目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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シロガネ山麓

「ファ―――ック! クソジジィがぁ!! 殺す! 次は殺す! 見た瞬間に手段を選ばずに皆殺しにしてくれるわぁ! ……はぁ、はぁ……やばい……マジ死ぬ……今回ばかりマジキツイわ……あー……助かったわダヴィンチ……」

 

「その為の私だからね」

 

 どことも知れぬ森の中で、凍傷によって血だらけになった体を引きずりながら木に背中を預け、目の前にいるポケモンへと視線を向ける。画家の被る様な帽子で片目を隠す、犬耳の女の子―――種族としての名前はドーブル、ニックネームがダヴィンチ。正真正銘の最後の手段、というか切り札だ。公式戦には一度も出場させてない上に、草試合ですら使用していない。完全に他のトレーナーには一度も見せた事のない、”ボスですら知らない”隠し札だ。それが彼女、ダヴィンチだ。予め絶対に表に出す事はないと宣言しており、ダヴィンチもそれを了承している。

 

 なぜなら、自分が保有しているポケモンの中で、一番極悪なのがこのドーブルのダヴィンチであるからだ。ミュウ同様の才能を保有しているダヴィンチはスケッチを通してほぼ何でも覚える事が、制限なしにできる。それを拡張して、”してしまった”故に生まれたのが天賦のダヴィンチ。この世のバトルでは絶対に出す事が出来ず、俺ですら出す事を躊躇する存在だが―――やはり誰にも知らせずに持ち歩いていて助かった。こういう時があるからこそ隠すのだ。

 

「ふぅー……ふぅー……くそ、いってぇなぁ……あのジジィ、ふぶきで殺せないって悟って必中技で攻めてきやがって……!」

 

「容赦なく殺しに来ていたわね。ま、私には届かないんだけどねー?」

 

 軽そうに言うダヴィンチの言葉を流しつつ、ベルトに手を伸ばし、そこに入っている災花が瀕死の状態で氷漬けになっているのを確認し、静かに悪態を吐く。生憎と、急な用事だったからオボンのみを一個しか持ち歩いていなかった。それを取り出し、回復の為に齧りながら、ある程度活力を体に回す。これで治る訳ではないのだが、それでもやらないよりはマシだ。体力を補充したら次にやる事は、

 

「うっし、覚悟は出来たぞ……来い、来いッ!!」

 

「んじゃ、いっくわよー」

 

 軽い声でブラシの様な尻尾を振るい、炎をダヴィンチは描いた。それで仮面の男(ヤナギ)によってつけられた傷痕を焼いて、繋ぎ合わせる。獣の様な咆哮が口から漏れだすのを自覚しつつ、背後の木を握り潰す様な感覚でしがみ付き、ダヴィンチが傷痕を塞ぐのを我慢し、そして耐え抜く。全てが終わったところで大きく息を吐く。

 

「ほい、とりあえずこれで大きな傷口は塞いだわん。あの時は逃げる時に必死だったから適当に遠い所にきちゃったけど……んー……そうね、大体シロガネ山の麓あたりかしらん、ここ。結構遠くへテレポートしちゃったわね……それでどうする?」

 

「ジジィ殺す」

 

「いや、それは解ってるのよ。でもどうやって? 暗殺しに行く? あくうせつだんでも、ときのほうこうでも、デスウィングでも、何でも叩き込んであげるわよ? 見本の為に私を生み出したんだからねぇ」

 

 ダヴィンチのイヤミを聞き流す。ダヴィンチが言った通り、彼女は”伝説技”を再現する為に育てた、”完全模倣個体”とでも言うべき存在だ。シャドーダイブやVジェネレート、ブラストバーンにりゅうせいぐん、本来は特殊な方法やポケモン、或いは人物に頼らない限り習得する事の出来ない究極の奥義や伝説の技、ダヴィンチはその全てを再現する為にゲットしたドーブルである、そうなるべく育てたポケモンなのだ。故に体力も、攻撃力も、そして素早さもない。だけどその代わり、制限なく伝説の技を放つ事が出来る。シャドーダイブで影の世界へと逃げる事も、Vジェネレートで森を消し飛ばす事も、エアロブラストで終わりのない弾丸を放つ事も、せいなるほのおで清める事も、

 

 あくうせつだんで空間を抉って消す事も、

 

 ときのほうこうで相手を消し飛ばす事もできる。

 

