更新遅れてすみませんでした、今回の話は断トツで長いです
それでは、どうぞ。
トロスト区
ウォールローゼ南区に位置する城壁都市、845年の巨人侵攻により一番外側の「ウォール・マリア」が放棄され、現在では事実上人類の領土の最南端にあたる町だ、理由は判明できていないが何故か巨人は南から来る事が多いため、町自体が強固な壁に覆われ最新式の砲台と練度の高い兵士で武装した要塞と化している、そして多くの兵士が集まれば、その兵士の家族や彼らを標的に一旗挙げようとする商人もまた必然的にトロスト区に集まる、加えて、暖かく住みやすい環境と人類の最前線であると同時に巨人を引き付ける囮としての役割もあるトロスト区は、駐屯する兵士の特別手当や、住民を対象とした税の軽減などもあり、今現在、壁の中で最も危険な場所にも関わらず、このトロスト区は王都ミットラスにも劣らない程栄えている、危険と知りつつ富を求め群がる者は、逞しいのか、それとも只の無知故か、それは本人すら分からない事があるが、両者の差が紙一重であることは言うまでもない」
「……スピー」
「狂言回しご苦労だったな、はなまるをプレゼントしよう、ところでアルミン、ミカサは寝てしまっているがその話は誰に聞かせていたのだ?」
「あぁ!」
12話
サンサンと照りつける太陽の下に、人が賑わう大きな町がある、そんな町のよく整備された道の片隅に一台の荷馬車が止まり荷台から三つの人影が降りてくる、一人はセミロングの銀髪をたなびかせ颯爽と馬車から飛び降り、もう一人は自分達を運んでくれた馬車の御者にお礼を言い、最後の一人は落ち着いた様子で賑わう大道りを無表情で見つめている、その三人とは
「やってまいりましたトロスト区っ!」
「アルミン、どうしてリュカはあんなに元気なの?」
「皆で出掛けるの相当楽しみにしてたみたいだね」
既にお気づきかと思うが、三人とは リュカ ミカサ アルミンの事だ、では何故訓練兵である筈の三人がこの商業都市トロスト区に来たのかと言うと、事の発端は6日程前にミカサがリュカに恋人がいると誤解してしまった事だ、その誤解自体は直ぐに解けたのだが、そのあとサシャが食事中に笑い話のネタとして先程の話を同期の訓練兵にししてしまった、しかしサシャの言い方が悪かったのか話を聴いていた一人がミカサと同じ誤解をしてしまい、その結果104期訓練兵の間で
『リュカに恋人ができたらしい』と言う噂が広まってしまった、リュカはただちに事態の沈静化を行ったのだが、その結果リュカの態度が大きく荒んだ
と言うのも、最初はリュカも
『私に恋人はいない』『それは誤報だ』と言って回ったのだが、周囲は『わかった わかった』と言って生暖かい目で見るばかりでなかなか信じて貰えず
そのうちリュカは涙目で
『違うんだ!』『誤解なんだ!』と声を張り上げるようになった、この頃には流石に皆も誤解だと分かっていたが、普段滅多に隙を見せないリュカが慌てふためく姿が面白いのか、逆に悪ノリする者まで表れた
やがてリュカは自分がからかわれてる事に気づくと、涙目から無表情に変わり、以後恋人うんぬんの話を振ると
『黙れ』『ぶち殺すぞ』など高圧的に接するようになった
流石に周囲も‘ちょっとやり過ぎたか?’なんて思うようになったが時既に遅し、只でさえ目付きの悪いリュカが身に纏う雰囲気まで険悪になり、謝ろうにも近づく事すら出来ないのだ、そうして孤立し始めたリュカにミカサは申し訳なく感じていた、客観的に見れば原因は悪ノリをした連中だが、少なくともミカサは『もとを正せば私が変な誤解をしたからこんなことになった』と思っている、どうにかしてこの責任を取りたいミカサだったが、何分頭の硬いミカサでは良い案が思いつかず切羽詰まっていた、そんな時アルミンがミカサにある提案をした
『リュカが明日の休暇にトロスト区まで眼鏡を取りに行くらしいんだ、それでリュカが乗ってく馬車なんだけど、どうやら定員があと二人余ってるんだって、だからミカサ、僕と一緒にリュカに付いて行ってくれないか?』と、勿論ミカサは了承した、眼鏡を取りに行く為だけに自分達が付いていく意味はよく分からなかったが『アルミンは頭が良い、きっと私には分からないことを考えているんだろう』そう思い付いて行くことに決めた
そして冒頭に戻る
「クハハハーッケツの調子はどうだ!?嬢ちゃん達、すまねぇなぁ職業柄モノいわねぇ荷物やら家畜どもばかり運んでいたもんでな、人間、しかも別嬪さんを三人も乗せたのなんて初めてなんだ!つい張り切ってスピード出しすぎちまった」
豪快な笑い声を上げながら口にたっぷり髭を蓄えた筋肉隆々の男性が、ここまで運んでくれたお礼を言いに来たリュカ達に言う
「そんなことありませんよ、無理言ってしまったのはこちらですし、荷台でも何でも乗せてもらっただけでありがたい、それに面白いお話も聞かせて貰えた、お陰で道中退屈せずにいられました、ありがとうございます」
リュカの言葉に満足した男はまた笑い、町の大道りをボケーと見つめているミカサに指を指して「そっちの嬢ちゃんは寝てたけどな」と言い、リュカが慌てて「す、すみません」と謝れば「いいってことよ!」と言ってまた笑いだす、そんなやり取りを見ながらアルミンはふと疑問に思った事を独りボソッと言う
「三人?」
「それにしても本当に凄い活気だね」
「うん、私も少し驚いた」
「二人はトロスト区に来るのは始めてか?私は一度来たことがあるが、またいっそう発展してるな、二人とは違った意味で驚きだ」
ちょっとしたトラブルはあったものの、概ね無事にトロスト区に着いたリュカ達は、街の賑わいぶりに大いに感嘆していた
