アルマちゃんのクロスボウ   作:芋一郎

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今回はほのぼの回です


六話 違和感

その姿は、一枚の絵画のようだった。

 

 

「貴族の生まれ……それがそんなに偉いのか?」

 

朝焼けの空を背負い、絶対の権力者であるはずの貴族に刃を向ける傭兵の姿がある。

日を受けてきらきらと煌めく白銀の長髪。強い意志を宿す鋭い瞳。おとぎ話の騎士のような悠然とした佇まい。

その神々しい光景は、ともすれば馬上より貴人を見下すその不敬すら、正しいことのように感じさせた。

 

鷹の団団長、グリフィス。

その救世主の如き傭兵の名だった。

 

 

 

 

右の小指を失い痛みに悶える貴族の後ろで、あられもない姿の少女が尻餅をついて、馬上のグリフィスを呆然と見上げている。

その目鼻立ちは俺ほどではないにせよ(決して個人的憶測ではない!)非常に整っていて、彼女が貴族に何をされようとしていたのかは一目瞭然であった。

 

「……ふん」

 

女になって初めて解る、男の下半身の浅はかさよ。

俺は親指を首元に持って行き、そのまま掻き切るジェスチャーをした。

 

「そんなエロオヤジ死んで当然だね! グリフィス、そのまま下の小指も叩っ切っちまえ!」

「ヒ、ヒデェ…」

 

後ろからジュドーの気の毒そうな声が聞こえてくる。

何故あんな男を庇うようなことを言うのか。

 

「小指仲間か?」

「誰が小指仲間だ!」

 

ジュドーは必死に強弁した。

お察しである。

 

 

ーーそもそも、事の発端はグリフィスがその蛮行を見咎めたことより始まった。

 

俺が鷹の団に入団してから一週間。

雇い主を求め国境いを転々としていた団は、その延長で山間にある農村へと立ち寄ろうとしていた。

この一週間。ただ馬上で揺られ続ける日々に早くも辟易としていた俺は、喜び勇んで(自分が傭兵だということも忘れて)ご厄介になろうとしたのだが、グリフィスがその場にいないことに気がついてふと我に帰ったのだ。

辺りを見渡してみると、村へと続く街道の脇に、乱肌蹴た服の少女と小指を失くした貴族、そして血の付いた細剣を構えるグリフィスの姿があった。

 

 

「つーかグリフィスの野郎、何をチンタラしてやがんだ? さっさと殺っちまえばいいのによ」

 

コルカスが面倒そうにそう言った。

 

「でも一応相手は貴族だし、殺すのはマズイんじゃ…」

「バカ、頭使えよリッケルト。グリフィスのやつ、もう貴族の指を斬り落としちまったんだぜ? ここで始末しとかねぇと後が厄介だろうが。それに…」

 

チラリと、貴族が乗っていたであろう豪奢な馬車を見やるコルカス。

そこでは他の団員たちが、馬車から金品を頂くため忙しなく働いていた。

御者はとっくに冷たくなっている。

 

「せっかくの軍資金。返すわけにゃいかねぇよ」

「そりゃそうだけどさ…相手は貴族だし…」

 

尚も不安気なリッケルトに、短期なコルカスが怒鳴り散らす。

 

「だー! てめぇも男ならビビってんじゃねぇ! そら、アルマを見ろ!」

「え、俺?」

 

突然、名前を呼ばれた。

 

「まだ入団して一週間! にも関わらず、自分も略奪に参加してぇとさっきからウズウズしてるじゃねぇか!」

「ハッ!」

 

しまった。俺としたことが、長い貧乏暮らしのせいでタダで手に入る金目の物に手がワキワキとしていたようだ。恥ずかしい。

 

「新入りだからって遠慮するこたぁねぇぜ、アルマよ。お前も馬車に行って、銀貨の一枚でもくすねて来な……このオレさまのように!」

「あーっ! コルカスいつの間に! さっき軍資金にするって言ってたじゃんかー!」

 

コルカスが懐から取り出した三枚の銀貨に向かって、リッケルトが取り返そうとぴょんぴょんと跳ねている。

そんな楽しげなコントの傍、俺はというと頭を抱えて屈辱に打ち震えていた。

 

「(こ、この頭から爪先まで品性下劣で説明のつくようなコルカスに、自らの意地汚さを自覚させられるとは…!)」

 

貧乏だ。全ては貧乏暮らしが悪いのだ。

この十二年間の自然児生活で、俺は文明社会人としてのプライドを失ってしまったらしい。

 

しかしだ。

 

