とりあえず書いてみました。感想などございましたら、どんどん書いてください!
始めの時間
一ヶ月の停学処分を受けてから今日で三週間と四日が経過し、
二週間目あたりからやることがほとんどなくなってしまいダラダラした生活を送っていたが、それもあと三日で終わり、少し遅めの新学期が始まる。しかし、だからと言ってそれが楽しみかと問われれば、伊月は「別にそうでもない」と即答する自信があった。
なぜなら──オレは“E組”だから。
伊月が通う私立椚ヶ丘中学は、日本有数の超名門進学校で、日本全国から注目を集めている学校である。しかしこの学校は、3年生になる際に学業成績や素行の悪い生徒たちを『特別強化クラス“3年E組”』にふるい落とすシステムが採用されており、そのクラスは全校生徒及び職員の差別の対象とされている。
通称『エンドのE組』
伊月は“とある理由”で、そのE組にめでたく落とされてしまったというわけなのである。
「まあ、いいんだけどねぇ……」
ソファーにもたれながら独り言のようにポツリと呟く。伊月はE組に落ちたことに対して別に後悔はしていないし、どうしようとも思っていなかった。
『……続いてのニュースです』
「……おっ」
暇潰しのために点けていたテレビのチャンネルを適当に変えていると、あるテレビ局のニュースが目に入った。画面には他の番組でもよく見かける人気女性キャスターと、その隣には三日月の写真が映されていて、それを見た瞬間、これが一体どんな内容のニュースなのかを理解した。
『月の七割が
一ヶ月前──ちょうど伊月が学校から停学処分を受けた頃、なんの前触れもなく月の七割が消滅した。原因は不明、犯人も不明。今でこそある程度の落ち着きは取り戻しているものの、人類史上例を見ないこの大事件に当時は世界中がパニックに陥った。
「ホント、一体どうしたらこんなことになるのかねぇ……」
他人事のように呟いて、伊月はテレビを消してソファーに横になった。
例え月の七割が消滅したとしても、それでこの日常が変わるわけではない。月をあんな風にした元凶がなんなのか気にはなるが、正直どうでもいいことだった。
伊月は月のことを頭の中から削除し、テーブルに置いてあったもはや何度読み返したかも分からない漫画本に手を伸ばして読み始めた。しばらくそうして寛いでいると、ピンポーンと玄関のチャイムが静かな屋内に鳴り響いた。
「はいはーい、ちょっと待ってねー」
そんな間延びした返事をして起き上がり玄関に向かう。ロックを解除しドアを開けると、そこには黒の背広スーツを着た二人組の男女が立っていた。
「えーと……どちら様?」
「突然の来訪、申し訳ない。君は横河伊月君で間違いないか?」
「……ええ、そうですけど」
180センチ台の高い身長に、スーツの上からでも分かるがっしりとした体型、毅然とした態度、隙のない立ち振る舞い。
只者じゃない。目の前の男性を見て伊月はそう判断した。彼だけではない。彼の後ろに控える女性も、一見して華奢な身体をしているが一片の隙も見せていない。
突然の普通ではない来訪者に警戒心を剥き出しにしていると、それを察した男性は「我々は怪しい者ではない」と否定した。
「我々は防衛省の者だ」
「防衛省……」
聞き馴染みのある言葉だった。
防衛省……確か、かつて父が働いていた場所だったはず。そんな所が一体何の用だと言うのだろうか。
「ともかく、まずは君の家に上がらせてもらっても良いだろうか? 詳しい話は、その後にさせてもらう」
「……ええ、どうぞ」
ひとまずは怪しい者たちではないということが分かったので(それでも完全に警戒は解いていないが)、伊月は二人を家に入れることに同意した。
彼らの話というものが、文字通り“地球の命運”を賭けたものだとは露ほども予想せぬまま。
