INFINITE STRATOS ~業火の腕で掴むもの~ 作:Mr. P.C.
「だからさ、あたしは別に問題ないから部屋替わってよ。」
「無理な相談だと言っているだろう!」
夜9時、1025室。一夏の目の前で幼馴染みという名の龍虎が対峙していた。
(どうしてこうなった。)
事の始まりは放課後の特訓が終わった後のピットで起こった。ISの操縦で汗だくになったため、箒に先にシャワーを使わせてくれないか尋ねたところに鈴が登場。その時の会話が聞こえていたらしく、箒が退室した後に鈴に言及された。それで面識があった箒とは同室である事を鈴に伝えると―
「へー、なるほど。そっかー。幼馴染みなら良いんだ。」
と、うんうんと頷きながら部屋を後にしてしまった。凄いおっかない表情をしていたのを覚えている。
そして午後8時。部屋で寛いでいたところに鈴が再び現れ、箒に向かって部屋を変われと言い渡した。それに箒が怒り、こうして口論が続いている。
(つーか、すげぇ迷惑なんだが。)
2人を仲裁しようとすると「うるさい!」と一喝され、それならばと部屋を出ようとすると「逃げるな!」と言われる。どうしろと。
「私の部屋はここだ!第一、お前と一夏がどういう関係かは知らんが、転校して早々部屋を変えられる訳ないだろう!」
「んなもんやってみないと分かんないでしょ!それに、私と一夏は『約束』したし!そうでしょ一夏!」
「え!?あぁ、えぇっと・・・。」
いきなり鈴に振られて、一夏は焦る。『約束』・・・一体どんな事だったか。確か小学生の頃に何か約束した気がする。
(まずいまずい!頑張って思い出せ!ここで忘れたなんて言ったら人生終わりだ!)
脳内のコンピューターをフルに動かして、記憶を辿っていく。鈴が「忘れた訳じゃないでしょうねぇ。」という風に視線を送り、箒も一夏を注視している。
ますます焦る一夏だったが、突如頭に電撃が走った。
「そ、そうだ!鈴の料理の腕が上がったら!」
その言葉に、鈴が嬉しそうに声をあげる。正解だったようだ。
「そうそう!そしたら酢豚を毎日・・・。」
「・・・奢ってくれるんだったな!」
よし、覚えていたぞ!と歓喜するのも束の間、部屋の空気が凍りついたのを一夏は感じ取った。鈴の目から光が消えている。
「あ・・・あれ?どうし―」
言い終わるより早く、頬に衝撃が走り、じんじんと痛みが広がる。頭の中がパニックになりながらも、一夏は鈴に向き直す。
「・・・最低。」
ビンタを食らわせた鈴が、今にも泣き出しそうな顔で此方を睨んでいた。
「アンタ最っ低!全然約束覚えてないじゃない!死ね!犬に噛まれて死ね!!」
「お、おい鈴!」
そのまま鈴は部屋を飛び出していった。乱暴に開かれた扉が閉まり、辺りを静寂が包む。
「ど、どうして・・・あんなに怒ったんだ・・・?」
約束の内容が違ったのか。だが確かに鈴は酢豚を食わしてくれると言っていた筈だ。『奢る』という言い方が悪かったか?
「・・・この阿呆が。」
混乱している一夏に向けて、箒がため息混じりに呟いた。
再び実家から荷物が届いたと山田先生から連絡があり、靖人は職員室でそれを受け取った。中身は事前に父に連絡しておいた追加の参考書が殆どである。
「・・・父さん、元気かなぁ。」
メールや電話でちょくちょく連絡はとっているが、もう1ヶ月も直接会っていない。世界で2人しかいない男性操縦者であるため、身の危険を守るために学園からの外出は禁じられているし、父も多忙なので面会するタイミングも無い。
(今まで一緒に過ごしてた家族に会えなくなると、寂しい物だな。)
元より親の仕事の都合で家に1人だった事は多かったし、母は既に亡くなってはいるが。そんな事を考えながら寮の2階の廊下に差し掛かった時だった。突如走ってきた人とぶつかってしまい、体勢を崩す。
「うわっ!?・・・大丈夫ですか?」
危ないなぁ、と内心思いながらも尻餅をついた相手に手を差しのべる。だが、垂れ下がったツインテールは靖人がよく知る人物の物だった。
「鈴?どうしたの一体・・・。」
靖人の声に反応した鈴が顔を上げ、靖人は凍りつく。彼女の目には涙が浮かんでいた。
「・・・やすとぉ!」
感情が込み上げてきたのか、鈴がぼろぼろと涙を流し始めた。
「うわっ!ちょっと!?大丈夫?」
(て、ここで泣かれたら周りの皆の視線が・・・!)
