南3局。ドラは{発}。
事此処に至って場は平らに成りかかっていた。唯一の凹みと言える久もそこそこ盛り返し、20000点を越える得点を取り戻している。
東場の大暴れが嘘の様な沈黙。京太郎も咲も、ただ観察でもするように決して振らず、和了らず。それが殊更に不気味さを助長していた。
(ぐぅ、結構盛り返してきたけど、まだ何か嫌な予感がするのよね。東場以降京太郎も咲も静かだし、勢いに乗りたい所なんだけどね)
現在久の得点は20700点。南2局で満貫をツモった手前、このまま追いつき、追い抜かしたい所である。
しかし、そう上手く事が運ぶことなど殆ど無いのが世の常。未だにトップの京太郎とは点程度の差があり、終盤に差し掛かった今、逃げに徹されると厳しい状況だ。というか逃げに徹することなど必要ないと攻め込まれる方がまずい。あの火力を見せつけた京太郎や咲がこのまま大人しくしている想像など出来ない。間違いなくまだ来る。致命的な一撃を放ってくる。それをただ座して無抵抗で食らうか?
否、このまま3位で負けるなど有り得ない。形勢が悪い?手が遅い?待ちが悪い?
そのような些末事など、知ったことではない。
折れそうになる心を鼓舞し、立ち向かう覚悟を決める。
(良いじゃない。望むところよ。苦しかろうが、辛かろうが、私が折れる理由にはなりえない。だって私には────)
故に、臨むべきは剛の一撃。一切合切を薙ぎ払う高打点。和了る和了らないではなく、挑むか挑まないか。それがこの『勝負』の分水嶺となるだろう。
であれば、迷いは不用。ただ、竹井久として全霊の闘牌を貫くまで────!
─────待て、私は今何を考えていた?
それは自我が剥離する様な『熱』だった。知覚した瞬間、普段からは考えられない程に『熱く』なった自分に気付く。
─────違和感、それもとびっきりのだ。
らしくない。全くもって私らしくない。
はて、ここはあの県決勝の舞台であったか。そう思ってしまえるほどの熱が、自らを侵している。
異常。オカルトとも、また別の何かとも感じられるモノが、この卓上に降り掛かっている。
弾かれた様に卓についたメンバーを確認する。そして確信。そこには確かに『熱』がある。
原村和は発熱でもした様に顔を赤らめている。だがこれは何時もの『のどっちモード』か? それにしては随分と強気な一打を前局は放っていた。点棒が少ない以上、多少無理をしてでも点を取りに行くのは分かる。だが、振り込み上等の危険牌を躊躇なく河に放って行く姿は、いつもの和とはかけ離れていた。もし彼女が『のどっち』であるなら、あんな無理はしなかった。出来なかった。
違和感が付き纏う。
ここはいつもの部室である筈なのに、向かっている雀卓もいつものおんぼろ卓である筈なのに、闘っている相手も愛しい清澄麻雀部の後輩達である筈なのに。
夢想してしまうのだ。全力で闘ったあの舞台を。あの強敵達を。上埜久として立ち向かった最後の闘争を。その熱を。
ハッとして自分の手を見る。整理した配牌は、あの日と同じ─────。
知らず、ニタリと口が弧を描く。なんという理不尽。御膳立てされた運命とすら感じる敗北の兆し。どうしようもない程にあの日の再現だった。
震える手が訴える。この熱さも、この手牌も、自分自身も、それもこれも全部、あの日喪ったモノではなかったか。
或いは此処で取り戻せ、とでも?
(────上ッ等!ここまでされたんだったら、つまりは
瞳に宿る闘志を燃やし、ツモを重ねる。鏡写しの如く進んで行く手配。まるで、あの時から変われていない自分自身を見せつけられている様だ。
トラウマが蘇り、ツモる牌が重苦しくさえ感じられる。あぁ、いっそあの日のあの場所で燃え尽きる事が出来たならば、どれ程楽だっただろう。
だが此処で、こんな所で止まる事など、『竹井』久としての矜持が許さない、赦さない。
だって、やるなら
己の代名詞たる悪待ちだって、格好良く勝ちたいからやり始めたのだ。そこに深い理由も、根拠も必要ない。ただ己がそうしたいから、自らの魂の色を本能で選び取った。
即ち、
戒めを破った故に、薄れてしまった黒が再び戻ってくるのを感じる。急速に頭が冷えて行き、それとは逆に心が燃え上がる。
そう、これだ。この感覚だ。歯車が噛み合う。あの時と同じだ。自らの
であれば、此所を越える事こそが我が試練。
駆け抜ける?
否、潜り抜ける。
針に糸を通す?
否、星から砂粒一つを見つけ出す。
過去の己を踏み抜ける?
