※告知事項※
・少しだけ残虐なシーンが含まれております。
・一部読み辛い部分があります。ご了承下さい。
・今までのネタバレを含みますので、まず今までの話をご覧になってからお読みになることをお勧めします。
・他、何かあれば書きます。
episode 0
STORIA
あるところに、とても不幸せな家族がいた。家族といっても、父親と母親は同居していない。広大な屋敷に住むのは、母親と、年端もいかない二人の娘。
母親の名はマードル。美しい銀髪を持ち、嘗ては素晴らしい人格者だった。
二人の娘のうち、姉にあたるのはレピナー。すばしこく、活動的。
二人の娘のうち、妹にあたるのはウチーダ。あまり積極的に動かない。
父親は、少し前に『王家・カステロ』により、罪人として連行された。その罪の内容は"屋敷罪"。王家に限りなく近いほどの屋敷を持つことは、『王法23ヶ条』によって禁止されているのだ。
父親の名はペイドル。彼に言い渡されたのは罰は"10年間王家の奴隷として働くこと"。抗えば家族に危険が及ぶと感じたペイドルは、家族に内緒で自分から王家に赴いた。自分から向かうことで、下手に屋敷に近づけさせない為だ。
彼はこの事を家族に話していない。マードルは、ペイドルが自分たちを捨てたのだと解釈してしまった。
こうしてこの家族は、不幸になった――これは、そんな不幸な家族のお話。
その日は雨が降っていた。
陰鬱な雨天――空は真っ黒で、偶に真っ白な閃光が迸り、窓から屋敷内を照らした。
彼女達が住む時代では、まだ電気は日常生活に使われておらず、明かりといえば蝋燭の灯り以外、光を入手する手段はなかった。
真っ暗闇の屋敷。
どんなに豪勢な屋敷でも、こうなってしまえば絢爛さは皆無である。寧ろ広大さ故に、一般的な民家よりも暗闇の影響は強いといえよう。
そんな黒い世界の中、"それ"は起きてしまった。
「……くらいね、おかあさま」
「…………」
「ひ が もうすぐ きえちゃいそうだね」
「…………」
ぽつぽつと話すのは、姉妹の姉の方、レピナー。暖炉の炎を薄目で眺めながら、肘掛椅子に座る人物に話しかけていた。
肘掛椅子に座っているのは、母親であるマードルだ。
レピナーは話し続ける。
「ねえ」
「…………」
「まえ の おはなし を きかせてよ」
「…………」
「つづき。しまい は ゆうかん に たたかって、そのあと どうなったの?」
「…………」
「ねえ……」
「…………」
「……おかあさま」
「…………」
「……おはなし してよ」
「…………」
「……あ、ウチーダ が ねてるから だめなの?」
「…………」
「おこすよ?」
「…………」
「……おこしたら、おはなし してくれる?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
どれだけ喋っても、どれだけ話しても、マードルがレピナーに返事を返すことは、おはなしすることはなかった。そしてそれは、ウチーダがすぐ近くのソファで眠っていることとは、関係ない。
父親であるペイドルが、家族を捨ててからもう一ヶ月にもなる。帰ってくるかもしれないという淡い希望を抱いていたマードルは、その期待した分だけ、失望した。
失望して、絶望した。
絶望して、変貌した。
マードルは、屋敷から出なくなり、口を開かなくなった。レピナーやウチーダにさえ、話しかけなくなった。それどころか、話しかけられても、こうして無視するようになった。料理も、レピナーとウチーダに任せっきりで、自分はただずっと、こうして椅子に座りっぱなしになったのだ。
彼女は何を思って喋らないのか――動かないのかは、二人にはまるで分からないことだった。少なくとも、ウチーダには。
しかし、レピナーは何か思うところがあったのかもしれない。聡いところのある子であったがゆえに、母親の変貌により深く傷ついてしまったのか、レピナーはどんなに無視されても、マードルにいつも話し掛け続けていた。
いつか元通りになってくれると――淡い期待を抱きながら。
「おかあさま」
「…………」
「おかあさま ってば」
「…………」
「……おはなし してよ」
「…………」
「どうして、おはなし してくれないの?」
「…………」
「……おとうさま が いなくなって、さびしいの?」
「…………」
「もうすぐ かえってくるよ。だから、おちこまないでよ」
「…………」
「ねえ……」
「あの人の話はやめなさい」
「っ!!」
レピナーは驚いた。長い間喋らなかった母親が、遂に喋ったことに。そして、その声が、あまりにもドス黒いものへと変わっていたことに。
「お、おかあさま……?」
「…………」
「あ……」
マードルは椅子から立ち上がると、台所へ向かった。慌ててレピナーも後を追う。
レピナーは嬉しかった。ようやく自分の願いが叶ったのだ、嬉しくないはずがない。
喋ってくれた。
喋ってくれたのだけれど。
しかし――嬉しさの中、どこかに、言いようのない感情があった。
まるで暗闇の中、一人ぼっちになった時のような――怖い、という感情があった。
台所についたマードルは、出しっ放しになっていた包丁を掴んだ。
なにか を つくってくれる の かな? レピナーは思った。
そりゃあ、誰だってそう思うに決まっているだろう。後の展開を考えれば、なんと牧歌的な考えなのかと思わずにはいられないが、しかし、こんな発想がそもそも普通に暮らしていて出てくる訳がないのだ。
包丁を掴んで。
娘と一緒に心中しようなんて――そんな発想を持つのは、狂人だけで十分だ。
マードルは包丁を持ち、レピナーに近付いた。
「……え?」
「…………」
レピナーは状況を把握出来ても、理解は全く出来なかった。母親が自分に包丁を向けている、でも、どうして?