「リュカは来たことがあるの?」
「あぁ、調査兵団の皆を見送りに一回だけな」
ミカサとリュカが仲良く話しているのをよそにアルミンは、やや釈然としない顔をしていた
「どうしたんだ?」
気付いたリュカが訪ねる
「ん?いやね、トロスト区って新しい建物を建築するのってたしか禁止されている筈なんだよ、それなのにリュカが驚くほど何か変わったのかなって」
アルミンの言う通り、トロスト区に限らず城壁都市と呼ばれる街は常に巨人に対する備えを万全に保たなくてはならない、その備えの一つが建物の建築制限法だ、城壁都市で新しく建築物を建てる場合は既存の建物を取り壊さなければならず、また、過度の老朽化や構造上の欠陥、あるいわ建築制限法に引っ掛かる物件でないと取り壊すことも認められない、このように様々な厳しい規約がこの街にはある、一応この建築制限法にも理由があり、万が一巨人が侵攻してきた場合、兵士達に最高の環境でなるべく優位に巨人との市街地戦に挑んで貰う算段という、らしい
「うむ、アルミンは鋭いな、でも私の言ったことは嘘ではないぞ?多分今のトロスト区を見ればジャンだって驚く、ではここで問題だ 建物の数も形も変わらず街の住人の人口も変わらない、では私は何を思って発展したと思ったのだろう?」
人差し指をピンと立て得意気な顔でアルミンとミカサに問題を出すリュカ、アルミンは腕を組んでう~んと考え出す、するとスッとミカサの手が挙がる
「お、早いなミカサ、じゃあ言ってみろ」
「皆元気だから」
「ミカサ可愛い正解……と言いたいところだが残念、不正解だ、確かにこの街の活気は素晴らしいが、私が聞いているのは‘何故こんなに活気に満ち溢れているのか?’だ」
不正解と言われて残念だったのかミカサの眉が少しだけ下がる
「では、ヒントをやろう さっき街の住人の人口は変わらないとは言ったが、人の数は増えているぞ」
リュカのヒントで余計に分からなくなったミカサは、諦めたのか賑わう街をボーと見つめる、道行く人を呼び止めるために腕に絡み付いて店に引き込もうとする女性や、野太い声で商品を自賛する男性、街の警備で巡回をしている駐屯兵団の兵士、様々な人がいたが誰一人として暗い顔をしている者などいない、皆顔が生気で満ちている、そんな中アルミンがリュカのヒントを聞いてひらめいたのか「分かった!」と声を上げる
「露店だよ!リュカ、君は露店で賑わう街を見て驚いたんだね!」
「お見事!正解だアルミン、私はトロスト区に来てすぐ大通りの露店の多さに驚いた、まったく最初はなんかの祭りかと思ったぞ、一応ここは対巨人戦線の最前線なんだがな、呑気なものだ」
そんなことを言ってはいるがリュカの表情はとても清々しい笑みを浮かべている、その表情にアルミンは少しだけ見惚れる、リュカは続けて
「さっきアルミンは、危険と知りつつこの街に集まる彼らのことを無知だの逞しいだの言ってたが、私はこの街の人々は逞しいと思う、そもそも私達兵士の仕事は彼らが巨人の恐怖知らなくてもいいように頑張る事だ、いや、戦う理由なんて人それぞれなんだろう、だが少なくとも私は、彼らの呑気な笑顔を守るために日々辛い訓練を耐えていることを誇りに思っている。」
「う~む……情けない」
街の駐屯兵団本部の前でリュカは壁に寄りかかりながら一人で項垂れていた、そう一人で、一緒にいた筈のミカサとアルミンは何処に行ってしまったのだろう?実はリュカが項垂れているのもそれが原因だ
リュカは今日眼鏡を取りに行く為にトロスト区に来たわけだが、本当はもう一つ用事があった、しかしそれをミカサとアルミンに伝える事を忘れていたのだ、ちなみにその用事とは近々開催する‘104期女子のお菓子作り大会’の材料を揃えることである、リュカとしては
『(まぁもともと一人で来るつもりだったから、二人は知らなくても何も問題ないな)』
と、そう思っていた、しかしその事をアルミンに伝えると
『そうなんだ、じゃあ僕とミカサで買い物は済ますから、リュカはその間に眼鏡を取ってきなよ』
なんて言い出したのだ、無論リュカは渋った、自分の過失にミカサとアルミンを巻き込みたくはなかったのだ、しかしどうやら今日に限ってアルミンの舌の調子は絶好調だったようで
『それはしょうがないよ、僕達は今日三人で来たんだから協力しないと』
『大丈夫、買い物くらい片手間で済ませて見せるよ、それともリュカは僕達がおつかいもろくに出来ないと思っているのかい?だとしたら心外だなー』
『リュカ、申し訳なく思ってるのなら、それははっきり言って筋違いだよ、僕達は手伝いたくて言ってるんだから』
などと正論でリュカを捲し立てる、リュカが言い返そうとしてもアルミンはそれよりも早く次の言葉を出してしまうため、会話のペースは完全にアルミンに握られていた、それでも尚も首を縦に降らないリュカにアルミンはとどめの一言を発する
『はぁ~分かったよリュカ、じゃあこうしよう、僕達はなるべく良い材料を揃えるから、そのかわりリュカ、君は僕達にとびっきりおいしいお菓子を作ってくれ』
この一言でリュカは落ちた、最後に『頑固者め』と言ってアルミンに材料がリストしてあるメモ帳を渡す、この時のアルミンの勝ち誇った顔は多分リュカは一生忘れない、この後、材料を揃える為の予算を渡しそびれた事を思い出したリュカが走ってアルミン達を追いかけた事はご愛嬌である
なんて事があったのだ、なにもリュカはアルミンに言い負かされた事に落ち込んでいるのではない、アルミンは頭の良く切れる男だとリュカは知っている、加えて今回の件に限って言えばアルミンが正しい、寧ろリュカは言い負かされて正解だと言えるだろう、だから問題があるとすれば
