鷹の団。
団員数四十名。平均年齢十八歳。
団長に至っては女のような顔をした優男で、この中でも輪にかけて若い。
はっきり言ってミッドランド中を探してもこんな巫山戯た傭兵団はここ以外でどこにもないだろう。
「これが傭兵団? 悪ガキの集まりじゃないのか」
故に。俺が鷹の団の面々を前に開口一番でそんなことを言い放ってしまったとしても、それは仕方のないことではないだろうか。
「......」
流石に怒ったかと少しビビリながらグリフィスを伺う俺だったが、当の本人はくつくつと楽しそうに笑みを零すばかりで一安心。
しかし団長が幾ら呑気でも、団員たちの気性は一端の傭兵よろしく荒いようだ。俺のような小娘に悪ガキの集まりだと揶揄され、団員の内の何人かは早くも額に青筋を浮かべて怒り心頭の様相を呈している。
一発触発とまではいかないが、いきなり剣呑な雰囲気。
そんな居心地の悪い空気の中、ソバカス顏の少年は歩み出てきた。
「おいおい、くそ生意気なお嬢さんだな。グリフィス、どこから拾ってきたんだ?」
団員代表で一発殴りに来たかと身構えたが、どうやらこちらを面白がっているようである。俺は非常に気分を害した。
「拾ってきただ? 人を子猫ちゃんみたいに言ってんじゃねぇぞソバカス野郎。雰囲気だけは一丁前に二枚目気取りか? あ?」
「ぶっ、はははっ! ひでぇ!」
ソバカスがなぜか爆笑した。
許せん。
「具体的に言うと好きになった女を親友に掻っ攫われるけど時に手を貸し時に壁となって立ちはだかり最終回ですれ違う二人の為に自分の気持ちを打ち明けて感謝はされるが結局振られて最後は余り物の女とくっつく少女漫画の横恋慕キャラ......から顔の良さを引いた残りカスみたい。惨めで可哀想」
「......初めまして口の悪いお嬢さん。ジュドーだ」
今度はヒクヒクと頬を引きつらせながらの自己紹介であった。
やっと己の分というものを弁えたらしいが、俺の気はまだ済んでいない。
「初めましてジュドー。アルマだ。アルマ・ド・アルペンハイム」
「なっ!? き、貴族か!?」
ざわり。
四十人の団員たちが一斉に驚きの声をあげた。単純な奴らである。
「馬鹿どもめ。嘘だ」
一瞬で怒号に変わった。
「グリフィス! その舐めたガキの身包みひん剥いて、木に吊るしてやろうぜ!」
「いいや、村についたら肥溜めに沈めてやろう!」
「ぬるい! ここはオレに任せろ! 女の体に生まれて来たことを後悔させてやる!」
四十人もの武装した戦争屋にこうまで凄まれ脅されている状況。普段の俺なら速攻で踵を返して逃げ出して......いや、そもそも怒らせるような真似自体しないだろう。
しかし今日の俺は一味違う。
「ほほう。グリフィス君。君の団員がこの俺に向かってあんなこと言ってるけど、注意したほうがいいのではないのかな? ん?」
いやらしくそう言って、隣のグリフィスに見せつけるようにポンポンと自身の胸を叩いて見せる。
そう。今の俺にはこの気持ち悪い首飾りがあるのだ。これさえあればグリフィス、ひいては鷹の団など恐るに足りず。
「はっ! おいガキ、お前みたいなまな板でウチの団長を籠絡できると思ったら大間違いだぜ!」
しかし何を勘違いしたのか。若い団員が見当違いのことを抜かしはじめた。
もちろん俺は胸部にある首飾りを誇示したかっただけであり、そこに性的な意味合いは一切含まれていないのだが......もうそんなことはどうでもいい。
「てめぇ童貞コラ! 俺がグリフィス如きを籠絡できないとはどういう了見だ!」
「ど、童貞じゃねぇけど!? それと見たまんまだろうが! お前みたいなチビガキの胸で団長が満足できるか!」
それは余りにも無知な、愚か者の言い分だった。
「馬鹿が! むしろ俺くらいの歳の子がいいんだろうが! 未だ固く閉ざして花開かない、幼くも美しい蕾!それを開花を待たずして無残にも摘み取る背徳感ったら! お前らそれを知らずして一人前の男気取ってんじゃねぇぞ!!」
「ーー!?」
少年が絶句する。
覚悟を持たないまま俺の前に出るからそうなるのだ。
「って怒るとこはそこなのな。まな板やらチビガキやらについては触れなくていいのか?」
すごすごと引き下がる若い傭兵を見送っていると、ソバカスのジュドーが呆れた様子でそう尋ねてきた。
「は? だってお前、俺をよく見てみろよ」
ソバカスどころか鷹の団全員が目を向けてきた。
「......仕方ない。サービスしてやるか」
俺はその場で両膝をついて、甘える猫ちゃんのポーズをとってやった。
「見ろ、このロリ可愛さ。これなら胸などいらん」
「いや。女は肉付き良い方が断然いいって」
「......なに?」
俺のこの姿を見たにも関わらず性癖が歪まないだと?
