目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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ポケモンリーグ三回戦

 右手と左手に手袋を装備する。ロケット・コンツェルンで開発された最新鋭のグローブであり、ドラゴンの弾けるオーラに対して最大限の耐性を保有する素材で出来ている―――つまりはポケモンを殺して作ったグローブなのだこれは。ドラゴン・炎に耐性のあるマリルリから作られていると考えると少々ゾっとしないが、それでもサザラとアッシュを本気で繰り出す時、

 

 ―――俺の体が耐え切れない。

 

 先行充電、先行加熱。これのオリジナルが赤帽子のピカにある事は間違いがない。だがそこでは終わらせずに、サザラの能力を完全に開放し、出した瞬間から能力を完全に発揮―――ドラゴン属性を含む攻撃の威力を数倍に引き上げる為の工夫を生み出した。そこで参考にしたのがテラボルテージであり、赤帽子のピカの先行充電であり、そこから生み出されたのがサザラとアッシュの今の弾けるオーラだ。サザンガルドという固有の進化を経たサザラ、そしてメガリザードンZという全く新しく、そして唯一の進化を得たアッシュ。

 

 全力を引き出せるのはいいが、それに体がついていけない。

 

 その為にこういうサポートアイテムが必要なのだ。現状、此方の肉体の限界を突破するだけの能力を必要としているのはサザラ、そしてアッシュだけだ。伝説級を含めると唯一神も間違いなく必要とするし、ワダツミもそうだろう。伝説は従える事に命を賭けるが―――運用する事さえも、意思とは関係なく命を賭けるものだ。そしてそれは、現在のポケモンの中で、最強の領域に立とうとする者達にも言える事だ。

 

 立ち上がり、ゴーグルを装備しながら控室を出て、通路を歩く。

 

 そう、サザラやアッシュが悪いのではない―――俺が弱すぎる。それだけなのだ。だからこそ伝説を求めている、というのもあるのかもしれない。ギラ子―――ギラティナ、そしてルギアを見れば、捕獲すれば、屈服させてモノにすれば解る。彼女たちには力がある。加護がある。恩恵がある。それを手にすれば、たとえ才能のない人間であっても、異能を行使する事が出来るようになるのだ。ナツメには”一生能力に目覚める事はありえない”と評価される程の才能のなさだった。だが現実はどうだ、ギラティナを通して二律背反を発動させる事が出来るようになっている。

 

 それと同じように、きっと、どこかにこのまだ弱い体を、耐えられる程度には強くしてくれるポケモンがいるかもしれない。

 

 そうすれば、本気で彼女たちを戦わせる事もできる。

 

 ―――ポケモンバトルは一人の戦いじゃないのだ。

 

 トレーナーが勝ちたいように、戦おうとするように、ポケモンもまた闘争を求め、全力で戦う勝負を求めている。エリートトレーナーともなれば、使うポケモンは野生で捕まえるだけではなく、直接話をつけ、スカウトなんて事すらする。やる気のないポケモンは野生にだって返す。だから手持ちに残るのは純粋に闘争を求め、そして本気で戦おうとするポケモン達だけだ―――それは自分のパーティーにも言える事だ。アッシュも卵から孵したポケモンだが、本能的に闘争を求めている。そして、それには全力で応える。応えられた。

 

 故にこれからも、勝利と全力を求め続ける。

 

 ”本当の”ポケモンバトルとは華やかなだけではない、入りこんでしまったら抜けられない修羅道。

 

 それに自分は抜け出せない程浸かってしまった。

 

 勝利の快感を体が覚えてしまった。

 

 そして、

 

「―――うわああああ!!! 来たぞー!!」

 

「頑張れ―――!! 応援しているぞー!!」

 

「見せてくれ! お前の戦いを!」

 

「キャアア!!」

 

「負けるなぁ―――! 負けるなぁ―――!!」

 

 多くの人々の前で勝利する事の気持ちよさをも覚えてしまった。もう、この世界から抜け出せそうにはないのだ。体が麻薬を求めるかのようにポケモンバトルを求めている。スタジアムに出て、フィールドへと向かって歩くだけで興奮して来る。体に流れる血液がまるでマグマの様に沸騰する。頭は冷静に、しかし心は何時もよりも熱く、そして激しく闘争本能で燃え上がっている。

 

 もう、この快楽からは抜け出せない。

 

