走り去った簪。
それを止めようとした楯無の手は……届かなかった。
「あっ……」
「……先輩、どうする?」
「えっ……どう、するって」
「簪は泣いてたぜ?」
何故か、狼牙は冷めた声。
しかし狼牙は先輩に対して滅多に嫌味などを言わないのだが……楯無にはそれがない。
「うっ……」
「……簪は、手助けなんか欲しくなかった」
「!?」
「いつまで……簪を縛り続ける気だ? IS学園の生徒会長、更識楯無さん」
それは……狼牙の考えすぎかもしれない。
しかし、簪の努力する姿、姉を越えようとする意気込みは本物だったから。
自分の姿に似ていたから感情的になってしまう。
「それに、先輩が一夏に簪の事をお願いしたんだって?」
「……」
「その前になんで簪と向きあわない? 自分の口で直接話さず、簪をちゃんと理解しているのか?」
簪の事を知らないわけがない。
彼女は、それほどまで……妹を大切にしているから。
なので楯無からすれば言いがかりにも聞こえるだろう。
だが……狼牙が静かに、怒りを吐き出し続ける。
「簪も簪だけどな、それでも姉なら最後まで妹を見てあげて……誰かに任せるんじゃなくてね」
「……狼牙君」
「簪も、先輩に悪気がないことぐらい理解してる……今回はお節介だったと思うけど」
そう言い、狼牙は楯無の横を通り……簪の部屋へ向かう。
すれ違いざまに、楯無の横顔を見て……狼牙は少しだけ柔らかい顔になっていた。
狼牙が向かうのは、簪の部屋。
おそらくそこにいるのだろうと……向かう途中で、彼女の事を考えていた。
(俺も、もしかしたらああなってたのかもな……兄さんの事で)
今はいない、兄の牙狼。
双子でありながらその差は歴然だった。
そして今は……ぶつかり合うことでしか、互いにわかりあえないのか。
「俺達、似た者っていうのかな……簪」
そうしてドアの前に付き……扉をノックする。
どうやら簪のルームメイトはいないようだが……ドアに鍵などはない。
開けて入ってみれば……聞こえる、嗚咽。
ベッドの中からそれは聞こえているのだ。
「……ったく」
狼牙は、カーテンで閉め切られ電気もつけられていない部屋を進む。
そうして泣き声が聞こえるベッドのそばに座りこんだ。
「おい簪」
「……」
「簪」
しかし、反応はない。
まあこういったことも……仕方ないといえば、そうだろう。
だが、今簪を放置しておくことは……出来なかった。
「こら」
布団を引っぺがそうとし……動かない。
ググッと引っ張っているのだが、簪が中で丸くなってるようだ。
「……」
断固として、出る気はないらしい。
ならば
「いい加減にしろ!」
狼牙はその布団ごと、持ち上げる。
簪は予想以上に軽いのか……布団とともに持ち上げられ、中で軽く動いているのがわかる。
そうして、そのまま狼牙は簪をソファーに放った。
「うっ……」
「やっとご対面だ……簪」
ソファーに放られた時、布団をつかむ力が緩み……狼牙に取り上げられたらしい。
そうして座っている簪の顔は……眼鏡もなく、髪は乱れ酷い顔だ。
いまだ涙は流れ続け……おびえた目で、狼牙を見ていた。
「ひっく……う、うう」
「……なに泣いてるんだよ」
「う、るっ……さい!……こないで」
先ほどの光景が、裏切られたと思えるのは仕方ない。
だが、狼牙は……そんなことしていないのだ。
「簪、まず話を聞け」
「いやっ……信じられない」
「……お前、本気で俺が会長さんとつるんでたと思ってるのか?」
狼牙が、眼を細め簪をにらむ。
その眼に簪は、ビクッと体を震わせ……眼に涙をためていた。
「俺は簪を信用してる。でもお前は……俺を信用してないのか?」
「!?」
「……あの時のことも嘘偽りはない。実際、データなんて使ってないんだからな」
確かに楯無が何度か接触してきた時にそういった話もあった。
だが、あれは本当にどうしようもない時に使うため……簪に言わず、使うはずもない。
くわえて、整備科のメンバーも純粋に桔梗と瑠璃の友達ばかりだ。
それは……狼牙も必死に頼み込んだから間違いない。
狼牙は、そのことを簪に話していく。
「簪は変わろうとしたんだろ?……だから、俺は簪と一緒に戦いたいって思ったんだ」
「……」
「俺がお前を護ってやる、どんな奴が相手でも……簪を護る」
「……」
だが、簪の返事は無かった。
彼女は目をそらし、狼牙を見ようとしない。
しばらくそのままだったが……ふと、目を閉じた狼牙は立ち上がった。
「邪魔したな」
それだけ。
他に言葉は無く、簪がすでに視界に入ってないかのような……そんな顔で。
ドアから外に出て行き、部屋に静けさが残った。
簪は……また、涙を流した。
そうして、次の日……一年一組は静まり返っている。
狼牙が、ものすごく不機嫌そうな……正確に言えば、怖い顔だからだ
いつものように話しかけていたクラスメイトも、狼牙の鋭い目に怖がっている。
まあ、普通の女子なら仕方ないだろう。
その中、やはりというか……担任の千冬は、一夏を呼びつけた。
(何があった?)
