目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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セキエイ高原

 ―――三日間の予選が続き、ついに本戦出場者が決定される。

 

 ―――さらに数日後、参加者全員の手持ち登録が完了し、名前が公開される。

 

 シード枠が適用されるのはここまでであり、ここからは他と対等な選手としての出場になる。本戦の仕組みは実に簡単であり、トーナメント式になっている。AブロックとBブロックで分かれており、それぞれに16人のトレーナーが存在し、総勢32人でカントーとジョウト地方最強のトレーナーを決める為に争い合う。つまり5連勝しない限りはポケモンリーグの頂点には立てず、四天王にも挑戦する事が出来ないのだ。

 

 対戦相手は既に通知されている。

 

 黒尾の気持ちの良い九本の尻尾に埋もれつつ、膝枕でギラ子を黙らせながら、ロケット・コンツェルンから受け取った、対戦相手の情報を確認している。第一回戦の対戦相手はホウエン地方出身のトレーナーであり、フエンタウン出身のコモラというトレーナーだ。既に手持ちは公開されており、過去の出場大会からある程度手持ちのデータも把握している。故に受け取った資料を一つ一つ確認している。スポンサーであるロケット・コンツェルンが復活した事で、情報収集が遥かに楽になっている。

 

「対戦戦績はっと……地方別月末リーグで優勝経験……ホウエン地方リーグでベスト8経験、カロスリーグでベスト4経験あり―――特異砂パの使い手か」

 

 黒尾の尻尾は本当に気持ちが良い。最高級のソファなんかに座るよりも、黒尾の尻尾をソファ代わりにしたほうが万倍気持ちが良いのだ。だからこうやって埋もれている間は、たとえギラ子が積極的にボディタッチしてこようと、ストレスを感じる事無くゆったりする事が出来る。自分がそういう態度なせいか、ギラ子もネタに走るのは少な目になり、大人しく膝枕されている。

 

「―――フィールドを砂嵐で固定する異能持ちのトレーナー、か」

 

 思い出す。ホウエン地方には砂漠があったはずだ。そこでおそらく修行を積み―――出会ってしまったのかもしれない、或いは修行を通して、その力を受け取ったのだろう。フエンタウンと言えばあの砂漠に近いし、あの砂漠にはレジロックが眠っている。そう考えれば不思議な能力ではないのだ。それはそれとして、この男のパーティーコンセプトは正直”ヤバイ”と評価できる。

 

 完全な天候パ殺しだ。

 

 フィールドの天候を砂嵐で固定するという事は他の天候を一切許容しないという事だ。ゲンシグラードンの”おわりのだいち”の様なものになる。幸い、ギラ子の加護で”二律背反”が機能し、一番一緒にいて、心も体も通わせている黒尾であれば、相手の異能に対抗して夜を展開する事が出来る。だからフィールドは常時【夜/砂嵐】という状況になると考えても良い。だがこうなってくると星天、暗雲、闇隠れ等の特殊天候の展開が出来なくなってくる―――正直、かなりやり難い部類の相手だ。此方は天候変化をキーとしてポケモンにバトン効果を発動させるように育成してあるから、天候が変化できないという事は天候変化から攻撃後に上昇を引き継いでバトン天候変化という戦術が使えなくなるのだ。

 

 正直、初戦からかなり辛い相手に当たってしまったと思う。

 

「先発はすなおこしすながくれとすなかきを習得しているグライオンか……」

 

 グライオンがすなおこしで砂嵐を発生させ、すながくれとすなかきで一気に能力を上昇させる。コモラの手持ちの中で絶対先発で出て、そして戦術の起点として活躍するポケモンだと言っていい。こいつが生きている限りは積み起点として相手のパーティーが常に強化されると考えていい。また、すなあらしを封じたとしても、場に出すだけで復活するのだから、討伐の優先度はかなり高いと見ていい。

 

「ドンファンとシュバルゴはデータ不足で詳細が解らないけど手持ちにいる、ハッサムもデータなしか……キリキザン、メタグロス、そしてギガイアスか……」

 

