目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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コミュニケーション■■■■■

 治療の為にあまり体を動かす事が出来ない。その為、ゆっくりと我が家で静養している―――といっても暇なものは暇なのだ。連日連夜、知り合いが訪ねてはパーティー状態になっている。しまいには知らない人までやってくるが、流石に追い返している。全く知りもしないのにいきなり遠縁の親戚だといって来る輩までいるのだから、色々と笑いたくなってくる。これがポケモンマスターだ。”表”の世界における最強のトレーナーの証。たとえ違う地方であっても、新聞のトップを飾る様な出来事なのだ。特に今年は他にポケモンマスターが生まれる事もなかった。この世界で、今年に生まれたポケモンマスターは自分一人だけだ。

 

 今年最強のトレーナーだと言っても良い。あやかりたい者は多いだろう。

 

 毎日どんちゃん騒ぎをするのもいいのだが、それでも疲れる所はある。何より、この先、やらなくてはならない事がある。その為に体の治療、これを終わらせないといけない。恐らくこれが本当の意味で最後の平和なのかもしれない。そう思いながら育成エリアの一角にある巨大な湖へと来ていた。月明かりが照らす夜の闇は馴染み深く、湖の畔、巨石の上に座って風を感じていると、涼しさが体を撫でる。ポケモンリーグのシーズンは終わってしまった。もうそろそろ冬がやってくる。

 

 冬になったらシロガネ山は更に厳しい環境となる―――バトルするには辛いが、ふさわしい環境とも言えるだろう。

 

 息を吐きながら小さく、白く染まる息を見た。もうこんな季節だったか―――季節が移ろうのは早い。そりゃあもう24歳になってしまった、というもんだ。いや、25歳だったか。誕生日をよく覚えてはいないが、大体数えればそれぐらいだったかもしれない。いや、割とそこらへんは本当に曖昧なのだ。多分23から25ぐらいなのだ。もう、年齢とかを気にするようなものでもないが。

 

 この体や顔だって、割と18、19の頃からほとんど成長していない。まるで若さをそのまま保っているかの様な感覚は、おそらくはこの世界由来のものかもしれない。湖を眺めながらそんな事を考える。どうでもいい事ばかりだ。だけど、この世界で生きるのだ。オニキスという男はここで生きている。だからこれからも、そう言うくだらない、どうでもいい事ばかりを考えるのだろう。上位世界とか、異世界とか、ゲームだとか、

 

 もう、忘れよう―――忘れた方がいいのだろう。本当の故郷の事は。

 

「どーしたの、オニキスちゃんっ!」

 

 後ろからの軽い衝撃に振り返れば、そこには何時も通り、幼い少女の姿をしたギラ子の姿があった。服装は何時も通りのドレスの上からロングコートという恰好であり、改めて確認すると本当にアンバランスな格好をしていると思う。そんなギラ子はよいしょ、と声を発しながら横に詰めてくる様に座り、此方の左腕を取ると、足を絡めるように全身で抱きつき、頭を頬へと寄せてくる。その姿を見て、苦笑を零す。

 

()り合うまで逢わないもんだと思ってたんだけど」

 

「まぁ、別にそれでもいいんだけどさ、オニキスちゃんが念願のポケモンマスターになったからさ、それを祝わないのは薄情じゃない? 引きこもりが基本の伝説種でも渡世の縁を無視するのは流石にアレかなぁ、という事で祝福しに来たのよ。という訳でおめでとう、オニキスちゃん。まさか、ほんとうにここまで来るとは思わなかったよ。いや、本当に」

 

「おい」

 

 左腕を引き抜こうとするが、それなりに強い力で抑え込まれているのか、逆に股の間へと手を引き込まれる。こいつ、と思いながら何か言おうとして―――やめた。まだ殿堂入り後、というかワタル戦後の疲れが体から抜けていない様な感じもする。結構アレは体力と気力、双方ともに消費したのだ。文字通り、魂を四天王の四連戦から叩き込み続けた。だから、割と燃え尽きている状態なのだ、今は。これが回復さえすればすぐにでもギラ子の相手をするのだが、とりあえず、今はテンション的に無理だ。だから溜息を吐き、落ち着き、湖へと視線を向ける。

 

 湖の中央ではラプラスの親子が優雅に水面を泳ぎながら、歌っているのが聞こえてくる。風と静かな波の音にラプラスの歌声を聞き、今の、この時間を肌で感じ取る。そして思う。

 

「なあ、ギラ子。お前、結局俺に何を求めてるんだ」

 

「うーん……」

 

 ギラ子はそこで悩む様な声を漏らし、そして小さく苦笑しながら首を捻った。

 

「解らないや」

 

 ギラ子へと視線を向ければ、困ったような様子の彼女の姿が見える。ギラ子はそのまま、どうなんだろうね、と小さく呟く。

 