 最も無力で最悪のポケモン。それが彼女、ドーブルのダヴィンチになる。

 

「……欲望のままにジジィを殺しに行ったら証拠不足で俺が逮捕されるよ。俺なんかよりもヤナギのクソジジィの方が信頼されているから、たぶん俺が今度こそ本当にお尋ね者だ、一切言い訳なんかできずにな。……ふぅー……大丈夫、人目のあるところで活動を続けている限りは、大丈夫だ……ジジィは出てこれない、襲ってこれない」

 

「はいはーい、だいせいかーい! というわけでキレた頭は大分収まってきたかな?」

 

「ジジィ殺す」

 

「あ、駄目だこりゃ」

 

 ダヴィンチと軽く漫才を行い、心を落ちつけながらダヴィンチをボールの中へと戻す。世の中には”使わない方が良い”ポケモンが存在する。それがダヴィンチに当たる。天賦の才を保有していたドーブル、それが育成という開発する方向性と相性が良すぎた結果だったのだ。文字通り最終兵器、なるべく頼りたくはないダヴィンチのボールを最小のサイズへと落とし、隠す。ダヴィンチのおかげで心は落ち着いた。

 

 この状態で、真面目に今後の事について考える。

 

 ―――真面目な話、ヤナギは絶対に殺さないとならない、どこかで。ただし、相手が仮面の男としての活動をしている時にのみに限る。それ以外の時でヤナギを殺すような事があれば、絶対に信用されずに、こっちが殺される。あの男、ヤナギは目的の為であれば躊躇はしないだろう。おそらくチョウジタウンの秘密基地、アレはブラフだ。調査に来た人間を吊り上げ、そして殺す為の餌だ。こうやってここまで追い込まれたことを考えると、間違いなくそうだと判断する。

 

 とりあえず、まずは―――第一に手持ちのポケモンと合流する事だ。逃げ切った事はヤナギも知っているだろう。だから相手が此方の手持ちに干渉する前に、先にアサギシティへと戻る必要がある。そこからはワダツミの育成だ。真面目に、そして本気でやらなきゃいけない。今回の件でヤナギの実力が見えたのが良かった。どこまで育てればいいのか、そのラインが見えてきたからだ。つまりは、本気でやらなきゃ死ぬ。そういう話で、そういうレベルの相手だ。

 

「つかシロガネ山の麓か……随分遠くまできちまったな―――」

 

 立ち上がろうとして、体が揺れ、そして前に倒れた。その状態でははは、と声を零し、

 

「……やべぇ、動けねぇ。眠い」

 

 軽く唇を噛んで痛みを促し、意識を強制的に覚醒させながら、溜息を吐く。ルギア戦からストレートでここまで、全く休んでいない為、とうとう肉体が限界に来てしまったらしい。シロガネ山は麓付近でレベルが50から60前後、深層部で”レベル100しか出現しない”エリアになっている。ぶっちゃけるとこのままでいると割と高い確率で死ぬ。

 

「しにたくなーい! しにたくなーい!」

 

 等と言いながら、マグナムに手を伸ばし、もう片手でモンスターボールに手を伸ばす。騒ぎを聞きつけて近づいて来たポケモンがあれば即攻撃、捕獲、そして運ばせるという黄金の流れを作る為の作戦だ。エリートトレーナーたるもの、それぐらいが出来て当然。だからポケモンよ来い、そう思って草地に転がっていると、

 

 目の前に原生種のポケモンがやって来た。

 

「ピッカ?」

 

 ピカチュウだ。目の前に出現したピカチュウの存在に黙り込み、此方へと視線を向けてピカチュウを睨み返す。が、ピカチュウはそんな事を気にする事無く接近し、此方の頭の上に片手を乗せ、撫でるように叩きつけてくる。抗議の視線を向けるが、勿論、そんな事を気にする事無くピカチュウは頭を撫で、倒れている体の周りを走り、そして再び目の前で動きを止め、そして首を傾げてくる。

 

「なにがやりたいんだよお前」

 

「―――いや、それはこっちの質問なんだけど……」

 

 足音、そして目の前に見えてくるスニーカーの姿に、ピカチュウの主が一体誰であるのかを即座に理解し、そして溜息を吐いてしまう。頭を横に倒し、目の前にいる筈の人物を決して視界に捉えないようにしつつ、もう一度、今度は聞こえるように溜息を吐く。