(お、織斑先生……何故俺を?)
(一番ありえそうな原因だと思ってな)
一夏は姉から信頼されていないのかと泣きたい気分だった。
が、さすがに冗談だったようで……聞けば、誰も理由を知らないからとのこと。
箒やセシリア、シャルにラウラも同じ言葉を返すだけだった。
「……ふむ」
狼牙があそこまで不機嫌なのはみたことがなかった。
千冬は、そこまで交友関係に詳しいわけではないが……以前のような上級生との対立、でもないと考えている。
とすれば
「山田君、何をした?」
「ふえっ!?」
急に話題を……と思いきや、真耶も狼牙を心配そうな目で見ていた。
この反応から察するに、彼女も違うと千冬は判断した。
「で、でも……今の狼牙君は、その」
「泣きそうに見えるな」
「……はい」
同じ年齢の生徒たちは、狼牙が不機嫌にしか見えていなかった。
しかし、千冬と真耶は……狼牙が、必死に涙をこらえる感じに見えていた。
目を細め……おもむろに、千冬は狼牙の前に歩み寄る。
「不動狼牙」
「!?……あ、はい」
「少し話がある……昼休みに、指導室に来るように」
そう言い、千冬はいつものように教室の隅へ。
これから朝のHRだからだ。
そうして授業も順調に進み、問題の昼休み。
「……」
狼牙は、屋上にきていた。
しかし……彼女は、いない。
そのため狼牙は、そのまま引き返し……指導室に向った。
ドアをノックすると千冬の声が聞こえ、狼牙は中に入る。
「遅かったな」
「すみません」
「まあいい……狼牙、率直に聞くが……いったい何があった?」
やはりきたと、狼牙は思っていた。
勘のいい千冬の事だ、何かに気付いたのだろうと……狼牙は予想していた。
言い訳も通じない事もわかっており、正直に話すことにする。
「……パートナー、か」
「俺にはわかりませんよ……女の慰め方なんて」
「いや……正直、更識簪のことでは私達のほうでも手を焼いていた」
どうやら彼女の問題は相当深刻……というより、日本にあるIS学園なのだが、その日本の代表候補生の専用機が無い現状。
それでは示しが付かないなどなど……そして何より、簪の実家にも関係があると。
「しかし、まさかそんなことになっていたとはな」
「……すみません」
「狼牙、男がすぐに謝るのはよくないぞ……今回、お前に非は無い」
「そ、そうですよ狼牙君!(……でも、ここ最近ずっと彼女と一緒だったんですね……)」
真耶がボソッと言ったのを千冬は隣で聞いていたが、横目で見ただけだった。
狼牙が不機嫌だったのは、あまりに自分が信頼されていなかったから。
まあ、簪の境遇からすればそれもわかるのだが
「もし、あいつが当日こなくても……俺一人で出場しても、いいですよね?」
「……パートナーがいない場合でも、専用機持ちなら、な」
「お、織斑先生!?」
千冬の言葉に真耶は驚く。
しかし……
「山田先生、俺は一人でも勝つ気ですから」
「で、でも」
「……なので、お願いがあるんです」
狼牙は真耶に頭を下げる。
「俺を、残り一週間……鍛えてください」
その目。
鋭い視線の奥に見える光り……千冬は、見覚えがあった。
かつて自身の元を離れ、戦いに身を投じた……彼を。
(牙狼……)
千冬は、今の狼牙が牙狼に見えていた。
あの眼は、力を求める……以前の狼牙には見れなかった眼。
唯一、決定的に牙狼と違う部分だった。
真耶は一瞬迷ったような顔だが……狼牙の眼を見て、頷く。
「……私でよければ」
「お願いします……簪のISはもう完成している、あとは簪自身に任せますよ」
「狼牙」
と、千冬が狼牙に口を開く。
その目は閉じられ……彼女は、狼牙をまっすぐ見つめる。
