「全くいつまで待たせるのよ」
「…………別に約束した覚えはないと思うんだが」
仁王立ちした鈴の前に憮然とした様子の一夏が立っている。
二人の手にはラーメンとうどんの乗ったお盆がそれぞれあった。
ともかく席につかねば始まらないと鈴は先導しながら考える。
(何でさっきはあんな事をしたのかしら)
結局、あの後千冬が来て騒ぎを物理的に制圧したが、よくよく考えるとあそこまでする必要は無かった気がする。
鈴は巨乳が嫌いである。
しかし、あんな事をするほどではない。
精々毎晩ノートに10ページほど赤いボールペンで巨乳死ねと書き殴るぐらいだ。
まるで何かのせいでたがが外れたかのように、さっきの行動は彼女らしくなかった。
「あー、ちょっと話があるんだが」
ちょうど二人が座れる席を見つけ、食事に取りかかろうとしたところで一夏が口を開いた。
鈴は当然無視してラーメンを食べ始める。
ここで機嫌が悪いことを強調しておかないと、この朴念仁はすぐに教室に居た二人といちゃいちゃするだろう。
いや、朴念仁だからなんで鈴が機嫌が悪いか分からない可能性が高いが、だからといって何もしないわけには行かない。
もし、このまま機嫌の悪い状態をアピールし続ければ、一夏がご機嫌取りをしてくれる可能性がある。
その時にはもったいぶった感じに了承するのだ。
具体的には今度の休日に二人っきりで買い物を了承させるまで粘るつもりである。
しかし、鈴の企みは次の一言で完全に霧散した。
「好きだ。俺と付き合ってくれ」
瞬間、鈴は食べかけのラーメンを吹き出した。
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「何の騒ぎだ。ありゃあ」
食堂に少々遅れてやって来た一夏達は、食堂の一角に多数の人が集まっているのを発見する。
「何かイベントでもやってるのか?」
「例のチャレンジメニューに挑戦している奴が居るのかもしれんな」
「あー、あれな」
この食堂にはチャレンジメニューがある。
パフェとか、ケーキなどの女子的な物から、カツ丼、カレーとか言う男飯な物までだ。
総重量5キロ(器の重量は除いています)とかがあるのだが、それ以上にそういう物を平然と完食する女子が居るのに驚いた。
ちなみにプライバシーの保護のため名前は伏せられているが、おそらく千冬も完食者の一人だろうと思っている。
怖くて真相は聞けないが――――
それにしては雰囲気がおかしい気がする。
■■■■■■■■■■
「………ちょっと待って」
鈴はとりあえず口を拭うと手鏡を取り出して自分の身だしなみを整えた。
「もう一回、お願い――」
深呼吸して心を落ち着ける。
「好きだ。付き合ってくれ」
「………………買い物に?」
「男女交際にだ」
今までの経験から一番ありそうな落ちを口にするが、ハッキリ本人から否定された。
「…………私はちびよ」
「俺より背が高いと困る」
「がさつだし」
「知ってるけど、お前はそれを直そうと思うんだろう」
「焼き餅だって焼くわ」
「俺のことでだろう?」
「……………私は胸が小さいわよ」
「悪いと思うが、そのことで怒っている時のお前が一番可愛いと思っている」
一つの質問ごとに鈴の声が小さくなり反比例して顔が赤くなっていく。
「付き合って欲しいと言われて、自分の欠点をあげてしまうような不器用なお前が好きだよ」
その言葉に鈴は膝においた拳をぎゅっと握る。
「何やっているんだ。お前らは―――」
呆れたような声の出所を鈴は睨み付ける。
一世一代の告白をしようとした瞬間、話しかけてきた大馬鹿野郎は何処のどいつだとばかりに―――――
「………………え?」
「なんだ来たのか―」
そばをトレイにのせた一夏がそこに立っていた。
「え、あ、そのへ?」
「さて、答えを聞かせてもらおうか――――」
そう言いつつ鈴の目の前で、一夏のふりをしていた善助は眼鏡を掛ける。
「貧乳子さん♪」
(この野郎っ!?)
