目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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幕間:殿堂入り

 右手は包帯でぐるぐる巻き、体力を使いきって体がだるい。精神的にも疲れていてもう休みたい。それでも休む事はない。倒れる事はない。試合が全て終了し、そして終わったところで、自分の前に居るのはオーキド・ユキナリ博士であり、ここはセキエイスタジアムの地下になる場所にいた。アレ程場を熱狂させていた観客の姿はもうなく、ここにいるのはオーキドと、そして自分だけだった。半分、体を引きずる様にオーキドの後ろを追う様に進んでいる。

 

「まさかあの時のワルガキがこうなるとは儂でも予想できなかったぞ」

 

「いやぁ、もう九割がた足を洗いましたから」

 

「そこは十割じゃないんじゃな……」

 

 オーキドと軽く笑いながら地下を進むが、やがて口数は奥に進むにつれて少なくなってくる。この先にある物を理解しているからだ。自然と、緊張し始めるのは、ここに来ることの意味を理解している人間だからこそだ。ここだ、ここにきて、漸く、初めて、そのトレーナーは認められるのだ。永遠に。刻まれるんだ、その存在が。

 

 やがてスタジアムの地下通路を抜けた先に、カードキーでロックされた扉が見える。オーキドがそれをあっさりとカードキーで解除すると、中に入って行く。その姿に遅れないように中に入ると、少々広い部屋に到着する。その奥にはモンスターボールを九つ置くだけのスペースを持った、大きめの機械とモニターが見える。その前へと移動し、オーキドは足を止め、振り返る。そのオーキドの前、数歩離れた場所で足を止め、オーキドへと視線を返す。

 

「……正直に言うと物凄い迷った。本当に手伝っていいのか、許してよいのか。だが孫を見た。孫のグリーンはまだ若い、だが決して馬鹿ではない。その孫が信じ、助けようとしていた―――かつては敵対していたのに。あのグリーンがだ、闘争心とか、未熟の塊だったあの孫が、許して、そして助け合っていたのだ。それを見て、懐いているポケモンの姿を見て、儂は思った―――確かにかつては悪道に手を染めていた、だが今は、一人のトレーナーである、と。そしてその証明として見事にワタルに勝利してしまった」

 

 オーキドは一瞬だけ言葉を止める。

 

「……心の底から、本気でトレーナーとしてポケモンに、そして世界に向き合っている者にしかあんなバトルはできん! だから儂は信じ、考える事を止めた。そして、紹介しよう。これが、ポケモン協会が与える事の出来る、最高の栄誉―――”でんどういり”じゃ」

 

 オーキドが横へと退き、そして殿堂入りを行う為に登録するその装置へと、ポケモンを置けるように調整してくれる。その前に立ちつくし、静かに腰のベルトからモンスターボールを取りだす。九つ、マスターズチャンピオンシップに出場したポケモン達、その全てを登録する為のスペースがある。ゆっくりと最初のモンスターボールを、ダヴィンチの入ったそれを機械の上に置く。

 

『まさかこんな時が来るとはね……ま、これからは殺しの技ばかりじゃなくて、絵でも描いてみますか』

 

 アッシュのモンスターボールを置く。

 

『たぶん、私は一番恵まれているリザードンだと思う。ここまで育ててくれてありがとう』

 

 クイーンのモンスターボールを置く。

 

『大満足の日々でしたわね―――ま、これで終わらせるつもりはありませんわ。貴方と一緒にいるだけで、それだけで私の日々は十分に刺激的でしょうし』

 

 サザラのモンスターボールを置く。

 

『言ったでしょ、絶対に連れていくって』

 

 月光のモンスターボールを置く。

 

『まさに感無量で御座るな……これ以上、言葉が見つからぬで御座る』

 

 災花のモンスターボールを置く。

 

『これも運命……なんて言いたくないわね。間違いなく私達の努力の成果よ、こればかりは』

 

 蛮のモンスターボールを置く。

 

ガオー(なんか)……ギャオ(いや)ガーオー(言葉が見つからないや)……』

 

