時刻は少しばかり戻る。
市街アリーナから救急車が出て行き、中であわただしく周囲が動いている。
流れ出る赤い血が包帯を赤く染める。
「緊急処置!」
負傷した狼牙が、治療カプセルに入れられていく。
いまだに意識は戻っていないのか、ピクリとも動かなかった。
一夏達は、それを見送ることしかできず……真耶が付き添いで行くことに。
「では」
「うむ……山田君、頼む」
千冬は真耶を見送り、事後処理の方を始める。
専用機持ち達の手当ては既に済んでいる。
そして、その後は……回復次第、事情聴取だった。
「……一夏、来たか」
「千冬ねえ! 狼牙は!?」
「大丈夫だ……簡易な診察だが、一応命に別条はない、とのことらしい」
それを聴き、一夏は……深く息を吐く。
安堵のため息だ。
「だが、狼牙がいなければ被害はもっと出ていただろう……」
「……俺は」
「お前も今は休め……命令だ」
千冬は一夏にそう言い、奥に引っ込んでいった。
そうして、今回の事件についての詳細をまとめ始める。
再び現れたサイレント・ゼフィルス。
そして……キバ。
(牙狼、お前は……何故だ、何をしようとしているんだ?)
自身に好意を抱いてくれている存在。
だが、牙狼は……千冬を普通の女にする。
そのために世界を変えると……去っていった。
(私は、どうすればいい? しょせん私には……ISしか、ないのだぞ?)
情けなかった。
世界最強、その称号すら馬鹿みたいに思える。
想いを寄せてくれる男一人にも答えれない、その覚悟にも応えれない。
弟の心配ばかりして、自身のことになれば……何ができるのか。
(……牙狼に届く声は、私だけ、か……ひどい女だな、私は)
思えば、今までここまで自身のために動く男がいただろうか?
弟の一夏以外に……大抵は容姿だけで判断するような奴ばかりだった。
そういった奴らはすぐにわかる。
牙狼も、確かにそういった面はあったが……あれは男の性といえば、それまでだ。
それだけか否か……牙狼は、全てを投げ打って今も戦っている
千冬は、このままでいいのか?
いいわけがなかった。
(ふっ……いかんな、考えがマイナス思考ばかりではないか)
どうも最近の自分は、そういった思考が目立つようだ。
らしくない、その上また弟に心配をかけている。
これでは、姉としての面目も丸つぶれではないかと。
(力、がいるな……また)
牙狼を止める為に。
そして、自分自身の……想いを伝えるために。
千冬は……そんな自分の様子に、苦笑する。
(私も、女だったようだな……さて)
狼牙は真耶に任せるようだ。
千冬はまず、一夏たちのほうを優先する。
だが、一方で搬送された狼牙はというと
「……知らない天井だ」
まだ完全に覚醒していないのか、そんなことをぼやいていた。
見ると、右腕はコルセットで固められ……全身に包帯が巻かれている。
出血してたはずの部分には何か貼られており、傷口を塞いである。
点滴が支柱に吊るされており……
「狼牙君! 眼を覚ましたんですね!」
と、いきなりキーンと高い声。
思わず眉をひそめる狼牙だが……目の前、つまり見上げていると真耶の顔が横から出てきた。
覆いかぶさるようにこちらを見ており……
(でかい)
目の前で二つの大きなものが揺れていた。
しかし、視線が釘付けになるが真耶は気付いておらず
「心配したんですよ……」
「……あ、はい。俺、負けちゃって……」
とにかく、今は別のことを考えようと思った狼牙。
改めて思い出す……数時間前の戦い。
「牙狼は? サイレント・ゼフィルスは?」
「牙狼君は……サイレント・ゼフィルスと共に消えました。ごめんなさい、狼牙君」
「いえ、山田先生が謝る事では……みんなは、無事でしたか?」
「はい。他の子達は皆……多分、今は事情聴取かと思いますよ」
事情聴取。
まあ、戦闘を行っていたので……無理もない。
しかし、他の皆が無事と聞いて狼牙は一安心だった。
「山田先生」
「なんですか?」
「一夏に、今日は俺抜きでいいって言っておいてください……それでわかるはずなので」