「私はね、オニキスちゃん。むかーしむかーし、創造主様に生み出された頃はね、結構な暴れん坊だったんだよ。でね、かなり暴れていたせいでパルキアとディアルガをキレさせちゃって、その結果、世界の裏側に追放されちゃったんだ。まぁ、正直自業自得だって今は思うよ。自分が暴れちゃったことが原因だし。ちょこーっと人類を七割殺したぐらいで大げさだなぁ、とかも思ったりしたんだけどね」

 

「七……割……?」

 

「そこは流してよ」

 

 いや、まぁ、ギラティナというポケモンは戦闘力は高くはないが、”虐殺”が得意なタイプなポケモンだ。伝説種といっても一長一短、それぞれで特徴が違うのだ。たとえば命を司るホウオウは生命を与える事が出来る為、生き延びる事に特化している。ルギアは海の守り神である為、防戦を得意としている。ギラティナは反物質と裏側の世界の王である為、理の支配を得意としている。そういう風に、伝説には特徴があり、ギラティナは戦う事よりは殺す事を得意としている。反物質―――つまりは反転した物質を生み出されるのだから、生物にとって有益なものを反転させれば、一瞬で究極の害悪が生み出せる。

 

 それをばら撒くだけでたくさん人を殺せる。

 

「まぁ、そんな訳で私は押し込まれたのよ、”やぶれたせかい”に。あそこは私が表の世界を観察しながら創造した私だけの王国―――なんだけど、やっぱり反物質の理で構築しているせいか、知っての通り、おかしな世界になっちゃってね。で、そこにいる間もやる事はずっと、パルキアとディアルガの尻拭い。あの二人が時間と空間のバランスを崩壊させたら、それを調整して、修正する事をずっとずっと繰り返してきたわ」

 

 まあ、と言葉が置かれた。

 

「疲れちゃった。ここ数百、数千年はパルキアもディアルガも出現していないから平和だけどね。それでも長く、裏の世界にいるとドンドン削がれていくのよ。心とか、思い出とか、自分が何だったのか、とか。徐々に削れて行く感覚もぶっちゃけ、どうでも良いって感じだったのだけれどね……それでも時間の感覚のない世界、ヒントも何も残していないのに、急に人間が二人も姿を現すもんだから驚きもしたわ」

 

 ギラ子はそう言って笑った。

 

「最初は本能的に戦ってたわ。でも次第に意識を取り戻して、そして本能だけじゃなくて自意識を取り戻した時、一番最初に見たのが―――」

 

「―――俺だった、という事か」

 

 ギラ子がゆっくりと頷く。

 

「いやぁ、ほんとうに驚きだったわよ。私の知っている人間といえば力を見せれば怯え、群れないとどうしようもない存在で、災害の前には伝説に祈らないとどうしようもない存在だった。なのにどうしてだろう。私の前に立っている人間は自分の何十何百分の一しか生きていない小さな存在なのに、立ち向かって来る。手段を選ばずに、闘争心を向き出しに、まるで負ける気は一切ない、それを証明するかのようにオニキスちゃんはサカキちゃんと一緒に、私を倒したわよねー……」

 

「アレで本調子じゃなかったとか言う凄まじい新真実にオニキス君衝撃が隠せません」

 

「―――嘘つき、本当は倒せるって確信しているクセに」

 

 ギラ子がそう言って、ぎゅぅ、っと腕を抱きしめてくる。ギラ子のその言葉に応えられる訳がなく、開いている右手で軽く口の端を掻いて黙る。ワタル戦に向けた一ヶ月。アレは何も四天王とワタルだけに対するトレーニングだった訳じゃない。ギラ子―――ギラティナ、レッド、そしてサカキに対する準備を行う期間でもあった。だから、ギラティナ戦の準備を、ポケモン達は完了させている。後は自分だけ。自分の体力と怪我が治れば、何時でもギラティナ戦を開始出来る状況なのだ。

 

「ディアルガとパルキアは一体どうしてるのかしらねぇ……私、やぶれたせかいから出てきてずっとこっちで遊んでるけど、あの連中、そろそろ私がいなくなったことに気付くんじゃないかしら」

 

「いや……まだ平和なんじゃないか? 数年後はたぶんギンガ団? なんて連中に利用されそうだけど、今ん所まだ結成されていないらしいし、平和にやってるだろうよ」

 

「あら、まるで先を知っているかの様な言い方ね」

 

「聞いて驚け、俺は何と神の視点を持っている男なのだ」

 

「へぇ、じゃあ神の視点から明日の晩御飯は何かを言ってみなさいよ」

 

「神にもできない事はあるんだ……」

 

「だらしのない神様ねぇ」

 