「一つだけ、言っておく」
「?」
「道を間違えるな……人は、過去に戻れない」
「……」
狼牙は答えなかった。
一度頭を下げ、狼牙は立ち上がる。
もう話すこともないとわかっており……千冬たちも止めなかった。
そうして指導室のドアを開け……そこにいたのは
「こんにちは、狼牙君」
「……更識会長」
「あら、簪ちゃんと違って私には冷たいのね?」
生徒会長の楯無だった。
相変わらず、胡散臭そうな感じだが……
「昼休みが無くなりますよ?」
「そうね……どうせなら一緒にどう?」
「……構いませんが」
「なら行きましょうか……屋上へ」
楯無は狼牙に微笑み……それすら狼牙には不快だった。
まあ、先輩の言葉なので無下に扱うことはしないのだが……黙ってついていく。
そうして屋上に行くと……やはり、簪の姿は無かった。
「今日もいい天気ね」
「ええ……雨が降って欲しい気分ですが」
「暗いわねえ、君らしくない」
狼牙の気持ちを知っているだろうが、楯無は意にも介さない。
そのまま、フェンスの近くへ行き……狼牙に振り返る。
「私の事、嫌いかしら?」
「……というより、そりが合わないだけですよ。先輩はいい人です」
「素直ね……簪ちゃんが魅かれるわけだわ」
「そうですか」
狼牙は楯無の言葉を聞きながら、また簪かとうんざりした顔になる。
まあ、自分も兄の事で怒ることもあり……人の事は言えないとわかってはいる。
「じゃあ正直に聞くわ……貴方は簪ちゃんの事、好き?」
「ええ、もちろん……俺は一夏とは違うので」
「あら……そう」
楯無は意外にあっさり答えられ、拍子抜けしたような声。
しかし、次の狼牙の言葉で雰囲気が変わる。
「でも、同時に山田先生の事も好きです」
「……へえ」
楯無がスッと目を細める。
扇子で口元を隠し……扇子に書かれている言葉は、見ないことにした。
だが、そのポーズは狼牙が一番嫌だと思えるポーズなのだ。
「最低でしょう? 貴方の妹が選んだパートナーがこんな男で」
「……それをよく私の目の前で言う気になったわね」
「隠すことでもないですから……気持ちには、正直にいくことにしたので」
狼牙は本気だ。
その眼を見て、まったく臆していない。
楯無は……パチンと、扇子を閉じる。
「いいわ、貴方は別に……下心があって、とは感じないから」
「先輩、先輩は簪が大事なのでは?」
「大事よ……でも、それは私が踏み込んではいけなかった」
そう言いながら、楯無は……ふぅ、と。
軽い溜息を吐きつつ、優しい目をしていた。
「だから……任せます、貴方に簪ちゃんを……あの時に聞いたのとは別の意味で、ね」
「……随分、俺を買ってるんですね」
「違うわ、私の勘よ……貴方の行動で、簪ちゃんの成長に繋がると思ったから……もう、今もそうだけどね」
狼牙には楯無の言葉の意味がよくわからなかった。
だが、彼女は狼牙に対し……微笑む。
「更識の者が、下の名前で呼ばせる……色々、意味があるのよ?」
「……そうなんですか?」
「ええ……それじゃ。簪ちゃんのこと、お願いね……当日、私は警備に徹するから」
言うことはもうないようで、楯無は狼牙に背を向け歩いて行った。
屋上の入口が閉まり……狼牙はあることに気づく。
「しまった……昼休み」
すでに予鈴が鳴っていた。
結局食事はできず……また楯無の事で狼牙はため息をつく。
だが、この日以降狼牙は毎日真耶と一対一で訓練を続けた。
その実力を試す、そして簪が必ず来てくれることを信じて……狼牙は、真耶と宙を舞い汗を流した。
次回、トーナメント。
タイトルは「心滅」になると思います。