「わ、わかりました」
「ああそれと」
狼牙はクスッと笑い
「もう少し手前に来てくれると、素晴らしい胸が」
「何を言ってる馬鹿者が」
パシッと軽く当たる手。
それは……いつのまにか入ってきていた千冬のものだった。
「お、織斑先生!?」
「山田君、あまり狼牙を甘やかさないようにな……少し、体勢を考えた方がいい」
千冬が入った時、見た目にはベッドに覆いかぶさる真耶。
そういう風に見えていたのである。
真耶は……先ほどまでの自分の体勢と狼牙の言葉を思い出し、バッと胸を押さえる。
「も、もう狼牙君!」
「あーあ残念」
「まったく……お前はもう復帰してもよさそうな感じだがな」
と、千冬は狼牙に話があるらしい。
真耶を少しの間外に出させ……あることを話し始めた。
それはもうすぐIS学園で開催される専用機持ちのタッグマッチについて。
タッグと言うことは、一人ではダメだと。
この怪我は……厳しいものだったが、処置をしたとはいえ医師が驚くほどの回復力を見せる狼牙。
だが、しばらくしたら行われる全学年合同のタッグマッチの話。
かなりの異例だが、事情が事情であり実行されるらしい。
千冬はそのことを、ほぼ間違いなく開催されるとの説明をして出ていった。
今日はもうそのまま、身体を休める為に狼牙も寝ることにしたらしい。
不思議と、ぐっすり眠れたようである。
そして、学園とはかけ離れたある場所では
「……」
明かりもない部屋。
そこにいるのは、マドカだった……彼女は右手の包帯を交換している。
どうやら治療用のナノマシンを何度も使用したようで、注射器が散乱していた。
右手の傷はふさがり、もうあまり問題はなさそうである。
「入るわよ、エム」
と、ノックも無しにその部屋へ入ってきたのは……金髪の女性。
スコールだ。
「昨日の無断接触の件だけど、説明してもらえる?……織斑マドカさん?」
「……」
その問いにマドカは無言。
ニコニコしているスコールに一度視線を向けただけだ。
「あなたにとっては劇的な出会いであっても、こちらは困るのよ。あまり無軌道に動かれるとね」
「……わかっている」
「あなたの任務は各国のISの強奪よ。それ以外のことに、あまりISを使うなら」
ドンッと爆発音が響き、サイドテーブル上の医療用キットが散乱した。
それはスコールのIS……が生み出したもの。
彼女は部分展開しか行っていないが……マドカの首をつかみ壁に押し付ける。
だが、マドカはマドカでビットを呼び出し構えていた……いつでも射抜ける様に。
「ふふっ。さすがにいい反応ね」
拘束を解かれ、ベッドに立つマドカ。
スコールもISを解除したようで、ベッドが2人分の体重で軽くきしんだ。
「ねえ、エム。あなたが織斑マドカであろうとなかろうと、私には関係ないわ。けれど、なるべくならエムでいてちょうだいね。『亡国機業』の一人。エムとして」
「……決着をつけるまではそうするつもりだ」
「決着……織斑一夏との?」
「ふっ……あれは敵ではない。殺そうと思えば、いつでも出来る」
「となると、織斑千冬……との決着かしらね?」
スコールの言葉。
エムは……抑えきれない昂ぶりを感じていた。
その顔が、邪悪な笑みを浮かべて。
「織斑千冬ねえ……現在はISを持っていないようだし、それほどてこずる相手にも思えないけど」
言った刹那、スコールはマドカの掌打を受け流し、追撃の蹴りを避ける為に
「やめろ」
とっさに、何かに遮られる。
マドカの蹴りは、ISを部分展開した牙狼に受けとめられた。
スコールを左腕で抱えるような感じで、である。
「……牙狼」
「あら牙狼君、戻ったの?」
「ええたった今……最初はついに二人が禁断の関係になったのかと冷や冷やしてましたが」
「う~ん、私はさすがにそれはねえ」
「……」
牙狼の軽口をスコールは受け流し、マドカは……ふざけるなといわんばかりの視線だ。
と、ISを解除し牙狼は続ける。
「エム……」
「……いい加減に離したらどうだ?」
そう言われ、牙狼は慌ててスコールを解放する。
「と、これは失礼」