ソバカス野郎の分際でこの俺の魅力に抗いやがったのか。
「......ちっ」
俺は肩を片方だけはだけさせると、続いて地面に尻をつけてペタンと座り、足首は外、膝は内といわゆる女の子座りの体勢をとった。
そしてそのまま膝の間に両手をつき、上体をやや前のめりにしてから保護欲のそそる上目遣いをきめこむ。
仕上げに熱に浮かされたような表情で頬を染め、瞳を涙で濡らし、呼吸を荒げ、下品になり過ぎないよう僅かに涎を垂らした。
媚薬入りアルマちゃんの完成だ。
「......目覚めたって言ったら、どこ触ってもいいよ」
熱い吐息と共にそう囁く。
この世にこれで落ちない男はいない。
しかしおかしい。
ソバカスのブツがどれだけ待っても勃起しないのだ。
勃ってもわからないほど粗末なモノなのだろうか。
「目覚めねーよ」
「なんでだよ!」
全力の誘惑でも駄目だったらしい。
「うわーん! ホモで粗チンのWコンボ野郎ー!」
「どんな泣き方だ!」
その後、ふて腐れる俺に数名の団員がロリコンに目覚めた旨を告げてきた。適当に流していると何だが襲われそうな雰囲気になったので速やかにグリフィスの下へと向かった。
危なかったが、ズタズタにされたプライドは少しだけ回復した。
「なぜあんな真似をした」
村まであと数十mといったところ。
先ほどの若い傭兵の騎馬に同乗させて貰っていた俺が、村長から入村の許可をとるため馬上から降りると同時。前列にいたグリフィスがそう話しかけてきた。
「これからの鷹の団にはロリコンが必要になってくるんじゃないかと思って」
「とぼけるな。お前、最初明らかにあいつらを挑発していただろう」
「そう怒るなよ。さっきお前にやり込められた分フラストレーションが溜まってたんだ。悪かったな」
「オレと初めて会ったときもそうだったな。俺を傭兵だと確信して、異常なほど毛嫌いしていた」
「............」
「傭兵に対して、過去に何かあったのか?」
「別に。いいから早くついて来いって。あ、団長以外のヒラはここで待ってろ。村長に話つけてきてやるから」
余計な追求を受ける前にさっさと歩き出す。グリフィスはもう何も言わず、黙って俺についてきた。
「あ、護衛する! します! いいっすよね、団長!」
「......好きにしろ」
「うっす!」
後ろからガチャガチャと鎧を鳴らしながら嬉しそうに駆け寄ってくる若い傭兵。村までの道中、馬上で楽しくおしゃべりしていたら仲良くなったのだ。
焦げ茶の短髪に高め背丈の十六歳ほどの少年。名はドミニク。
「村長ん家まで行くのに護衛なんていらねぇよ。第一何で俺につく。お前の大将はグリフィスだろ」
「まぁ固いこというなって。それにああ見えて団長の剣の腕は鷹の団一だからな。それこそ護衛の必要なんてねぇ」
俺は少し後ろを歩くグリフィスへと目をやった。その貴公子然とした姿からは、やつが優れた剣士だとはとても想像できない。
「嘘つけ」
「ああ。嘘みたいな話だがな」
「本当かよ。グリフィス、お前ってマジで凄い剣士なの?」
「ああ」
俺の問いにグリフィスはあっさりと首肯した。そこには何の気負いもなく、まるでそうあることが当然とでもいうような、堂々たる態度であった。
これがイケメンの余裕ってやつか。
俺は戦慄した。
「おいドミニク。お前も将来あんな男になれよ。無理だろうけど」
「待て待て。オレの武勇伝を聞けば、お前もそんなこと言ってられなくなる」
ドミニクがそのまま己の武勇伝を語りだす。
曰く、凄腕の傭兵十人を相手どって孤軍奮闘した。
曰く、分厚い鉄の剣をなまくらで断ち切った。
曰く、とある大国の姫君に剣の舞を披露した。
「つまんね。もうちょい捻れよ」
「!?」
ドミニクが目を見開いた。どうやら本当で言っていたらしい。程度の低いギャグかと思ってついダメ出ししてしまったじゃないか。
「な、なに言ってんの? 事実だから捻りようがないんだけど!?」
「ドミニク、その辺にしておけ」
「しかし団長!」
