「―――それではオニキスのベスト8入りを祝して!」
「乾杯―――!」
グラスとグラスが、ボトルとボトルがぶつかり合う音が響く。ちょっとだけ琥珀色の液体がこぼれる事に焦る姿もあるが、全体としては割と騒がしく、だけど楽しい雰囲気が流れている。見知った顔しかいないこの状況、遠慮する必要なんてなく、全員ポケモンを出したままだったり、好き勝手に貸し切った大部屋を利用している。そんな中で自分も勿論グラスを片手に、黒尾に酌をさせながら成年している組に混じって酒を飲んでいる。一つのテーブルを囲う様に座っているのは自分、マチス、キョウ、タケシ、カツラのカントージムリーダーズ成年男衆だ。テーブルの上にはつまみがあり、始まったばかりの宴会なのに、既に空になった瓶が何本かテーブルの上にある。
残念だがグリーンは未成年な為、女子達に連れ去られた。
「いやぁ、こうやって全員で集まるのは本当に久しぶりだな」
「ポケモンリーグ中でもないとこうやって全員で集まる事はないしなぁ……まぁ、今回はナツメちゃんが早々脱落しちゃったせいでカントージムリーダーズ全員揃っちゃったけどなぁ!」
そう言って大笑いするカツラの頭に空からワカメが落ちて、べちゃりと音を立てながら叩きつけられる。視線をカツラから外し、隣のテーブルの方へと向けると、片手を持ち上げてサイコキネシスを使用しているナツメの姿があった。そのまま親指で首を掻っ切る様な動作をカツラへと向けるが、カツラは笑いながらワカメを回収し、それをそのまま食べ始める。
「ガッハッハッハ! 可愛いもんだなぁ!」
「それ、言えるのカツラさんだけだよ……」
呆れた様なタケシの声にカツラは笑う。キョウもそれにつられる様に笑うが、良く考えたら今のお前四天王だからここにいるの違くね? なんて思ったりもしたが、今夜は無礼講だ、二回戦を突破してベスト8が確定したのだから、とりあえずは祝って、昼間の疲れを自分、ポケモン共に一気に吐き出す必要があるのだ。それにこうやって旧交を温められるのは実際に悪くはない。カントー地方にはもう数年間というレベルで訪れてなく、マチスやキョウには定期的に連絡を取っていたが、それ以外の顔に関してはカントーを出て以来のレベルだ。
「はぁ、皆全く変わらないなぁ……」
「そう言うお前さんはかなり大人になった感じがするな。しっかり考えて行動する辺り、昔の向こう見ずさとは全然違っているな」
「フォッフォッフォッフォ……まぁ、誰もが子供ではいられないという事であろうな……」
キョウとカツラの言葉に軽く頭の裏を掻き、そして視線を女子に囲まれているグリーンへと向ける。キャッキャウフフと玩具にされているグリーンが恨めしい様に思えるが―――そういえば13歳だったな、と必死に助けを求める顔を見ながら思う。じゃあ許されるわ。そう思いながらグリーンを無視する。
「裏切ったなぁ―――!」
裏切ってなんかいない。見捨てただけだ。R団ではリスクマネジメントが大事なのだ。そう思いながら空になったグラスを出し、黒尾に注いで貰う。何度もやらせているせいか、かなり慣れているし、服装が和服だから実に絵になる。あぁ、実に幸せな気分だ。
「それよりもオニキス、随分とバトルが上手になっていたが、ユーはどこを旅して回ってたんだ? ミーが聞く限り非公式でシンオウチャンプをビーティングしたらしいけど」
「お、それは気になるな」
そうだなぁ、と呟く。カントージムリーダーズは基本的に自分の背景を、正体を知っている。大地のサカキの弟子であり、そして共にカントーを武者修行の為に離れた事も知っている。だけど、レッドに敗北したサカキがどういう風なのかをも、知っている。サカキが立ち上がったのであれば自分もまた、立ち上がるだろうが、その時まではお互い、良き隣人として接する事を決めている。だから特に何かを隠す必要はない、そういう事になっている。だから、そうだなぁ、と言葉を置く。
