目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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契約

「ふぅ―――やばかったな、今のは……」

 

 息を吐きながらベンチに座り込む。背中を預けるように深く座り込みながら息を吐き、ミリタリージャケットを脱ぎ捨て、シャツも脱ぐ、上半身裸になったところで冷蔵庫から取り出したペットボトルを開け、上半身にぶっかけるように頭から濡らして行く。そこで控室の扉が開き、ラッキーが入ってくる―――口にマスクがついているのは喉を傷めてしまったのだろうか、お大事に。そんな事を考えながらバトルで火照った体を冷やし、そして疲れを抜こうとする。今の―――加速パとのバトルはやばかった。

 

 本当に一手間違えれば此方が敗北していた、そういう類のバトルだった。

 

 ラッキーにポケモンの治療を任せながら冷蔵庫から新しいスポーツドリンクを取り出し、それを一気に飲み干す。疲労を感じるも、体内に活力を満たして行くその感覚に任せ、数時間後の次の試合まで体力を回復させる事に努める。ふぅ、と息を吐き、スクリーンへと視線を向ける。スクリーンの中では準々決勝が繰り広げられている。この勝負の勝者が次の自分の対戦相手だが―――半ば、誰が対戦相手として出てくるか、それを自分は察している。

 

 半裸の格闘家に相対するトレーナーは―――車椅子をデリバードに押してもらっている老人―――ジョウトジムリーダー、ヤナギの姿だ。エースであるウリムーを使い、どの試合でも確実にウリムーで3タテを行ってきている。そして残りの3タテをデリバードでヤナギは行っている。

 

 つまり、ポケモンリーグ、全試合を通してたった2匹のみで勝利してきたのだ。

 

 気づいたら何時の間にか参戦していた、というのがヤナギの状況だ。あの男の事を考えるとポケモンリーグに意味なんてないのでは? なんて事を思うが、実際出場しているのだからどうしようもない。こんな状況では赤帽子を召喚してもけしかける事が出来ないし、公式戦の舞台―――つまりは次の対戦までは全く手が出せない。面倒な相手だと思う。見た感じ、ヤナギの怪我はほとんど完治している様に見える―――ホウオウの恩恵だろうか、例のトレーナーみたいに近くにいればある程度の恩恵は受けられる様だし、多分そうだろう。まぁ、それは置いておき、

 

 ―――ヤナギ対策は既に考えてあるし、済ませてある。そこまで心配する必要はない。

 

 モンスターボールから今回は戦闘に出さなかったサザラを出し、ベンチに座らせ、そして自分もベンチに寝転がり、サザラの膝を枕がわりに目を閉じる。

 

「ちょっと休む。誰か来たら起こしてくれ」

 

「うん、お休み」

 

 腿の柔らかい感触を感じつつ目を閉じる。こればかりはトレーナーの役得だよな、なんて事を思いながら直ぐに眠気を呼び覚まし、次の試合へと備えて眠りに入る。

 

 

 

 

 ―――それは古い記憶()だ。

 

 ポケモンバトルというものに初めて触れた。ポケモンとポケモンがぶつかり合う光景に感じたのは熱狂だった。凄い。言葉が足りず、他に表現する言葉がなかった。だから口から出た言葉は実に陳腐で、凄い。その一言だった。馬鹿みたいにそれを繰り返し、初めて操ったサンドを褒め、撫で、そして持ち上げては振り回した。感動的だった。ポケモンという生物が一生懸命戦い、そして上を目指す姿は。サンドは慣れているのか、実にめんどくさそうな表情を浮かべていたがただただ感動していた。今まで感じていた興奮の中で最高のものだった。まるで子供の様にはしゃぐ姿に門下生達まで笑いだしてしまったが、それでも悪意はなかった。

 

 良い場所だった、トキワジムは。

 

 トキワジムの門下生は純粋にボスの腕前に惚れ込んだ者か、或いはR団の関係者で成り立っている。だけど、純粋に強くなりたい、その気持ちに関しては誰もが共通していた。このトキワジムであれば最強のトレーナーを目指せるという根拠があったのは、ボスの背中を見てしまったからだ。そう、誰もが魅せられてしまったのだ、あの圧倒的な悪のカリスマに―――自分も、その一人だ。バトルを通して不器用に言葉以上の事を伝えようとする姿に憧れを抱いてしまった。だから、ポケモントレーナーとしての道を選んだ。