「ああ、いいわよ……たまには男の腕も悪くないと思ってたし」
その瞬間、マドカの視線が再びスコールに向けられる。
彼女はそれを涼しい顔で受け流していたが
「そのナイフ、投げるのはやめてほしいわね……壁紙に傷が付いたら大変よ?」
「ふんっ……」
マドカは挑発に乗ってしまったことを恥じる様に、ナイフをホルダーに戻す。
牙狼も、肩の力を抜いたようだ。
「私はもうひと眠りさせてもらうわ……次の任務まで時間はかかるし、二人も自重してね」
「わかった」
「わかりました」
「素直な子は好きよ……それじゃ、仲良くね。エム、牙狼君」
スコールはそう言い、部屋を出ていく。
そして気配が消え……牙狼は、マドカを見た。
彼女はおもむろにナイフを取り出し……自身の顔に、軽く傷をつける。
「……」
「……それぐらいにしとけ」
マドカが自身の顔に傷をつけるのは、今までも何度かあった。
牙狼はそれを見て、むしろ……
もっと傷つけたい、そんな衝動にかられる
だが、それを押さえるのだ。
マドカの自傷行為も、その時みせる……妖艶な笑みも。
その全てが、牙狼を狂わせようとしている。
牙狼は、スッとマドカのナイフに手を伸ばし……取りあげた。
彼女の顔からツーと垂れる血を指ですくい……牙狼は、舐める。
「……どうした、牙狼?」
「いや……返すぜ」
ナイフを彼女に返す。
マドカは、再び無表情に戻り……手当を始める。
牙狼はそんな彼女を見て、己の昂ぶりを抑える為……自室へと、向かって行った。
そして翌日、場所はかわり病院で一夜を過ごした狼牙はというと
「……厳しいなこれ」
思い浮かべる一年の専用機持ちら。
どれも一癖も二癖もあるが……
「うん、俺無理じゃん」
一夏と組もうとすれば他の女子が黙っていない。
かといって他の女子は一夏を優先するはず。
さらにいえば、狼牙と相性のいいパートナーでなければ勝てるかわからない。
「中・遠距離だよなあやっぱ……個人的にはセシリアかシャルがいいんだけど」
まあ、無理だろう。
だから悩んでいるのだ。
しかし、専用機持ちは一年では他に知らず……と
「ん? 待てよ……」
狼牙はあることに気付く。
それは、各国家についてだ。
専用機持ちは大抵代表関係の者たちだが
「日本にいたっけ?……あれ?」
今までのイベントで、確か日本の現役代表関係者は見ていない。
だが、一夏や箒も違うはずなので……
(……リストがあったよな)
おもむろに左手で端末から各国家のデータを出す。
これは開示されているだけだが、IS学園所属の者はいるのだ。
そうしてみていくと
「あった!」
ある名前を見つけた。
日本代表候補であるが……一年にいる。
しかし、どこかで見覚えのある名字ではあったが……狼牙は、ベッドから飛び起きる。
病院で寝てるわけにもいかず、右腕に気をつければ問題はない。
左わき腹も、激しい動きをしなければいいし……立ちくらみに気をつければいいと。
昨日の今日ですでにはっきり動ける辺りが、かなり異常なのだが……
「今日の休み時間に行くか」
タッグマッチに出てもらうために、行動を開始した。
一限目が終わる時間になると、狼牙はすぐさま動きだす。
目的は……一年四組。
「失礼します」
「ん?……あ! 確か、不動狼牙君……で、いいよね?」
「ああ、あってるよ。こんな恰好ですまない……すぐに戻る予定だが」
「そう……ごめんね、双子って聞いてたから……腕とか、大変だったね」
あまりこちらに来ないためか、名前を知らぬ女子に聞かれる。
そして狼牙の状態から、その理由もある程度分かるようだ。
向こうもそれはわかっているのか深くは聞いてこないらしい。
狼牙は、意を決しその女子に尋ねた。
「突然で悪いけど、ここに更識って人いる?」
その名字を出したとたん、女子の目が見開かれる。
「更識さんって……う、うん。いるけど」
女子の視線がある方向へ。
その先にいるのは、空中投影ディスプレイに向かい一心不乱に手を動かす女子。
間違いない、彼女だ。
念のため真耶に聞いておいた特徴と一致するのである。