「……遅い」
これだろう、リュカはもう既に結構な時間合流地点であるこの兵団本部の前でアルミン達を待っている、頭の回るアルミンと力持ちのミカサ、良いコンビだと言えるだろう、二人の性格を考えても途中で遊んでいるとは思えない、それなのにこの遅れよう、単純に買い物の量に手こずっているのか、何らかのトラブルにあったのか、あるいわその両方か、どちらにしても容易な仕事ではないようだ、そしてそんな二人の苦労を考えると、リュカは思うのだ
「はぁ~まったく情けない」と
そんなリュカに一人の男性が近付いていた、賑わうトロスト区で目に見えて落ち込んでいるリュカは正直結構浮いていた、また壁の南部にあたるトロスト区で北部特有の灰銀の髪自体が珍しいのも相まってリュカは周囲から好奇の目で見られている、しかし今近付いている男にはそんな色など毛ほども見えず、単純に信じられないモノを見る目でリュカを見つめながら目の前で止まる、リュカも目の前に男性が来たので確認のため顔を上げる、そしてお互い目を見開く、そこにいたのは
「お、おい、お前もしかしてリュカか?」
「ん?貴方は
一方その頃ミカサとアルミンはと言うと
「ねぇミカサ」
「何?」
「リュカってさ」
「うん」
「最初は一人で来るつもりだったんだよね?」
「うん」
「この荷物どうするつもりだったんだろう?」
リュカの思った通り買い物に手をこまねいていた、アルミンは両手に袋をぶら下げており、そのどちらもパンパンに膨れ上がっていてとても重そうだ、足取りも若干フラついており疲労の色が濃く見える
「アルミン、口を動かしている余裕があるならその分前に進むべき、リュカは眼鏡を取りに行くだけだから私達より早い筈、早く兵団本部に行こう、私はリュカを待たせたくない」
隣を歩いているミカサだが、こちらも両手で抱えるようにやや大きいスチールの缶を持っている、ただこちらはアルミンと違い疲労感はまるで見てとれない、いや、むしろ先を急ぎたいようだ
「アルミンまだ買ってないのある?」
ミカサがそう尋ねると、アルミンは民家の壁に寄りかかり荷物を降ろしてポケットに入っていた一枚の紙を広げる
「え~っとね、あとは
☑ 牛乳 1kg
☑ バター 500g
☑ 砂糖 500g
☑ 牛革手袋(黒)
☑ 小麦粉 700g
卵 7パック ※割るな!
☑ ジャム
卵だけだね」
「なら急ごう」
「な!ちょ、ちょっと待ってよ」
先を急ぐミカサとそれに必死について行こうとするアルミン、実に微笑ましい光景だろう、周りの人々は二人をどんな思いで見ているのだろうか?
「すみません、卵を7パック下さい」
「おや?なんだいなんだい!嬉しいねぇ~こんな可愛らしいお嬢さんが二人も来てくれるなんて、卵だろ?少し待ってな」
二人?
「……アルミン」
「まったく、勘弁してくれ……」
日が沈み、トロスト区が昼とはまた違った賑わいを魅せる中アルミンは思う‘どうしてこうなった?’と、自分達は今飲食店のデーブルに座って食事をしている、右を見ればミカサが牛乳が入ったスチールの缶を抱き締めるように持ちながら、座って虚空を見つめている、左を見るとハンネスがいて、こちらは食事に満足したのかイスの背もたれに寄りかかり「はぁ~旨かった」などと言っている、そしてアルミンは正面を見る、そこにはリュカがいた筈なのだが今は誰もいない、代わりに視線を横にずらしてやや奥のデーブルに移す、そこには
「ヴぅ~気持ち悪い」
「どうしたのだ?いきなりデーブルに突っ伏して、何か悪いことでもあったのか?まぁ酒でも飲んで忘れたまえ」
「あ、頭がイタイ……もう、飲めない」
「頭が痛いだと?何か悩みの種でもあるのか?まぁ酒でも飲んで忘れたまえ」
「し、死ぬ これ以上飲んだら間違いなく、死ぬ」
「何だ?辛いのか?まぁ酒でも飲んで楽になりたまえ」
「あ、あの娘ヤバい、涼しい顔して男三人も酔いつぶしやがった」
「あれ?おかしいな、アイツも一緒に飲んでたよな?何で男どもが先に潰れるんだ?」
「見ろ、そのうえまだ酒を薦めてやがる、ありゃ鬼だ」
酔いつぶれた中年一人と青年二人、計三人のグラスにまた酒を注ぐリュカの姿があった、そしてアルミンは思う‘どうしてこうなった?’と
リュカに頼まれた買い物を終えて合流地点である兵団本部に着くと、そこにはリュカともう一人、なんとハンネスがいた、どうやら二人は本部の前で偶然会ったらしくそのまま話し込んでいたらしい、リュカとハンネスが二人の存在に気づくと話すのを止めてこちらに来る、目の前に着くとハンネスが『一緒に飯でもどうだ?奢るぜ』と言ってきた、勿論二人は喜んだ、特にアルミンは予想以上の買い物に疲れはて、お腹もペコペコだったのだ、こうして三人とハンネスは一緒にご飯を食べる事になった
ここまでは良かった
意外と話上手なハンネスの話はとても面白く、三人はあっという間に聞き入った、その間に注文した三人分の料理が届き、機嫌が良くなったリュカは
『ハンネスさんばかりに話させてしまったな、次は私の番だ』
そう言ってリュカは語り出す
日々の訓練のこと
友人関係のこと
エレンが反抗期に入ってしまったこと
ミカサが髪を切ってしまい、ショックを受けたジャンと慰め合ったこと
話している事は他愛の無い日常ばかりで、中には既にオチが分かっているのもあったが、リュカ視点で語られるそれらは、また別の面白味があってアルミンは終始飽きることはなかった、何より話しているリュカ本人が一番楽しそうに見えた
