(また…ここか……)
目を覚ますと、そこは母艦グライフの医務室だった。
体のあちこちが痛む。
心電図の電子音と点滴が落ちる音だけが聞こえる。
意識はハッキリしている。
記憶の混乱もない。
どうやら残っているのは身体のダメージだけらしい。
愛機の様子が気になった。
普通ならば撃墜されていたというほどのダメージを受け、それなのに一度だけ立ち直ったあの現象が気になった。
「歌か………」
うっすらと耳に残るミストレーヌの歌声を思い出す。
以前にも、歌の力は身を以て体験していた。
西暦2060年、すなわち、今から2年前のこと。
惑星ウロボロスでのあの戦いまで、ミンメイアタックとかシャロン・アップル事件とか、伝説のようなものだと思っていた。
しかし、実際にシャロンに操られたS.M.Sフロンティア支社の人たちと戦ったり、ミーナの歌でゼントラーディの暴動がおさまったり、熱気バサラの歌を聴いたり、そういう経験を通じて"歌"というものに多大なる可能性を感じていた。
(それにしても…どうして私はこんなにも、ミストレーヌが気がかりなんだ……)
スグミはまっすぐに天井を見つめる。
真っ白な天井。
考え事をしていると、医務室の扉が開く音がした。
首だけ動かしてそちらを向くと、バルトが扉を閉じる後ろ姿が見えた。
「あ、目が覚めたか」
「また手間をかけたみたいだな」
バルトは丸椅子をベッドのそばに持ってきてそれに座る。
「当然のことだよ」
起き上がろうとしたスグミを制して寝かせ、布団をかけなおす。
置いてあったリンゴを手に取ると、ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出した。
「手首は、もう大丈夫なのか?」
「おかげさまでね」
真っ赤な果実に刃を当てる。
ゆっくりと手首を回し、刃を進め始める。
「それにしても、あれだけの機体ダメージでスグミ自身には大した怪我はなかったなんてね」
「ゼントラーディは丈夫だからな」
バルトはリンゴの皮を綺麗に剥く。
男にしては器用で、均等の厚さで剥かれていく皮は途切れることはなかった。
「あれから一晩中だよ、意識を失ってたのは。命に別状はないみたいだからよかったけど」
「…機体は?」
「スグミの機体? ………見たい?」
「あぁ」
バルトは一度リンゴとナイフを近くのテーブルに置くと、ポケットからスティック状の端末を取り出した。
それをスグミの膝の上に置き、スグミは身体を起こす。
「…ッ!」
「大丈夫?」
まだ治っていない打撲箇所が響く。
バルトは咄嗟にスグミの背中に手を回し、スグミの動きをフォローする。
肩に添えられた右手は優しく、スグミの体重を支える。
「すまないな。それで、状況は」
バルトは左手で端末のスイッチを入れた。
するとスグミの目の前にホログラムモニターが現れ、可変戦闘機の概要図を映し出した。
損傷箇所が赤く表示され、そこに触れると詳細が見られるという仕組みだったが、その機体は真っ赤に染まっていた。
「もうボロボロだよ。装甲の40%は失って、主翼は歪んじゃってる」
「エンジンも使い物にならないだろうな。まぁ元々無理矢理な機体だったから、当然と言えば当然か」
スグミは、機体の状況をひとつひとつ丁寧に確認する。
「修理にどれくらいの時間、費用がかかるかは分からないらしいよ」
「だろうな。元の形に戻すのは無理と考えた方がよさそうだ」
スグミは残念そうに視線を下に落とし、端末の電源を落とした。
再びバルトの力を借りて横になる。
バルトは布団をかけ直し、リンゴのカットを始めた。
数十秒の沈黙。
不意にバルトが口を開いた。
「スグミ、最初の頃とは随分と印象が変わったよね。まだあんまり時間が経ったわけじゃないけど、そんな気がする」
「そうか? 私は何も…」
「変わったよ。第一印象は正直、無愛想で自分勝手でって、そんな感じだった。でも今は……」
「今は…?」