「ごめん、ちょっと入るね」
「え、あ……どうぞ」
狼牙は四組の中へ。
一瞬、他の女子たちの視線を感じたが気にせず……狼牙はまっすぐその方向へ。
目の前に行った時、トントンと机をたたいてようやく彼女も気付いたようだ。
視線が一瞬だけ上を向く。
「はじめまして、俺は不動狼牙。君が更識簪さん、でいいかな?」
「……あってる」
「そうか。突然で悪いんだが、今度のタッグマッチでパートナーになってほしいんだ」
狼牙の言葉が聞こえたのか、周囲がざわめきだす。
だが、狼牙はそれを無視するかのように続ける。
「でもあの子って」
「うん、確か……だよね?」
「お姉さんの」
色々聞こえるが、狼牙は無視していた。
ジッと、目の前にいる簪の眼を見ている。
その眼は本気だと、誰にでもすぐわかるのだが……
「……貴方のことは知ってる。それにパートナーは」
「兄は事情がありいないんでね……他の女子もダメだ、君がいいんだ」
ちょっと誤解されそうな言い方である。
狼牙は気付いていないが、彼女は再びキーボードをたたき始めた。
邪魔するなと……だが、狼牙は強気で押すことにしたようだ。
「何故、私と組みたいの?」
「理由は色々あるが、一番は……」
狼牙は、握りこぶしを作り
「勝ちたい相手が、いるからだ」
その言葉を言い放つ。
ピクッと、キーボードをたたく手が反応する。
視線が狼牙に向けられる……眼鏡の奥にある眼は、狼牙の真意を探っているようだ。
「……」
「………………本気?」
「ああ……一緒に、戦ってほしいんだ。俺一人じゃ、限界がある」
簪は口を閉じる。
だが、狼牙は言いたいことを言えたので満足したらしい。
「用件はそれだけだ、時間とって悪いな……俺、病室抜け出してきたから……またな」
「……」
そう言い、狼牙は周囲の女子に失礼と言い四組を出ていく。
嵐のように過ぎていった男。
周囲は、あの怪我のことや狼牙のイメージなどで話が次第に満たされていくが
「不動、狼牙……おかしな人」
簪はそれっきり、また口を閉ざし作業を……中断する。
どうやら休みが終わり、二限目が始まるようだ。
しかし、狼牙の印象は間違いなく残っただろう。
そうして狼牙は……病室へ戻っていたが、そこで千冬が待っていた事に驚いていた。
「お、織斑先生?」
「無断外出とは、いい度胸をしているな狼牙?」
「……言い訳はしません、ただどうしても必要だったので」
「ほう?」
とりあえず、狼牙は事情だけを話す。
そして……千冬は、眉間の皺を指でほぐしていた。
「理由は良く分かった……お前の行動も、あながち間違いではないだろうな」
「……まあ、先手必勝ということで」
「まったく……とりあえず私も注意しておこう。あいつらが暴走するのは有り得るからな」
それ以後、狼牙は病室に閉じ込められるような感じになった。
外にも監視があり、暇な1日になりそうだと思っていると
コンコンッ
ノックが鳴り響く。
狼牙は、左手でテレビの電源を切り
「どうぞ」
「……失礼します」
「!?」
入ってきたのは、今朝誘った簪だ。
しかし、どうしてここがわかったのだろう?
「何故ここが?」
「簡単、ここにしか病院はないから」
「……ああ、わかりやすい」
てっきり全てシャットアウトかと思っていたが、違ったらしい。
まあ、狼牙もそこまで厳しくはしていない事に安心したのだが……
「まだ昼休みじゃないか?」
「そうよ……だから今日はここで食べる」
持っているパンを机に置き、簪は椅子に腰掛けた。
驚く狼牙だが……彼女の名字を思い出し、何か納得していた。
だが、どうしてここに来るのだろう?
「……今朝、私に言った言葉」
「ああ……」
「本気?」
「本気だな、そこは間違いなく」
すると、簪はパンの封を開けたまま止まる。
目が、ジッと狼牙を見ているが
「私の専用機が、完成していないのに?」
「ははは、なんだそんな……え?」
「やっぱり、知らなかったんだ」
衝撃の事実に、狼牙は唖然としている。
確かに知らなかったといえばそうだが、何故だろうか?
