目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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シロガネ山

 黒尾から受け取った茶碗の中にはたっぷりと豚汁が注がれてある。といっても純粋な豚ではない―――ブーピッグの肉だ。この世には食用のポケモンというものが存在する。今食べているブーピッグの豚汁もそうだ。まぁ、世の中には高級料理でもミルタンクステーキや、ケンタロスステーキなども存在するのだ。食用ポケモンもしっかりと存在する。ともあれ、体を温めるのにこの豚汁は最適だ。美味しいし、温かいし、腹に溜まる。黒尾の料理スキルもしっかりと上達したなぁ、と首を傾げながら此方へと視線を向ける黒尾を見る。何でもない、と答えながら箸を片手に、豚汁を啜る。空腹だった腹の中が満たされて行く。箸で豚汁の具を口の中へと流し込みながら、空っぽになった茶碗を黒尾へと渡し、お替わりを貰う。

 

「どうですか? ちょっと味噌を変えてみたのですが」

 

「少し前よりも味濃い目になったよな」

 

「えぇ、味が濃い方が好きですよね?」

 

「うむ、だから余は満足じゃ」

 

 くすり、と笑わせながらお替わり分を黒尾から受け取り、視線を黒尾から外し、横の方へと向ける。自分の今の居場所は決して温かく、そして居やすい自分の家ではない。自分は今、持ち運びに便利な小型スツールの上に座っており、それを置いている大地は岩肌だ。冷気が常に入口の方から流れ込んでおり、真っ直ぐと一番の光源である入口へと向ければ、白い世界が広がっているのが見える。軽くだが雪も降っている状況、あまり外を歩くのは賢い選択だとは言えない。そう、ここはあのモーモー牧場とエンジュシティの間にある我が家などではなく、そこから遠く離れた地、

 

 ―――シロガネ山だ。

 

 吹雪から逃れる為に一時的な逃げ場所として穴を開け、小型の洞窟を”ひみつのちから”で作った。ホウエン地方の”ひみつきち”と同じ理論だ。お蔭で吹雪から逃れ、休むのはそう難しくはない事になっている。ただそうやって入口の方へと視線を向けると、嫌でも視線に入ってくる存在がある。それはドレスにロングコート姿のアンバランスな格好をしている少女の姿であり、その首にはレザー製の首輪が装着されている。その首輪からは白金の鎖が装着されており、首輪からまるでリードの様に鎖がのびて、垂れ下がっている。元々ははっきんだまだった鎖だ。約束を守る為にプレゼントをする事に決めたのだが、はっきんだまに持ち物を占領させるのもばかばかしいため、ギラティナというポケモンがオリジンフォルムとアナザーフォルムを自由に変形する為に必要とするはっきんだまをアクセサリーに加工したのだ。

 

 これを指輪とかにしなかったのは、文字通り首輪と鎖をプレゼントすると約束したからだ。

 

 本人はここ一週間、ずっと嬉しそうにああやって鎖をいじったり、首輪に触れているし、問題はない。

 

「ギラ―――」

 

 豚汁を飲みながら名前を呼ぼうとして、止める。今はもう、ちゃんとしたニックネームを与えたのだった。ポケモン、ギラティナが創造される際に、デザイナーによってイメージ元にされたのは三つの説がある。一つはオピオーンという蛇の神、もう一つが冥府の神ハデス、そして最後に、

 

「おーい、ツクヨミやい、外はどんな感じよ」

 

 ツクヨミ、それもまたギラティナのモデルとなっているらしい。名前自体は罪を意味するguiltyと白金を意味するplatinumを合わせてギラティナらしい。が、ここは個人的に元日本人、現カントー人として馴染み深い日本の神話から名前を取って、ツクヨミとニックネームを付けた。まぁ、この世界、日本神話も北欧神話もギリシャ神話も、そういった神話体系は”全て伝説のポケモンが引き受けている”為、自分の知っている神話は存在しない。だから、まぁ、ツクヨミも、ワダツミも、カグツチも、

 

 この世界の人間からすれば”不思議な響きの聞いた事のない名前”という風になるのだ。

 

 ちょっとだけ、得した気分になれる。

 

「んとね―――」

 

 鎖を弄って遊んでいたギラ子―――ツクヨミが此方へと両腕を広げながらくるくると回り、そしてポーズを決める。捕獲されてからえらくハイテンションな状態が続いている為、特にツッコミを入れる訳でもなく、そのまま豚汁を啜りながらツクヨミの方へと視線を向ける。

