戦いは終わった。
福音との戦闘は……一回目と違い、今度はIS学園専用機持ちが総出で当たっていた。
欠席者と、不動兄弟をのぞいて……命令違反を起こしてまでも。
だが、それによりこの作戦が終わりを告げたのは事実だった。
しかし……その作戦が行われる前に
「ふざけんじゃねえ!」
一夏と箒を抱えてきた狼牙は、怒りの顔で吠えた。
旅館の空気は静まり返り……その中で、知らされたこと。
不動牙狼の反応消失
これが意味することは、ISを打ち砕かれ……一人、あの海に落ちたこと。
体力的にも精神的にも疲弊した状態で、この大海原のまっただ中へ。
それがどういうことになるのか……誰の目にも明らかである。
「牙狼が! あんな鳥なんかに負けるか!」
「狼牙……事実だ」
「うるせえっ! あんたは……あんたって人は!」
千冬につかみかかっている狼牙。
胸倉を掴まれている千冬は……抵抗を、していない。
ただジッと、狼牙の目を見ていた。
セシリアも、鈴音も、シャルも、ラウラも、真耶も……皆、声を出さない
それが狼牙にとって……全員がすでに、諦めているように見えるのだ。
だからこそ、余計に冷静な千冬に対し怒りがわく。
「私にどうしろというのだ?」
「そんなもん! 探しに行くにきまってるだろうが!」
「お前のISはダメージレベルがCを超えている……しばらくは無理だ」
淡々と、千冬は告げる。
今の現状を。
「じゃあ他の」
「専用機持ちのはお前では使えない……すでに、手配はしてある」
「その手配にどんだけかかると思って」
「わかっている!」
千冬は狼牙の言葉をさえぎり、そう言った。
その声は、初めて聞くものだった。
「一夏は重傷、箒は軽症だが精神的なダメージが大きい。お前のISは使用不能……今は、動けん」
「っ!?」
「だから、今は万全を期するために」
「あんたはっ」
狼牙は、静かな声になり……
「牙狼の気持ちを知らねえでよく言えるな!」
そう言いきる。
千冬は、今はここの指揮官。
だからこそ、冷静に物事を見ているだけ……しかし、それを許せないと思うのは狼牙がまだ少年だからなのだろうか。
「牙狼の、気持ちだと?」
「そうだよ……あいつが、あいつが強くなろうとしたのはすべて」
「織斑千冬を、一人の女性として好きだからなんだよ!」
「!?」
その言葉に、千冬だけでなく周囲の面々までも驚いていた。
狼牙は……顔を伏せ、呟くように言う。
「牙狼は、兄さんは貴方にふさわしい男になりたいから、そのためだけに力を求めた……例え振り向いてくれなくても、正面切って好きだって言えるぐらいになるには……貴方を超えてからだと」
「……」
「最初は世間も、そんなこと許さないだろうさ……だから、世界で一番になったら、恥ずかしくないぐらいに強くなったら、貴方に言おうって……兄さんは言ってた」
握られた拳から、血が垂れていく。
ポタッと床に落ちて行きながら……
「でも、そんなのは兄さんの事情だから……貴方には関係ないから、聞き流してくれていいです」
「……」
「だけど、そういう古臭い馬鹿な男がいたってことだけでも……覚えて、おいてください」
口調が変わっている。
いつもの強気な口調でなく……もしや、これが素の方なのだろうか?
