INFINITE STRATOS ~業火の腕で掴むもの~ 作:Mr. P.C.
日付が変わってから、既に2時間以上経過しているだろう。辺りは暗闇に包まれており、カーテンの隙間から星空が見える。同居人のマリーがすやすやと寝息をたてていたが、靖人は全く眠る気にはなれなかった。
(・・・どうして、また。)
昨日突然再開した鈴の事が、頭から離れない。かつて胸の中にしまいこんだ感情が溢れてくる。
初めて出会った時から、鈴には好印象を持っていた。とても活発で、笑顔が可愛くて。勉強位しか取り柄がなく、正直内向的だった自分にとって、彼女の明るさは憧れだった。
そして一夏と仲良くなった後、自然に一夏とよく一緒にいた鈴とも接するようになった。よくテスト前に「勉強教えて!」とせがまれ、図書室が閉じるまで2人きりで過ごした時もある。
あの秋―母を亡くした時も彼女は自分の事を心配して、よく実家の中華料理屋に連れていってくれたり、一夏や弾と4人で遊びにいく計画を建ててくれた。
「お母さんがいなくなっちゃったのは確かに辛いだろうけどさ、いつまでも下向いてちゃお母さん悲しむんじゃない?だからさ、お母さんに『大丈夫!』って姿を見せなさいよ。お母さんの分まで笑って、懸命に生きていけるようにね!」
鈴がかけてくれた言葉で、暗く沈んでいた心が満たされていった。自分を悲しみから引き上げてくれた彼女を、その時から意識し始めた。
だが・・・鈴が一夏の事が好きなのは既に知っていた。一夏に向けられる、鈴の熱い目線も、輝く笑顔も。それを見る度に胸が締め付けられた。―きっと、自分の恋は叶わないのだと諦めていた。
それでも鈴が望む幸せを手に入れてほしくて、少しでも彼女の力になれるようにした。アタックに失敗した鈴を励まし、彼女の恋が成就するように応援した。迷惑をかけないように、鈴への想いは伝えずにいた。―それでも、いつか自分の事を見てくれるのではないかという、淡い期待を抱いてしまった事もあった。
だが鈴は中学2年の終わりに急遽帰国してしまった。一夏と結ばれる事なく、彼女は自分の手が届かない所へと行ってしまった。もう彼女の声を聞く事ができない。もう彼女の笑顔が見られない。心を支配する虚無感を紛らわすために、これまで以上に勉強にのめり込んだ。受験生という事もあり、今までのように友達と遊ぶ事も無くなった。テストの点数だとか、進学先が超進学校だとかはどうでもよかった。ただ勉強に没頭する事で鈴の事を忘れたかった。
もう彼女に会う事は無い―そうやって諦めがついた筈だった。
(でも・・・。)
シーツを握り締める。鈴は再び自分の目の前に現れた。1年しか経っていないというのに、彼女はどこか女の子らしくなっていて。笑った顔も、以前より可愛らしくて。また心が激しく揺さぶられて、まだ自分は鈴の事が好きなのだと実感してしまう。
しかし相変わらずなのは鈴も同じ。やはり彼女は一夏の事を想い続けていた。その現実が、再び自分を苦しめる。シーツを握る指に更に力が入った。
(僕はこれからどうすればいいの?)
