須賀京太郎は憂鬱だった。
先程の事、部の仲間に嘘をついていたことを打ち明け、謝罪することを決めた京太郎は、どう切り出したものかと悩んでいた。
嘘をついていたことが気まずい上に、一人随分と根に持たれそうな人物に心当たりがあったからである。
『原村和』
インターミドルチャンプである彼女は、咲が入部する切っ掛けとなった対局で、咲と一悶着起こしていたのである。
尤も、その咲とはすぐに和解。今ではかなり仲も良くなっている。
つまりである。清純な男子高校生である京太郎としては、おもちの立派な女子に嫌われたくなかったのと、嘘をついていた奴として、冷たい目で見られるのは避けたかったのだ。
「(どうしたもんかな…………)」
和たちが練習している風景を眺めながら、京太郎は心中で一人ごちた。
「(ま、悩んでても仕方ねえ。素直に打ち明けて謝る。話はそっからだ)」
一方、和たちの対局は佳境に入っていた。
南四局一本場、ドラは二萬、親はまこ。南場に入り失速した優希が、咲、和、まこにほとんど均等に振り込んだ結果、このような点数になった。
東家 まこ:24700
南家 咲 :28000
西家 和 :38300
北家 優希:9000
実質、捲りを狙うまこと咲、逃げ切りたい和の三つ巴の形となっている。
「タコス分が、タコス分が足りないじぇ………」
「さてさて、捲りきれるかのう」
「まだ諦めないよっ!和ちゃん!」
「今回は逃げ切らせてもらいます」
そしてオンボロの自動卓から牌が配られる。
まこ手牌
{五六八八③④⑥⑦25東西北} ツモ{赤5}
咲手牌
{一二四七七八九⑤⑤⑨77西}
和手牌
{三五九②③2347東南北發}
優希手牌
{一六六九①②2489南西北}
「(ふむ、リーチメンタンピン赤一で和了れば、親満で捲り成功……。取り敢えずは手なりで進めてみるかの)」
「(あ、これなら行けるかな?よぉし、頑張るぞ!)」
「(できれば、役牌のノミ手で逃げたかったのですが…………。対子が無いですね。重なると嬉しいのですが)」
「(うぅ、あんまりパッとしない配牌だじょ……。タコスが欲しいじぇ………)」
そしてまこの第一打。
「(ま、捲りを狙う以上字牌の処理が先決かの)ほい」
まこ手牌
{五六八八③④⑥⑦2赤55東西北}
まこ 打:{北}
「(よし、五筒が暗刻になった)」
咲手牌
{一二四七七八九⑤⑤⑨77西}ツモ{赤⑤}
咲 打:{西}
「(まずは様子見といきましょうか)」
和手牌
{三五九②③2347東南北發}ツモ{9}
和 打:{北}
「タコス、タコスが欲しいじぇ………。犬ぅ、タコス買ってこい……」
「あぁ、うん、今から買ってきてやるから対局が終わるまでにその情けない顔直しとけよ。あんまり人に見せられない感じになってるから」
優希手牌
{一六六九①②2489南西北}ツモ{⑧}
優希 打:{北}
京太郎、考える時間にもなるかと優希の頼みを快諾。廊下へ出ていった。
二順目、咲の暗刻の五筒が槓子に。
「(よし!このまま行けば……!)」
咲手牌
{一二四七七八九⑤⑤赤⑤⑨77}ツモ{赤⑤}
咲 打:{七}
「(二順目で七萬?微妙な所ですが北と西が出ている以上それ以外の字牌による筒子か索子の混一系、或いはチャンタ系か、撹乱の可能性も有りますがオーラスですし、捲りを狙いたいなら………。いえ、情報が少なすぎですね。字牌が鳴かれたら混一系を意識に入れつつ、もう少しは様子見といきましょう)」
和手牌
{三五九②③23479東南發}ツモ{4}
和 打:{東}
「(ふむ、鳴きませんか)」
「(取り敢えず字牌はさっさと処理してテンパイまではいくじょ。飛ぶのはやだし)」