美味しい食事と面白い話、客が増え賑わいが絶頂の飲食店の空気、どれをとっても最高でアルミンはしばし場の空気に浸った、この場にエレンがいないのは残念だが、無い物ねだりしてもしょうがない
今はこの時を精一杯楽しもうだってこんなにも楽しいのだから
そんな中、身形の良い青年三人がアルミン達のデーブルの近くに来てリュカに‘一緒に酒を飲んでくれないか?’と頼み込んで来た、どうやら彼らは兵士ではなく商会の若衆のようで、仕事がうまくいき自信がついたので今日はおもいきって女性でも誘ってみようとしたらしい、無論リュカは断った
『今日はこの三人と楽しんでるんだ、せっかく誘ってくれたのに悪いが、他をあたってくれ』
なるべく穏やかに接したお陰か彼らは大人しく引き下がった、だが問題はここからだった、どうやら商会の若衆がリュカを誘うのに失敗した事を上司に伝えると、その上司が
『ケッ!所詮ガキンチョに酒はまだ早かったみたいだな!』
と言ったらしい、‘らしい’と言うのは、その上司の声が聞こえたのはリュカだけだったからだ、まぁ何にしてもリュカにとっては売られた喧嘩、買うしかない、席を立ったリュカは心配そうな表情をするミカサとアルミンに不敵な笑みを向け
『なに、安心しろお前達、北の女に酒で挑むのがどうゆうことか、あの男の肝臓に教えてやる』
そう言ってリュカは奥のデーブルに向かって行った
その結果があれだ
「「スピー……」」
「Zzz……」
「……起きろ」
「「「はい!」」」
「何寝ているのだ、ほらまだ酒は残っているぞ?遠慮するな、ちなみに今日の酒代は一番最初に落ちた者が払う事になっている、死ぬ気で飲め、でないとせっかくの儲けが全て胃の中に消えるぞ、それとも何か?まさかガキンチョの注いだ酒は飲めないと?どうなんだ?うん?」
「そ、そこまでにして下さいよお嬢、うちの上司の事はこのとうり自分が謝りますから、頼みますよ~」
最初はリュカと上司のマンツーマン勝負だったのだが、途中負けそうになった上司が若衆二人を増援に呼んだ、まぁ結果は被害を増やしただけで今では一人しかまともに動ける者はいない
「おいアルミン、お前達そろそろ帰らなきゃダメだろ?荷物は俺とミカサで纏めとくから、お前はリュカを回収してこい」
「あ、はいわかりました」
と、そうこうしている間にアルミン達のデーブルではもう帰る準備を始めていた、いくら休日だからって訓練兵である三人はあまり遅く帰るのはよろしくない、それに見れば、流石のリュカもだいぶ酒が回ってきたようだ
「おい、お前名前は?」
「ふ、フレーゲルです!はい!」
「なぁフレーゲル、お前も飲めよ」
ほんのり頬が赤らんだ状態でグラスに浮かんだ氷をつつきながらリュカは言う、目の前の三人は既に押しても引いても起きる気配がまったく無い、寝ていると言うよりは気絶しているようだ、同僚の二人は小さな妖精が頭上をクルクルと回っており、上司にいたっては回っているどころか狂喜乱舞している、一瞬体が強張る、だがこれは充分予測出来た一言、フレーゲルは華麗にかわす
「いえ、自分は上司と同僚を運ばなければいけないnッ!「そうつれない事を言うなよ」」
「か、勘弁してくださいよ……」
のは無理だったようだ、断ろうとした直後リュカはフレーゲルの腕を引っ張り耳元で囁く、甘い甘いその声は耳から入りそのまま脳を溶かすよな感覚に見舞われる、固めていた覚悟が一瞬にして崩壊してしまった、せめてもの抵抗でリュカの後にいるアルミンに目で助けを求める『お前らのツレだろ、早くなんとかしろ』と
「リュカ、そろそろ帰るよ」
その想いに応えるかのようにアルミンはリュカに帰宅を促す、アルミンの声にリュカはトロンとした目付きのまま振り返る
「帰る?」
「そう、帰るんだよリュカ、これ以上ここにいたら最後の馬車に間に合わなくなっちゃうよ」
アルミンの言葉を聞くとリュカは黙りこむ
「うむ……あいわかった」
内心ガッツポーズをするフレーゲル、ようやくリュカから解放された喜びに打ち震えるが、リュカが突然バンバン!とテーブルを叩き初め、それも一瞬にして冷める
「亭主 亭主!」
「なんだい?うるさいねぇ」
すると奥からこの店のオーナーらしき丸みのある女性がやってくる、そしてリュカがいるデーブルをみて笑い出す
「アハハハ~!なんだいあんた勝っちまったのかい!」
「はい、勝ちました、と言うわけで私達のご飯代と彼らの酒代はそこれ酔い潰れているおじ様が払ってくれるそうれす」
リュカと上司がした約束では、負けた方が払うのはお互いが飲んだ酒だけでリュカ達が食べたご飯代は入っていない筈なのだが、この場でそれを知っているのはフレーゲルとリュカだけ、しかしその事をフレーゲルが言えば間違いなくリュカから「分かった、ならばご飯代は私が払うから、先程の酒代は酔い潰れたソイツの代わりにお前が払え」なんて言われるのは目に見いている、障らぬ神にたたりなし、見栄っ張りだが気の良い上司に内心合掌しつつフレーゲルは後の流れは静観に撤する事にする
「そうかい!そうかい!まいどあり」
そんな事つゆほども知らない亭主は気持良く笑いながら厨房に戻っていく、リュカはそれを無言で見送る
「おーい、アルミンこっちの片付けすんだから帰るぞ」
どうやら帰る支度は済んだようだ、あとはアルミンがリュカをつれて帰るだけである、いまだに厨房の方を見つめているリュカの肩を揺らして注意を自分に向ける
「は!?何だ?」
「いやだから帰ろうって、大丈夫?」
「帰る?……あぁ何も問題はないん」
アルミンが声をかけても反応が鈍い、頬も若干赤く目も垂れ下がりおまけに呂律もおかしくなっている、どうやら本格的に酔ってきたみたいだ、こんな状態で帰れるのだろうか?