その時になって鈴は全てを悟った。
善助は一夏と自分を誤認させ、告白したのだ。
おそらく自分への一夏の想いを知ってそれを弄ぶために―――――
目の前のクソ野郎を射殺さんばかりの視線で睨み付けるが、当の本人は何処吹く風だ。
「あれどうしたの、そんな顔しちゃって―――まさかと思うけど俺と一夏を間違えてときめいちゃったとかそんな落ちじゃ無いよね。せっかく告白したんだから返事を聞かせてよ」
拳を固めた豪腕が頬を打ち抜く前に止められた。
「本当に喧嘩早いな。少しは落ち着けよ。俺も落ち着いてるんだからよ」
「っ!?」
それまでヘラヘラ笑っていた善助の雰囲気が一変する。
「この世で一番むかつく男と一緒にされるなんて事をされると、温厚な俺もさすがにちょこっと怒っちゃうんだよ」
「は、離しなさいよ」
鈴は咄嗟にISを起動させることも忘れて腕を引こうとするが、空間に固定されたように動かない。
「それでも我慢したさ。だけどほら落としどころって言う物があるだろう。だからさ、決めたんだ」
善助の表情は変わらない。
笑顔のまま、だが、その表情がひび割れる。
そしてそこから顔をのぞかせたのは、恐ろしい物だった。
「お前が大事にしている物を傷つけて、それでお前が耐えられたら俺も耐えようってな。だから、耐えてくれなくてありがとう。これで存分にお前を潰せるよ」
善助がトレーに置かれたフォークを取る。
善助が食べていたのはうどんであり、箸を使う彼には必要ない物のはずだ。
「右目と左目どっちを残したい」
「ひぃっ!?」
善助と視線が合った瞬間、鈴は悲鳴を上げる。
その目は鈴に苦痛を与えることに喜びを見いだす物だった。
嫌いな人間に苦痛を与えることに喜びを見いだす。
ある意味当然であり、人なら大なり小なり持っている欲求である。
それを実行する人間は少数であろうが。
「まあ、どっちもいただくがな」
「いい加減にしろ」
フォークを持った善助の腕が掴まれる。
「お前が嫌いなのは俺だろう。それに鈴を巻き込むな」
「お前の方こそ黙れよ。これは俺とこいつの問題だ。俺はこいつが大嫌いだから、こいつに酷いことをするんだ。そして合法的にそれを行える権限がある。何か問題があるか?」
人を殴ってはいけません。
人から奪ってはいけません。
人を殺してはいけません。
それは基本的な道徳であるが、いくらでもひっくり返る。
犯罪者は射殺してもいいし、敵軍は殺していい、異端者は拷問していいし、敵国から奪っても大丈夫。
そして善助にはそれを行う理由と合法化する権限がある。
どちらかに非があるかと言えば一夏の方だ。
善助はIS学園の生徒を独断で排除する権限を持っている。
そしてそれは理由を問わない。
気に入らないという理由で鈴を殺してもそれは合法だ。
「………………………」
「………………………止めた」
善助が鈴から手を離す。
「これ以上お前と見つめ合ってまで、そいつをどうにかしたくないな」
「……………そうか」
一夏もどこか名残惜しそうに善助から手を離した。
そしてそのまま食堂から出て行く善助を見送る。
「悪かったな。あいつが迷惑掛けて―――」
一夏が言い終わる前に鈴が抱きついてくる。
「ちょ何を――」
慌てて引き剥がそうとした時、鈴の身体が震えていることに気付いた。
その姿を見て一夏は何も言わず鈴の背をゆっくり撫でた。
■■■■■■■■■■
「凄いつらそうだね~」
「………………どうやって入ってきた」
IS学園の地下に制作した部屋、そこで主の許可も無く入ってきた本音を善助は睨み付ける。
今ここに居るのは善助と本音の二人だけであった。
しかし広い部屋の中で凄まじい圧迫感を感じるのは善助の雰囲気のせいだ。
先ほど食堂で見せた殺気など塵芥とでも言うような圧力を善助が放っている。
「女の子の秘密だよ~」
てへぺろろする本音―――
「………………」
「その目止めてくれる!?」
道ばたに捨て置かれた虫の死骸を見るような視線に本音が叫ぶ。
「……………何のようだ? ちなみにくだらないことなら、その胸の脂肪をほじくり出すぞ」
「恐っ!? なんて言うこと言うの!? この中には男の子の夢と希望が詰まっているのに!?」
そう言って胸を張る本音に善助の視線は冷えたままだ。
「性欲と煩悩の間違いだろ。そして貧乳の嫉妬と憤怒と悪意と害意と殺意が詰まっているな」
「止めてよっ!! そう言うつらい現実を突きつけるの!!」
「…………それで本当は何のようだ?」
「遊びに来ました!! あ、うん冗談です。真面目に話します」
業務用掃除機を取り出す善助に本音が姿勢を正す。
「今はお前と遊んでいる余裕は無いぞ」
「そんな時でも、相手してくれるヨッシーは人が良いね~」
「………………」
「分かった本当に余裕が無いんだね!! 理解しました!! だから掃除機のスイッチは切ってください!!」
必死の本音の言葉に善助は掃除機をしまう。
「でも、いくら何でも腕を切り落とさなくてもいいんじゃないかな。おりむーが知ったら泣くよ」
床には善助の腕だった物が転がっている。
まるでCTスキャンの断面のように綺麗に切り落とされれおり、血が1滴も流れていないため何かの模型のように見える。
「問題ない。すでに再生してある。あれと接触したという事実を残す方が俺には大問題だ」
「一体何されたの?」
ばきゅうっ!!
手を触られたから腕ごと切り落とすなどという行動に移る動機に興味を持った本音だが、善助の答えは拳だった。
音を置き去りにした拳が少女の顔面に直撃し衝撃波が頭部を爆砕し身体を吹き飛ばす。
「……………無駄な体力を使わせるな」
壁に叩き付けられ、玩具のように崩れ落ちる胴体。
「さすがに女の子の頭を潰すのは酷くない? まあ、それで落ち着いてくれるなら良いんだけど」
即座に帰ってきた返答に善助は背後を振り向く。
「じゃ、遊びに行こう♪」
当然のように無傷の本音が手を差し出してきた。
「………………どこにだ?」
「南極、シロクマが見たいね。大体こんなところに閉じ困っているからイライラするんだよ」
「シロクマが居るのは北極だ。3分待ってろ」
そう言って取り出した携帯で連絡し始める善助の言葉に、先ほどまでの圧力は無くなっていた。