鈴の事は好きだ。彼女を自分の物にしたい。・・・でもそれは彼女の気持ちを踏みにじってしまう。好きだからこそ、彼女を悲しませたくない。
「・・・どうしたらいいんだよ・・・。」
人には誰かに頼れと言っておきながら、自分はそれをしない。できない。それがもどかしくなって、枕に顔を埋める。収まる事のない葛藤が、靖人の頭を焼き続けた。
SHR前、教室にやって来た一夏は靖人が未だに教室に来ていない事に気付いた。
「あれ?靖人のやつ・・・どうしたんだ?」
辺りをキョロキョロと見回すと、マリーが既に席に座っているのを発見する。
「なぁ、靖人はまだ来ていないのか?」
同室のマリーなら何か知っているだろうと、声をかけてみる。
「え?あぁ、何か気分が悪いのか分からないけど、『先に行ってて』って言われたよ。SHRまでには来るって言ってたけど・・・。」
「それ、大丈夫なのか・・・?」
風邪か何かひいたのだろうか。IS学園という慣れない環境で疲労が蓄積してしまったのかもしれない。
(少し心配だな。)
時計を見ると、まだSHRまで15分もある。これなら1回寮に戻っても余裕で帰ってこれるだろう。
「ちょっと様子見てくる。」
そうマリーに言い残して、一夏は教室から出た。
「だっ!?」
刹那、誰かと正面からぶつかってしまう。そのまま相手はばったりと倒れてしまった。
「おい大丈夫か・・・って靖人!?」
倒れたのは、目の下に立派なくまができた靖人だった。衝撃のせいか眼鏡がずれている。
「あ・・・一夏、おはよ・・・。大丈夫?怪我してない・・・?」
「いやお前こそ大丈夫かよ!」
靖人の充血した目はどこか虚ろだった。アハハと力無く彼が笑う。
「いやー・・・中々寝付けなくて、昨日届いた参考書を軽く読んでみたらこれが面白くってね・・・そのまま朝を迎えちゃって・・・。」
「何完徹してんだよこの勉強馬鹿・・・!」
コイツ一旦勉強にのめり込むと止まらない奴だった!と、一夏は頭を抱える。
「大丈夫だよ・・・。完徹したのは別に初めてじゃないし・・・授業はちゃんと取り組むから・・・。」
よろよろと立ち上がった靖人は席に向かい始めた。足が滅茶苦茶ふらついている。どう考えても大丈夫ではない。
「ったく無理すんなよもう!」
足元がおぼつかない友人の姿が見るに耐えず、一夏は靖人の元に駆け寄った。
(うん、何とか誤魔化せたかな・・・。)
ふらつく頭を何とか奮い起こし、靖人は前の席の一夏を見る。
本当は参考書は読んでいたのではなく、鈴の事で悩んでいたら朝を迎えてしまった。明るくなった空を見て、急に頭の中が真っ白になったのを覚えている。
(はぁ・・・、まさかまたこんなに悩む時が来るとは・・・。どうしようか・・・。)
鈴には幸せになってほしい。これは本心だ。例え自分の想いが果たせなくとも、彼女の力になれるなら本望だ。だが―
(・・・久々に、鈴と2人きりで過ごせたな・・・。)
―等とつい浮わついた事を考えてしまい靖人は首を振る。
(ダメだダメだ!鈴には一夏が・・・!僕はそれの手助けをするんだろ!)
全ては彼女のため。そう自分に言い聞かせて靖人は決心を固めた。手に力を込めすぎたせいか、シャーペンの芯がバキッと折れる。
これで良い・・・これで良いのだ。
(・・・ってそんな事より今は―)
芯が折れたシャーペンを左手の親指の付け根に突き刺す。鋭い痛みによって眠気と雑念が吹き飛んでいく。
(今は授業に集中しろ!学生の本分は勉強だ、授業では絶対寝るな!)