「立てるかい?」
「うむ、何も問題はっ……お?」
リュカが立ち上がろうとすると、その場でふらつき尻餅をついてしまう、アルミンが思ってたよりもリュカの酔いはひどいようだ
「(こりゃ歩いて帰るのは無理かな?)」
誰かがリュカを背負うしかない、しかしそれでは困った、ただでさえリュカから頼まれた買い物の量が半端ではないのだ、そのうえリュカ本人まで背負って帰るなんて不可能だろう、まぁもとより選択肢など存在しない、荷物はともかくリュカを置いていくなんてあり得ないからだ
「さぁリュカ、乗って」
膝を折り背を向けるアルミン
「ん?よいしょっと!」
すると案外早くリュカはアルミンの背中によじ登る、てっきり渋られると思ったアルミンは僅かばかりだが驚き、そして直ぐに納得する、そう言えばリュカは酔っていた、多分‘そこに寄っ掛かれる場所があったから寄っ掛った’程度の思考しか働かないのだろう
「(今日買った荷物、本当どうしよう?まぁ今考えても仕方ないか、後で考えよう、まったく今日は本当疲れたよ、ちょっとくらい文句言っても良いよね)」
外で待っているハンネスやミカサと合流するために、リュカを背負いながら店を出ようと移動している最中アルミンはそんな事を考え……止める、よく考えたら出掛けるリュカに付いてきたのも、買い出しを申し出たのも全てアルミンの勝手である、リュカに文句を言うのは筋違いだ、そう思うことにする
だから、決して背中に感じる二つの柔らかい感触や背負って直ぐに寝てしまったリュカに毒気を抜かれたわけではないのだ、ないったらない。
「ふぅ~疲れた」
ガタガタとゆれる馬車の中でアルミンは一人独白するように言う、その言葉通り今のアルミンからは全身から疲れましたオーラが出ている、まぁ主な原因はリュカなわけなんだが
酔ったリュカは正直アルミン達の手に負えなかった
酒を飲み過ぎたせいで寝てしまい、新たにリュカという最大のお荷物を抱えてしまったアルミン達一行だったが、途中まではさして苦労することもなかった、今日買った大量の荷物はハンネスが後日配送してくれる事になり、リュカもミカサとアルミンが交代で背負うことにより割と効率よく進むことができていた、しかし問題は突然おきた
『むん?』
リュカが目を覚ましてしまったのだ、よりにもよってミカサの背中で、リュカはろくに回らない思考の中で自分がミカサに背負われている事を認識すると、突然
『おそれ(おろせ)』
と言ってジタバタし初め、バランスを崩したミカサが真後ろに倒れてリュカが下敷きになる
『グェ~』
何とも情けない悲鳴だ、上げるにしてももう少しスタイリッシュな呻き声は出来なかったのだろうか?慌ててアルミンが駆け寄る
『だ、大丈夫?リュカ』
『あぁ何も問題はないん』
『まだ酔ってるの?』
『酔ってないん』
『……僕の名前は?』
『アルミン……レロレルト、ん?』
『ダメだこりゃ』
問題だらけだった
一度寝たにも関わらずリュカの酔いは覚めることはなく、いやむしろ酷くなっていた、それからと言うもの、やたら機嫌の良いリュカはまるで別人はのように落ち着きが無くなり、少しでも興味を引かれるとフラフラと足を運んでしまう、その為三人の移動速度が大幅に落ちてしまった、アルミンはもう一度リュカを背負う事を考えたがリュカが嫌がったため、リュカの右手をミカサ 左手をアルミンが持ち三人並んだ形で進む事になった
その後も、偶然居合わせたジャンとマルコの存在に気付かず、リュカは馬車が行き交う街の通りを見て
『ジャンがたくさんいるな、不思議』
と、本気か冗談か分からない事を言ってジャンと一悶着おきたり、訓練場行きの馬車を待っていると、またリュカがフラフラと何処かに行ってしまい、しかも同じタイミングで馬車が来てしまった、大慌てするアルミンとミカサ、だが、やがて馬車が着き荷台を見ると、何故かそこに体育座りをしたリュカがいた
『二人とも何処にいたのだ?捜したぞ』
そして今現在、散々迷惑をかけたリュカだが酔っていたためそんな事気にもしない、ミカサとアルミンが馬車に乗るとまた直ぐに寝てしまった、リュカにつられるようにミカサもまた眠りこける、スヤスヤと眠る二人を羨ましそうに、いや、恨めしく見つめるアルミン
「…うむむ……スピー」
「スピー」
ガタガタガタガタ
「よくこんなサスペンションも何もない馬車で寝られるね」
アルミンとて疲れている、眠りたい気持ちは山々だか、いかんせん馬車の揺れが酷すぎて眠りたくても眠れない、通っている道は街道から林道にそして山道に変わるにつれて道の整備が雑になり揺れもまた大きくなる、現在走っているのは山道、訓練場は山岳地帯にあるため、揺れは大きいがもうしばらく我慢すれば程なく訓練場に着くことだろう、アルミンは眠る事を諦めて訓練場に到着するまでの間頭の中で今日起きた出来事を回想する、幸か不幸か今日一日はトラブルだけは絶えなかった、目を閉じて意識を思考に落とせば続々と想い出が蘇る
リュカに買い出しを頼まれたこと
(自分から申し出た訳だけど、アレは予想以上に辛かったね、こうなったら意地でも美味しいお菓子を焼いて貰わないと)
ハンネスと三人で一緒に食事をしたこと
(ハンネスさん嬉しかっただろうなぁ、シガンシナでリュカを囮にしたこと相当気にやんでたみたいだし、それにしても楽しかった、本当あの場にエレンが居なかったのは残念でならないね)
リュカが酒盛で三人抜きをしたこと
(それにしてもリュカの飲みっぷりは凄まじかったね、ニコニコ顔で酔い潰れた人のグラスにお酒を注ぐ姿は圧巻だった、やっぱり女性の笑顔はどこか凄みがあると思う)
結局、酔い潰れたリュカを運搬したこと
(背負ってて気付いたけど、やっぱりリュカも大きくなってたね、よく考えたら僕達とリュカの年の差は4つ、順当に卒業するとしたら僕達が15でリュカが19、う~ん……そう考えたら今更呼び捨てにするのが気まずく感じてきた、でもまぁ本当に色々と大きくなってたよ、本当に)
リュカが突然覚醒したこと