『―――さあ、ついに始まります準々決勝戦! 始まりますベスト8の戦い! これを抜ければベスト4である準決勝、そして決勝戦! あんなにたくさんあった試合も、段々と少なくなってきて実況としては寂しく思います! だが忘れてはならない、決勝で勝ち抜いたトレーナーにはポケモンマスターの称号を賭けて、四天王、そしてチャンピオンと戦う権利がある事を! そう、俺達のポケモンリーグはまだまだ終わらない! というわけで選手の紹介に移りましょう! と言ってもみんな、もうきっちり覚えてしまっただろう!?』

 

 歓声が爆発するように広がる。

 

『まず最初は加速パ使いのディーク! 特性の”加速”を発動させ、常に二段階ずつ速度を上昇させながら攻めてくるポケモンはこのポケモンリーグであっても二回行動を実現する程の恐ろしさだ! 超加速を経てからの剣の舞、そしてバトンタッチ! 教本にも乗っている戦術? 馬鹿にしちゃあいけない、”設置除去”に”状態異常無効化”と”交代耐性”をしっかりと完備!! こうなってくると止めようのない地獄だ!! 加速しきってから発生する二連続の攻撃! 暴力! 圧倒的暴力だ! ”しゃかりき”なんて必要ない! それを地で行くのがディーク選手のスタイルだ!』

 

 フィールドに到着し、反対側を見る。ロングコート姿のトレーナーが―――ディークが見える。

 

『それに対するは天候パ使いのオニキス! この二試合の活躍で、ついに”天災”、或いは”夜”という二つ名で呼ばれ始めているトレーナーだ! また、前の試合で試合中に全く新しい進化を成し遂げた事でも記憶に新しいだろう! そのスタイルはチェンジ・アンド・チェンジ! ポケモンそれぞれが出現と同時に天候変化を行えるように育成されており、それでいて”天候適応”や”天候強化”を身に着けている! 流れるように天候とポケモンを切り替える! 天候バトンを駆使した、最新鋭の戦術使いだぁ!!』

 

 右手にボールを握り、息を吐き、冷静になって思考をストレートに整理する。視線がディークと合う。言葉は必要ない。トレーナーの言語は戦う事のみ。それ以外の事を、このポケモンリーグでは必要としない。トレーナーがトレーナーと戦う為だけの場所なのだから―――それ以外は全て余計だ。実況と、そしてオーキドとウツギの解説を聞き流す。たぶん、このポケモンリーグで俺の天候戦術は間違いなく研究され、そしてメタパを組まれるようになるだろう。次のシーズンまでに、きっちりそのメタさえも貫通するだけの能力か、ポケモンか、或いは戦術を用意しなくてはいけないのかもしれない。

 

 が、今はそれを考えない。

 

 血が戦いを求めている。

 

『それでは試合―――』

 

 来るか、来るか、来るか―――。

 

『―――開始!!』

 

 ボールが手の中を滑り、そして導かれる様にポケモンがフィールドへと繰り出される―――当たり前の様に出現するのは黒尾であり、そして絶対信頼できる相方。黒尾が出現するのと同時に再びスタジアムが夜に包まれる。全く新しい天候戦術、このスタジアムでもまだ三回目にしかならない披露、天候どころか時間帯そのものが変わるという新しい環境にどよめきと感動の声がスタジアムに広がる。ある意味、”魅せる”事もトレーナーには大事な要素だったりする為、こういう事も必要だったりするが、

 

 そういう精神は完全に捨てている。

 

 対する相手のフィールドに出現するのは紅色の甲殻の様な服装を被った、二本の触角が特徴的なペンドラーの亜人種だった。ジョウトでもカントーでも全く見ないポケモン、やはりリーグになってくると他地方のポケモンも良く見るようになると思う。そう考えつつ、ペンドラーの特性をブリーダー的視点から加速だと見抜く。相手のタイプは虫・毒の構成、このまま戦うのは割と黒尾としては相性が良いが、何時も通りリズムを崩さずにバトンを回して行くのが最善だろう。

 

「では何時も通り、対策をされていないと楽でいいですね」

 

「そう……ね……本当に……そう……ね」

 

 黒尾がきつねびを浮かべ、そしてペンドラーがどくびしを撒いた。此方の交代に対するプレッシャーを与えるつもりなのだろうか? そう思いつつ、夜に適応した黒尾は防御力、そして特殊攻撃が上昇した。それを引き継ぐように闇の中へと溶けて行き、ボールの中へとバトンを渡す為に黒尾が戻って来た。それを受けて能力を次のボールへと渡し、そしてボールを交換する。素早くポケモンを入れ替えて登場させるのは―――月光だ。

