テストフライトを終えたスグミはシャワー室へ向かっていた。
涼しげな顔で激しい機動を繰り出すスグミだが、やはり身体は疲れるものだ。
また、フライト後にシャワーを浴びるのはスグミの安らぎの時間でもあった。
濡れていると落ち着く。
そんな体質(というと語弊があるかもしれない)である。
全身濡れた状態で頭を真っ白にする。
目を閉じ、深呼吸し、頭が空っぽになっているのを確かめる。
そして、自分は今、生きているんだ、と感じる。
こういった、"生"を感じる心持ちが、彼女の強さの秘訣とも言える。
"死"と隣り合わせの戦場では、"生"への執着がその命を繋ぎ止める。
彼女が幾度となく奇跡的な生還を遂げてきたのは、この心持ちがあったからかもしれない。
「………ん? バルトとジーナか?」
シャワー室の手前、パイロットの休憩スペースに、2人はいた。
スグミは隠れるように壁に身を寄せ、その会話に耳を向けた。
「で、話ってなんだ?」
どうやら今ちょうど会話が始まったらしい。
ソファーに寄りかかって炭酸飲料を飲むバルトの正面に、いつも以上におどおどしたジーナが立っている。
「あ……あの、バルトさんって…えっと」
伏し目がちな彼女がその目をキョロキョロさせる。
「バルトさんって…す、スグミさんのこと、ど、どう思ってるんですか!」
スグミは驚いた。
まさかここで自分の名前が出てくるとは思わなかった。
バルトは困ったように後頭部をかくと、優しい顔で微笑んだ。
「大切な人だ」
ジーナは、一瞬だが、悲しそうな目をした。
「あいつに何度も助けられたし、スグミがいなきゃ失敗していた任務だってあった。だから、僕たちの仲間には欠かせない存在、だろ?」
「え、あっ…そういう……」
「ん? 逆にどういう?」
ジーナの意図はバルトに伝わっていなかったようだ。
とはいえ傍聴していたスグミも、ジーナの言葉の真意はわかっていない。
ジーナが聞きたかったのは、"異性として"どう思っているか、であった。
「わ、私、見ましたよ……医務室で、その……」
バルトの耳が急に赤くなった。
医務室でスグミを抱擁したあの時のことだ。
実際あの時はバルトも何が何だかわからなくなってた面もあった。
「あ、あれはッ!」
「やっぱり、そ、そうなんですか…?」
ジーナはまた、悲しそうな目のなった。
「分かってます、バルトさん。バルトは、スグミさんの、こと……す、好きなんですよね?」
「ま、待ってくれジーナ! そ、それは……」
ジーナの目は真っ直ぐだった。
その視線に叩かれたように、バルトは一旦冷静になった。
「それは……わからない。でも…ジーナが言う
「そう、ですか………」
2人は沈黙した。
バルトの言葉は、彼がスグミのことを想っているとするのには十分な発言だった。
それを受け止めて黙り込むジーナ。
バルトも、どうしていいかわからずに黙り込む。
スグミはバルトの心中を察し、心臓を突かれたような感覚に遭った。
そしてまた、あの火照りだ。
(………耐えられん)
たまらずスグミは陰から出た。
「なんだお前たちか」
何も聞いていないのを装い、水を一杯、一気に飲み干す。
「す、スグミさん⁉︎」
「なんだそんなに珍しいか? ん、そうだジーナ、今からシャワーを浴びるんだが、付き合ってくれないか?」
シャワー室へ入った2人。
いくつか敷居で隔たれた個室がある簡易なものだが、利用には何も困らない程度のものではあった。
脱衣所を抜け、それぞれ個室の並びに向き合った。
「う、うわぁ………」
ジーナは驚きの表情を見せ、タオルで体を隠す。
「何を驚いている。お前にもついているだろう。サイズは小さいがな」
「はうっ……」
そう、そこである。
スグミは触れない方がいいところに触れてしまった。
当の本人はそのことにすら気付いていない様子で、ひとり先に個室に入った。
「ジーナ」
シャワーの音が聞こえ始め、ジーナも個室へ入った。
その時不意にスグミから声をかけた。
「お前に同じ質問をする…………お前の方は、バルトのことをどう思っているんだ?」
「……聞いていたんですね…………」
「あぁ、すまない」
しばらくの沈黙。
「もう、い、いいじゃないですか……!」
「逃げるな」
スグミの槍のような声。
顔は見えないが、ジーナにはスグミの視線が刺さるようだった。
声だけであるが、その覇気に足が固まった。
「そうやって、自分の心から、逃げるな」