 かなり色んな地方のポケモンを保有していると思う。人の事を自分は言えないが。ともあれ、キリキザンは強者殺しという風に調整されている。試合での成績は相手トレーナーのエースとも呼べる強力なポケモンを倒す事で伸ばしている―――こいつに対してはサザラやクイーン、アッシュを出す事を止めた方がいいのかもしれない。そして看板を張るとも言えるコモラの手持ちのポケモンがギガイアスとメタグロスだ。このギガイアスは特異個体らしく、ロックカットを自動で使用しながら加速を疑似的に再現しているらしい。そしてメタグロスは天賦個体。ミカンのメタグロスを思い出させる極悪な性能を秘めた、”主砲”とも言えるべき存在だ。

 

「一戦目から厳しい戦いになるなあ……」

 

「そう言う割には楽しそうだよね、オニキスちゃん」

 

 そう言ってギラ子は膝の上に乗ってくる。資料を床の上に置いて、そうだなぁ、とギラ子を抱き寄せる様に掴み、その背中を胸に寄せ、抱き寄せたまま体を尻尾の中に埋めるように倒れる。全身が尻尾の中に包まれる様で、心地よさに眠気が襲い掛かってくるが、まだ眠るには早いと、少し我慢を覚える。

 

 そうだな、と言葉を置く。

 

「楽しいよ。凄い楽しいよ。毎日が色に溢れている様に楽しいよ」

 

 それは間違いがない。自分の限界が試せる事、自分を信じて進む事、支えられている事―――。

 

「いっぱいいっぱい楽しい事で溢れているんだよ、この世界は。旅をしてもしても足りない。知っていることはたくさんあるんだ。神の視点から見ていた物語がたくさんあるんだ。だけど、実際に旅をしてみる世界はもっと素敵だった。だから自分の目で見る、この世界は本当に素晴らしく、素敵で、そして楽しいんだよ。俺は、今、生きている。それを全身全霊で感じられるんだ。社会の歯車なんかじゃない、オニキスって男として俺はこのポケモンリーグに立っているんだ」

 

「そう言う所、ほんと主は何時までも子供みたいですね」

 

 尻尾を椅子代わりに提供していた黒尾が小さく笑いながら言葉を挟んでくる。あぁ、子供らしいのかもしれない。だけど、聞いてほしいんだ。

 

「この世界は未知で溢れているんだよ。まだ開拓され切っていない世界で、多くの伝説が生きているんだ。神話が存在するんだ。それを実際に自分の手足で確認する事が出来るし、こうやって抱きしめて肌で感じる事だって出来るんだ。ポケモンリーグでの優勝は俺の悲願だ。そして通過点でしかない。目的からすると通過点でしかないんだけど―――ずっと胸が高鳴って、興奮しっぱなしなんだ。明日の対戦を考えると眠気も即座に吹き飛びそうな気がするさ」

 

「ふふふ、可愛いなぁー」

 

 腕の中でくるり、と反転したギラ子が此方へと視線を向け、笑みを浮かべながら抱き着いてくる。不思議と、今だけは追い出す気持ちにはなれなかった。この二人は、かなり縁の深いポケモンだ。黒尾がいなければポケモントレーナーとして、自分が活躍する事も成長する事もなかっただろう。ギラ子がいなければ今の戦術が完成する事はなかっただろう。いや、違うのだ。今手持ちにいるポケモン、彼、彼女たちが存在しなければ、オニキスというトレーナーは存在する事がなかったのだ。黒尾がいなければ夜パは生まれなかった。ナイトと出会わなければ勝利する事は出来なかった。蛮はブリーダーとしての道を教えてくれた。災花は天運を俺に与えてくれた。月光はサポートとトラップの変則的使い方を気付かせてくれた。サザラは誇りのあるエースとしての力を証明してくれた。ギラ子がいるから複合天候パというパーティーが完成している。

 

 ポケモンだけじゃなく、人の出会いもあって、ポケモントレーナー・オニキスは完成しているのだ。

 

「……あー……やべえ……眠くなってきた」

 

「おやすみなさい、ご主人様」

 

「今は寝なさい、夢を抱いて、そしてそれを原動力に明日に備えて―――」

 

 まだ眠りたくはなかった。だが夢の中へといざなう様な黒尾とギラ子の声に、自然と目は下がって行き、

 

 心地よい睡魔に身を任せ、体に感じる暖かさを抱いて目を閉じる。

 

 

 