 

「解除もお手の物で御座るよ」

 

 登場するのと同時に雨雲を発生させ、大粒の雨が降り注ぎ始める。降り注ぐ雨は一瞬で視界を制限する豪雨となってフィールドを満たし始める。それと共に設置されたどくびしが雨によって洗い流される。同時に、ルギアの、ワダツミの加護がただの雨を変質し始めさせる。水捌けの良いフィールドは豪雨だったとしても、水が溜まらない様な構造になっているが―――それを無視して水が溜まり始める。それこそ月光の膝までが完全に隠れてしまう、そういうレベルで水が溜まる―――いや、まるで室内かのように”浸水”し始める。

 

 濃霧の視界制限とは違い、此方は”移動制限”。水タイプか翼のあるポケモン以外であれば移動する事にさえ一苦労する環境の構築が完了する。設置の除去と共に登場した月光に対して、ペンドラーがその場で大地を踏みつけ、大地を揺らし、砕いた。地震攻撃に足を取られて月光が倒れるが、直ぐ様に体勢を整え直し、雨の中に紛れるようにボールの中へと戻ってくる。

 

 ―――交代しない? 加速パだろ?

 

 違和感を覚えつつバトンを月光からアッシュへと繋げる。先行加熱なしでの降臨である為、最高チャージ状態ではないが、それでもその降臨により、雨雲は裂け、道を開き、そして星天が浮かび上がる。登場するのと同時にほぼ白くなっている炎を口に溜めたアッシュはそれをVの字で放ち、超熱量でペンドラーを一瞬で燃やし飛ばした。敵を撃破した高揚感がアッシュの技後の能力下降をキャンセルし、星天に導かれる様に飛翔してボールの中へと戻ってくる。それを利用し、再びバトンを月光へと回す。同時に相手もペンドラーが倒れたため、それに対応する様に新たなポケモンを出す。

 

 出現するのは原生種のメガヤンマだった。出現と同時に加速し始めるその姿は姿をブレさせながら動くが、月光の登場と共に始まる豪雨に羽を押さえつけられ、僅かに速度を落としている。が、違和感を覚える。何かを、相手が何かを狙っているのは解る。だがそれが見えない。だけどできる事は戦う事だけだ。だったらそれを忠実に実行するしかないのだ。

 

「気を付けろ月光、なんか狙ってる」

 

「承知で御座る! といってもやる事は変わらんで御座るが」

 

 そう言って出現した月光は夜雨の中、みがわりを体力を削りながら生み出す。それに対応する様に高速で移動するメガヤンマが加速しながら羽を揺らし、そしてその音で生み出した衝撃波を飛ばしてくる。みがわりを貫通して攻撃を受けながら、再び雨の中に溶けるように、紛れるように月光が消えて行く。入れ替わる様に再びアッシュが星天を呼び出しながら出現する。現れたアッシュはメガヤンマを一睨みし、

 

 そしてVジェネレートを放った。

 

 超熱量が濡れていたフィールドを一瞬で乾かし、そしてスタジアムにさえ届く熱風を飛ばす。それを弱点を所有しているメガヤンマが耐えきれるはずもなく、これもまたバトンを渡す事なく一気に沈む。スタジアムに木魂するアッシュの咆哮が下降する能力をふきとばし、晴天の影響を受けて火力を上昇させる。それを引き継ぐようにバトン効果を発動させ、アッシュが星天を泳ぐようにボールの中へと戻ってくる。

 

「おかしい、”攻撃する意思がほとんどない”よ!」

 

「解ってる!」

 

 アッシュがボールの中に戻って来たのを確認しつつ、サイクルを蛮へと繋げ、星天を吹き飛ばして黒色の砂嵐を発生させる。大地を踏みしめながら登場する蛮が正面へと睨みを向ければ、そこに出現して来るのは鋭い牙を持った亜人種―――サメハダーの亜人種だった。フィールドに出現したサメハダーは嗜虐的な笑みを浮かべる。

 

「解らない? 何が起きているか理解できない? 理解できてもどうせ無駄だけどね! あははははは……!」

 

