

「さすがに初日と違って殺せんせーも警戒してるか」

 

 職員室に入っていった殺せんせーを見送り、渚とそんな会話をして帰ろうと歩き始めた。

 その時、伊月は職員室の窓から“彼”の姿を捉えた。

 

「!……あの人は」

 

 そこにいたのは、この椚ヶ丘学園の理事長・浅野學峯だった。つまり、この学校の支配者であり、殺せんせーや烏間、イリーナの雇い主であり、このE組を作った張本人である。

 

「理事長先生が、どうしてE組に……?」

 

「さあな……」

 

 突然やって来たこの学校の支配者に伊月と渚は揃って首を傾げ、外から様子を伺うことにした。

 

「はじめまして、殺せんせー」

 

 浅野理事長は、人の良い笑顔でニッコリと殺せんせーに微笑みかける。彼のことを知らない殺せんせーは「にゅや?」と首を傾げたが、すぐに烏間が説明をした。

 

「この方は、俺たちの教師としての雇い主だ」

 

「にゅやっ!? これはこれはこんな山の上まで! そんなことより私の給料もうちょいプラスにできませんかねぇ? 私これでも分身を少々嗜んでおりまして……」

 

 と、聞くや否やマッハで理事長にお茶を入れ、マッハで彼の肩を揉み、マッハで給料の交渉に入った担任教師の姿に、伊月たちは何とも哀れな気分になった。隣では渚が、お手製の『弱点メモ』に『弱点⑥:上司には下手に出る』と綴っていたが、それが果たして弱点と呼べるのか甚だ疑問である。

 理事長は、殺せんせーの奇怪な容姿や人間離れした身体能力を見せられてなお冷静沈着な態度を貫き、驚いた表情は微塵も見せておらず、それどころか気さくに笑っていた。

 

「こちらこそすみません。いずれご挨拶に行こうと思っていたのですが。あなたの説明は防衛省やこの烏間さんから聞いていますよ。まあ、私には全て理解できるほどの学はないのですが……」

 

 そう言って立ち上がり、ずいと殺せんせーに顔を近づける。

 

「……なんとも悲しい生物(おかた)ですね。世界を救う救世主となるつもりが、世界を滅ぼす巨悪と成り果ててしまうとは」

 

「……………」

 

 伊月と渚には、理事長の言っていることの意味が理解できなかった。

 救う、滅ぼす……どういう意味なのか?

 その答えがなされぬまま、理事長は一度息を吐く。

 

「いや、ここでそれをどうこう言うつもりはありません。私ごときがどう足掻こうが、地球の危機は救えませんし……余程のことがない限り、私は暗殺にはノータッチです」

 

「随分割り切っておいでなんですね? 嫌いじゃないわ、そういう男性」

 

 感心したように言ったイリーナに「光栄です」とお辞儀をして、しかしすぐに頭を上げると理事長は再び椅子に腰掛けた。

 

「しかしだ。この学園の長である私が考えなくてはならないのは、地球が来年以降も生き延びる場合──つまり、仮に誰かがあなたを殺せた場合の学園の未来です」

 

「学園の未来?」

 

 オウム返しで尋ねた殺せんせーに、理事長は無言のまま頷いた。

 

「率直に言えば、ここE組は()()()()でなくては困ります」

 

 その瞬間、場の空気が瞬時に強張ったのを感じ取った。

 

「……このままと言いますと、成績も待遇も最底辺という今の状況を?」

 

「はい。働き蟻の法則を知っていますか? どんな集団でも20%は怠け、20%は働き、残り60%は平均的になる法則……私が目指すのは、5%の怠け者と95%の働き者がいる集団です」

 

 理事長は、その眼の奥に光る怪しい光をさらに強く輝かせて言う。

 そう、E組とは「怠け者」なのだ。E組に落ちた5%の怠け者と、それを見て「ああはなりたくない」と強く思う95%の「働き者」たる本校舎の生徒たち。「働き者」は「怠け者」を強く軽蔑し、迫害することで「働き者」たらんとする。

 それが、浅野學峯が掲げる合理的学校経営の理想だった。

 しかしそれは、「怠け者」がいてこそ成し得ることのできる理想である。そのためには、E組という「怠け者」たちがいつまでも弱く惨めであり続けなければならないのだ。

 

「実は今日、D組の担任から苦情が来まして。『うちの生徒がE組の生徒から凄い目で睨まれた』『殺すぞと脅された』とも……まあ、暗殺をしているのですからそんな目も身に付くでしょう。それはそれで結構」

 

 そこで理事長は言葉を切り、

 

「問題は、成績底辺の生徒が一般の生徒に逆らうこと。それは私の方針では許されない」

 

 強く非難するように彼は言った。それが、今回ここに来るに至った理由だったのだ。自分の教育方針に沿っていないE組に釘を刺すために。

 

「以後慎むよう、厳しく伝えてください」

 

 席を立ち、ゆっくりとドアのところまで歩いていく理事長。その手前でふと立ち止まると、急に振り返って殺せんせーに向けて知恵の輪を投げつけた。

 

「一秒以内に解いて下さい」

 

「え、ちょっ、いきなり!?」

 

 突然投げつけられた知恵の輪と、間髪入れずに告げられた「一秒以内に解け」という命令。殺せんせーはすぐに攻略にかかるが、テンパって触手が上手く動かせないのと一秒という短すぎる条件も合わさり、次の瞬間には知恵の輪も解けずに、それどころか知恵の輪に絡まってその一部と化した哀れな担任教師が完成してしまった。

 

「「(なんてザマだッ!)」」

 

 恥を晒す担任教師に心中でツッコミを入れる伊月たちを他所に、理事長は殺せんせーの滑稽な姿に声を上げて笑った。

 

「噂通りスピードは凄いですね。確かにこれなら、どんな暗殺もかわせそうだ。でもね殺せんせー……この世の中には、スピードで解決できない問題もあるんですよ」

 

 床に這いつくばる殺せんせーを冷酷に見下ろしながら告げ、「それではこれで」と理事長は職員室を後にした。ガラガラとドアが開き、伊月と渚は慌てて横に退いた。すると、理事長と目が合った。

 

「おや? 横河君か。久しぶりだね。そういえば、君もここにいたんだったね?」

 

「……ええまあ。()()()はどうもお世話になりました」

 

「いや良いんだ。君がこうしてE組に落ちてくれたことが何よりの誠意の証となっているんだからね」

 

「……………」

 

 理事長は笑顔だった。だからこそ、伊月は浅野學峯という男の“恐ろしさ”を再認識した。

 理事長は早々に伊月から視線を外すと、今度は渚にその笑顔を向けた。

 

「今度の中間テスト期待してるよ。頑張りなさい」

 

 理事長はそこで渚からも視線を外し、二人の元を去っていった。その顔からはすでに、笑顔が消えていた。

 まるでそのまま貼り付けただけのような作り物の笑顔、とても乾いた「頑張りなさい」の言葉。

 その二つは、“暗殺者”を一瞬にして“E組”へと引き戻したのだった。

 

 

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