勉学において靖人は妥協を許さない。徹夜明けの体を奮い起たせ、寝不足で目付きが悪くなった顔をがばっと上げた。
教壇に立つ山田先生が、そんな靖人の姿を見て怯えていた。
「一夏っ!」
放課後、寝不足のため周りに休むよう止められた靖人を除いて、いつものようにISの特訓に行こうとした一夏たちの元に、突如鈴が現れた。
「あ、鈴・・・えぇっと。」
昨日鈴に頬を叩かれた事を思い出し、一夏はばつが悪そうに頭をかく。そのせいで鈴にどのように接すればいいのか分からず仕舞いだった。
「・・・一夏、先に行っているぞ。ほら、皆も。」
昨日の一件を実際に見ていた箒が気遣って、セシリアたちを教室の外に連れ出す。2人の沈んだ雰囲気を悟ったのか、誰も何があったのか聞く事はなかった。
「昨日は・・・その、すまなかった。」
それでも、話の流れから自分に非があると悟った一夏は、鈴に頭を下げる。
「・・・何であたしが昨日起こったのか分かってんの?」
痛いところを突かれてしまった。返す言葉が見つからず、一夏は押し黙ってしまう。
「・・・やっぱりね。まぁ別に良いわよ。あたしも、昨日は感情的になりすぎたし・・・こっちこそごめん。」
鈴も頭を下げてきた。とりあえず鈴が昨日のように怒っていない事に安心した一夏は、抱えていた疑問を口に出した。
「鈴、覚えていなかった俺が悪いのは分かっている。だけど、やっぱり上手く思い出せないんだ。・・・あの時の約束を、もう一度教えてくれないか?」
友達との約束を忘れてしまう自分が情けない。だが、このまま鈴と確執を抱えて過ごすのは嫌だった。一夏は真っ直ぐ鈴の目を見た。
だが、鈴は申し訳なさそうに首を振る。
「ごめん・・・今それを言う事はできない。」
どうして。
―そう言いかけた一夏は、寸での所で言葉を飲み込む。もしかしたらあの時の約束には、あまり表には出したくない意味があったのかもしれない。尚更鈴にとっては大切な約束だったのだと思い、一夏は唇を噛む。
しばらくの沈黙が、2人の間に流れた。
「・・・あたしに勝ったら。」
鈴が唐突に口を開いた。
「今度の対抗戦で、アンタがあたしに勝てたら教えてあげる。・・・あたしが勝ったら、この事は忘れて。」
一夏が一瞬驚いた顔をしたが、鈴の真剣な眼差しを受けて表情を引き締める。
「・・・分かった。」
「全力で来なさいよ。今のあたしは・・・代表候補生なんだから。」
「誰が相手でも手加減なんかしねぇよ。」
緊迫した空気が周りを包む。昨日の喧嘩の時のような感情的で幼稚な物でない。静かだが、2人の心は確実に燃え上がっていた。
「じゃあ、また試合当日にね。・・・負けないわよ。」
鈴が踵を返して教室を出ていく。
「こっちの台詞だ。」
彼女の背中に向けて、一夏が言葉を返す。一夏1人が取り残され、再び教室が静かになった。
「・・・よし。」
両手で頬を叩き、気合いを入れる。対抗戦に向けて闘志を燃やし始めた一夏は、早足で箒たちが待つアリーナに向かった。
寝不足による疲労のため、靖人は自室のベッドで横になっていた。休み時間に仮眠を取っていたので眠気はさほど無いが、やはり体を動かすのは億劫だった。暇潰しに数学の参考書を読んでいた時、扉をノックする音が聞こえた。
「・・・誰だろう。」
一瞬居留守を使おうかと考えたが、良心が働きゆっくりと体を起こす。立ちくらみで多少よろめきながらも何とか扉までたどり着き、鍵を開ける。
「鈴・・・!」
開いた扉の前に立っていたのは鈴だった。突然の来訪にぼんやりとした意識が一瞬で覚醒する。
「あ・・・もしかして気分悪かった?何なら後にするけどさ・・・。」
靖人の先程の疲れきった表情を見た鈴は、「ごめん」とジェスチャーを送る。
「い、いや。大丈夫だよ。」
そう答えながら、靖人はふうっと息をはく。
(落ち着け・・・変に意識するな。今までもそうだったろ。)
鈴に好意を悟られてはならない。高鳴る心臓を何とか抑え込み、平静を取り戻す。
「それで、何の用なの?」
靖人はいつものように落ち着き払った表情の仮面を被った。
靖人の顔を見て大丈夫だと確信した鈴の唇が動く。
「靖人・・・アンタに頼みがあるの。―あたしの特訓に付き合って。」
刹那、その言葉を聞いた靖人は小さく、だが確実に頬が緩んでしまった。
好きな人を思い続けたら朝迎えてたって経験、皆さんもありますよね?
(爆死)