 砂嵐と擦れ合うサメ肌がガリガリと音を鳴らす。それを無視しながら直進し、蛮の拳がサメハダーを殴り飛ばす。吹き飛ぶサメハダーは即座に空中で体勢を整え直しながらハイドロポンプを放ち、それで蛮を攻撃する。月光の用意したみがわりを盾にし、ハイドロポンプを上手く流しつつ、その勢いに任せて砂嵐の中へと身を紛れさせ、そしてボールの中へと戻ってくる。ボールを交換し、スライドさせ、入れ替える。バトン効果で今まで発生した全ての上昇効果を持たせた状態で、次に繰り出すのはアッシュだ。

 

 星天を引き連れるように砂嵐を裂いて登場したアッシュが吠える。夜が砕け、星天が龍の咆哮の引力に引かれて落ちてくる。一瞬で無数の流星群となって夜は砕けながらサメハダーに襲い掛かる。だが加速したサメハダーはそれよりも早く、流星群が届く前に―――回避する事もなく、ハイドロポンプをアッシュへと叩き込み、そして流星群に巻き込まれて潰れた。響くアッシュの咆哮が天候を明るい昼の晴天へと変える。その日差しを浴び、滲む様にボールの中へと消えて戻って行く。

 

「戦い方が違いすぎる、まともに戦う気があるのか……?」

 

 口にするが、それはまずないと断言する。戦う気、勝つ気のない人間がここまで勝ち残ってくる事はない。ありえない。幸運だけで勝利する事はまずありえない―――つまり、確実に何かを狙っている筈なのだ。だがそれが全く読めない。ポケモンの順番に意味があるのか? それとも倒れている事に意味があるのだろうか?

 

 ―――!

 

「”さいごのとりで”かっ!」

 

「ッチ、流石トップブリーダーか……!」

 

 意図的にポケモンの数を減らすのは減らした事でアドバンテージが発生する場合にのみだ。バトンによってまわすパーティーが数を圧縮し始めたのだ。だとしたらその目的は解りやすい、

 

 最後の一匹にまで減らす事だ。

 

 その一匹が”超級”エースなのだ。

 

「クソッ!」

 

 黒尾をフィールドに出す。再び夜が展開され、それに合わせるように原生種のテッカニンが出現し、加速し始める。”さいごのとりで”と組ませて何かをしようとしているのは解る。だから即座にバトンタッチを使用し、黒尾からナイトへとポケモンを素早く入れ替える。そうやってナイトへと入れ替えた直後、

 

 テッカニンが輝き、それがナイトへと移り、テッカニンが落ちた。

 

 ―――おきみやげだ。

 

「めんどくせぇぇぇぇぇ―――!!」

 

なおー(嫌な気配だ)……」

 

 ナイトが何かをする前にテッカニンは瀕死になり、回収された。それに入れ替わるように出現するのはバシャーモだった。そのバシャーモに対して間髪入れずナイトが吠えるが、バシャーモはそれを耐え、そしてナイトへと接近して来る。やはり強制交代への耐性は持っていたか、と舌打ちしながらナイトに食らわせられるブレイズキックを耐えさせてから、夜の闇を通す様にバトン効果を発動させ、ポケモンを入れ替える。

 

 ナイトから蛮へと。

 

 砂嵐が発動する、再び天候適応で蛮の防御能力が上昇する。置き土産のせいである程度下降されたが、それでも防御系の上昇に関してはかなり高いランクにまで上昇している。何が来るのであれ、耐える。そして見極める。ダメージ覚悟で蛮を出し、そのままストーンエッジをバシャーモへと叩き込む。それを回避する事無く受け止めたバシャーモはとびひざげりを繰り出し、それを受けつつもカウンターに再びストーンエッジがバシャーモへと叩きつけられる。

 

 そして、バシャーモが倒れた。

 

 6:1、それが今の状況だった。ポケモンリーグでは滅多に見る事のない状況、普通に考えてありえないとも言える状況だ。だがそれは今、ここで、発生している。だがこうやって状況が出来上がり、バシャーモがボールの中へと戻った今、凄まじい嫌な予感が体中を駆け巡り、そして悪寒を発生させているのが解る。来る、間違いなく来る、

 

 極大の厄が来る。ゾクゾクと快感にも似た感覚を背筋に走らせながら予兆を感じさせ、

 

「―――良くやった。本来は決勝にまで取っておきたかったが、致し方のない相手だ―――逝くぞ、ボス」

 

 そう言って、ディークは繰り出した。

 

 ボスゴドラを。

 