「はい…………」
「私
スグミのシャワーが止まった。
ジーナは頭からお湯を浴び続ける。
隠すように。
だがすぐに、心を決めたようにジーナもシャワーを止めた。
「す…好き、ですよ………大好きなんです…! だ、だから、悔しくて………」
スグミはその言葉を聞いて、再びシャワーのお湯を浴びた。
目を瞑り、頭を空っぽにする。
そして気付く。
(胸が、痛い………)
(いや、痛みじゃ、ない……)
「そうか……」
結局この感覚の正体はわからないままだったが、確実に言えるのは、
ジーナがバルトに想いを寄せているという事実に、心が揺らいだ。
「私は………いや、今は戦いに集中したい…」
そう口にしたとき、スグミは自嘲気味に息をこぼして笑った。
この言葉こそ、逃げてるんじゃないか、そう思ったからだ。
「だが、私は逃げない。戦いが終われば、お前が知りたがってることに答えを出そう。私の心に…答えを出そう」
ジーナが振り向いたとき、スグミはそこにいた。
ずぶ濡れの身体のまま、しっかりとジーナに向き合っていた。
ジーナは、スグミの強さに己を笑った。
「風邪、ひいちゃいますよ」
「そうだな」
2人は笑みを見せ合うと、シャワー室を後にする。
汗も流し、心もどこかスッキリとした。
普段着に着替え、脱衣所を出た。
出た先の廊下に、バルトが壁に寄りかかって待っていた。
2人の様子が気になり、少しばかり心配になっていたのだ。
「バルトか。どうした?」
「いや、別に」
バルトは読んでいた本(ヴァーチャルブック)をしまい、2人を先導するように歩き出した。
その様子は一見いつもと変わらないようだが、やはりどこか考え込んでいるような様子だった。
結局そのあと、3人が言葉を交わすことはなく、それぞれ自室に入った。
夜が更けていく。
2つの衛星が夜空を照らし、星々と
そんな夜空を、スグミはベッドから窓越しに見ていた。
静かな夜だった。
穏やかな夜だった。
「………………………」
スグミは目を閉じた。
だがすぐにその目を開け、立ち上がった。
向かったのは隣の部屋、即ちバルトの部屋だ。
スグミはバルトを起こさないように手動でそっと扉を開け、バルトの部屋に入った。
寝息と、呼吸によって動く布団の微かな音が聞こえた。
バルトはこちら側に背を向けるようにして寝ていた。
「…………」
スグミは、バルトに背中を合わせた。
バルトの背中が少しビクンとした気がした。
スグミはふっと笑ったが、何も言わず身体の力を抜いた。
「起きてるか……?」
顔は向けずに、そう言った。
「そりゃあ、寝てられないでしょ、この状況」
バルトは明るさ混じりに言った。
だがそれは、やはりどこか装っているような気がした。
「なぁ」
「何?」
「お前はジーナのこと、どう思ってるんだ?」
スグミはいつもと変わらぬ声で問うた。
「大切な人だよ」
「そうじゃなくて」
「あぁ、わかってる、スグミの言いたいこと」
バルトは悩んでいた。
好きという感情について、未だに整理がついていないのだ。
他の女性と話しているときにはない感覚があるのは事実だ、スグミにしろ、ジーナにしろ。
それはスグミが"火照り"と形容しているそれだった。
「でも、わかってるんだけど…わかんないんだよ……!」
「それは…私もだ」
嘘をついた。
実を言うと、この時点でスグミは答えを出していた。
確信していた。
ただ、わからない事にしておかなければ、怖かったのだ。
彼女にしては、珍しい感情である。
「ジーナに『戦いが終われば答えを出す』と約束した。だからお前も……」
「うん、その時までに答えを出すよ」
バルトは目を深く閉じた。
心を落ち着かせ、眠りを感じる。
「私が言いたかったのはそれだけだ。だが今は、戦いに集中しよう」
「……うん…じゃ、おやす…み…………」
再び寝息が聞こえてきた。
スグミは目的を果たし、バルトのベッドから立ち上がり、部屋をでる。
「…………おやすみ」
静かに、短くそう言うと、手動で扉を閉じた。
どうも星々です!
やっぱりマクロスには三角関係が必須ですが、残念ながらこの星々、恋愛の描写がとっても苦手です
今回も頑張った方ですが、要所で少しずつ覗かせてくっていうのが中々やってこれなかったんで、こういうまとめて急展開っていう回だ生まれてしまう…
まだまだ課題はたくさんありそうですね
さてさて、次回はいよいよ決戦になるか⁉︎
お楽しみに!