◯
「それで、烏間さん……ですっけ? オレに一体何の用ですか?」
平日の午後に突然やって来た来訪者──烏間惟臣と園川雀の二人に来客用のコーヒーを差し出しながら、伊月は開口一番に質問をした。
「本題に入る前に確認なんだが、君は私立椚ヶ丘中学に通っており、今年度から3年E組に転級となった……これで間違いはないか?」
「……はい」
「そうか。ならば単刀直入に言わせてもらうとしよう」
そう言って烏間は懐から一枚の写真をテーブルの上に置いた。
「これは、日本政府からの極秘依頼だ。君に──いや、君たちE組に、
「…………」
テーブルの上に置かれたその写真を見て、「暗殺」という物騒極まりない言葉に対するツッコミが思わず喉元で引っ込んでしまった。
「えーっと……いろいろツッコミたいところもあるけど、まず……この子供の落書きみたいなのは?」
「……そいつが
「………マジ?」
この写真には、そのターゲットとやらの全身が写されていた。
まず体色は黄色く、顔は点のような目が二つと大きく裂けた口が付いているだけで耳や鼻は無かった。アカデミックドレスを着込み三日月をあしらったネクタイを締め、そこから伸びる無数の手足もまるで軟体動物のように曖昧。その姿はなんというか、まるでタコみたいな生物だと思った伊月は決して間違っていないはずだ。
言葉を失っている伊月に構わず、烏間はこの生物についての説明を続けた。
最高時速はマッハ20という超スピードで、地球に現存する兵器ではそのスピードについていけず傷を付けることさえもできない。さらに驚くことに月の七割を破壊したのはこの生物(?)で、こいつは来年の三月にこの地球をも破壊するらしい。
「各国政府は秘密裏に軍隊を派遣してこいつの殺害を図ったがことごとく失敗。どうするかと頭を抱えていた時に奴の方から我々に接触し、ある声明を出した」
曰く、『殺されるのはごめんだが、椚ヶ丘中学の3年E組の担任ならやってもいい』と。
「………うん、そこがよく分かんないんですけど」
「心配ない。俺たちにもよく分からん」
いや全くもって心配なくないんですけど! と伊月は声を大にして言いたい衝動に駆られたが、二人の疲れきった顔を見て、ああこの人たちも相当苦労してるみたいだなあ、と思い寸前で飲み込んだ。
「奴の狙いは分からんが、政府はこの声明を絶好のチャンスと判断した」
「なるほど……つまり、30人近い人間がこいつを至近距離から殺せるチャンスを得られた、と」
「そういうことだ。なお、奴の暗殺に成功した場合の成功報酬は──100億円だ」
「ひゃくっ!!?」
予想だにしなかった金額を提示され、伊月は驚愕に目を見開く。烏間は「当然の報酬だ」と答えた。
「奴を殺すことは、すなわち人類そのものを救うということだからな。これを受けて他のE組生徒はさっそく奴の暗殺を実行に移し、つい二日前に停学が解けた赤羽
あとは君だけだと、烏間はそう言って説明を終えて黙り込んだ。こちらの返答を待っているのだろう。
伊月は暗殺対象の写った写真をもう一度手に取って観察した。何度見てもこんなふざけたタコみたいな生物に地球を破壊できるとは思えないが、彼が言っていることが嘘とも思えない。
「一つ聞きたいんですけど……」
「何だ?」
「こいつ、通常の武器じゃ殺せないんですよね?」
「ああ。というより、そもそも当たらないからな」
「だったら、どうやって殺すんです?」
「その点については問題ない」
伊月の問いに烏間はそう答えると、隣に腰掛けていた園川が持っていたアタッシュケースから緑色のナイフとモデルガンを取り出した。
「これは特殊物質を合成したナイフで、こっちの銃は同じく特殊物質を練り込んだBB弾を込めて使用する。どちらも人間には全くの無害だが、奴に対しては有効だ」