「なんだっけ……俺がカントーを出てから三年? だっけか。とりあえずボスと俺とで武者修行をしようって決めたのはいいけど、本当に目的地とかはなかったんだよ。だからとりあえず広い世界を歩き回ろうって話になって、最初にジョウトのシロガネ山に入ったんだよ」
「シロガネ山かあ……全く行かないなぁ……」
「浅い部分ならまだオーバー70やオーバー80級だけど、それじゃあ修行にならないって深層まで一気に踏み込んで、そこで数日過ごしたんだけどそこでボスが”野生はワンパターンでつまらない”なんて事を言い始めて、シロガネ山を後にしたんだよ。いやぁ、シロガネ山って修行に関しては凄まじい環境だと思うけど、トレーナーのいないバトルは読み応えがなくてつまんないらしかったわ」
「……うん、サカキらしいな、そこは」
そこからジョウトを出る事にしたのだ。もっともっと広い世界を見る為に。まずは港から船に乗り、
「ホウエンへと向かったんだ。ホウエンに到着したのはいいんだけど、ホウエンでシロガネ山ほど環境が狂っている場所はないし、伝説でも見ようかとグラードンとカイオーガを探したんだけど、海底のどこにいるかなんてわからなかったし、大した成果もなく、ホウエン地方は直ぐに去る事になったんだよなぁ。まぁ、道中であったトレーナー全員ぶっ飛ばす事は決して忘れなかったんだけど」
災花に出会ったのがここだ。
「で、直ぐにホウエンを出て、シンオウに向かったんだ。シンオウ地方では伝説のポケモンであるギラティナを見つけ、そしてボスと二人で勝負を挑んだんだ。これがまたアホみたいに強くて、手持ちもまったく揃ってない時期だったから俺もボスもあっさりと手持ち全滅させちゃってさ! ポケモンがなくなっても攻撃止めてこないから、予め用意していた銃火器で時間稼ぎしつつ、簡易転送機を使って控えのポケモンを引きずり出して、チームに分かれて野生のポケモンを捕獲しながら逐次戦力投入というゲリラもビックリな泥沼な戦いが始まってな……」
「それ、本にしたら売れそうだな」
「そしてその結果―――」
「―――はぁーい! つかまっちゃったー!」
テーブルの上にある影からギラ子が出現する、その片手にはフライドチキンが握られており、それを食べながらサムズアップを見せつけると、影の中へと潜り込み、そして背後に出現し、再び影の中へと潜って姿を消し、そして今度は股の間に収まるように出現して来る。本当に動きが自由、というか混沌としている。ポケモンマスターになれば言う事を聞いてくれる、なんて宣言しているが、それも怪しい所だ。
「って訳でこいつを捕獲したんだけど実力が足りないって全く言う事を聞いてくれない」
「ポケマスになって出直してこい」
「伝説ってそんなもんだよな……」
カントー伝説の三鳥、格的には準伝説クラスだが、それでもその戦闘力は伝説級にさえ匹敵する。カントーの事件において、この三鳥がロケット団の手によって暴走した時があるのだ。その事から軽い交流が一部のジムリーダーにはある―――たとえばカツラとファイヤーとか、サンダーとマチスとか、軽い付き合いがあるのだ。だから、まぁ、伝説に関するアレコレは良く解っているだろう。
「それで、まぁ、シンオウでギラティナ捕まえたのはいいけどこいつ従う気皆無だけどボスとしちゃあそれで大分満足したらしく? シンオウを一旦離れて、そっからイッシュやカロスの方へと向かったんだよ。イッシュからは俺もボスも連絡を取りつつ別行動って感じで手持ちの強化や補強とか、そういうのを考え始めて、自分だけのポケモンを探し始めたんだよーまぁ、ギラティナ戦みたいな伝説とのバトルはもうしなかったけど」
まぁ、その後は大体うろうろしていた。