「あぶないよ、おかあさま」
「…………」
「おかあさま?」
「…………」
「ど、どうしたの、なんで ほうちょう――」
「…………」
「っ……!!」
レピナーは逃げ出した。理由は分からなかったが、ひたすらに逃げた。
彼女には、まだ"死"という概念はない。そして死がなければ、"殺す"という概念も。
同じく無い。
レピナーはソファに向かうと、ウチーダの手くびを掴み、引っ張った。
「……むにゃ……おねえさま、どうしたのです」
「ウチーダ、おきて! おへや に もどらないと!」
「ん……」
ウチーダは寝ぼけながら、目を擦った。彼女は母親の暴走を知らない。レピナーはウチーダの手くびをとにかく引っ張った。
「いたい! いたい ですわ!」
「いいから はやく! ついてきて!」
「な、なに……?」
ウチーダはレピナーに引っ張られるようにして、二階への階段を上り、二人の部屋へと向かった。
部屋に戻った二人は、ドアの鍵を閉めて、その代わりに窓を開けた。もしもドアから入られても、逃げられるように。窓のすぐ近くには大きな木があるため、飛び降りても、運が良ければ木に引っかかるだろう。
事態を把握していないウチーダは、困惑したようにオロオロと首を振っている。レピナーは窓の近くの隅で、ガタガタと震え始めた。
「おねえさま、なにが あったのですの?」
「っ……お、おかあさま が……」
「おかあさま に なにか あったのですの?」
「おかあさま が……」
「な、なにが……」
「……あくま に、とりつかれたの」
「っ!!?」
ウチーダは目を見開いた――悪魔。
人に憑いて悪さをするという魔物――レピナーが続きをせがんでいたお話の悪役。レピナーは、そのお話が実際に起きていると思っていたのだ。まあ、そうでも思わなければやっていられまい。
お話。
その題名は、素敵な姉妹のお話――悪魔に取り憑かれた人々を、勇敢な姉妹が退治していくという物語。マードルが創作した話であり、それはつまり、もう決して結末が語られない物語であった。
「あくま……ほ、ほんとうに?」
「ほんとう……じゃないと、あんなこと おかあさま が するわけ ないもん」
「ど、どうしましょう……?」
「…………」
レピナーは考える。
考えるとはいえ、弱冠5歳の幼女の考えることなどたかがしれている。この状況を打破する為に、母親を説得するなどという考えが、芽生えるはずもなかった。
思い出すのは『お話』。勇敢な姉妹は悪魔に憑かれた人々を退治した――。
レピナーは言った。
「……ウチーダ」
「な、なんですの」
「……『あくまたいじ』、やらない?」
ウチーダは唾を飲み込んだ。
遠くで、鐘の音が鳴った。
「…………」
マードルは包丁を持ち、少しずつ、ヨロヨロとフラフラと、二人の部屋へと向かっていた。
勿論言うまでもないが、実際に悪魔に憑かれている訳ではない。この蹌踉めく動きは、長い間椅子から立ち上がっていなかったが故の弊害。人間の筋肉というものは長い間使っていないと、すぐに劣化してしまうのだった。
マードルは階段で何度も躓きながら、二人の姉妹に近付いて行く。ゆっくりと、しかし確かに。
実のところ、今の彼女はまだ説得に耳を貸すギリギリの状態であった。ここで姉妹が何らかの形で説得出来ていれば、あのような未来はなかった筈だ。
しかしレピナーは、その考えに至る前に『お話』を連想してしまった。それは無理からぬことではあったが、しかしこの『お話』さえ無ければ、あんな悲業の結末を迎えることはなかったかもしれない。
マードルはドアの前にやっとのことで辿り着いた。包丁をドアに突き立て、ガリガリと引っ掻く。ドアに傷はつくものの、しかしそんな程度でドアが壊れる訳はない。この奇行から分かるように、マードルには冷静な思考力は最早皆無であった。
「……出て来なさい」
引っ搔きながら呼び掛けるマードル。当然、そんな呼び掛けで答える者など居ない。居るとしたら、それこそ狂人だけだろう。ドアの向こうに居る二人は、まだ狂ってはいないのだ――彼女たちにしてみれば。
「出て来なさいよおおぉぉぉぉぉぉ――ぐえっ!?」
狂ったように叫ぶマードル――その望みは見事達成された。望まぬ形で。
突如、扉が勢いよく開かれた。扉はマードルを強打し、突然の思わぬ反撃で、マードルは仰向けに倒れ込んだ。その反動で、マードルの手から包丁が飛び出し、床に転がった。
「いまだ!」
レピナーが叫んだ。
と同時に部屋から出て来たウチーダは転がった包丁を掴むと――
「でていけ、あくま!」
ウチーダは、マードルの首に包丁を突き刺した。
端から見れば、それは殺意ある行動にしか見えなかっただろう。しかし、彼女たちには悪意の一片さえなかった。ただ純粋に、悪魔を追い払うという善意しか存在していなかったのだ。首に包丁を刺したのは、『お話』に従っただけのこと。