(いやぁ~リュカが起きてからは大変だったなぁ、少しでも目を放すと直ぐどっか行っちゃうんだから、手を繋いだって「あれは何だ?」「これは何だ?」の質問攻め、君が分からないモノを僕達が知っているわけないだろう、結局僕は何も答えられなかったんだっけ、アレは悔しかったね、もっと勉強しないと)
そして極めつけ、酔ったリュカとジャンの一悶着
(アレは何と言うか、‘間が悪い’の究極系みたいなものだね、どうしてあのタイミングでジャン達と会っちゃったんだか、それにしてもあの時リュカが言った一言、あれもしかして本気だったのかな?だとしたらリュカの頭の中はかなり愉快な光景だっただろうね)
「ハハハッ!」
思わず笑いがこぼれる
今日一日、気が休まる事など一刻も無かっただろう、せっかくの休日なのに普段の訓練と同じくらい疲れた、結果だけ見ればあまり良いとは言えないかもしれない、でもアルミンは今日のことを悲観することはない、たしかに疲れた、だがそれ以上に楽しかった、それこそ疲れを忘れるくらい、なら別に良いじゃないか、普段は血ヘドを吐くくらい辛い訓練を受けているのだ、たまには遊び疲れるくらいの娯楽があってもバチは当たらないだろう、アルミンはそう思う事にする。
カタカタカタ
馬車の揺れが幾分か弱まる、おそらく訓練場が近づいて来たのだろう、今では揺れによる振動音よりも馬の足音と車輪の駆動音の方が大きい、それに合わせてアルミンは追想を止める、これ以上目を閉じていたら本格的に寝てしまいそうだからだ、楽しい想い出に浸っていたい気持ちはあったものの後でグッスリ眠る為にもここは我慢だ、そう思い後ろ髪を引っ張られる気持ちで瞼を開ける、そして直ぐに目を丸くする
「スゴイ……」
アルミンの目に写ったのは、夜空いっぱいに広がる星空、を写した湖だった
緩やかに波打ち、波紋を広げる水面には星の光を横に伸ばしたかのような線が揺らめいていて、どこか安らげる心地にさせる
周囲を包む恐ろしいまでの暗闇は、今では星の光をより際立たせる良いアクセントなり、この素晴らしい光景をより高い次元へと見事に昇華させている
そして何よりも目を引くのは、それら全てを包み照らす夜空に悠々と佇んだ月である、明るく、だが決して眩しくない、その蒼白く優しい光は照らすモノ全てに意味を与える、おそらくはこの奇跡のような一瞬の芸術は、月の光によって初めて完成するのであろう
今、この目の前に広がる光景を言葉で表すならば、いったいどんな言葉を用いれば良いのだろう
神秘的 幻想的 芸術的
いや違う、そんなありきたりな言葉では表現出来ようもない、そも、これ程の光景を言葉程度で表すなど不可能だ、何故ならば見た者にしかこの感動は分からないのだから、だが其れをあえて言うのであれば、『調和』である、光と闇と自然が織り成すこの見事な『調和』は見る者全ての心を動かす、アルミンにとってただ一つ残念な事は、この景色の素晴らしさを共有できる人がいないことだろう
(独り占めできると言えば聞こえは良いけど、別に減るものじゃないし、ならやっぱりこんな素晴らしい光景、誰かと分かち合いたかったなぁ)
馬車の背もたれに寄りかかり横目で湖を見ながらアルミンは思う、そしてその思いはどうやら叶っていたようだ
「あぁ……これは確かに凄いな」
決して大きくない声であったがアルミンにはしっかりと聞こえた
「リュカ、起きてたんだ」
「今起きたんだ」
「あ、ゴメン、もしかして起こしちゃった?」
「気にするな」
「……分かった」
「……」
アルミンは早々に話を終わらせる、リュカの視線は湖に向いたまま離れない、多分考え事でもしているのか目の前の絶景に夢中なのであろう、なら今は話しかけるべきではないのかもしれない、アルミンはそう考え湖が見えなくなるまでリュカに話しかける事はなかった。
カタカタカタ
それから暫く時がたち、湖を通り過ぎて馬車が森の中に入ると、今まで黙りを決め込んでいたリュカが突然話しかけてきた
「……なぁアルミン」
「ん?何だい?」
リュカの視線は森に向かっていているが、別に森を見ているわけではない、それよりももっと遠く、過去を顧みているような遠い目をしていた
「私な、実はお前のことが大い嫌いだったんだ」
「うん、知ってるよ」
突然のカミングアウト、しかしアルミンは落ち着いている
「知ってたか、上手く隠せてたつもりだったんだが」
森に向けていた視線をアルミンに向けて、リュカは意外そうな顔をする、そんなリュカをよそに今度はアルミンが遠い目をして語る
「昔の話だけど、僕がエレンとミカサ、それとリュカに壁の外の話を聞かせたことあったよね、あの時ね目を輝かせて聞いていたエレンの後ろでさ君、スッゴいつまんなそうな顔していたんだよ、他にも僕がエレンの家に遊びに行くといつも後ろ向くでしょ、そこで確信したんだ『あ、僕嫌われているんだな』って」
当時のリュカにとってアルミンはエレンを惑わす悪いヤツ、といった印象だった、だが同時にエレンにとっては賭け替えのない親友でもあるため、表立って無下に扱うことも出来ない、対応に困ったリュカは結局なるべくアルミンと関わらない事にした、その上でバレないように気を張っていたつもりだったが
「バレバレだったということか、それにしてもアルミン、お前嫌われていると分かっている相手によくそんな親しげに話せるな、肝が据わっているのか、それとも私にどう思われようとあまり関心がないと言うことかな?」
視線を再び森に向けて、横顔のまま自嘲気味に笑うリュカ
「そんなことないさ、リュカとは仲良くやっていきたいと思っているよ、それに君さっき言ったよね『大い嫌いだった』って」
「言ったな」
「‘だった’ってことはつまり、今は違うって事なんじゃないの?」
つまるところアルミンが落ち着いている理由はコレだ、嫌われていないのなら何も問題はない、自信満々の表情のアルミン、はたして彼の推理は合っているのか
「成る程……」
「……」