「おっ、剣がある。こんな一品お貴族様にゃあ勿体ねぇぜ」

「護身用だろうな。生意気に弓までありやがるぜ。こっちは結構使い込んでるな…いらねぇや。捨てちまえ」

「おーい財布見つけたぞ。金貨がザクザク入ってる」

「俺にも見せろ!」

「テメェがめるつもりだろ!」

 

騒々しく、しかし手際よく略奪を働く団員たちを見て、やはり居てもたってもいられなくなる。

 

「(相手は貴族だし…レイプ未遂犯だし…俺も傭兵に馴染まなきゃだし…)」

 

自分の心に正直になる。

略奪してみたい。

 

「よう、邪魔するぜ!」

 

俺はさっそく馬車の窓から上半身を突っ込ませると、目に付いた拳大の綺麗な箱を開け放った。

そして皆がそうするように、大声でその中身が何であるかを叫んだのである。

 

「ほっほー! 見ろよ砂糖菓子だぜ! これは俺が食うからな! 早いもん勝ちだ!」

 

甘いものは大して好きではないが、この時代糖分は貴重だ。

しかも食物は換金し辛い為、こういう細々したものは最初に見つけた者が食べて良い決まりになっていた。

 

こいつらも泣いて悔しがるだろう。

 

しかしそんな俺の予想に反し、車内は爆笑の渦に包まれた。

 

「ぶはっ、菓子って…! 随分と可愛らしい略奪もあったもんだな!」

「金貨の前に飛びつくのがそれかよ!」

「いやぁ、俺は何だか安心したぜ。こいつも女だなーってな。これからはレディアルマと呼んでやろう」

 

「「「よっ、レディ」」」

「クソが!」

 

泣いて悔しがった。

もうこんな野蛮人のような真似、誰がするか。

 

俺はそのまま菓子の入った箱を握りしめ、グリフィスたちの元へと駆けた。

この菓子をあの可哀想な少女にプレゼントしてやろうと思ったのだ。

さすがにもう、グリフィスもカタをつけているだろうと。

 

「その剣をとれ。そして戦え。君の誇りのために」

 

だが、その場にたどり着いたとき。

そこに哀れな少女を助ける騎士の姿はなかった。

グリフィスは剣を地面へ突き刺さし、あろうことかそれを少女に持たせようとしていたのだ。

もちろん、貴族もそれを黙って見ているような馬鹿ではない。

貴族が、遅れて少女が続けざまに地に刺さる唯一の凶器へと飛び付き、もみ合うようにして転がった。

 

まさに、凶行が起ころうとする直前であった。

 

「おい! 何してんだよ!」

 

先ほどまでの馬鹿を忘れてそう問い詰めると、グリフィスはこちらをチラリと見て含み笑んだ。

 

「心配するな。お前のときとは違って、今度はきっちり助けるさ」

「なっ…! くっ…呑気に構えてる場合じゃねぇって言ってんだよ! このままじゃあの子…!」

 

抜き身の剣を間に挟み、尚も少女と貴族はもみ合っている。

 

「おい助けるんだろ! 早くしろよ!」

「必要ない」

「はぁ!? ……ま、まさかお前、あの子に殺らせるつもりなのか? さっき助けるって…」

「手段ならくれてやったさ。あとの結果はあの子次第だ」

「……くそっ」

 

この鬼畜野郎に任せてなんていられない。

俺は腰から短剣を抜き取り、もみ合う二人に向かって走り出した。

 

直接人を殺すのはこれが初めて。

緊張に喉が鳴った。

 

「やめろ!」

 

後ろから肩を抑えられ、急停止を余儀なくされる。

一瞬グリフィスの仕業かとも思ったが、肩にかけられた褐色の指にその持ち主を思い当てる。

 

「キャスカ! 何で止めんだよ!」

「いいから黙って見てろ!」

 

黒い短髪に黒の瞳。

鷹の団の女剣士、キャスカが俺の行く手を阻んでいた。

 

「グリフィスは戦えと言った! だったら、きっとあの子はグリフィスに救われる!」

「何を…! 現に黙って見てるだけじゃねーかよ、あのバカは!」

「それでいいんだ! 何も命を救うことだけが助けになるとは限らない! グリフィスはーー」

 

少女が隙を突いて剣をもぎ取った。

貴族の指が欠けていることが有利に働いたのだ。

 

「やあぁぁ!」

 

そして一線。

貴族の額に浅い傷が入る。

 

「ひ、ひぃぃ!」

 

貴族は怯え、逃げ出した。

支配者であるはずの貴族を、ただの村娘が追い払ったのである。

 

「う、うぅ…うっ…」

 

剣を握ったまま疲れと恐怖で涙すら流す少女に、グリフィスは歩み寄り、その肩に暖かい毛布をかけてやった。

 

そして何も言わず、ただひとつだけ大きく頷いた。

 