彼女のバックには倉持技研という有名な企業もある。
と、そこまで考えた時に何か引っ掛かった。
「……倉持? あれ、確か一夏のも……」
「……さっき、彼に誘われたの。断ってもしつこいからこっちに逃げてきた」
一夏、哀れ。
彼らしいといえばそうかもしれないのだが。
(あの馬鹿……自分が騒動の引き金になるって自覚ないのか)
だが、相手に困らないはずの一夏がどうして簪に声をかけたのか。
狼牙はそろそろ本気で、一夏は計算して鈍感を演じているのではと思い始めていた。
「だから、ここで食べる」
「どうぞどうぞ……あの馬鹿には俺からも言っておくから」
「……別にいい、私は興味ないから」
狼牙は、ここにきて簪が珍しいと思った。
専用機を完成していないのは確かに一夏の……まあ、タイミングが悪かったが。
それでもあのイケメンに迫られ、まったく反応していない。
「私は、そういったことで判断してない」
「!?」
「貴方、結構顔に出やすい」
ババッと狼牙が両腕で顔を触り……右腕と左脇腹の痛みで苦悶の声。
ベッド上で震えている狼牙の様子に、簪の顔は笑っていないが……目から警戒の光は消えていた。
「ってえ……」
「……そういうわけだから、私は専用機を持っていないの」
「そのスルー力が羨ましいがな……でも、まったくってわけじゃないんだろ?」
「形は出来てるから……今、わたし一人でやってる」
狼牙はその言葉に耳を疑った。
一人で、と……簪はいったのである。
「一人?……整備班は?」
「……いないわ」
「無茶だぜそりゃ。いくらなんでもよ」
そう、無茶も言いとこだ。
ISはプラモでもないし、どれだけ精密な機械なのかも良く知っている。
狼牙は、整備関係にはそこまで詳しいわけではないが……よくわかる。
「……まさか、ずっと?」
「……」
簪は答えない。
しかし、狼牙には何となく分かった……同時に、悲しくなったのだ。
似ている、と。
「……おいこの馬鹿」
「!?」
「馬鹿っていったんだよ」
狼牙は乗り出し、簪の目を見る。
簪は突然の罵倒に、さすがに怒りを表したが
「今の簪、前の俺みたいじゃん」
「?」
「俺はな、双子の兄がいるんだけど……負けてるんだ、全てにおいて」
「!?」
「何から何まで助けてもらって、自分にないもの全部持ってるような気がして」
簪は、そんな狼牙の言葉を聞き逃さないかのように聞いていた。
無論それは自分とは同じではない。
それでも……聞き逃してはいけないような、そんな感じがしていた。
「そんな兄を助けれなくて、今度は自分一人で突っ走ろうとして……正直、やばかったかな」
「……どうして?」
「ああ、押しつぶされそうだった……自分の心にね」
狼牙は、先の戦いでも牙狼に負けてしまった。
ここに来る前の模擬戦でも同じ。
「男が情けない、と思うだろ?」
「……どうして?」
「ま、俺達双子は……ココに来る前まで、施設住まいだったから」
簪は眉を少しだけ動かした。
情報で知っているが、詳しく記されていなかったのだろう。
と、簪は狼牙の横に何かのケースらしきものを見つける。
「あっ」
慌てて狼牙は隠そうとするが、見つかってしまったようだ。
狼牙は……ため息をしつつ、そのケースを仕舞う。
そのケースは……あるDVD。
「幻滅した? この歳になって……特撮見てるって」
「!?」
簪の目が一瞬光る。
そう、先ほどのケースは簪も持っているものだった。
某ヒーローの特撮映画である。
狼牙が見ると、簪は首を横に振る。
「……更識?」
「幻滅なんてしない……別にそれぐらいで」
「…………………技の一号、力の二号」
「力と技のV3」
即答である。
狼牙は若干眼を見開くと、簪は慌てたように……口元に持って行った手を、膝元へ。
「私も、ヒーローものが好きなの」
「マジか……うわ、なんだろ。すげえ嬉しいんだけど」
「だから笑ったりしない……むしろ、私の方が心配した」
「いや、好きな物をはっきり好きなら悪くないさ……そっか、更識も好きなんだ」
隠す必要を感じなくなったのか、狼牙はそのケースを出す。