 

 そして、自分だけのポケモンを求めた。

 

 ジム用のサンドを捕獲用に借りて、門下生の一人からモンスターボールを貰い、トキワジムを走って出る。初めて捕まえるポケモンは何になるのだろうか。だがとりあえず、ポケモンと言えばピカチュウしかない。最初の相棒はアイツにしよう。そんな事を考えながらトキワジムから出て真っ直ぐトキワの森へと向かう―――少し前のトキワの森で酷い目にあったのを完全に忘れながら。

 

 初めて野生で会うのはポッポか? それともコラッタか? 古い知識がドンドン興奮と共に湧き上がってくる中、トキワの森へと続く薄い草むらの中で、

 

 ―――彼女と出会ったのだ。

 

 それは原生種のロコンだった。体は自分の知っているロコンとは違い、完全に真っ黒であり、見た時は色違いのロコンか、と思いもした。だが見ればそのロコンは体が傷だらけで、まるで嬲られたかのような傷でいっぱいだったのだ。

 

 モンスターボールを投げるまでの時間は短くなかった。

 

 初めて投げるモンスターボールを不恰好で、へたくそで、遅かった。今の姿と比べれば笑ってしまう程に情けない姿だった。だが、そうやって初めてのポケモンを―――ロコンを―――黒尾と出会ったのだ。

 

 先天的にデルタ因子を保有するロコンに。

 

 彼女をポケモンセンターに連れて行き、治療し、そして仲間に―――なんて事には簡単にならない。外界に対して敵意しか当時の黒尾は持っていなかったし、未熟でトレーナーという生き物のイロハすら知らない、バトルに魅入られただけの青年だった。だからぶつかった、怒った、怒鳴った、殴り合いさえもした。

 

 それは懐かしく、淡く、そして今もなお残る思いと願い。

 

 ―――オニキスという名前と、そしてポケモントレーナーの始まりだった。

 

 

 

 

「起きて、お客さんよ」

 

 サザラに揺すられ、目が覚める。素早く体を起き上がらせながら軽く体を伸ばし、そして疲れが抜けているのを確認する。これなら次の試合も十全にこなせるな、とそう確認しつつ、視線は控室の入り口、その扉へと向けられている。扉の向こう側に気配を感じるが……どうやら此方が起きるまでアクションは待っていてくれたらしい。起き上がり、何時でもダヴィンチを出せるように意識しつつ、どうぞ、と声をかける。

 

「―――失礼します」

 

 そう言って扉を開けるのはデリバードであり、その向こう側にいたのは車椅子に乗った老人の姿―――ヤナギだった。一応、まだ足には包帯が巻かれてあるが、それが本当に必要なのかどうかは解らない。だが目の前には敵がいる。……ここがポケモンリーグじゃなければ、間違いなく殺してやっただろうに。

 

「お久しぶりです……と言った方がよろしいでしょうか」

 

「やあ、やあ、ヤナギさん。レッド君とは戦えなかったようで残念で」

 

「えぇ、私も一度は最強のチャンピオンと呼ばれるレッド君とは戦ってみたかったのですが、運悪く怪我をしてしまいましたからね……まぁ、それでも何とかポケモンリーグには間に合わせましたが。少々惜しいものがあります。まぁ、その機会もポケモンリーグの後であればあるでしょう」

 

「えぇ、たっぷりとね」

 

 挑発する様な視線をヤナギへと向けるが、ヤナギはそれを受け流しながら飄々とした態度を貫く。これだから年老いたトレーナーはめんどくさいと思う。経験の差が違いすぎて全く相手の事を読めないのだ。一番相手をしたくないジムリーダーである事実に変わりはないのだ。隙を見せない様に気を付けながら呼吸し、そして視線をヤナギへと合わせる。既にサザラは何時で動ける状態になっている。

 

「で……どんな御用件なんでしょうか?」

 

「いえ、物騒な話ではありませんよ―――次の試合の事に関してです」

 

「負けろとでも?」

 

 殺気を突き刺すように言い放つが、ヤナギはそれを笑みで受け流し、顔を横に振って否定する。

 