 

「い、いや、何をやってるんだよ」

 

「見て解んないのかよ! 襲撃されて命からがら逃げだしてなんとかここまで来たのはいいけど治療できねぇから力尽きてここで死にそうなんだよ! すいません、美味しい水でもいいんでなんか体力回復させるものありませんか! リアルに死にそうなんです」

 

「あ、うん。どうぞ」

 

 声の主がジッパーを引っ張るような音を響かせると、目の前に美味しい水を置いてくれる。それを取り、声の主の方へと背中を向け、キャップを素早く開け、そして全身に浴びるように美味しい水を飲む。疲労が溜まった体に心地よい冷たさが沈み込んでいくようだった。そうやって水分を補給した所で漸く体力が戻って来た気がする。一息をつき、そして体を無理やり持ち上げる。まだ少々ふらふらするが、動けない事はない。

 

「助かったわ」

 

「いや、助かったのはいいけど、こっち見ようよ」

 

「やだよ」

 

「なんで。バトルを通じて解り合ったと思ったんだけど」

 

「それはそれ、これはこれ。お前、まだシナリオの途中なのに隠しボスが出てきちゃ駄目だろ」

 

「そんなこと言われてもしょうがないよ―――久しぶり、オニキス。何年ぶりだろ」

 

 名前を呼ばれてしまった。溜息を吐きながら振り返った先には、ピカチュウを両腕で抱いた、少年の姿があった。まだ若いというのが見れば解る姿だ。年齢はおそらく13、14程度しかない。だというのに、その少年には風格、或いは王者としての威厳というものが少量ながら、備わっている。自然体でありながら、頂点に立つ者としての存在感があるのだ。赤い帽子を被った少年は、

 

 ―――世界最強のポケモントレーナー、”公式戦絶対不敗”のトレーナー、レッドがそこにはいた。

 

「おう、シロガネ山にいるなら降りてくるなよ」

 

「酷いなぁ、補給とかでちょくちょくフスベには降りているんだよ? というよりどうしたの、その体。ボロボロだけど。またサカキと悪い事やってるの? だったら―――」

 

「ヘイ! 悪行からは足を洗っているからピカ様をボールに戻すの止めよう! 今、俺の手持ち死滅しているから! それよりも今、ジョウトではR団の一部が暴走していて、それを抑えたりするのに俺達は必死なんだよ! だから悪い事とかはしてないの!」

 

「……ん、そうなんだ」

 

 納得したのか、ピカチュウをボールに戻そうとする動作をレッドはやめた。

 

 ―――あーあ、出会っちまった。

 

 理想としてはポケモンリーグが終わった後に会いたかった。だがここで出てきたという事は、これもまた運命だったのかもしれない。まぁ、そうなったら運命を受け入れるしかないのだ。

 

 最強の赤帽子。

 

 敗北しないチャンピオン。

 

 公式戦における絶対不敗。

 

 そして、”勝たなくてはいけない”という戦いにおいて絶対敗北しない。

 

 それがレッドだ、最強の赤帽子だ。ただ単純に公式戦、そして勝たなくてはいけないという場面では負ける事がなくなる。シンプルであるが故に、誰もそれを崩す事は出来ない。攻略法が存在しない。能力が、資質が、そういう話の次元ではないのだ。

 

「へぇ、そっか、暴れてるんだ」

 

 レッドはそう言って、被っている赤帽子を深く被った。

 

「―――もう三年前に、どうやって敗北したのかを忘れちゃったのかな」

 

 シロガネ山の奥深く、誰も入る事が出来ない領域で修行を続けている為に、連絡を取る事の出来ない最強のトレーナー。

 

 仮面の男の襲撃から来る此方への逃亡が、”偶然”にもここへ繋がってしまった。

 

 まるで決められた道筋の様に。

 

「……俺、しーらね……」

 

 ジョウト地方の騒動に、

 

 最強のトレーナーの参戦が確定した。




 レッドさん - 公式戦である限り負けない。負けられない戦いで絶対に負けない。そして普通の正義心を持つレッドさんはR団には負けられない。つまり、R団と戦った場合、どう足掻いても敗北できない。

 ダヴィンチ - 手持ちにすら隠す手持ち。奥の手。本人了承済み。ドーブルの6V。始末、及び超緊急時専用。

 ヤナギさん - たった今詰んだ人

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