たったそれだけ。

たったそれだけで、少女の泣き顔はどこか誇らしげなものへと変わった。

 

少女は、自らの力で己が誇りを守りきったのだ。

 

「アルマ」

「あ、えっ、なに?」

 

その美しい光景に思わず見惚れていると、背中を向けたままのグリフィスに名前を呼ばれた。

 

「始末しておけ」

 

簡潔極まりないその命令に、俺は惚けたまま、しかし忠実に頷いた。

 

 

 

三十分後。

グリフィスの命を遂行するため、言い換えるなら驚くほどの手際で馬を奪い逃走した貴族に追いつくため、俺たちは道のない山の中へと分け入っていた。

もちろん土地勘のない俺たちがそんなことをすれば、たちまちの内に迷子となり、命令達成どころか自らの命すら危うくなる。

 

しかし山の中を共に行くこの少女。

先ほどグリフィスに救われたグリットが道案内を務めてくれるお陰で、心置きなく大胆なショートカットを敢行することができていた。

 

「ここは足場が崩れやすいから気を付けて」

「わかった」

「ああ」

 

俺たちはグリットに言われるまま、岩に登り、川を飛び越え、木々を伝う。

道案内はこのグリットが自ら申し出てのことだった。

グリフィスによって自らの内にある誇りを自覚した少女は、これまでと違い、その双眸に強い力を宿していたのである。

 

「しかし…なぁキャスカ、何でアンタまで付いてくんだよ」

「グリフィスからの御達しだ。何でも、お前は満足に弓すら引けない非力者だから、せいぜい助けてやれと」

「…………」

 

グリフィスめ、いちいち腹の立つ奴だ。

俺はそう吐き捨てた。

 

「アルマ」

「なに?」

「お前は……その、グリフィスを憎んでいるのか?」

 

「あたり前だろ」

 

我ながら冷たい、全く感情の篭らない声だった。

 

「で、ではなぜ鷹の団に入った。なぜ、ああも親しげにグリフィスに接っせられる。なぜ…」

 

ーーお前はこんなに、グリフィスに信頼されている。

 

キャスカはかき消えそうな声でそう呟き、それ以上は話そうとしなかった。

その呟きは俺への質問というより、自問であったように感じた。

聞いた話によると、キャスカが鷹の団に入団したのは今から半年前。

グリットと同じような形でグリフィスに助けられ、その縁で入団を決めたのだという。

 

半年前までただの農民に過ぎず、また未だ十三歳と幼いキャスカの初陣は、当然まだである。

そんな中、同性で歳下の俺にはこのような任務が任され、心中穏やかでないのだろう。

 

剣の腕は既に団の中でもトップクラス。しかし未だ団長から実践の許可は下りない。

グリフィスに助けられ、グリフィスの役に立ちたいと人一倍考えているキャスカだからこそ、その焦りの程は大きいのだ。

 

そんな益体も、根拠すらないことを考えている内に、俺たち三人はとある開けた岩場へと差し掛かった。

まだ緑が残る森林部から木に隠れて目を凝らすと、岩場の地面には長さ五十メートルはある巨大な一文字の亀裂が刻まれていて、丁度十の字を作るように、そこに木造の橋が架かっている。

 

あれは? と尋ねるキャスカに、グリットはしっかりとした口調で説明を始めた。

 

「最近、この辺りでとっても大きな地揺れが起きたんです。村の大人たちは、あの亀裂はそのせいで出来たんだろうって……すぐに橋は架かったんですけど、うまい具合に標高の高い山岳の間に出来たものだから、あの一本橋を通らなきゃ向こう側へは渡れないんです」

「なるほど…つまりこの先にあの貴族の住処があり、奴は必ずこの橋を通ると、そういうことか」

 

グリットが肯首し、キャスカが納得したように頷いた。

確かに、ここは絶好の待ち伏せポイントである。

 

しかし腑に落ちないのはあの一文字。

本当に地震による亀裂なのだろうか。

 

激しい揺れで真っ二つに割れたにしては溝の形がなだらか過ぎるし、また亀裂の間隔も広い。

 

そう、まるで巨大な蛇が一瞬だけ姿を現し、そこにいたかのようなーー

 

「アルマ! 来たぞ!」

「! ああ、分かった」

 

キャスカが弦を引き、そのクロスボウを俺が受け取る。

 

馬鹿なことは考えない。

そもそも、あの溝の幅は五メートルはある。そんな巨大な蛇が自然界に存在するはずがない。

 

「……ふぅー」

 

頭を空にする。

鼓動が段々とゆっくりになり、心が無機質になる。

 

距離六十。

 

五十。

 

四十。

 

三十。

 

そういえば、初めて人を殺す。

 

既に目標へと突き刺さった矢を眺めながら、そんなことを思った。

 