 小さく笑いながら、湖を眺める。先程まで歌っていたラプラスの姿はもうなく、その代わりにファイアローやピジョット達、大型の飛行ポケモン達が湖の畔でゆっくりと羽を休める姿が見える。穏やかな時間だと思う。平和だともいえる。そしてこの景色は、ほんとうに美しい。カメラでも持って来ればよかったと思う。ポケギアを持ってくるのも忘れてしまったし。ほんとうに勿体ない。この世界は、ほんとうに美しいもので溢れている。この景色だけでも素晴らしいのに、普段はそれを余裕を持って見れないのが残念だ。ある意味、今回はこうやって怪我をしたおかげで余裕が生まれたのかもしれない。

 

「なあ、ギラ子」

 

「うーん?」

 

「アルセウス滅ばねぇかなぁ」

 

「一応最強の伝説なんだからそーゆー言い方は止めなさいよ」

 

 小さく笑う。

 

「……まぁ、少しは感謝しても良いか」

 

 息を吐きながら後ろへと倒れる。それに合わせてギラ子が倒れてくるので、その姿を左手を抜いて、抱きとめて、そして硬い岩の感触を背に、夜空を眺める。ほんとうにこの世界は、美しい。この光景を守るだけの価値はあるのだ。もはや”現代”からは失われ、そして永遠に見る事のない、幻想と自然と、そして科学の混ざった世界。きっと、この世界には守るだけの意味が、そして価値が存在しているのだろうと思う。いや、存在している。確かに価値があるのだ、この世界には。

 

「なあ、ギラ子」

 

「なにかしら」

 

「俺、この世界が好きだわ。愛しているわ、この世界」

 

 そう聞いて、ギラ子は小さく笑う。

 

「そう、私も今は大好きよ、この世界が。でもそこ、私の事が好きだって言ってくれたらもっと嬉しかったんだけどね」

 

「まぁ、それは俺が首輪を付けたら言ってやるよ」

 

「期待しておくー」

 

 そう言ってギラ子は笑い、そして思う。

 

 この世界が、自分は好きだ。ポケモンマスターになれて漸く、胸を張ってそう言う事が出来る。道を間違えたかもしれない。未熟だったかもしれない。だけど、それは全部乗り越えてきた。かつてはロケット団だった―――だけどもう、ポケモンマスターとなった以上、それを名乗る事も出来ないだろう。だから終わりだ。ロケット団の幹部候補、オニキスはもう終わり。

 

 ここからはポケモンマスター・オニキスの時間。

 

 悪ガキの時間は終わりで、ここからは大人にならなきゃいけない。

 

 ポケモンマスターの称号は決して軽くはない。ポケモントレーナーの代表という立場なのだ。だからこの称号を得た者として、相応の振舞が要求される。相応の覚悟が要求される。そしてここに立つからこそ、漸くできる事がある。ロケット団の団員である限りは、絶対に部下という関係だった。だからその関係がこうやって終わった今、

 

 あの人と、俺は対等だ。

 

 対等にただのトレーナーだ。

 

「全部終わったらさ、どうするかなぁ、って考えたんだわ。ポケモンマスターになって、お前ぶっ倒して、レッド倒して、んでボスも倒して―――それで俺の物語は終わり。そう考えていた。でも駄目だな。考えるとドンドン欲が出てくるわ。あーしたい、こーしたい、もっと、もっと……そう考えちまう。この世界の事が好きだからさ、放っておけないわ」

 

「で、どうするの?」

 

 そうだなぁ、と呟く。きっと、ポケモン協会からチャンピオン就任の要請が来るだろう。これを2シーズン、或いは3シーズンぐらいは受けても良いと考えている。だけどオフシーズンは基本的に暇だ。だからその間は自由行動が許されている。その間に、

 

「……ちょっくら、世界を救って回るか。足はおまえがいれば十分だしな」

 

 具体的に言うとマグマ団にアクア団、ギンガ団、フレア団、プラズマ団とか、色々とめんどくさい事をやっている集団をかたっぱしから潰して行く。ロケット団流ではなく、ポケモンマスターとして、正面から堂々と。そして伝説達が目覚めない様に、彼らの活躍する日が来ない様に、潰して回る。それは最低限、真実を知る人間としての義務だろう。

 

「ま、全部は勝ってからのお話だけどな」

 

「そうだね。勝ったら、だね」

 

「あぁ……」

 

 静かに鳴き声を夜空に響かせるホーホーやヨルノズクの声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。

 

 ―――少しだけ、大人になった様な、そんな気がした。




 コミュニケーションギラティナ

 悪ガキの時間は終わった。頂点に立つという事は責任を得る事でもある。強くなった、勝った、それで終わりじゃないんだな。与えられた権利、栄誉、それに見合うだけの振る舞いが要求されるのは当然の事。

 という訳でなんかイチャったのでまた次回。

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