「西から東へポケモンを探したり、見たり、どうやって育成させるか? 戦わせるか? とかいろいろ考えたりしてね。それが終わってパーティーが固まってきたらリーグや大会に挑戦したよ。こっちへ戻ってくる前にシンオウに寄ったらシロナを見つける事が出来たからしばらくはいっしょに行動して、バトルとかもして……んで帰って来た、って訳よ。わかっちゃいたけど、3年って短い短い。一つの地方に最低1年か2年は留まる時間欲しいわ」
「はぁ、羨ましい経験してるなぁ……」
そう言ってタケシが息を吐く。まぁ、基本的にジムから動く事の出来ないジムリーダーからすれば、他の地方へと遠征する事は羨ましい話だろうが、”知識”の部分でそんな事はない、とも思っている。
「たぶんだけど、数年中にイッシュかカロス辺りでジムリーダーさえも呼び寄せて行うトーナメントを定期的に開催すると思うから、そんな悲観する事はないんじゃないか」
「だとしたらいいんだけどね。新しいポケモンや戦術を見ているとどうしても試したくなってくる」
「ジムリーダーという立場は気に入っているが、出来ない事があるから不便でもあるからなぁ……」
ジムリーダーには色々と誓約がある。かなり高い給料、社会的地位が約束される代わりに街の防備、ジムトレーナーの育成、環境の保護等を義務として命じられている。だからたとえオフシーズンでジムリーダーとして振る舞う必要がなかったとしても、ジムトレーナーの育成や街の防衛の為に動けない場合があるのだ。そう考えるとジムリーダーという役割も面倒だと思う。魅力的な所はいくつかあるが、それでも自分にはやはり、トレーナーという立場が一番だ。トキワジムの門下生という手もあったが、そちらよりも此方を選んでよかったと思っている。
「で、どうだ? ポケモンリーグ、勝ち抜けそうか?」
「どうだろうなぁ……昨日の試合は若干ミスった部分もあるから、そういうミスを無しに何時も通り戦えれば……ってしか言いようがないわ、ほんとに。次の対戦相手は確か”加速パ”だっけな?」
「あぁ、全ポケモンが”加速”持ちで、”敏捷回避”持ちの超高速アタッカーのパーティーだったな」
加速パはシンプル故に隙の無いパーティーだ。ポケモンは早ければ早い程相手を上から叩く事が出来る。それはシンプルな話だが、この世界に”ターン制限”なんてものはない。加速すればするほど相手よりも多く動けるようになる。その結果、相手の一回の行動の間に二回、三回と動く事だって出来る。加速パはそれを狙ったパーティーだ。極限まで加速させ、圧倒的な手数と火力で何かをさせる前に勝負を決める。シンプル故に恐ろしく強いパーティーだ。
一般的な攻略法はトリックルームの展開だ。
だがポケモンリーグに出てくるレベルの加速パになってくると当然の様にトリックルーム対策をしてくる。たとえばトリックルーム耐性をつけるとか、或いはそれを解除する手段を持っているとか。方法は色々とある。
前試合の相手の手持ちはサメハダー、テッカニン、ペンドラー、メガヤンマ、バシャーモ―――そしてパーティーコンセプトに似合わないボスゴドラだった。ボスゴドラはおそらく受けポケなのだろう、と予想を付けている。まぁ、勝てなきゃどうにもならないのだ。絶対に勝つ。そう思いながら黒尾にビールを注いで貰っていると、
大部屋への扉が開く。
「遊びに来たよー」
「お邪魔しまーす」
「フライゴンはいないよな……?」
そう言いながら部屋にやってくるのは一部のジョウトジムリーダーズだった。
すっかりジョウト・カントージムリーダーの集いになり始めた会場の状態に笑い声を零しつつも、
夜は更けて行く―――。
ジムリーダーとは仲は良いよ。今は。今は。敵対する理由もないし。
というわけで次回はvs加速パ。
超速度を出す相手に対して、漸く視覚妨害とか考えなくていいから自由に回せる天候パが本領発揮できるか。
ベスト4入りできるかどうかはいざ、次回。