 

「吹雪は大分収まってきたよ。少なくとも先程まで吹き荒れていた”殺人的強さの吹雪”はもうないよ。オドシシの群れとギャロップの群れが近くを通ったけど敵対する意思はないから見逃しておいたよ。一回、百級のバンギラスが数体ほど此方を睨んでいたから、動き出したら襲いかかってくるかもしれないから注意しておいてね」

 

「んじゃ、動くなら今って事か」

 

 豚汁を一気に食べ終わりながら、茶碗を料理するのに使った鍋の中へと入れて、そしてツクヨミが展開する異空間の中へと収納する。冒険をする上で荷物の制限というものは非常に面倒なのだが、ツクヨミが、ギラティナが保有する異空間へのアクセス能力はここら辺、非常に便利だ。やぶれたせかいでは”劣化しない”という特性が存在する。まぁ、これはあくまでも無機物に対する特性なのだが。お蔭である程度こういう食器とかを放置してもこれ以上ひどくはならない。使い捨ての食器を使っているならそのまま廃棄して、ゴミ箱を見つけたらそこで捨てられるし、かなり便利だ。

 

 ツクヨミによって快適な旅が約束される。

 

 ただし、その力自体は使おうとは思わないが。

 

「うっし……じゃあ進むか」

 

 服装は何時も通りのミリタリージャケット姿―――カグツチの加護のおかげで寒さは感じず、肉体が常に寒さから保護されている。また、逆の環境でもワダツミの加護が体を守ってくれている為、大体どんな環境でもこの恰好のまま、歩き回れることが約束されている。それでも靴は登山用のスパイクブーツに変えてある。ともあれ、展開した料理道具などを全て仕舞ったら、黒尾をボールの中へと戻し、そしてその代わりに災花を繰り出す。最高の運命力を保有するポケモンである災花は、適切なルートを道が存在しないこのシロガネ山で導いてくれる。ツクヨミに関してはそのままだ。GSボールは内部からの干渉を否定するモンスターボール、彼女をその中へと仕舞えば、彼女の能力を持ってしても外へと出る事は出来ないだろう。だから、今まで通りに自由にしている。

 

 首輪と鎖を与えた今、もう、俺から離れる事はないだろう。

 

「そんじゃ、道案内頼んだぜ」

 

「任せなさい。……と言っても勘任せなんだけれどね」

 

 雪が顔にあたっても平気なようにゴーグルを装着し直し、ポケギアの電池が十分に残されているのを確認し、ポケギアのオートマッピング機能を稼働させ、災花を先頭に休憩していた秘密基地から出て行く。全員で秘密基地から出たところで、視線を周りへと向ける。今は冬、冬のシロガネ山だ。周りの景色の全てが雪の白色に染まっており、足元を制限している。ポケモンに乗って空を飛べばあっという間に山頂へと到着する事が出来るのだろうが、それじゃあ意味がない。

 

 ―――シロガネ山はチャンピオンに対する試練なのだから。

 

 ポケモンを使って移動すれば簡単に移動できるだろうが、シロガネ山の意味はポケモンとトレーナー、その両方を心身共に鍛える事にある。だから空を飛んで移動するなんて事をすれば、修行にはならない。過酷な環境を己の身で踏破しようとするから、肉体的に成長する事が出来るのだ。ある意味、チャンピオンクラスが、ポケモンマスタークラスの人間が、普通の環境ではなく、この大陸でも最も過酷な環境で肉体を鍛える為の場所なのだ。山頂へと近づけば近づく程レベル100のポケモンは増え、奇襲や徒党を組んで殺しに来るし、酸素は少なく、トレーナーの体力を奪い続けてくる。

 

 だからチャンピオン、ポケモンマスタークラスの人間のみが入山を許される。それだけの実力があれば、ポケモン一体でも群れからの攻撃を切り抜ける事が出来るからであり、殺意に対して殺意を突き返す事が出来るからだ。

 

 ―――今、この瞬間の様に。

 

 頭上から、岩肌を突き破ってバンギラスが襲いかかってくる。だがその奇襲を察知していた災花が瞬間的にキーストーンと反応しメガ化しながらバンギラスよりも早く行動し、先制を奪ってその頭を掴み、片手でその重量を投げとばし、出現した瞬間のバンギラスへと叩きつける。バンギラスとバンギラスが衝突し、吹き飛ばされている間に新たに出現したバンギラスが一直線に襲いかかってくる様に接近して来る。それをメガ化で強化された災花の脚力が捉え、じゃれつくが三体目のバンギラスへと命中し、確定された急所への一撃がバンギラスを容赦なく穿ちながら一撃で沈め、吹き飛ばす。