と、狼牙の拳を真耶はスッと押さえる。
「っ!?」
「もう、いいですから……責めないでください……自分を」
「……情けなんて、いらない……」
しかし、その手を振り払おうとはしない。
狼牙は、自身のISが待機している左手の指輪を見て……口を開く。
「もっと、もっと僕に力があったら、もっと強かったら……」
それにこたえてくれる、兄はいない。
狼牙は……一人になった。
そうして、狼牙は作戦参加を拒否し……部屋に、こもってしまう。
全員が彼にかける言葉は見つからず、福音を撃破すると言う他の専用機持ちたちは独自に動き出す。
彼女らの作戦は、無事に成功……復活した一夏は、さらに強力な相方とともに駆け抜けた
一夏と箒には、牙狼がどうなったかを知らされずに。
知ってしまえば……彼らは、止まってしまうかもしれないからだ。
そして狼牙は、もう何もできなかった。
たった一人では、何もできないと悟った。
「僕は……無力、だ」
自分自身を失ったかのような喪失感が、今の狼牙を包む。
だからこそ……もう、何も考えたくなかった。
IS学園臨海学校、その過程で起こったことはすべてが極秘とされた
ただ一人……消えた牙狼の存在のことを、誰ひとり他の生徒に話さず。
彼は急病になったということで、長期入院したと片付けられてしまう……学園上層部によって。
全員に、その口止めを行った後で。
そして千冬は、牙狼の所属する政府の査問に立ち会うことになる。
「では、不動牙狼君の消息はあの後も不明だと?」
「大規模捜索を実行しましたが……申し訳ありません」
「……彼は我が国家でなく、アメリカに属される予定だった。向こうの「暴走」に巻き込まれたのであればあちらの責任でもある」
不動兄弟がIS学園を卒業後に属する国は、日本以外と決められている。
牙狼はアメリカ、狼牙はEU諸国だとか。
人間をモノ扱い
千冬の中で、すでにこの査問に参加してる者たちが何度コマ切れにされているだろうか。
表情に出さず、態度に出さず……彼女の怒りが限界を超えていた。
自身の弟である一夏と、この扱いの差。
それがどれだけ、彼らに辛かったことか。
そして、彼はわずかな自由を願い……このIS学園で、千冬に想いを伝えたかったのだろうかと。
今となってはもう、かなわないのだろう。
だからこそ、千冬は……無表情のまま、その場を後にする。
あの暴走事件後、福音は永久凍結となり操縦者に関しては……少しばかりの会話をした後、ある程度制約が課せられていた。
しかし、貴重な男性操縦者の権利を失ったアメリカはそうはいかない。
今後は……残っている狼牙に、焦点を当ててくるだろう。
(どいつも、こいつも……人を、何だと思っているのだ)
思い浮かぶ、千冬の友の姿。
あの別れ際に言いかけた言葉、そして彼女……束が裏で糸を引いていたかもしれないという推測。
「私は……どうすればいい」
あの事件で専用機持ち達が負った心の傷は深いものだった。
作戦終了後に事実を知らされた一夏は自身を責め、箒は……己の慢心を、悔み続けた。
そして同時に……不動兄弟の、闇に包まれた過去
生年月日は発見当時に施設でつけられたもので、肉親にいたるまですべて不明。
彼らは孤児と言っていた、それはまだいい。
しかし、二人がいたとされる孤児院はすでに消えていた。
そこにいたとされる孤児たちや職員もすべて消息不明。
書類やデータなども、政府が用意したものしかなく……疑わしいものだった。
IS学園も今は夏休みに突入し、各自が学園から離れる今は……千冬も、独自に動くことができる。
もしこの先、また福音事件のようなことが起きらないとは限らない。
そして……かつて学園を襲った、あの謎のISの存在も。
(ははっ……私も、やはりただの人だったな)
こうしてみると、何一つ進展していないことに気付いたのだ。
だからこそ、今は狼牙のそばにいることにした。
それしか、できることはない。
(山田君にも、また迷惑をかけてしまうか……)
彼女は打ちひしがれた狼牙を相当心配していた。
一夏たちと一緒に、何度励ましに行っていたのだろう。
そのかいがあってか、狼牙も少しずつだが笑顔も戻っていた。
少しずつ、少しずつ調子を取りもどしていってほしい。
千冬はそう思いながら、IS学園に戻る。
だがそのころ、ある場所では……動いていた
一歩、一歩。
金属の触れ合う音が……周囲に響き、水を踏んでいく。
騎士にも似た、鎧を纏う者。
顔は見えず、その腰にあるひと振りの剣。
だが、その姿は……人であることを捨てたかのように。
X字の傷を、その身に残していた。
新章突入します。