 

 

 

村に戻った俺たちは、グリットに見送られて出立した。

キャスカがやたらと共に来ないかとグリットを勧誘していたが、彼女は結局頷かなかった。

 

傭兵も良いが、グリフィスに貰ったこの心の強さを生まれた村のために使いたい。

グリットは笑ってそう答えた。

 

「キャスカはあの子に自分を重ねてたんだろうな」

 

俺を後ろに乗せながら、馬上のジュドーは言った。

俺が山の中でキャスカに愚痴を言われたと漏らした結果だった。

 

因みに俺はまだ馬に乗れないため、行軍中は誰かの世話にならざるを得ないので、このような状態なのである。あしからず。

 

「あぁ、確かキャスカも貴族に襲われかけて、そこをグリフィスに助けられたんだよな」

 

他所聞きの知識で俺が応じると、ジュドーは膝を叩いて笑った。

 

「そんなもんじゃねぇさ。貴族相手ってとこから、剣を取らされたり、流血沙汰になったとこまで、もう一から十までそっくりだったぜ」

「おいおい、グリフィスの野郎、そんな頻繁にあんなことしてんのかよ」

「少なくともこの半年の間では二回だけだな」

「十分過ぎるだろ」

 

軽口を叩き合って話を進める。

 

「だからよ、あの子に自分を重ねて、つい半年前のことを思い出したのさ。んで、初陣も済ませてない半年後の自分に思い至って、全然成長してない、グリフィスの役に立ってない、隣にはこの一週間で既に信頼の厚いお前がいると。まぁ、そんなとこだろうよ。アイツ真面目だからさ」

「ふーん……あれぇ? へぇ〜、なんか随分と詳しくなーい?」

「茶化すなって」

 

顔色一つ変えないジュドーに「つまんねー」と返して邪推を止める。

キャスカのことが好きなのではと思ったのだが。

 

「つまりさ、団の中であんまギスギスすんなってことだよ。ほら、女ってそういうとこあんだろ? グリフィスみたいな一軍の長がいて、それを…こう、どちらがより寵愛を受けるか…みたいな」

「は? 知らねーよ」

「…………ま、お前相手じゃ心配もいらねぇか」

 

安心したようにそう言われた。

馬鹿にされた気がして腹立たしい。

 

「なんだよ、キャスカが俺に嫉妬してたって言いたいんだろ?」

「あっ。あーあ、何でオレがここまで遠回しに説明したことをストレートに言うかねぇ」

 

ジュドーがわざとらしく空を仰ぐ。

 

「そういうの面倒くせぇんだよ」

「お前ホントに女かよ」

「テメェの背中に当たるこの感触こそが何よりの証拠だよ」

「やっぱり男じゃねぇか」

 

目の前の無礼者の脳天に肘鉄をくれてやった。

この男はこれほど魅力的な俺をぞんざいに扱うから嫌いだ。

勃起不全の疑いがある。

 

「おい、遊ぶな」

「あ、うん。ごめん」

 

流石に目に付いたのか、後ろから追いついて来たキャスカにそう注意を受けた。

 

「…………」

「……?」

 

すぐに謝ったはずだが、まだ何か言いたいことがあるようで、キャスカはモゴモゴと口を動かして俺を見たり見なかったりしている。

 

「そ、そのだな…」

「う、うん…」

 

なんだか俺の方も緊張に飲まれ、妙な空気になる。

 

「あ、明日、馬の乗り方を教えてやる。その、朝方に時間を空けておけ」

 

そしてぶっきらぼうに、そう言われた。

 

意外な物を見た思いの俺は、少々の面映ゆさと共にその不器用な誘いを承諾した。

 

沈黙。

 

気まずいやら気恥ずかしいやら、とにかくそんな空気が流れる。

何か話のタネを探していると、ポケットに略奪品の菓子を見つけた。

やる。と言ってキャスカに渡すと、明日一緒に食べようと言ってくれた。

ジュドーがニタァとした視線を送ってきたので、セクハラをされたことをキャスカに報告し、正当な罰を下して貰った。

 

女同士、何だか仲良くやれそうな気がした。

 

 

 




感想で約束した時系列を載せておきます。


入団順時系列

鷹の団結成
一話の二年前
(グリフィス若干十四歳)

キャスカ入団
一話の半年前
(ジュドー、ピピン、コルカスは既に入団済み。リッケルトはキャスカのあとに入団)

一話
(この時点で鷹の団70人規模)

ガッツ入団
一話の一年半年後
(早くガッツさん登場させたい)


歳の差

主人公 0
キャスカ +1
ガッツ +2
グリフィス +5


一応こんな設定です。
原作との齟齬はありありです。
参考程度にお願いします。


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