 ナイトのモンスターボールを置く。

 

なーお(ハハッ)なおーお(こいつは)なおー(素敵だな)

 

 ―――そして最後に黒尾の入ったモンスターボールを機械の上に設置する。

 

『ご主人様、これからも宜しくお願いします』

 

「あぁ、これからも―――」

 

 そう、終わりじゃない。これで終わりではないのだ。ポケモンを登録し、自分の記録を残し、永遠にポケモンバトルの歴史にトキワの森のオニキスという男の記録を残したのだ。だけど、決してこれで終わりではない。殿堂入りは果たした。ポケモンマスター・オニキスという称号がこれで、世界中に伝わる。共通のデータベースで永遠に、他のポケモンマスターたちと一緒に、最高の栄誉を受けた存在として記録されるのだ。

 

 でも、終わりじゃない。

 

 そう、これは始まりでしかない。

 

「おめでとう、これでポケモンマスターじゃな」

 

 殿堂入りの登録が完了し、モンスターボールを全て回収する。体がだるく、痛みで意識がチカチカする。それでも気分は最高だった。間違いない、自分は今、静かに、公式の世界における最強の称号を―――少なくともこの二つの地方における最強の称号を得たのだ。それに興奮しない男なんて存在しない。だから興奮している。この称号に、そしてこれから、踏みこむ事の出来る戦いの領域へと。そう、ポケモンマスターは終わりであり、そして始まりでもある。頂点とは孤独だ。強さは孤独を生み出す。

 

 強すぎるトレーナーは―――殿堂入りを果たす様なトレーナーは、もはや通常のバトルでは満足が出来なくなる。

 

 そういう連中ほど公式試合から外れる。今、自分も、間違いなくその領域の住人になっている。そしてこの世界の住人になって、漸く戦う事の出来る存在がある。軽くオーキドに感謝を示す為に頭を下げ、ぼろぼろの体を引きずる様に殿堂入りの間に背を向ける。

 

「なんじゃ、もう行ってしまうのか」

 

「……ポケモンバトルが俺を待っている。約束が俺を待っている。あの子がやぶれた世界で俺の事を待っているんだ。いい加減、首輪を付けて俺の所有物だって示してやらないと安心できない馬鹿なんだよ。それにシロガネ山でライバルを待たせている。ずっと前から予約していた一戦なんだ。風邪を引く前に決着を付けなきゃいけないんだ」

 

 あぁ、そして、

 

「―――恩返しをしたい人がいるんだ。まだだ、まだ俺は戦う。ポケモンバトルって修羅道の真っ只中なんだ。止まれる訳がない。止まれないんですよ、博士。もう、血肉が新しいバトルを求めているんだ。可愛い女の子を見る事よりも、これから戦う事を考えた方が興奮するんだ」

 

「見事に業にハマっておるのう……が、儂は止めん。儂も若い頃はそういうもんじゃった。行け、最も新しきポケモンマスターよ! この世界は広く、そして未知で溢れている! 故に戦いにも満ち溢れている! その渇きを間違いなくこの世界は満たしてくれるじゃろう、行くが良い、ポケモンマスター・オニキス、約束を果たすんじゃ!」

 

 振り返る事なくはい、と答えて歩きだす。

 

 殿堂入りは終わった。

 

 だけどこれは始まりでしかない。

 

 ポケモンマスターの称号を背負い、

 

 一時の休息を経たら―――始める。

 

 今までの全てを、”オニキス”が重ねてきた全てを清算する為の戦いを、

 

 それを漸く、始める事が出来る。




 という訳で幕間。オーキド博士も若い頃は修羅勢でした、というお話。短めというか何時もの半分ぐらいしかないのは幕間のお約束。次回は休息回。それ系を1~2話はさんだらたぶん、予想通りの対戦です。

 赤帽子との因縁も、ボスとの関係も、ギラ子との戦いも、

 結局は全てR団という繋がり、称号を被っていた時に出来てしまったわけで、

 ポケモンマスターになって、新たな顔を得てそれと漸く向き合えるのはなんなんでしょうねー……。

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