ひとまず鈴を頑張って立たせて、靖人は人気の無いところを探し始めた。
「・・・で、何があったの?」
寮1階の食堂。閉店まで1時間を切っているため、この時間帯は利用する人が殆どいない。とりあえず気を紛らわす為にショートケーキを奢り(この時季最も高いデザートだった。)、鈴が落ち着くのを確認してから話題を切り出した。最も―
「・・・また一夏と喧嘩したの?」
「うん・・・。」
やっぱりな、と靖人は確信する。中学の頃から鈴は一夏に何度もアタックを仕掛けていたが、朴念仁の一夏はよく勘違いをして、その度に2人は喧嘩していた。そしてその都度、鈴は靖人に愚痴、もとい相談しに来ている。
「さっきね・・・。」
鈴が力無くこれまでの経緯を説明した。要するに、
「一夏は鈴のプロポーズをタダ飯と勘違いしたわけだ。」
鈴の『毎日酢豚を・・・』は日本でいう『毎日味噌汁を・・・』の中国バージョン(?)と言ったところだろう。
「随分古典的な・・・ってか流石に回りくどくてちゃんと伝わらなかったのかもね。」
好意を抱いているのなら、もっと素直に伝えた方が良いと靖人は思ったが、鈴は「だって・・・」と口ごもる。
「・・・まぁ直接『好き』って言うのは恥ずかしいんだよね、きっと。」
鈴は黙ってこくんと頷く。その気持ちは、分からなくもない。
「それにしてもいきなり『部屋を替われ』ってのはいささか横暴だったんじゃない?」
彼女の事だ、また感情的になって体が動いてしまったのだろう。どうも一夏がらみになると鈴を始め、女子たちは平静を保てないようだ。
「だって、あの箒って子が一夏の側にいたなんて知らなかったし・・・。それにセシリアとかもいたし・・・。」
つまり、思っていたよりライバルが多くて手強そうだったから、早めに手を打とうとしたのだろうか。
「そんなに焦らなくても、一夏は今のところ誰にも靡いてないよ、相変わらず。全くあの朴念仁は・・・。」
ここまで女子に想われても、全く気付かない一夏が逆に凄い。姉を持つと恋愛に関して鈍くなるとよく聞くが、それでも彼の鈍さは異常だろう。
「・・・2人とも私より大きかったし、背とか・・・胸とか。」
「ごめんそういうの専門外。」
しゅんとしながら自分の胸を押さえる鈴から靖人は視線を逸らす。いくら友人でも、そういった分野の話を振られるのは流石に抵抗がある。
「とにかく落ち着きなよ。いつも言ってるけど、頭を冷やして、感情的にならずに一夏と話さないと。」
とりあえず話題を逸らす。鈴はケーキの最後の一口を頬張り、頬杖をついた。
「それが出来たら困らないわよ・・・。」
「でも出来ないとか言ってまた二の足を踏む事になったらもとの子も無いよ?」
靖人のごもっともな意見に鈴は「ぐぬぬ・・・」と唸る。
「・・・やっぱり、あの馬鹿にはちゃんと言わないと分かんないわよね~・・・。」
鈴が諦めたようにテーブルに突っ伏す。しかし、すぐに愚痴をこぼした。
「んあぁ~、でも直接『好き』だなんて言えるわけないじゃない・・・。」
顔は天板につけたまま、手足をジタバタさせる鈴。
(駄々っ子みたいだな・・・。)
と咄嗟に考え、靖人の顔が綻んだ。
「まぁ部屋の事と言い、『死ね』とか言っちゃった事と言い、鈴にも非はあるよ。とりあえずその事は明日謝りなよ?」
お互い蟠りがあっては話が進まない。大事な約束を踏みにじられた怒りも分かるが、ひとまずそれは鎮めた方が良い。
「・・・うん。」
目を擦りながら鈴は起き上がる。その表情は未だに晴れていない。
「・・・いつもごめんね靖人。アンタ相手に愚痴こぼしちゃって。」
ふと鈴が靖人に謝罪する。別に今に始まった事ではないし、目の前で彼女が泣いているのをほおっておく事はできない。申し訳なさそうな鈴に向けて、靖人は「そんな事はない」と応える。
「泣きたくなるほど辛い事があったら、1人で抱え込まない方が良いでしょ?誰かに相談した方が、絶対心が軽くなるって。」
「でも・・・。」
鈴が何か言いたそうだったが、靖人はさらに言葉をかける。
「もっと周りを頼りなよ。僕たち・・・『友達』だろ?」
靖人の言葉に、やっと鈴が少し笑う。
「・・・ありがと。」
その笑顔を受けて、靖人も笑みを浮かべた。
―まただ。
また僕は、嘘をついた。
彼女に対して。そして・・・自分に対して。
中学の時からずっと、嘘をつき続けている。
彼女の事を助けたくなる理由は、決して『友達』だからじゃない。
本当の事は言えない。
言ってはならない。
言ってしまえば、彼女の想いを踏みにじってしまう。
だから言えないんだ。
僕が鈴の事を―
―好きだなんて。
ここで靖人君カミングアウトです。この先どうなるんでしょうねー。正直どのような展開にするかは決めてあるんですが、絡みを考えていないです・・・。