その中には、色々なDVDが入っていた。
「俺、こういったアニメや特撮にはすごくはまっててな」
「……うん」
「悪の組織をヒーローが倒す、そんな……そんな話が、大好きに、憧れになってるんだ」
簪はその言葉にうんうんとうなずいてくれる。
狼牙は嬉しかった……同じことでわかりあえる、そのことに。
正直、この歳でそれは恥ずかしいと思われるが……狼牙にとって、ずっとその気持ちは変わらない。
「あっ……な、なあ昼休みの方は」
気が付けば昼休みの時間が終わろうとしており……簪もちらっと時計を見るが
「……いい、今戻っても遅刻……なら、効率がいい方を選ぶ」
「というと?」
「……ここにいる」
狼牙は驚いていた。
見た目もそうだが、あまり他者を近づけさせないような感じの彼女。
その口から堂々のさぼり宣言である。
「……戻っても、彼がまた来るような気もするから」
「あ~……一夏は一度決めると、しつこいぞ? ああ見えて、頑固だしなあ」
「……しつこい男は、イヤ」
(それって、遠まわしに俺にも言ってるんだろうなあ)
簪はあまり人との関わりを持たないのだろうか?
それとも、専用機持ちなのはずが持っていないことがネックになっているのか。
「まあ、話し相手がいりゃ俺も嬉しいよ。ここは監獄みたいだしなあ」
「……私なんかで?」
「誰でもいいってわけじゃない、同じものを好きな者同士……ってのがいいじゃないか」
ニカッと狼牙は笑顔になる。
牙狼はむしろダークヒーロー系のが好きだったため、あまり話が合わなかった。
そのため、簪という同じヒーロー系が好きな存在は本当にうれしいのだろう。
「あ、そうそう」
と、狼牙は左腕を動かし、右側にある紙袋を取り出す。
そこにあるものを……引き上げた。
「えっ……」
「どうだこれ、中々うまくできてるだろ!」
取りだしたのは、なんと狼牙のIS「覇鬼」のフィギュア。
かなり精巧に作られており、関節部もしっかり動くのだ。
「こ、これは?」
「俺のISなんだがな、政府の人たちが送ってきたんだよ……CMとかにいずれ使うって」
男性操縦者でも、狼牙は一夏とは違う。
立場もそうだが世の男性の地位向上を目的とした広報活動もしているらしい。
まあ、それを行っているのは政府の方であり狼牙は何もしていないのだが……
「俺の立場じゃ断れないし、スポンサーも付くからよ」
「……リアル」
「ま、イケメンじゃないから顔を出すことはさすがにないだろうけどな~」
一夏だったらむしろ、アイドル的なポジションに就ける。
だが狼牙は無理だろうと思っているらしく、こういった素顔を見せない全身装甲状態で出るのだ。
元々、覇鬼はそのタイプであり……男性からも、その形状などで支持は高い。
「俺はよく知ってるはずなのに、こうしてみるとまた違うモノに見えるんだよな」
「……うん」
「あ、こっちが「ザ・ビースト」を使ってる状態だってさ」
もう一つ別のを取り出す。
そっちの覇鬼は、牙をむき出しにし獣のような印象を与える感じだ。
「……すごい、威圧感」
「まあ、戦闘用だしな……人であることを捨てた力、って感じだ」
獣となり駆け抜ける。
その攻撃は一撃、防御は考えない。
簪は「覇鬼(ザ・ビースト)」を手に取り、全身を見ている。
「……近接、および高速戦闘専門?」
「よくわかったな、まあ……その状態になれば瞬時加速もかなり使えるし」
「各スラスターやブースターの位置と、放熱フィンと武装からわかる」
いい眼をしている。
狼牙は、簪のことがさらに気になってきていた。
「俺のISは、そもそもパートナーあってこそなんだ」
「……その相手が?」
「本来は兄の牙狼なんだがね……今、事情があってさ」
簪は、深く聞こうとはしなかった。
しかし
「……じゃあ何故、私をパートナーにしたいの?」
「ん~……勝ちたい、というのもあるけどさ」
狼牙は、照れくさそうな顔で
「一目見た時……勘なんだけど、俺が一番力を発揮できそうだって」
「……そう」
その声に偽りはなさそうだった。
だが、彼は気付いているのだろうか?