 

 穿たれたバンギラスが吹き飛ぶ前にその姿を災花が掴み、残ったバンギラスと、そして新たに出現した八体のバンギラスへと掴んだバンギラスを向ける。

 

「かかってくるならこいつを殺してから、こいつを殺したように貴方達を殺すわ。一匹ずつ、確実に狩り殺してからサナギラスとヨーギラスまで狙って狩るわよ。勿論関係のない他の群れのもね、私達には見分けがつかないし。もし生き残ったとしても、他の群れはとばっちりを喰らった結果、貴方達を恨むでしょうね―――」

 

 災花の言葉に襲い掛かろうとしていたバンギラスの群れが動きを止め、そしてゆっくりと後ろへと、雪の中へと消えて行くように下がって行く。それを見た災花がバンギラスを投げる様に解放し、メガ化を解除する。統率のとれたバンギラス達の姿が消えるまで眺めてから再び、災花を先頭に歩きだす。

 

「あいつら、元はどっかの手持ちだったかもな」

 

「あぁ、妙に鍛えられていた個体があったもんね」

 

 ツクヨミの首輪の鎖を左手で握りながら歩きつつ、答えてくる。あのバンギラスの判断は早かった。どこかで”長”が隠れて指示を出していたのだろうが、普通、群れとはいえ、野生のポケモンはあそこまで素早い判断を下さない。厄介な事に、”厳選”を行っているトレーナーがバンギラスを野に放ったのかもしれない。

 

 現状、厳選はまだ法律スレスレの行為なのだが、近いうちに違法になる。

 

 というかさせる。

 

 俺がポケモン協会に打診したから。

 

 厳選で要らなくなったポケモンの野生化、解放、そういうポケモンは妙にトレーナーに反抗的だったり、殺意が高かったり、”トレーナー殺し”に目覚めたりと、面倒な未来を生み出しやすいのだ。だから、厳選によるポケモンの野生化、どこかで止めなきゃいけないのだ。

 

「……大分寒くなって来たな」

 

 口から吐く息は大分白い。寒い寒いといいながら身を寄せて、姿をオリジンフォルム―――つまりは大人の姿へと変えて、左腕に抱きついてくる。その瞬間に災花が軽く振り返って睨むが、ツクヨミは気にする様子もなく幸せそうに表情を綻ばせている。捕獲してからこいつ、大分色ボケしてきたかもしれないなぁ、何て事を思いつつ、

 

 シロガネ山を昇って行く。

 

 着実に、木々が少なくなり、降雪量が増えて行き―――そして減って行く。環境が今まで雪が降る岩山だったのだが、曇天の中へと突入し、周りが良く見えない、霧がかかったような環境へと変わって行く。寒さは一気に上がり、そして雪は降るというよりは”停滞”している様になる。シロガネ山、その上層を包む雲の中へと突入したのだ。シロガネ山の不思議な環境と合わせ、雲の中で雪は落ちる事無く、浮かんで、停滞しつつ流れるのだ。そして一定の大きさになったそれが重量によって、下へと向かって落ちて行く。

 

 そんな不思議な光景が繰り広げられている。

 

 予め持ちこんでいたランタンの光を光源に、薄暗い雲の中を先も見えずに歩いて行く。だが災花には道が理解出来ているのか、足を止める事無く、先へと進んで行く。

 

「―――感じるわね」

 

 左腕に抱きついたツクヨミがそんな事を言ってくる。何を感じるか、何て言葉を聞く必要はない、そんなもの、自分でさえ理解できるから。

 

 ―――近くなって来た。

 

 災花が先導する道を進んで、一体どれだけ時間が経過したかはわからない。

 

 だが段々と、雲が薄れて行くのだけは理解できた。

 

 少しずつだが、制限されていた視界がまた開けて行く。ゴツゴツとして岩肌が剥き出しになり、雪が段々と少なくなってくる。シロガネ山のその頂点は、雲を突き破っている。その為、雪が降る事のない、そんな場所になっている。だから着実にその頂点へと到着しつつある、というのが感じられるその感覚と共に理解していた。

 

 そして、あまりにもあっさりと、雲を抜けた。

 

