「横河、久しぶりだな!」
教室に入って来た噂の生徒、横河伊月にクラスメイトたちの視線が注がれる中、真っ先に伊月にそう話しかけてきたのは磯貝だった。
「おー、磯貝! そっか、お前もE組なのか」
「あはは、まあな」
磯貝に気付いた伊月は彼の席の前に移動すると、パンと手を叩き合う。すると、次に前原が反応した。
「おーい横河ー、オレもいることを忘れんなよー」
「おー前原……お前はまあ、いるだろうとは思ってたよ」
「うおいっ!?」
そんな冗談を交わしつつ直後には二人して笑顔で親指を立て合うあたり、仲は良好らしい。先ほど二人が言っていたように、一見すれば彼が危険そうな人物には見えない。クラスにいる全員がそう思った。
「……で、オレはどこに座ればいいんだ?」
「ああ、横河の席は菅谷の後ろ……窓際二列目の一番後ろだ」
「一番後ろね、了解」
少しの談笑の後、磯貝が指差した席に移動する伊月。彼が腰を下ろすと同時、再び教室のドアが開かれ、烏間が入って来た。
「あ、烏間先生、おはようございます」
「ああ、おはよう」
磯貝が代表して挨拶すると、烏間も無表情のまま挨拶を返した。そのまま無人の教壇を一瞥して尋ねる。
「“奴”はまだ来ていないのか?」
“奴”とはこのクラスの新しい担任となった超破壊生物のことを言っているのだろう。伊月が陽菜乃たちから聞いた話では、その生物は生徒から“殺せんせー”という名で呼ばれているらしい。
烏間の問いに、窓際の席に座っていた女子学級委員の片岡メグが答えた。
「殺せんせーなら、この前カルマ君に食べられたジェラートを買いにイタリアに行きました」
事前に殺せんせーのことは話に聞いていたからとりわけ驚くことはないけれど、改めて聞いてみるとやはり新たな担任はとんでもない怪物だった。
「そうか……なら都合がいい」
片岡の返答を聞いた烏間はそう言うと、伊月の席まで歩み寄ってきた。
「やあ、伊月君。どうだ、E組は? これから殺っていけそうか?」
「そりゃあまあ、知り合いも何人かいますし、息苦しい本校舎と比べれば過ごしやすいですよ」
伊月がそう答えると、何人かのクラスメイトが苦笑いをした。烏間はやはり無表情のまま「そうか」と頷き、懐に手を入れ、
「ところで、先日君に頼まれていた物が今朝完成したから、奴が戻って来る前に渡しておく」
そう言って烏間が懐から取り出したのは、20センチほどの長さをした長方形の物体だった。
「もう出来たんですか? オレとしてはいつでも良かったんですけど」
「君の経歴は俺を通して上層部にも伝わっていてな。上は君に対して『現状で最もターゲットの暗殺に近い生徒』として大きな期待を抱いている。であれば、君の暗殺に理想的な物を提供するのは当然のことだ」
「なんだかハードルを上げられた気がしなくもないですけど……まあ、期待に応えられるよう努力はします」
もっとも、マッハ20のターゲットに自分の技がどれだけ通用するか分からないのであまり自信はないのだが。
「貰ったばかりで悪いんですけど、早速今日試しに使ってみても良いですか?」
「ああ、それは君の物だから、使い所の判断は君に任せる」
「ありがとうございます」
伊月は烏間からその物体を受け取り、ポケットに仕舞った。
その時、教室の外で突然爆音が鳴り響いた。そのあまりにも大きな音に伊月は一瞬身構えたが、他の者が大した反応を見せていなかったので、すぐにこの音の正体が何なのかを理解した。
「おはようございます、皆さん!」
三度教室のドアが開け放たれ、元気な挨拶と共に、“それ”は入って来た。
黄色い体色にヌルヌルとうごめく触手。アカデミックドレスを着込み、月を象ったネクタイをキュッと締め、
「さあ、今日も一日元気で楽しい暗殺をしましょう!」
殺せんせーは、ヌルフフフと不敵に笑った。