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「……はぁ~、そうゆうのはもっと早く言ってくれ、本当に私に興味がないのかと内心ヒヤヒヤしたぞ」
どうやらアルミンの推理は正しかったようだ、リュカは苦笑いをしている
「ごめんね、でも大事なことを文頭に言っちゃったらつまらないでしょ?」
この時のアルミンの得意気な笑顔は、とても印象的だった。
「それにしてもさ」
今度はアルミンが当然切り出す
「ん?」
「どうしてリュカはいきなりあんなこと言ったのかな?」
「あんなこと?」
「実は僕のことが嫌いだったって言ったでしょ」
直前にあった印象的な出来事と言えば湖の絶景を見たことくらい、リュカがあの光景を見て何を思ったかなんてアルミンは知らないが、わざわざ嫌いな人間の事を思い浮かばせるのは不自然だ、分からない、いくら思い返しても『実はお前のことが嫌いだった』に繋がるような会話をした覚えはないのだ
「アルミン、私は今日気付いた事が2つあるんだ」
人差し指と中指を同時に立ててピースをするような格好になるリュカ、またなんの脈絡のない発言に思わないとこがないわけでもないが、先程自分で『大事なことを文頭持ってきてはつまらない』と言ってしまっている、ならば取り敢えずは最後まで聞いてみよう
アルミンは黙って頷く
「一つ目はな、アルミン、お前はそう悪いヤツじゃないということだ、今日の帰り眠った私を背負ってくれたのはお前だろ?酷くたどたどしい足し取りだったが、とにかく助かったよ、ありがとう」
ニッコリと微笑むリュカに完全に不意を突かれるアルミン、思わずキョドってしまう、何気にリュカから初めてお礼を言われたのだ
「う、うん、どういたしまして」
「お?何だアルミン、お前もしかして照れているのか?私の笑顔にときめいてしまったのか?」
いけない、これはいけない、リュカが意地悪な顔をしている、このままリュカに会話のペースを掴まれ続ければ、最悪訓練場に着くまでアルミンは弄られ通される、早々に話を変えなければ
「リュカ二つ目を言ってくれ」
「明らかに話題を変えにきたな」
「い、いいから早く言ってくれ」
アルミンは必死だ、一度人をおちょくるスイッチが入ったリュカを止めるのは至難である、なんたって相手がむきになればなる程リュカのエンジンは上がっていく、アルミンはまだ被害に遭ったことはないが、同期のジャンや親友のエレンが何度もその餌食になり、最終的に漂白された服のように真っ白になり「モウヤメテ」しか言わなくなった姿を見たことがある、眺めている分には面白いが自分が標的になるのだけは御免だ
「いや、だが……」
「はやく!」
「だから……」
「はやく!」
「d「はやく!」う、うん分かった」
物足りない顔をするリュカにアルミンは強引に押し通る、搦め手を得意とするリュカに力押しは結構有効だったようだ、二度目は無いが
「二つ目は、さっきの光景見てな、お前とエレンが外の世界に興味を持つ気持ちがちょっと分かった気がするんだよ」
「本当かい!」
思わず声を張り上げるアルミン、勿論嬉しさのあまりだ
リュカが昔から壁外の世界に興味を持つことを良く思っていないことは知っていた、‘好奇心猫をも殺す’と言うがこの世界では猫どころか人も殺せる、大事な家族をそんな理由で喪いたくはないだろう、故にリュカはエレンの調査兵団の志望を反対していた、アルミンもそれくらいは理解している、正しい事だとも思っている、だが自分やエレンが間違っているとも思わない、だからこの溝は決して埋まることはないとアルミンは半ば諦めていた
しかし、もしも、万が一リュカが外の世界の素晴らしさを理解してくれたなら、エレン ミカサ アルミン リュカの四人一緒に冒険をすることができるかもしれない、そしてそれはとても素晴らしいことだ、リュカが先程した発言は、アルミンが諦めかけていた‘素晴らしいことになるかもしれない’という希望になった、嬉しくない筈がない
「勘違いするなよ、多少魅力は感じるようにはなったが、やはりそこに至るまでのリスクを考えれば私はまだ壁外の探検なんて反対だ」
あんまりにも嬉しそうな顔をするアルミンに釘を差す、過度な期待はするなと、たしかにリュカは未知の光景に魅力を感じた、だが命を掛けるほどか?と聞かれれば、答えは 否だ、いやおそらくリュカは一生涯かけても、人の命より価値のあるモノなど見いだすことはないだろう
「それでもだよ!少しでも理解してくれただけでも僕は嬉しいな」
「あぁそれと、今の話はエレンには秘密だからな」
今の話とはリュカが外の世界に魅力を感じていることだ
「何で?エレンならきっと喜ぶと思うけど」
「エレンはな、アレは放っておくと絶対に一人で突っ走ろうとする、私やミカサがどれだけ心配しているとも知らずにな、いや知っていてもアレは進み続けるだろうさ、まったく困った弟だよ」
そう言ってはいるが、リュカの口元はほんの少しだけ笑っている、エレンは出来が悪いわけではないが、それでも手間の掛かる人間だろう、頑固で強情で万年反抗期みたいな男だ、だが、いや、だからこそリュカにはそんな弟が可愛く見えて仕方ないのだ
「だから一人くらい居なきゃいけないんだよ、死に急ぐエレンの足を引っ張る人がな、でないとアレは確実に早死にする」
言いたいことを言い切ったリュカは、ふぅ~と一息ついて夜空を見上げる、そんなリュカを見ながらアルミンは考える、今までリュカとエレンの関係性は単純な家族愛、姉弟愛の上に成り立っていると考えていたが、先程の話を聞く限りはもっと別のナニカに思える、それが何なのかはアルミンには分からなかったが、リュカの目には使命感のような義務感のようなモノが浮かんでいた気がする
「リュカはエレンのことが好きなの?」
気付けばアルミンはそんな質問をしていた、リュカは上に向けていた視線をアルミン戻す、その瞳には若干の苛立ちが含まれていたが、アルミンはその事に気付かない
「あぁ好きだよ、愛してる」
「それってつまり「だが」」