 ―――それは体長7mに届く超巨大個体のボスゴドラであり、また天賦(6V)個体のボスゴドラでもあった。鍛え上げられた肉体が夜の砂嵐の中でも輝き、異様な不気味さを見せている。凄まじいまでの威圧感がプレッシャーとなってフィールドを支配し、そして一気に複数の特性効果が発動する。それを認識できたのはポケモンブリーダーとして、多くのポケモンを扱っているおかげだ。そして感じ取ったボスゴドラの特性は、

 

 ―――きんちょうかん―――ノーガード―――いしあたま―――さいごのとりで。

 

 登場と共に”きつねびを避けながら”出現したボスゴドラは”ハヤトのピジョットを超える速度”で動き、

 

 ―――俺や蛮が反応できる、指示を出す事の出来る速度を超えてもろはのずつきを”二回”繰り出した。

 

「蛮―――」

 

 反応したときには二回の攻撃を喰らって蛮が吹き飛ぶ最中だった。それを追撃する様にもう一発もろはのずつきをボスゴドラが叩きこむ。それを歯を食いしばりながら蛮が耐える。

 

「―――食いしばれぇぇぇぇぇぇ―――!!!」

 

 爪が拳に食い込む強さで握り締めながら叫んだ瞬間にもろはのずつきが蛮に衝突し、蛮が吹き飛びながら―――大地に着地し、体を引きずるように体勢を整える。四回だ、四回行動。四回攻撃してきたのだ、このボスゴドラは鈍重という領域を超えている。明らかに速度が異常としか表現できない。

 

 ―――それはまるで今までの他のポケモンの”加速”を全て奪ったような速さだった。

 

「かぁ―――!!」

 

 酸素を求めるように大きく息を吸い込みながら思考を超加速させる。焦り始める状況とは裏腹に思考はクリアになって、ドンドンと状況が停止する様にゆっくりに見えてくる。そうやって極限に思考だけが加速されたこの状況の中で、考えを巡らせる時間を強制的に生み出す。

 

 ただ最初に言いたい。

 

 ―――それありかよ!

 

 なんだそのボスゴドラ、復讐心だろうか? いいや、完全に復讐心亜種だ。散った仲間の上昇効果を引き継ぐ、或いは受け取る、そういう能力に目覚めているのかもしれない。もしくは”エースに対して加速を譲渡”という能力をポケモン達が持っているのかも知れない。そのままだと条件がガバガバのユルユルだ、おそらくは条件はもっと絞り込める。……ポケモンを倒さない事、それをトリガーにボスゴドラに”加速の集中”を行えるのかもしれない。これで敵の能力解析は終了、重要なのはここから、どうやって相手を倒すか、対策すべきか。

 

 今回の手持ちはどうなっている?

 

 黒尾、月光、ナイト、蛮、アッシュ、そしてクイーンだ。

 

 弱点は格闘と地面―――そう考えると蛮を攻撃の為に出したい。だが現状、蛮は既に瀕死だ、どう足掻いてもアタッカーとしての役割を果たす事は出来ない。こうやって考える時間を生み出してくれたことだけでも感謝しなくてはならない。この”超加速ボスゴドラ”を相手する事に関し、どうやって対策を施すか、それが重要だ。おそらくは黒い霧を出している余裕なんてない。月光の体力では黒い霧を生み出す前に落とされてしまう。だからステータスのリセットは望めないし、おそらく黒尾のみちづれも回避されてしまう。というかきつねびを回避するのはさすがに反則ではないだろうか? 設置技が設置技として機能していない。

 

 だが超級のエースである事は認めなくてはならない。

 

 ―――この戦いで重要なのは……出す順番と、そして速度の削り方だ。

 

 そう、速度の削り方。それを何とかしないとまず戦いにすらならない。間違いなく、”次に出したポケモンは技を繰り出す事さえできずに潰される”と言うのが見えている。唯一の例外はメガシンカして、他のポケモンを遥かに超える種族値を手に入れたアッシュになるだろう。アッシュだけがあのボスゴドラからの攻撃のラッシュに耐え切れ、反応できる。この稼げる一手で何をするか、という所が一番大事な所だ。えんまくか? いや、相手はノーガードだ。回避するという選択肢はあり得ない。ならば、

 

 相手の速度を下げつつ、此方の速度を上げて対処するしかない。

 

 ―――勝利へのラインを導き出す。

 