優希手牌
{一六六九①②⑧2489南西}ツモ{1}
優希 打:{西}
「(うーん、役牌絡めての手作りしてる奴は少なそうじゃのう。いや、刻子で持ってるかそうでないかの二択か。ま、こういう時に限って刻子も対子も出来てない事の方が多いんじゃがのう)」
七順目の始め、まこは己が集積し続けてきた経験からそう断じた。
高校二年生で経験、というのもおかしな話に聞こえるかもしれないが、彼女の家は元雀荘の喫茶店なのである。
現在は、麻雀と同時に食事も出来る事に加え、珍しくプロも来店する喫茶店として、そこそこの売れ行きを維持している。
当然ながら、幼い頃から店の手伝いとして色々な人物と麻雀を打っていたまこは、並みの同年代を遥かに凌駕する経験を得ていたのである。
それこそ、『己が経験したデータに類似した打ち筋なら全国区の猛者たちだろうがほぼ半荘一回で対応しきる』程に。
染谷まこは『対応』の天才なのである。
「(咲の河は、最初に字牌を捨てているから露骨な索子の清一系に見えるが、違うの。点数が欲しいから、チャンタ系かドラを絡めてくるか。理牌と河から推察するに、恐らく萬子か索子の順子が一つ、萬子の筋捨てが露骨じゃから萬子かのう。それと筒子か索子の対子が一つ、種類は知らんが槓子が一つ。後はまだ分からんの。じゃが、槓での加速を考えれば確実に実質三、いや二向聴以内か。シャボか単騎で待ってきそうじゃの)」
咲 河
{西七一四⑨白}
咲手牌
{二二七八九②⑤赤⑤赤⑤⑤777}
恐るべき事に、その読みはほぼ的中していた。
既に部活で何度も咲たちと打っているまこは、今現在の彼女らの打ち筋を把握し、対応していたのである。
「(優希は南場で止まっておるし、和も積極的には攻めてこず、オリ優先の打ち筋。そこまで気にしながら打つ必要は無いじゃろう)」
「あの、染谷先輩?どうかしたんですか?」
おずおずと話し掛けられたまこは、そこそこの時間自分が考え込んでいたらしいことに気づいた。
「ああ、すまんのう。つい考え込んでおった。ほい」
まこ手牌
{三四五六八八③④⑥⑦赤556}ツモ{②}
まこ 打:{六}
そして、八順目。咲はツモ切ると同時に和了への道を確信する。
「(これの三順後のツモ番で暗槓すれば………!)」
咲手牌
{二二二七八九⑤赤⑤赤⑤⑤777}ツモ{⑨}
咲 打:{⑨}
全く不思議な話だが、宮永咲にはオカルトとも言える異能力がある。
槓材が寄ってきたり、牌が透けて見えたり、槓をすれば高確率で嶺上開花を和了ったり、プラマイゼロが何連続もできたり、ある界隈でいう所の『魔物』に近いモノがある。
その天運は、清澄高校麻雀部部長竹井久を始め、部内の他のメンバーも戦慄を禁じ得なかった。
その天運が咲に和了れる場所を見つけ出させたのである。
が、その確信を砕くように静かに発声が為された。
「リーチじゃ」
まこは九順目の第一ツモを手牌の端に付け、手出しした牌を曲げた。
「来ましたか、染谷先輩」
「(あぁ、やっと終わるじょ)」
「(………っ、間に合わないかな)……ふぅ」
まこ 河
{北東西發215横三}
「(オリたいけど、オリれない……)通るかなぁ……」
咲手牌
{二二二七八九⑤赤⑤赤⑤⑤777}ツモ{五}
咲 打:{五}
「おう、通るわ」
「はふぅ。良かった……」
「(直撃狙いかは分かりませんが、無理に打って二位以下に落ちたくはありませんし、本格的にオリましょう。一巡なら確実にテンパイを保てますし、確率的には低いですが、和了の可能性も残っています)」
和手牌
{二三三①②③2346789}ツモ{6}
和 打:{三}