 

 ―――古い夢を見ている。

 

 震えていた。怖かった。何もかもが。突如として送り込まれた異郷、見た事もない怪物、そしてありえない力。知識として知っているのと、実際経験するのとでは全然違う。目の前で繰り広げられた光景は信じられない物であり、そしてありえないと断じるしかない光景だった。ポケモンと呼ばれる怪物達も、ポケモンと呼ばれる人の姿に近い形をした存在も。それは知識で知っていても、実際に見るとリアリティを持っており、恐怖を心に刻んだ。怖い。ひたすら怖い。怖かった。胸の内の感情の八割を恐怖が占めていた。

 

 何か悪い事をしたか? そんな訳がない。小さな悪事であればだれでも経験した事がある。逆に言えばその程度としか言いようがない。なんで自分だけ、こんな目に合わなくてはならないのだ。嘆くように、怒りを吐きだす様に他人に求めた。それでどうしようもないと解っていた。愚かだと解っていてもどうしようもない事は時にあった。まだ大人になる途中で、心は少し、子供のままだったのかもしれない。

 

 恐怖から甘えが欲しかったのかもしれない。

 

 優しく甘えさせてくれる相手なんかいないのに。

 

 だから流れ着いてから数日が経過して、心は状況を否定しようとして、ひたすら傍観のまま過ごしていた。その時に再び、あの人がやって来た。外に出ようともせず、腐っていた此方の姿を引っ張り上げ、そのまま無言で引きずるように部屋から出した。こんな風にうじうじしていれば捨てられるのも当然だろう。そう思っていた。

 

 だが、あの人は、

 

「―――構えろ」

 

 一言、それだけ告げてモンスターボールを渡してきた。今更ながら考えれば、本当に不器用なだけな対応だと思った。親としての経験が存在せず、迷い込んだ少年の対応の仕方を知らなかったのだ。あの仏頂面で、きっと拾ってきてしまった手前、ある種の責任を感じていたのだろうと思う。だけどそれを口に出すのはプライドが許さず、立場として許すのも駄目だった。知識もなく、それでもきっと、あの人は、不器用ながら選んだのだ。

 

 ポケモントレーナーとしての在り方しか知らなかったから。

 

 訳が分からないと言いたかった。だけどそれよりも相手の方が怖かった。だから震える手でモンスターボールを握り、そして使い方なんてもちろん知らないのだから、それで戸惑って、使い方を一言二言で教えてもらい、

 

 そして初めてポケモンを出した。

 

 それはジムのトレーニング用に用意されたサンドだった。特に不思議な事はなく、野生で見かける様な原生種のサンドだった。だけど自分の手でポケモンを始めて繰り出し、そしてその神秘に触れた時、

 

 恐怖が一気に好奇心に変わった気がする。

 

 その時だと思う、目の前にいる仏頂面な人がそこまで怖く感じず、不器用な人に感じたのも、頼もしく思う様になったのも。

 

 ポケモンという存在が実に不思議で、そして興味を持つような存在に思えたのも、

 

 そして、違う世界なんだな、と理解してしまったのも。

 

 その日から、ポケモンについてもっと知りたいと思い、触れ合う事を始めた。ジムトレーナー達と話し合う事を始めて、引きこもっているばかりではなく街へと出る事を決めた。草むらの中へと飛び込み、ポケモンを探す事を決めた。そうやって、前へと進もうと決めたのだ。

 

 ―――そして更に数日後、トキワの森近くの草むらへと向かった時に、

 

 黒いロコンと出会った。

 

 

 

 

 ―――目が覚める。

 

 何時の間にか自分の周りにはギラ子以外にもサザラやナイト、他のポケモン達が身を寄せ合う様に集まって眠っていた。

 

 大きく開いた窓の向こう側から朝の陽ざしが差し込み、快晴の青い空を見せてくれていた。

 

 すっきりとした気持ちで目覚め、朝を迎え、

 

 そして―――ポケモンリーグ本戦、一日目がついに始まった。




 対戦相手の解析と夢に見る過去。ボスは恩師であるからどこまでも付いて行くよ、というオニキスくん。もう一人の父親としても思っている感じかもしれない。

 次回から修羅道という名のポケモンリーグだよ。

 全戦激戦。

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