 ―――思考速度が通常の領域へと戻る。

 

「じならし!!」

 

「グルルギャアアアアアア―――!!」

 

 蛮が吠えるようにじならしを行う。振動する大地にボスゴドラが足を取られ、その速度が僅かに落ちる。その直後にボスゴドラがもろはのずつきで蛮を吹き飛ばし、ノックアウトする。お疲れ様、そう呟きながら蛮をボールの中へと戻し、それを次のポケモンへと―――アッシュへと繋げる。星天を呼び覚ましながら降臨したアッシュは強敵であるボスゴドラを睨み、

 

 そして反応できる前に二連続でもろはのずつきが放たれた。それを堪えさせながらアッシュの翼が大きく動き、三発目の頭突きが決まり、風が吹き始める。四発目の頭突きが決まり、狂風となって―――おいかぜが此方の陣地で吹き荒れる。吹き飛ばされるアッシュはそのまま倒れるかのような姿を見せ、

 

「エースの意地があるのよぉ―――!!」

 

 倒れるその直前、Vジェネレートを放った。攻撃を繰り出すボスゴドラを巻き込む様に放ったVジェネレートは一瞬で煉獄地獄を生み出すが、超加速を得てボスゴドラが範囲外へと大地を粉砕しながら逃亡し、僅かに火傷を負うのみでほぼノーダメージで潜り抜ける。そのまま、アッシュが力尽きる様に倒れる。第二回戦で驚異的な力を発揮したアッシュが一方的に倒れる姿に、会場が沸く。

 

「ドンドン詰めていく! 黒尾!」

 

「この状況であらば……!」

 

 登場と同時に黒尾が闇の中へと潜り込む。それは間一髪、ボスゴドラの攻撃よりも優先度の高い行動であり、一撃で葬られるのを回避する。そのままボスゴドラから離れた位置に出現させ、リフレクターとひかりのかべを黒尾が展開し、それを察知したボスゴドラが一瞬で反応し、防壁越しに黒尾に”三連続”のもろはのずつきを叩き込んで沈める。

 

「後は……お任せ……します……」

 

 ―――際どいか!?

 

 そう思いつつも、黒尾をボールの中へと戻し、そして流れるように次のポケモンへ―――月光へと回す。大雨を降らせながら浸水が始まり、ボスゴドラの足元が水没する。それは速度を上昇させても、その動きを制限する要素だった。

 

「これで見事お仕事完了で御座る!」

 

 直後に発生したもろはのずつき一撃で月光が目を回しながら沈んだ。全員、ちゃんと仕事を果たしている。そう思いながら、次のボールを、ナイトの入っているボールを手に取り、その姿を出す。

 

なお(さて)……なーおん(辛い所だな)

 

 ナイトの言葉に同意しても状況はどうにもならない。

 

 ナイトが出現するのと同時に速度差の問題で、ボスゴドラが三回連続でもろはのずつきを繰り出し、それでナイトを吹き飛ばすが、黒尾が張った防壁の恩恵もあり、それをナイトが耐える。そして耐え抜いて、ボスゴドラが四度目の攻撃に入る前に、ナイトが笑う。

 

なおー(任せた)!」

 

 たくすねがいによってナイトが瀕死になり、最後のポケモンへと―――クイーンへと意思と力が受け継がれる。ナイトをボールの中へと戻しながら、ボールを転がし、スナップさせ、そして自分の眼前にまで弾き上げる。

 

「俺に勝利を見せてくれ」

 

 弾き上げたボールを掴み、素早く薙ぎ払う様に開閉させ、その中に入っていた残虐の女帝をボールから繰り出す。

 

「クイーン!」

 

 繰り出された金色の亜人種は笑みを浮かべ、熱の籠った表情で小さく笑みを零す。

 

「あはぁ、これはこれは、削ぎ殺し甲斐のある獲物ですわね……!」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべながら登場したクイーンは登場と同時に斧竜のハルバードを放ち、浸水された空間をボスゴドラごと両断した。即座に水が流れ込み、空間は復活したが、そうやって切り抜いた動きで、ボスゴドラからノーガードが削り殺された。特性破壊で一番厄介な特性の破壊に成功した直後、ボスゴドラが超速度でクイーンの背後へと回り込み、

 

 一撃目のもろはのずつきを繰り出す。

 

 それにクイーンが超反応した。

 

 天賦殺し、異常個体殺し、天に愛された者を殺す、異なる色を持った珍しき者を殺す。

 