「でもさ……更識って、もしかして姉とかいる?」
「!?」
「……あーやっぱあの会長さんか」
反応した簪に、狼牙はため息。
今回急に一夏が声をかけて来たところからおかしいと感じてはいたが
「すまんな、俺……あんま君の姉さん好きじゃなくて」
「えっ」
「いや、苦手なのかな……雰囲気とかもそうだけど、のらりくらりとした感じが」
簪は、それがなんとなくわかる。
だが自分自身、姉のことは……嫌い、ではないはずなのに。
「……そのことを知ってたの?」
「いや全然。確かめようとも思わなかったからな……ただ、兄姉に困ってる者同士だなって」
狼牙は苦笑している。
だが、それには嫌悪とかそういうものではない。
もっと違う意味があると……簪は感じられた。
「……おかしな人」
「ひでえなおい……ま、更識を誘ったのは会長さんとも関係ない。俺は自分の意思で決めたんだ」
正直だ。
まっすぐ過ぎて、姉と比較されながら過ごしてきた自分とも違う。
できる兄がいて、狼牙はなんとも思わなかったのだろうか?
「……できるお兄さんがいて、何とも思わなかったの?」
「ん? 別に」
「どうして?」
「……わざわざ気にすることか? 兄には兄の、弟には弟の、それぞれの部分をいちいち比べれるかって」
簪は目を見開く。
やはり違う、自分とは違うと。
「比べるのは他の人間だ、当事者からすりゃ勝手にすればいいって思う……僕は、兄さんが好きだからな」
「……」
「兄さんも、僕のことを好きだから……だから、互いに競い合えるんだ。双子でも、姉妹でも」
その言葉を聞きながら、簪は自身の姉について考えていた。
楯無は、普段自分のことをどう思っているのだろうと。
更識の家にいること、そしてその仕事を。
そして、自分は姉を……
「……」
「更識、お前にはお前の強みってのがあると思うぜ?」
「えっ?」
「血がつながっていても……人間なら絶対、どこかは違うはずだ。強みも、弱みも」
狼牙の口から出る言葉。
簪は、姉と自分を比べてみる。
なんでもできて、スタイルもよくて……だが
「好きな、ものも違う」
「だろ? 必ず違う部分ってのはある……劣っているとか考えるな、お前は更識簪……たった一人の、妹だ」
「……貴方も、双子でありたった一人の弟」
「僕は兄さんと違う、強みが……君にだってある。だから」
狼牙は、己の左手の中指にある指輪を見て、簪に向ける。
「あとは、勇気だけだ」
「あとは、勇気……」
その声は、簪に深く染みわたる。
自分は、いつの間にか姉に対しどういう思いを抱いていたか。
「……私、自分の名字を重く感じる」
「あ~……なんか有名な家柄なんだっけ? よく知らないけど」
「それが、苦痛に感じてた……でも」
簪は目の前の狼牙を見る。
彼は、そんなこと気にもしない。
そして何より
「ならタッグマッチで姉さんに見せてやればいい、更識簪という妹の姿を」
「……一人じゃ、無理……そこまでいうなら、一緒に……やってくれる?」
「もちろん……こちらこそ、だ!」
と、何を思ったのか狼牙は……自身のISの待機状態である左手中指にある指輪。
それを、簪に向ける。
「?」
「更識も指輪……それ、多分だが待機状態だろ?」
「……うん」
「じゃ、一緒に戦うパートナーとして……合わせようぜ」
簪は向けられる左拳と中指にある指輪を見て、その意味を理解した。
自身の右手中指を見て……拳を作り、狼牙の左拳に合わせる。
指輪同士が触れた瞬間、少し……互いの指輪が光った様に、見えた。
「………ふふっ」
「? 更識、今」
「名前で、いいよ」
「……ああ、俺も名前で頼むぜ。簪!」
狼牙の声に、簪は……初めて、微笑んだ。
その笑顔は狼牙にとても印象に残るもので……ドアの外にいる、真耶にはまったく気付いていなかった。
牙狼、様子がおかしくなっている。
狼牙、対照的に元気になっている。
もうすぐ五月、五月病……