「いえいえ、そんな剣呑な事を言っているのではありませんよ。正直、私と貴方で戦った場合、お互い奥の手まで切らざるを得ない状況となるでしょう。ですが本当にそれでいいのでしょうか? お互い、これを勝ち抜けば待っているのは決勝戦です。特に貴方にとっては大きな意味があるのではないですか? ですので、お互いの手札や消耗を抑える意味でも一つ、提案を持ってきたのです」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながらそう言うヤナギを疑うが、やはり何も見抜けない。面の皮が厚すぎて、自分程度ではまだまだ……といった所だろう。これがボスであれば、既に相手の意図を見抜いているのかもしれないが、自分には無理だ。

 

「で?」

 

「―――1:1の伝説対伝説で勝負を決めませんか?」

 

「は?」

 

 伝説対伝説―――ヤナギは―――仮面の男(マスク・オブ・アイス)はホウオウを保有している。この勝負はつまり、ルギアvsホウオウというジョウト地方の伝説対決を行おう、というヤナギの誘いでしかない。こいつ、正気か、と思わなくもない。ただそこでヤナギは言葉を止める事もなく、

 

「えぇ、ですがそれだけでは乗ってこないでしょうから―――この試合に勝てたとしたら、ホウオウの入ったモンスターボールを貴方に譲渡しましょう。ちなみに私はルギアを求める事はしません、当たり前ですが。えぇ、仮面の男とは別人ですし。えぇ、仮面の男とは別人ですしね、私は」

 

 ヤナギの後ろでしきりに頷いているデリバードがウザイ。

 

 片手で頭を抑え、そして考える。ヤナギの話を受けるメリットとデメリットは何だ? メリットは間違いなく手札を、切り札を温存できるという事にある。それはポケモンを入れ替える事が出来ないこのトーナメント形式のバトルでは非常に有効な手段だ、何せ、自分もまだ見せたくはない手札が存在するからだ。それを見せずに済むのであれば、それに越したことはない。それに、勝負に勝てればホウオウをヤナギから入手する事もできる。ホウオウに言う事を聞かせるには改めて戦闘を挑む必要があるが、それを抜きにしなくても、かなり魅力的な話だ。

 

 ではデメリットは? まず”ヤナギの話に乗る”という行動自体がデメリットだ。そして、相手の意図が全く見えていない為、何らかの形で相手の目的を達成させてしまう、という恐怖が存在している。だからヤナギが何らかの目的を持って話しているのに、それが全く見えないのが怖いのだ。

 

 ……だからと言って退く事は出来ないだろう、ホウオウの保護は間違いなく最優先事項だ。目的が何かは知らないが、ホウオウとルギアがヤナギの手元に揃わなければ、セレビィをどうこうする事もできないだろう。

 

「……スナッチボールとか持ってないよな?」

 

「スナッチ……?」

 

「知らないならいいんだよ」

 

 スナッチするわけでもないらしい。となると本当に解らないが、

 

「―――提案を受けよう。伝説の1:1だな」

 

「えぇ、ポケモンリーグ側にももう話を通しております。お互いに対等に伝説種を使うのであれば、問題はない、と」

 

 もう既に話をつけられていた、か。そう思い、頭を下げて去って行くヤナギの姿が完全に控室から消えるまで、ダヴィンチを何時でも出せる状態で待機し―――消えたところで息を吐く。

 

「……サザラ」

 

「大丈夫よ、ちゃんと去ってるわ」

 

「災花」

 

『悪い運気は見えないわね』

 

 ……本当に何が目的だったのだろうか? それは解らない。だが、

 

「ワダツミ」

 

 名前を呼べば近くの水溜り、ペットボトルの水が床に落ち、それが集まり、その中からワダツミが浮かび上がる様に出現する。

 

「お前の出番だ」

 

「ふん、我を十全に使いこなしてみろ」

 

 その姿を見てやれやれ、と息を吐き、そして頭を掻く。

 

 ホウオウが保護できれば、ヤナギ側の情報を入手する事もできるだろう。そうなればこれからの展開にも色々と望みが出てくる。だから今は、

 

 次の試合に備える。




 次回、伝説vs伝説

 お爺ちゃんアップしてたよ。情けない? かっこ悪い? 最後に勝てばいい、それがロケット精神である

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