 ―――殺す。

 

 フライゴンさんに似た、特殊な存在への殺意―――フライゴンさん程は突き抜けてはいないが、それがクイーンの方向性になる。”自分よりも強い者、特殊な者を跪かせたい”という歪んだ性癖と趣向になる。なぜならそれが原因でクイーンは”自分と同じ群れにいて、一緒に育ってきた色違い天賦のオノノクスを殺害した”のだから。群れの情や絆よりも、そうして得られる悦楽と快感の全てを選んだ歪んだ倒錯者。それがクイーン。フライゴンさんとはまた違う意味でのヤバさを孕んだ生粋の殺人者。

 

 ボスゴドラという努力と才能と仲間に愛された怪物に対し、削り殺したいという気持ちが湧いて出る。その心が、シンクロしているかのようにクイーンから伝わってくる。故にその気持ちの手綱を握り、方向性をこっちで強引に握る。凄まじいまでのクイーンの精神力をこっちで無理やり握り、そして従わせる。そうして主導権を握ると、彼女は喜んで屈服して来る。

 

 故に動かす。

 

 ボスゴドラの動きに超反応し、ハルバードを使って飛び上がりながらすれ違いざまにかかっている強化を一つ、削る。アクロバティックな動きに反応したボスゴドラが追撃を回避する為に飛び上がりながらクイーンの頭上を取り、拳を振り下ろしてくる。それを予想していたと言わんばかりに拳を受け流し、首をハルバードで引っ掛け、

 

 回転しながら溺れさせるように頭を浸水した大地へと叩きつけ、押し付ける。

 

「ごめんねぇ……貴方達みたいに神に愛された者を見るとどうしてもぐちゃぐちゃにしたくなっちゃうのよ。はしたないかしら? でも私のご主人様はそれを許してくれるし、ならぐちゃぐちゃにしちゃっても問題ないわよね」

 

 ボスゴドラが水を吹き飛ばし、大地を砕き怒りに吠えながら立ち上がり、クイーンへと迫る。だが天賦殺しであるクイーンはそれを見切る―――長年、天賦と共に育ち、暮らした、だからこそその動きを、直感を、そして愛され具合を知っている。理解できる。理解してしまった。

 

 故に普通なままでは決して勝てないという虚しい理解を得てしまった。

 

 それが歪んだオノノクスを生み出した。

 

「さ・よ・な・ら」

 

 おいかぜ、浸水豪雨、そしてじならし。

 

 それが重ねられた事によってボスゴドラの速度は三倍速、三回攻撃レベルになったが、クイーンの対応能力と託す願いの上昇効果で二回攻撃クラスまでは抑え込める。そしてそこまでくれば、

 

 クイーンにとっては通常の天賦狩りと変わりはしない。

 

 かつて、一緒に笑いあった親友を狩った様に、

 

 ボスゴドラをハルバード(親友)で両断する様に一閃し、沈めた。

 

「主の夢に胸いっぱいの愛と敵の屍を」

 

 クイーンが言葉をそう響かせ―――戦いが終わった。夜が消え、雨が終わり、そして勝者に対する歓声が響く。荒く呼吸を繰り返しながら、このポケモンリーグで、戦ってきたポケモン単体では最強だった、と今のボスゴドラを評価する。

 

 これでクイーンじゃなくてサザラをパーティーに入れていた場合、間違いなく負けていた。

 

 この状況、クイーンだからこそ勝てたのだ。

 

 ―――公式戦に出せるように調整しておいて正解だったな……!

 

 安堵しつつ傍へと寄って来たクイーンが頭を出してくるので、それをしっかりと撫でてからボールの中へと戻す。敗北したトレーナーには何時もの様に顔を見せる事もなく、そのまま背中を見せて歩き去る。

 

 これで、

 

 ベスト4確定、

 

 ―――次の試合は、準決勝だ。




 バトン? 剣の舞ぃ? 相性ぉ? タイプぅ? 小賢しいわぁ!

 エースに全バフぶっ込んで攻撃回数の差で圧殺すればええんじゃあ!

 という加速パ、究極の裏ワザ。タスキは複数攻撃なので潰れるし、設置回避する上にノーガード完備なので逃げる事すら出来ない。7mのボスゴドラが音速で動いて突撃して来る姿はまさに悪夢。

 はやい、でかい、そして強いをシンプルに再現した一戦。

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