「お前の与太話を団の中で笑ってないのはオレくらいのものだぞ」
「いっそ笑って欲しい!」
ドミニクが赤面してその場にうずくまる。
道の真ん中で遊ぶなと注意したら黙ってついてきた。
「ついた。ここだよ」
馬鹿をやっている内に村長宅に到着した。
俺は古びた木の扉をドンドンと叩く。
「村長お客さん。入っていいか?」
「構わんぞ。入れて差し上げろ」
「わかった」
三人で屋内へと入る。
もちろんここは貧しい農村。例え村長宅でも他の家より特別大きいわけもなく、目当ての人はすぐ目の前にいた。
白髪頭の初老の男性。
名はダンという。
「って何がお客さんだ! バッチリ帯剣してるじゃねぇか! 盗賊か!?」
「いや、傭兵だよ」
村長の濃い眉がピクリと動いた。
「なに?」
「傭兵だよ、傭兵団。村に入れて欲しいんだってさ」
「アルマ。お前、傭兵を村に連れてきたのか」
冷え切った声だった。
「だからそうだっつってんだろ」
瞬間、左頬に強い衝撃。
俺は軽々と吹き飛ばされ、壁に頭を強打した。
「ア、アルマ!」
ドミニクの叫び声が響く。
「出てけ! さっさと消えろ傭兵ども! この村で貴様らにやっていいものは水の一滴だってありはしない!」
正に鬼の形相である。
とても初対面の人間に向ける顔ではない。
「よくも抜け抜けと来られたものだ! ふざけるな! どこまで我々を虚仮にすれば気が済む! 貴様らがこの村でやったことは未来永劫許されることのないーー」
「ダン殿」
気が狂ったように喚き散らしていた村長だったが、その涼しげな声に思わず口を噤むことになる。
もちろん声の主はグリフィスだった。
「......え、き、貴族さま?」
グリフィスのその容姿に気がついた村長が、ポカンと口を開けて惚けた。まるで絵本から飛び出した妖精を見ているかの反応だ。
「鷹の団団長のグリフィスと申します」
「あ、あんたが傭兵どもの頭だと?」
「はい。といってもまだ五十人にも満たない新興の傭兵団ですが」
グリフィスはそう言うと、見るもの全てを虜にする微笑を零して村長へと頭を下げた。
それは欠片も卑屈なところがない、あまりにも優雅な一礼だった。
「本日は我が傭兵団に入村の許可を頂きたく参りました」
「......なぜ」
「兵糧が心もとなく、兵にも疲れが」
グリフィスの訴えに村長が怒りに震える。
しかし地面に伏せる俺と、それを助け起こすドミニクを見て己を律するように歯を食いしばった。
「......西にしばらく行ったところにウチなんかより大きい村がある」
「私たちの進行方向は東です。エッガース辺境伯が傭兵を募っていると耳にしましたので、その戦列に加えて頂こうと」
「......あんな戦に加わりたがるほど馬鹿には見えねぇが」
「まぁ、ついでではありますね」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべるグリフィス。それを真っ正面から見た村長は先ほどと正反対、眩しそうに目を細めた。
「......やめとけ。今あっちは色々と危ねぇ」
「色々とは?」
その問いの答えは返ってこなかった。
「若輩の集まりとはいえ、私たちも傭兵です。これから戦に加わろうというのに、知りもしない脅威にいちいち怯えていてはーー」
「いいから死にたくなかったら来た道を戻れぇ!!」
バン! と力強く叩かれる木のテーブル。ドミニクの肩がビクリと跳ねた。
「出てけ! 二度と来るな!」
そして再び火が付いたように叫び出す村長。グリフィスはその様子をしばらくの間冷静に見据えていたが、一向に収まることのない癇癪に一分ほどで踵を返した。
「......それでは失礼。ドミニク、アルマに肩を貸してやれ」
「え? いえ。でも」
「手当てのために一度連れて帰る」
「わ、わかりました!」
「帰れ! 帰れぇぇ!!」
村長の奇声ともつかない叫び声に送り出され、家を出る。
俺たちは何の収穫もないまま、団員たちのいる村はずれの森に戻るしかなかった。