否、掬い上げてから打ち克つ。
元よりこの身は、この力は、それだけに特化した漆黒。あらゆる物質を引き込み、一点に集約するブラックホールの幻影。
無理難題の試練を踏破し、その上で余裕綽々とした顔を見せつけるのだ。成る程、それは実にカッコいい。
─────じゃあやろう。それが良い。それで良い。
決して劇的な変化ではなかった。だが確かに変わった。置き換わった、という表現は不適切。元に戻った、と考えるのが妥当であった。
(これは、成る程ね。腹を括りましたか部長)
南場に入り静観を決め込んでいた京太郎が、ソレに気づいた。目星を付けた相手は、爛々と目を輝かせて卓に打ち込んでいる少女、つまり久である。
己の熱を逆に利用している存在が居る。本来は冷静さを失わせる毒となる筈のソレを受けて、頭は冷えたまま。しかし心は燃え上がっていると見えれば、それに見合わぬ一手で揺さぶって来る。
なんという精神力。逆境こそ本分たる戦場と言わんばかりに策士と戦士の側面を同時に現している。
この手の輩は強い。経験から知っている。
折るのは到底不可能。いや、可能だとしてもやるつもりなど毛頭無いが。
(─────だけど、そのままで勝てる程俺は甘くないですよ?)
それで? 策士であり戦士? 折れない心? オカルト? 悪待ち?
まさかその程度で修羅の化身を叩き潰せるとでも? そのような慢心を抱くならば、その怠慢ごと彼女の一切を焼き尽くすのみ。
{一二三四五①②③⑨⑨123} {⑨}
(テンパイ。まずはどう動くか拝見させてもらいましょうか)
{四}
「─────さて、どうなるかな」
もう既に裏側は見えている。では、見られている事を承知した上でこの身を打倒するにはどうすれば良いのか。
簡単な話だ。ツモ和了すれば良い。それ以外に答えは無い。だが、それをさせないのが京太郎の技能にして異能。当たり牌を誘引し、絶対にツモらせないというチカラ。
─────もしもの話だ。京太郎のソレを真っ向から打ち破るモノが在るとすれば、それは────
「リーチ。それと、────オープンするわ。えぇ、宣言してあげる。このリーチだけは必ずツモるわ」
「なっ!?」
「…………」
「────ふっ」
{二三四②③④④④234発発}
それはまるで、狂気の様に。サイコパスが殺人に疑問を抱かないのと同じ様に、極々自然に言い放たれた。
大会に向けての練習であることから、公式戦では採用されていないオープンリーチという役は無い。つまり、全くの無意味。それどころか、当たり牌が分かってしまうことから、他家から直撃が取れなくなってしまう。そのリスクを承知でのオープンリーチ。
────もし京太郎のソレを砕き潰すチカラが在るとすれば、それは運命その物の否定に他ならない。
不可逆たる因果の逆転。在り得ざる奇蹟の御業、人を人たらしめる『運命を切り拓く』偉業である。
尤も、こと竹井久の
(ブラックホールのとてつもない重力で空間が捩曲がるってのは聞いた事があったけど、これはそういうことか。俺の本気でも止め切れないかもしれんとか、マジで傑物かもな)
(重い、な。これが部長の覚悟なの?)
(何を、こんな不合理な!? ハァ、こちらはリーチも掛けてないですし、取り敢えず直撃は無い事が救いですか)
ニタリ、と久の口が弧を描く。一発は、無かった。
「そう簡単には行きませんよ?」
「百も承知よ。その上で乗り越えるべきなんだから」
ツモれない。ツモれない。ツモ、れない。海底の淵が迫って来る。
口では何とでも言える。しかし、結果がついてこないのではただのホラ吹きに過ぎない。
「─────槓」
{②③⑨⑨⑨123白発} {④} {裏①①裏}
{白}
京太郎の槓。ひとつ、和了が消えた。だがそれがどうした。
前へ。ツモれない。しかし、諦める理由にはならない。
前へ。ツモれない。まだ行ける。
前へ。ツモれない。後一歩が遠い。
前へ。ツモれない。捩曲げるには堅さが過ぎる運命。
それでも前へ。ただ前へ。その先に見えるモノはとても綺麗だろうから。
だから、前へ。
「─────ツモ」
{二三四②③④④④234発発} {発}
故に、これは必定の理。世界を螺曲げる超重力が運命を裂き、海底の牌が打ち昇る!
「リーチ役牌三色海底ツモ、ドラ3の────」
久は何時もの様に打ち上げた牌を卓上に叩きつけた。満足気に破顔し、ゆっくりと王牌に手を伸ばす。スッとひっくり返された裏ドラ表示牌は、{7}。
「────ま、流石にそこまではやらせてくれないわよね。」
「─────えぇ、ですがお見事です。まさか本来の道理を螺曲げた挙げ句、俺からソレを奪い取るとは」
南3局 終局
西家: 久 36700
北家: 和 14600
東家:京太郎 28700
南家: 咲 20000
お久しぶりで御座います。モブです。
さて、非常に長い期間お待たせして申し訳ありませんでした。活動報告に記載した通り、長期の都合が入ってしまったのと、私自身が遅筆である事が掛け合わさった結果がこの投稿間隔、ということなのですが、これ以降もこの位のペースになってしまうかもしれません。加え、文章量も大した物に出来ない事が予想されます。いくら失踪の可能性がある練習作品といえど、期待に添えない結果となってしまう可能性があることを、重ねてお詫び申し上げます。