なるほど、対抗策はあるというわけか。まあ、実弾や真剣じゃなかっただけ一安心といったところだろう。
「しかし……暗殺、か……」
状況をようやく頭の中で整理し終え、伊月はソファーに深く寄りかかりながら大きく息を吐いた。
何の変哲もない日常を過ごしていたら、いきなり現れた黒スーツの人たちに地球を破壊する超生物の暗殺を依頼されてしまった。まるで漫画や映画の世界に入り込んでしまったかのような感覚だが、まごう事なき事実だった。
すると、伊月の様子を見た烏間は申し訳なさそうにわずかに顔を伏せた。
「まだ子供の君たちに地球の命運という大きすぎる責任を負わせてしまって本当に申し訳なく思っている。無理に引き受けなくてもいい。嫌だったら、断ってくれれば──」
「──いえ、引き受けますよ」
そんな彼の言葉を遮って、伊月は答えを返す。烏間は一瞬驚いたように顔を上げた。
「……いいのか?」
「はい。だってこいつは来年の三月には地球を破壊してしまって、それを阻止するためには一人でも多くの暗殺者が必要なんでしょう? だったらオレも参加します。それに……」
「それに?」
「……超生物の暗殺なんてそんな面白そうなこと、むしろ辞退する方がもったいない」
「………………」
オレのその発言を聞いて、烏間はわずかに目を細め、園川は息を呑んだ。
危ない奴だと思われてしまっただろうか。しかし、そう思われても別に良かった。この気分の高揚は、誰にも抑えることはできないのだから。
「………分かった。ならば君を正式にE組の生徒として登録させてもらう。私も今は体育教師としてE組に勤めているから、これからよろしく頼む」
「ええ、よろしくお願いします烏間先生」
差し出された手を握り返し、二人は握手を交わした。
握手を解くと、烏間は「ああ、そうだ」と思い出したように補足した。
「暗殺を依頼した者として現場の君たちの要望には出来うる限り応えるつもりだが、君から何かして欲しいことはあるか?」
「して欲しいこと、ですか? うーん………特には無いですけど……」
と、そこまで呟いて、ふとテーブルに置かれたナイフと銃を見て閃く。
「なら、早速お願いしてもいいですか?」
「ああ、何だ?」
「実は、作って欲しいものがあるんですけど……」
次に告げられたその要望を、烏間は快く承諾した。
○
四日後。午前7時35分。
今日から停学も解けて皆よりも少し遅い新学期がようやく始まり、伊月はスクールバッグを片手に椚ヶ丘中学の前にいた。
「さて……ここから約1キロ、険しい山道が続くわけか……」
正面には椚ヶ丘中学の本校舎が建っている。創立してからまだ10年ほどしか経っていないこの校舎の規模は、中学校とは思えないほど大きなものだ。しかし、ここに3年E組の教室はない。
椚ヶ丘中学の裏手にそびえる裏山──その山頂にひっそりと建てられた旧校舎に、3年E組の教室はあった。
「まったく、泣けてくるねえ。学校ぐるみの差別を受けるなんてさ」
わざとらしく肩を竦めて愚痴をこぼしながら、しかし伊月は特に気にした素振りを見せずにゆったりとした足取りで山道を登る。
「そういやあ、確か“あいつ”もE組にいるんだよな……ハハ、相変わらず元気なんだろうな」
山道を歩きながら、ふと同じクラスにいるはずの幼馴染の顔を思い出して口元を緩めた。
名前の通り、どんな場所でも太陽のように笑う“彼女”の姿を思い浮かべると、不思議と旧校舎へと向かう足取りも軽くなった。
「(ま、せいぜい首を長くして待ってろよ、化け物の先生。オレが、いやオレたちが必ずアンタを殺してやるよ)」
そこに獣のような笑みを浮かべながら、伊月はやがて、その視界に3-Eという名の暗殺教室を捉えた。
始まりの4月。地球が破壊されるまで残り12ヶ月。
始業の鐘が、今日は鳴る。