「だがそれはあくまでも弟としてだ、お前が考えているような甘い感情などではない、絶対にな、私だって何もずっと反対するつもりは無いし、足手まといをする役も別に私である必要もない」
釈然としないアルミンは尚も尋ねる
「でもリュカからは、何て言うか義務感みたいなのが感じられた気がする、‘自分じゃなくても良い’なんていう風には見えなかったけど」
「それはな、エレンの足を引っ張ることはカルラさんとの約束なんだ、反故にしたくはないと思う気持ちもある、だが私には私の人生があるんだ、いつまでもエレンと一緒にいるのは無理だろう、だから折を見て自分自身を納得させるつもりだ」
「それってさ、何も無理して納得させなくても、リュカがエレンと結ばれればそれで済む話じゃない?」
アルミンに悪気はない、今した提案も別に本気で言ったわけではない、単純な好奇心に刈られて言ってみただけである、リュカもそれくらい分かっていた、だから先程からしてくるアルミンの質問に不快感を感じていながらも顔には出さずに我慢していた、だが今の発言だけは許せるモノではない
「お前一体何言ってるんだ?」
先程とはまるで別人のようにリュカの声が冷たくなる
「アルミン、私とエレンが結ばれるとはつまり、私はミカサの想いを蔑ろにして 弟と結婚して 弟に抱かれて 弟との間に子を創る それが私にとって最善であると、お前はそう言いたいのか?」
リュカの話を聞いて初めてアルミンは自分がナニを言ったのか、いや、正確には自分が言ったことをリュカがどう受け取ったのかを理解した
「……ごめん、軽率だった、冗談でも言って良い言葉じゃなかったね」
万感の想いを込めてリュカに頭を下げて謝る、思えばアルミンは知らない間に随分とリュカにとって深い部分を探っていた、無意識だったんだろうが、やられたリュカからすれば不愉快でしかたなかった筈だ、普段のアルミンなら気付いただろうが、リュカに友達と認められたこともあり、アルミンはほんの少しだけ浮かれていたのだろう、その結果が先程の発言、自分自身に呆れて言葉も出ない
「……」
「……」
カタカタカタカタ
馬車の音が静寂に包まれた暗い森の中に消えてゆく、お互いが沈黙してから、そこまで時間は経っていないが、アルミンにとってはとても長く感じられた、するとリュカがおもむろに口を開く
「まぁ私もわざわざ真面目に答えることもなかったな、適当に言葉を濁せばきっとお前なら気づけただろう、だからその、頭を上げろアルミン」
リュカの言葉にはまったく棘がなく、最後の方にいたってはどこか気まずそうな声色だった、やや困惑気味なアルミンは恐る恐る尋ねる
「……許して、くれるのかい?」
アルミンは一つ誤解をしていた、許すもなにも、そもそもリュカは怒ってなどいないのだ、リュカはただアルミンが些か以上に無神経な発言をしたことを咎めただけである、そのためアルミンにあんまりにも真摯な態度で謝られて、実は内心‘ちょっと言い過ぎたか?’なんて思っていたりする、だがまぁ、何はともあれアルミンは反省しているようだし同じ失敗を二度するような男でもない、ならもう何も言うまい
「当たり前だろ、元々私はそこまで怒ってなどいない、ならもうこんな話はおしまいだ」
「……うん」
カタカタカタカタ
馬車はもうしばらくすれば訓練場に着く、既にチラホラと森の木と木の間から兵舎の灯りが見えてきた、馬車が訓練場に着けば、リュカは寝ているミカサを風呂に放り投げ自分も一緒に入って汗を流し、後は寝るだけ、アルミンと会話する機会などないだろう、折角楽しい一日だったのに最後にした会話がお説教なんてナンセンスだ、やはり締め括りは大事である
「……今日は楽しかったな」
染々とした声でリュカが言う
「うん、そうだね」
返事をしたアルミンも同じようにどこか寂しげな声をだす、あれほど楽しかった一日がもうすぐ終わろうとしている、明日になればまた血反吐ぶち撒ける程キツい訓練が待ち構えている、別にその事が嫌なわけではない、リュカもアルミンも自分で選択したこと、どんな苦難も覚悟の上だ、感傷に浸るのは今だけ
「次はエレンも連れていこう」
「うん」
淡々としたやり取りが続く
「今日は迷惑かけてすまなかったな」
「僕の方こそ最後の最後でドジ踏んじゃってゴメンね」
二人とも声に覇気が無い、今日一日分の疲れが今になってドッと押し寄せているのだ、今は目をあけているのが精一杯である
「ふぅぁ~眠い……」
「私もだ、だが今寝てもすぐに起こされるだけだ、もう少し頑張れ」
「うん」
「ねぇリュカ」
「なんだ?」
珍しい、アルミンから話しかけてきた
「眼鏡はどうしたの?」
「眼鏡?あぁ今もっているがそれがどうした?」
「ちょっと掛けてみてよ」
別段断る理由は無いため、リュカはおもむろに懐から眼鏡を取り出して、掛ける、リュカの鋭い視線は丸みを帯びた眼鏡によってどこか柔らかくなり、パット見冷淡な印象を与える顔は理知的な雰囲気を醸し出す、眼鏡を掛けた前と後ではまるで雰囲気が違う、具体的に言えば眼鏡を外していると 冷徹な女で 眼鏡を掛けていると 理知的な女性 といった具合だ
「どうだ?」
「似合ってるよ」
案外素っ気ない感想に少しムッとなるリュカ
「それで?似合っているからどうなんだ?」
「すごく綺麗だよ」
「……そうか」
「もしかして照れてる?」
「うるさい」
そんなやり取りをしている内に馬車が訓練場に着く、リュカはミカサを背負って風呂場に行き、アルミンは二人を見送った後自身の寮に戻る
楽しかった一日は既に思い出、振り返ることはあっても繰り返すことは決して出来ない、故に思い出とは美しく時に振り返るのも良いだろう、だが忘れることなかれ、過去に魅せられ今に背を向けても人が進むのは常に未来、いつかは今と向き合いまた進み続けるべきだろう……後ろ向きに進み、美しい過去が遠ざかって行く様を見たいと言うのであれば、話はべつだが。
ラストの一文ちょっぴりフロム意識して書きました、うまくできてますかね?
感想待ってます。