「こうやって、話していられる。一緒にいると、不思議と落ち着くんだ…」
リンゴを切ったナイフを拭く手を見つめてそう言うバルト。
スグミは終始いつも通りの様子で聞いていたが、確かにバルトの言う通り、彼女は惑星ソーディアに来て変わった。
端的に言えば、正直になった。
嘘つきだったというわけではないが、人間として正直になった。
ミストレーヌと出会った時、直感で動いたことがそれを証明している。
「落ち着く……んだ…………!?」
その時、バルトの言葉が、スグミの何かに響いた。
頭の中が勢いよく巻き戻されるような、そんな混乱が彼女を襲った。
----- ねぇ、何で笑ってるの? -----
----- ん? それはね、お母さん、あなたといると不思議と、落ち着くんだ -----
(落ち着くんだ)
スグミの顔色が急変した。
心電図が乱れ始め、空色の髪が逆立つ。
目の焦点はずれ、四肢は小刻みに震える。
「ど、どうした!? 大丈夫か!」
焦るバルト。
突然の出来事に、何をすればいいかわからなくなってしまった。
「お母……さ…ん………!」
「お母さん…?」
「あ………あぁあ……!」
痙攣は次第に激しくなり、全身からは汗が噴き出した。
錯乱する彼女の表情は、怯えていた。
「スグミ! スグミ‼︎」
バルトの声は届いていない。
バルトは、スグミの身体を包み込んだ。
「スグミ!!」
震えを押さえつけるように腕に力を込める。
怯える彼女の頭に手を添える。
こんなことが、バルトの精一杯だった。
「あ………ああ………………………」
痙攣が止まった。
心電図も安定を取り戻していった。
目に光が戻った。
「はぁ…はぁ……はぁ…………もう、大丈夫だ…」
「どうしたんだよ、急に…怖いじゃないか」
「すまない……たまにあるんだ、こういうフラッシュバック現象が」
乱れる息を整えようと深呼吸をする。
汗の湿り気を感じる、冷房の冷たい風を感じる、心電図の音が聞こえる。
心を鎮める。
体温が戻っていくのを感じる、心臓の鼓動を感じる、打撲の痛みを感じる。
それ以上に、ぬくもりを、感じる。
(暖かい…今の体温は私の方が高いはずなのに…)
(何だこの火照りは…)
「またこういうことがあったら、僕がついてるから」
バルトの身体が少し震えている。
さっきのスグミのものとは明らかに違う震えだ。
肩が濡れたのを感じた。
汗ではない、何かだ。
バルトの息が乱れていくのが聞こえた。
「何故…泣く?」
バルトは、泣いた。
「何で、だろうね。ちょっと、パニックになっちゃったのかも」
鼻をすすりながら、笑顔でそう言った。
スグミを抱く腕に力が入る。
スグミはゆっくりと、バルトの背中に腕を回した。
不思議と、痛みは感じなかった。
「落ち着く…………………」
ジーナは壁に背を付け、口を覆っていた。
スグミの見舞いに来たが、そこで見たのはスグミに抱きつくバルトの姿。
その一瞬の光景に目を背けた。
(やっぱりバルトさんは、スグミさんのこと………)
思わず、走り出した。
彼女の目から雫が落ちた。
薄暗い洞窟に、2つのサーチライトの光が動く。
「ったく、惑星生物研究所ってのは洞穴そのまま使ってたのかい。蒸し暑くって息するのも苦しいわ」
愚痴をこぼしながら襟口を広げる女は、ANUNS幹部アリエ・セドトール。
モデルのような体型を持ち、整った顔立ちを持ち合わせている。
「空気浄化系のエラーか? 胸を開け、修理してやる」
「アホか。そういうことじゃないんだよ、サテル」
その横を歩く男、サテルは、無表情のまま洞窟を進む。
「変なとこで会話を途切らせんなっての」
「これか」
アリエの言葉が耳に入っていないのかサテルは無視を決め込み、目的のものを照らす。
それは明らかに機械とは違うが、生き物にも見えない。
何かの構造物のようだった。
「これかい。
「鳥のような容姿だから単純にそう言っていただけだろう。AFOSとの具体的な関連性も発見されていない。偶然の空似だろう」
