須賀京太郎は受け継いだ
十年ほど前の事である。当時の京太郎は雨宮姓を名乗っていた。別に複雑な何かがあったわけではない。父親の姓が雨宮だっただけの話であり、現在名乗っている須賀姓は母親の家系の名字というだけである。
その頃の京太郎の父と伯父は極道の代打ちをしていた。尤も、その事を伝えられたのは『竜』と対峙する直前だったのだが。
話が逸れたが、極道の間では雨宮の名はそこそこ有名だったようである。
曰く、『面前主義者』『鳴き殺し』
他にも幾らかの通り名が有ったようではあるが、京太郎は知らないし、知ろうともしなかった。通り名などに興味は無かったのである。
京太郎は、そんな代打ち稼業をしていた父と伯父に麻雀を教わった。最初は遊び半分だった指導は、京太郎に類い稀な才能を見出だした伯父の手によって本格的な物となる。
京太郎は優秀だった。天才と言い換えても差し支えない。一を聞き、十を知るペースで『雨宮』の麻雀を物にしていった。
そして、その天稟が彼をある境地へ至らせた。単純に言えば、『観る』事。
京太郎の麻雀は、終盤に近づけば近づくほど安定感が増す。その対局で観てきたモノ。例えば、対局者の打ち筋、仕草、牌のツモり方、理牌の癖、表情。それら全てを観測し、自分が有利になるよう動く。つまり、情報が多く集まる終盤において、京太郎は凄まじい読みを発揮する。京太郎の麻雀はそういう要素を含んだモノだった。
この時点でもう破格の能力だが、天才『雨宮』京太郎の真のチカラはこの先にあった。
そもそも、『雨宮』の麻雀とはどういったモノなのか。簡潔に言えば面前主義の鳴かない麻雀である。
『牌を鳴くなど邪道。麻雀はあくまで面前で打つモノである』
そう言って憚らなかった伯父は、誰かが一度晒せばその相手の手牌を読み切り、二度晒されれば全て見通し、三度晒せば、地獄が見えたという。
時に、場合の数という中学や高校の数学で習うモノをご存知だろうか。分かりにくければ、確率論と言えば通じやすいだろう。『雨宮』はこれを基盤に麻雀を打っている。
一度鳴けばどれ程の数のifが消えるか。二度、三度と鳴けば途方もない数の可能性が消滅する。『雨宮』はそこから相手の手牌を予想、いや透視していた。
鳴いた、弱みを晒した相手を討ち取る。それが『雨宮』の麻雀だった。
では、『雨宮』京太郎の麻雀の本質、真のチカラとは何か。
言ってしまえば、『運気』の『支配』。麻雀とは起家になって天和を連発すれば勝てるゲームである。言うは易しといったところだが、京太郎は限定的ながらこれを可能とした。
京太郎の支配が始まる条件。それは、誰かが鳴く事。一度でも牌を晒せば、その瞬間から京太郎の支配のチカラが卓上を覆う。
山や河、果てには嶺上牌や王牌。それら全てに影響を及ぼし、意のままに塗り替える支配のチカラは、遂に数え役満として具現化された。
「おお、こんな和了り見たことないじぇ!」
「どう見てもオカルトの類いにしか見えないんじゃが」
「驚いたわね。当り牌が見えるのかしら?須賀君」
「さあ?どうでしょうかね。見えてるんじゃないですか?」
「そんなオカルトあり得ません!偶々須賀君の引いた牌が私達の当り牌だっただけでしょう」
「(あの熱、やっぱり京ちゃんのか。
東一局、テンパイしていた者の当り牌を抑え切って数え役満を打ち放った京太郎に対する反応は大きかった。
その打ち筋はどこか人ではない、魔物の様な印象を受けさせるモノ。皆が皆、表には出さないものの、冷や汗や動揺を隠しきれてはいなかった。
改めて言っておくが、京太郎は麻雀初心者として部に入っている。そしてこれまで、それらしく振る舞い自分が経験者である事をひた隠しにしていた。
それが今やどうだ。京太郎は偶然とは思えない華麗な和了を魅せ、それは明らかに初心者の打ち筋ではなかった。
京太郎が謝ると言った事がどうしても解せなかった者達は、それがどういう事か察しつつあった。
「さあ、東三局です」
淡々と始まった東二局は、そこでも京太郎が他家の当り牌を抑え切る形で40符二翻をツモ和了。そのままの勢いで京太郎の親番である東三局に入る。
東三局
西家 久:8300
北家 和:15700
東家 京太郎:59700
南家 咲:16300
東三局、ドラは{中}。
京太郎手牌