「がっ――ご、ごぼっ……がご、ぐ、あ、ぁ……――」
血混じりの声にもならない声を出すマードル。どくどくと赤い水を流し、びくびくと痙攣するその姿に恐怖を覚えた二人は、マードルから距離をとった。
暫くそんな状態が続いたが、ついに、マードルの痙攣は止まった。
「……おかあさま?」
レピナーは呼び掛けた。しかし返事はない。ただの屍と化したマードルには、何も語ることは最早、できない。
「や、やっつけましたの? おねえさま」
「うん! これで あくま は もう わるさ できないよ!」
「よかった ですわ……でも、おかあさま うごきませんわ」
「うーん、なんでだろう?」
レピナーとウチーダは動かなくなったマードルに再び近寄りました。
「おーい、おかあさま?」
「だいじょうぶ ですの?」
「――――」
二人は呼び掛けますが、マードルは何も答えません。揺すっても叩いても刺しても、まるで反応がありませんでした。
「…………?」
ウチーダは首を傾げました。彼女に『死』という概念はありません。
しかしレピナーは。
「…………」
何かを察したような表情をして、赤い包丁を見つめていました。
勿論、彼女にも『死』の概念はありません。しかし、もうおかあさまは喋らない、ということを、本能的に理解してしまいました――理解出来てしまいました。
それをやったのは、自分たち。
そうしてしまったのは、自分たち。
「っ〜〜〜〜っ!!」
「おねえさま!?」
レピナーを激しい頭痛が襲いました。ウチーダは苦しむレピナーに駆け寄ります。
頭痛のタネを、レピナーは理解してはいません。それは、凄まじいまでの罪の意識に由来するものでした。無意識の聡さが、仇となってしまったのです。
「た、たいへん! おねえさま が、あくま に――」
ウチーダは包丁を再び握りました――悪魔がレピナーに取り憑いたと思った彼女は、再びそれを祓おうとしたのです。
これでは、レピナーは死んでしまいます――ですが、ここでレピナーは、ある事に気付きました。
どうしてお母様は動かなくなってしまったのか? レピナーは、頭痛に苛まれる頭で考えました。必死に考えました。
するとどうでしょう、段々と頭痛が消えて行くではありませんか。レピナーはついに結論を出しました。
「……わかった」
「え?」
ウチーダは包丁を握ったまま、レピナーを見つめました。
「ねえ、なんで おかあさま が うごかない と 思う?」
「わかりませんわ」
「わかったよ」
「ほんとう ですの!?」
ウチーダは包丁を持ちながらマードルの方へと目を向けました。
「それは どうして ですの!?」
「それはね――」
レピナーは言いました。
「わたしたちに、たべてほしいんだよ!」
「な、なるほど ですわ!」
ウチーダは納得したように頷くと、包丁でマードルを突き刺しました。
「では、りょうり して さしあげませんと! おかあさま を おいしく しましょう!」
「うん、そうだね!」
二人は笑みを浮かべ、互いの顔を見合ました。
頭痛はもう、完全に消え去ったのです。
それから すこし ひ が たちました。
レピナー と ウチーダ は きょうも げんきに たのしく くらしています。
あの "あくまばらい" いらい、ふたりは "あくまばらい"を するために、まち へと でかけるように なりました。あの おはなし とおり なら、まちのひとびと も あくま に とりつかれている はず ですから。
ふたり は ゆうかん に あくま と たたかいつづけました。けれども、ながいながい ねんげつを へて、ふたりの もくてきは へんしつ してしまいました。
いきるために "かり" を する。
"あくまばらい" から "あくまがり" へ。
あくま を かり、そして、それを たべる。
それを くりかえす ふたり は、もう あくま と どういつ なのかもしれません。そしてそれは、ふたりが ついぞ しることの できなかった、『おはなし』の けつまつと まったく おなじ なのでした。
ついに完結と相成りました。完全に自己満足の為に書かれたお話ですが、まさか読んで下さる方がいるとは正直全くと言っていいほど思いませんでした。感想まで書いていただけるとは、想定さえもしていませんでした。読み難く拙い文章でしたよね、すみませんでした。
などと卑屈なことを言っていても仕方ないので、感謝の言葉を。
『素敵な姉妹のお話』、お読み下さった読者の皆様、本当にありがとうございました。全く感謝しかございません。また何か書くかもしれませんが、その時は生暖かい目で、ああ、こいつ本当懲りねえな、とでも思っておいてください。
どうかこれを読んだ皆様が、悪魔に誑かされることの無いように。無病息災な新年をお過ごし下さいませ。