それは鳥のような翼を持ち、不気味な目をいくつか持っていた。
これは、新統合軍直属の研究機関が秘密裏に調べていたもので、プロトカルチャーの遺産だと考えられている。
その危険性どころか、どんなものなのかも全く解明されていない代物だ。
ANUNSは、そんなこれに用があった。
「これに膨大な歌エネルギーを注入すりゃ動くんだろ? 何十万チバソングっつぅ膨大な量な」
「そのための歌エネルギー兵器だ。新統合軍は自ら生み出した外道兵器で自らの首を絞めることになるな」
2人がそんな話をしている時、背後から人の気配がした。
とても微弱で、近くに来るまで気付かなかったレベルだ。
「誰だ」
サーチライトをそちらに向けるサテル。
そこには、一人の少女が佇んでいた。
服は着ていなかったが、どこか見覚えのある姿だった。
「あなたたち、そうまでしてラグナロクを起こしたいの?」
「誰だ。答えろ」
長髪を左右に揺らしながら歩み寄ってくる謎の少女。
「ラグナロクを起こすには、たぶん
「おやおや、随分と物知りなこった。新統合軍の極秘計画を知ってるとはね!」
一瞬の出来事だった。
アリエがホルスターから銃を抜き、目にも留まらぬ早さでその引き金を引いた。
だが、その弾丸は狙いには届かなかった。
「…なっ!?」
悪戯っぽい笑顔で余裕の表情を浮かべる少女。
その手前で弾丸は、静止していた。
「私の声には力があるの。どう? 興味湧いたでしょ」
弾丸は力なくその場に落ちた。
「なるほどな。貴様自身がチルドレン、ということか」
「さぁ、どうだろうね」
「ふざけたやつだ。まぁいい、ついてきてもらおうか」
サテルは銃口を向けた。
そして無表情で冷たい声でそう言った。
「そんな物騒なモノ突きつけなくても、最初からそのつもりで来たんだもん」
「食えんやつね。まぁとにかく、ついてくるってんなら話が早い。ただしだ、少しでも妙な真似すると、ゼロ距離で脳幹ブチ抜いてあげるからね」
「うーこわーい」
ニカっと笑うと、小走りで2人の元へかけてきた。
「それじゃ、よろしくね!」
不思議な時間を過ごしたスグミとバルトは、改めてその時間を振り返り、妙な気まずさに襲われていた。
いや、それはバルトだけで、スグミは特に動じていないだろう。
ただバルトが黙り込むと、本来無口なスグミから言葉を発することはあまりない。
結果この膠着状態だった。
「食べたい」
珍しく、スグミから声を出した。
それはあまりに短い文章。
というか、文章にもなっていないその言葉は、小さく呟かれた。
「え?」
「リンゴ。手、まだ上手く動かないから」
「あ、あぁ、そういうことか……って、どうすれば…?」
まさか、という表情のバルト。
まぁ思い浮かぶ方法は限られるだろう。
「食わせろ。お前、手動くだろ」
「ですよねぇ」
バルトは躊躇う。
それもそうだろう。
仲間といえど異性であるスグミだ。
「早くしてくれ。丸一晩も昏睡状態だった仲間に何も食わせないつもりか」
「いやいや、そ、そんなつもりは」
スグミが顔を伏せる。
「私だって不本意だが、腹が減っては何もできんだろう」
(クソッ、また脈が乱れ始めた)
(一体何だこれは)
「わかったよ。じゃ、じゃあ…」
バルトがリンゴにフォークを刺す。
ゆっくりとスグミの口元まで運ぶ。
「はい」
「………」
無言で口を開けるスグミ。
バルトによって運ばれたリンゴを囓ると軽快な音が鳴った。
それがまた、この気まずさを加速させる。
「あ………りがと……」
「え? 何?」
リンゴを口に含みながらボソッと呟かれた言葉を聞き逃したバルトは、スグミに聞き返す。
スグミは顔を背け、そっけなく答えた。
「ありがとう」
どうも星々です!
主人公大怪我&愛機ぶっ壊れで戦闘回が描けないという事態に(不覚ッ)
まぁマクロスにはこういう回も必要かなと思うんで結果オーライです
ミストレーヌのことも含め、徐々にいろいろ明らかになっていきます、よろしくです!