「………………」←ほとんど思考停止状態
優希手牌
{六六七①③⑥⑦11289中}ツモ{⑨}
優希 打:{中}
そしてまこのツモ。
まこ手牌
{三四五八八②③④⑥⑦⑧赤56}ツモ{4}
「お、一発ツモ!リーチ一発メンタンピン赤一の……裏は乗らずか、一本場は6100オールじゃ!」
「うわ、一発ツモで親っ跳ねって……。もうちょっと放銃してたら飛んでたじぇ……」
「お見事です。染谷先輩」
「あーうー、槓が間に合わなかったよー……。もうちょっとでツモれたのに……」
槓が間に合ってたら和了ってたとか、そんなオカルトありえません。と和が返しつつ、彼女たちは今回の対局の検討会を始めた。
最終戦績
一位
染谷まこ 43000
二位
原村和 32200
三位
宮永咲 21900
四位
片岡優希 2900
「お疲れ様、いい感じの緊張感で打てたかしら?」
「あ、部長。生徒議会の方は終わったんですか?」
「えぇ。それにしても凄い待ちしてたわね、咲。私の悪待ちより凄いんじゃないの?」
「ふえ?単騎待ちそのものはそこまで悪待ちでもないと思うんですけど」
「いやいや、そうじゃなくてね、単騎待ちの上に嶺上でツモ和了確信っていうのはプロでも無理っていうか、結構とんでもない事だと思うのよ」
「平和の両面より嶺上で単騎待ちする方が和了り易いとか、そんなオカルト有り得ません!」
「……一応聞いとくが、咲は後何巡で和了れると思っとったんじゃ?」
「後一巡です。私が三索をツモって、五筒を暗槓したら嶺上開花ドラ5で和了ってました」
「んー……、確認してみたら本当にツモってるじぇ。どうなってんだじょ……」
「確率的にはありえない事じゃありませんし、偶々でしょう。」
「しっかしまぁ、紙一重じゃったわ」
「先輩の威厳は守られたわけね」
「あはは……」
冗談めかして言う久に、まこは苦笑を返した。
タコスを買った京太郎は部室に向かって歩いていた。
「相変わらず旧校舎は歩き難いな。いや、ちゃんと掃除とか整理もされてるから、綺麗ではあるんだけど」
少し古く感じられる廊下を歩きつつ、京太郎は不満気に漏らすが、言葉に反して表情は明るかった。
話をどう切り出すか悩んでいたはずの京太郎は、どこかスッキリした表情で部室のドアノブに手をかける。
「ただいまっと」
「あっ!遅いじぇ犬!早くタコスを寄越せ!」
「犬ゆうなタコス娘。ほれ、タコスだ。喜んで食え」
やったーっ!タコスーっ!とはしゃぐ優希を見て、京太郎は柔らかい笑みを顔に浮かべる。
「それにしても遅かったじゃない。須賀君。踏ん切りはついたのかしら?」
「はい。謝罪はこれでやることにしました」
京太郎は雀卓を指さして言う。静かな笑みはそのままに、瞳には闘志が滲んでいる。
「謝罪って、京ちゃん何か悪い事でもしたの?」
「あぁ、うん、まぁ悪い事だと思う」
「歯切れが悪いですね。素直に言った方が良いと思いますが」
「悪い事って言っても、麻雀打ちとしての話だからな。だから、麻雀で謝るのがスジってもんだろ」
「初心者のセリフじゃないじょ、犬」
「ふむ、取り敢えずは麻雀を打ちたいってことで良いんか?」
「そういう事です。で、誰が打ちますか?」
「あ、私やるわ」
「では私もやりましょう」
「私はタコスに集中するからパスするじぇ」
「ワシも疲れたから今回は後ろで見とるよ」
「それじゃあ、私が入りますね。良いよね京ちゃん?」
「いや、聞かなくても大丈夫だろ?咲」
京太郎、久、和、咲が卓につく。
「それじゃ、始めましょうか」
賽が回り勝負が始まる。
京太郎は久し振りに昂っている自分に気付き、こういうのも悪くないと笑った。