 バンギラスで学習したのか、或いは災花を恐れたのか、野生のポケモンが襲いかかってくる事はもうなかった。だから道は楽と言ってしまえば楽だった。いや、それとも、

 

 剥き出しのこの闘志故に、近づけなかったのかもしれない。

 

 滑ったり転んだり、落ちたりしないように気を付けながら進んで行けば、横には雲海が広がっているのが見える。その絶景を横にしつつ、そのままシロガネ山の山頂を目指して歩いて行く。ここまで来るともはや災花の案内は必要ない。戦いに備えて災花をモンスターボールの中へと戻しつつ、ゆっくりと、足取りを確かめる様に先へと進んで行く。

 

 気づけば、ツクヨミの姿も消えていた。

 

 或いは空気を読んでくれたのかもしれない。

 

 そう思いつつ、先へと進んで行けば、道は一つになり、上へ、上へと向かって進んで行く。そうやって前へと進んで行けばやがて、テーブル型の大地が上に広がっているのが見える。そこへと向かって歩き、登って行けば、

 

 ―――シロガネ山の山頂に到着する。

 

 まるでポケモンバトルを繰り広げる為に広がっている、広大な大地は雲海を超えて広がっており、この世で最も高い場所にある、バトル用の場所なのではないかと思わせる。空気が少なく、少し運動しただけで息切れするこの天に届きそうな場所、

 

 入口の反対側に、一つの姿が立っているのが見える。

 

 赤いジャケットにジーパン、赤い帽子を被った少年の姿だ。ただし、少年という言葉には不釣り合いなほどの凄まじい闘気を、闘志を感じさせるものがあり、もはやそれだけでその意思は、言葉は完結していた。

 

 誰かが彼の事をこう表現した。

 

 ―――原点にして頂点、と。

 

 ”初代”のポケモンマスターであり、数々の偉業を達成した”リビング・レジェンド”と評価される最強のポケモントレーナー。

 

 公式戦において不敗、勝たなくてはならない勝負では絶対に負ける事のないトレーナー。

 

 レッド、僅か10歳という年齢でポケモンマスターに至った最強のトレーナー、最強のポケモンマスター。

 

 レッドの赤帽子姿を見て、相対する様に、この大地の反対側に立つ。

 

「よ、待たせたな」

 

「……」

 

「えらく気合が入ってるじゃねぇか」

 

「……」

 

「まぁ、そうだよな。今更語る言葉もねぇわよな」

 

「……」

 

 レッドは口を開かない。別に、完全に無口だという訳ではない。人並みではないが、それでも話す事の出来る少年だ。ただ、それ以上に今、彼は闘志でその存在を漲らせていた。勝つ、勝ちたい、絶対に勝利する。その意思で溢れていた。それだけ、此方の存在を意識してくれているという事実でもあった。涙が出そうな話だ。

 

 だから語るべき言葉は一つ、

 

「―――お前の持ってる最強の看板を奪いに来た」

 

「……」

 

 その言葉に、レッドの表情に笑みが浮かんだ。

 

 これ以上、言葉は必要ない。

 

 互いに、全く同じタイミングでボールを握った。同時に構えた。

 

 レッドの握るボールから電撃が夜空を照らす程に溢れ出し、荒れ狂う。絶縁グローブに無効化されながらも、振り上げた瞬間、溢れ出す電撃が一気に絶縁グローブの許容量を超える。元祖、先行充電。エースにして不動の先発。彼が一体何を繰り出そうとしているのか、そんなもの確認しなくたって解る。合わせる様に一番信頼し、此方の不動の先発を繰り出す。

 

「―――行け、ピカ!」

 

「―――行け、黒尾!」

 

 電撃が絶縁グローブを粉々に粉砕し、モンスターボールを粉砕しながら、レッドの原生種ピカチュウであるピカが全身に電撃を充満させ、超充電された状態で登場し、相対する様に九つの尻尾を陽炎の様に滲ませながら揺らす黒尾が登場する。その状態でレッドと正面から睨み合う。

 

 ―――ポケモンマスターのレッドが勝負を仕掛けてきた。




 ゲームでも自分から勝負を仕掛けても、相手から勝負を仕掛けてきた事にあんるんだよね。ともあれ、デレデレなギラ子、改めツクヨミさんは放置プレイな方向で。

 次回、vs原点にして頂点。BGMはレッド戦おなじみのアレがいい感じです。

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