{一二三四五六七八九東東中中}ツモ{西}
京太郎 打:{西}
「リーチ」
此所に来て京太郎の運気が爆発し、渾身のツモ切りダブリーが叩きつけらる。あわや天和、その事実に周りは戦慄を隠せない。
しかし、それにしてもとんでもない手牌である。配牌時に三倍満確定。後ろで見ていた優希とまこはマナーが悪いと知りつつも顔をひきつらせずにはいられなかった。
そして、目敏くその様子を視界に入れた者が一人。京太郎の対面、竹井久である。
「(え、もしかしなくても打点高いか待ちが広い感じ?これ以上の失点は不味いってのに、きついわね。安牌も無いしどうしろってのよー)」
内心毒づいたが、それで状況は変わってくれるわけがない。卓上が緊張に包まれる中、そこに追い討ちが掛けられる。
「ふふっ。じゃあ私もダブリーっと」
咲手牌
?????????????ツモ{西}
咲 打:{西}
まさかの追っかけダブリー。こちらもツモ切りダブリーであり、一歩間違えば地和という事態。正にトンデモ卓である。
「まさか私が嶺上だけの雀士だとは思ってないよね?」
なんとなく瞳のハイライトが無い様に見えるせいで、威圧感バリバリである。後に全国から『長野は魔境』呼ばわりされる要因の一つとなった女傑の片鱗が顔を覗かせている。
圧倒的に有利な筈の京太郎に冷や汗が流れ、同時に自らの失態を悟った。
「(調子に乗ってリーチしなけりゃ良かった。あークソっ!奴も言ってたじゃねぇか、己の運に身を任せてはならないって!)」
「これは、珍しいわね。親のダブリーに追っかけダブリーとか見たことないわ」
「そうですね。ネット麻雀でもほぼ見たことが無いです」
「とんだ異次元麻雀じゃな。一年の内でもそうそう見んぞこんなの」
「東場の私が二人居るみたいになってるじょ」
そろそろ余裕も戻って来たのか、久が気合い一発と打牌する。つられる様に、和も静かに不要牌を河に放った。
九順目、結局すでにベタオりしている久と和。勝負は京太郎と咲の一騎討ちの形となっていた。京太郎は和了れず、ツモった牌を切った。
「(当りだな。調子に乗った報いか)」
京太郎手牌
{一二三四五六七八九東東中中}ツモ{②}
京太郎 打:{②}
「ロン」
咲が発声し、晒された手牌に電流のような光が這う。
咲手牌
{②②⑦⑧⑨南南南發發發白白}ロン{②}
「ダブリー混一役牌二つと裏は、……乗ったね。裏三つで16000だよ」
「はいよ。あー、欲張らなきゃ良かったぜ」
裏ドラ表示牌に{①}が示された。京太郎は悔しいながらも、己の口角が吊り上がってきている事に気がつく。
「(熱い勝負……か。クッハハ、そうだな。『雨宮』としての本気だなんて申し訳ない事したぜ。此処からは全力で行く。一切の躊躇なく、全部観て、焼き尽くす)」
『雨宮』として屈辱を胸に刻みつつ、京太郎の瞳に宿ったナニかが、より光を輝かせた。全身から溢れ出す闘志が、再び京太郎の支配のチカラを励起させる。
「さあ、勝負はこれからだ」
「そうだね、京ちゃん。ささっと逆転して逃げ切らせてもらおうかな」
「あら、私達を忘れてもらっちゃ困るわね」
「その通りです。捲るには少々厳しい点差ですが、敗北が決定したわけではありません。精一杯足掻かせていただきますよ」
京太郎が部内であまり見せることの無い熱意に影響されてか、咲達もヒートアップしていく。
東三局 終局
西家 久:8300
北家 和:15700
東家 京太郎:43700
南家 咲:32300
勝負は佳境に入りつつある。かつて伯父の、他人の為に闘った少年は己の為に闘い始め、かつて『竜』に予言された通りに歩み始める。
少年は、託されたモノと誇りを胸に、ただただ進み続けることを決意した。
『あンたも、己の為に闘う時が来る。人とは悲しい程に己の為に生きる者。あンたにも、分かる日が来るだろう』
『勝負は終わったんじゃなかったのかよ。敗者に掛ける言葉は要らないんじゃなかったのか、おまえ』
珍しく饒舌に語った『竜』に、幼い京太郎は言葉で噛みついた。
『ふっ、まだ勝負は終わってなどいない。あンた賭けたんだろ、その血の誇りを』
時が来たならば勝負に来い。そう言い捨て東京の街の闇に消えた『竜』。その後ろ姿を思い出した京太郎は、『竜』と同じようにふっと笑い、理牌を始めた。