目指せポケモンマスター   作:てんぞー

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新たな挑戦

 クルクル、クルクルと手の中でボルサリーノ帽を回す。それがゆっくりと回転し、やがて勢いを失って手の中に落ちてくるのを眺め、軽く溜息を吐きながら黒尾の尻尾の中へと身を沈める。何だかんだで最高級のソファよりも、黒尾のこの尻尾に埋もれている方が遥かに心が安らぐ。いや、そういう風に高いクオリティが残る様に育成しているのは自分なのだが。地味に余裕があるなら毎日ブラッシングしているし。まぁ、つまりなんだ。快適な環境にはそれなりの苦労が必要であり、そしてそれだけの苦労を費やしているから黒尾の尻尾は最高だ、という事だ。ぶっちゃけ、一日中何もせずにこの中に埋もれている事だって出来る。それぐらいに気持ちが良い。

 

 というかやる事がない今、それぐらい出来る。

 

「いや、流石にそれだけ無為な時間の消費は止めなよチャンピオン……」

 

 視線を埋もれている尻尾の中から持ち上げて、正面へと視線を向ければ、見た事のある金髪のバンダナ姿が見える。それがマツバである理解するのに数秒理解し、そしておぉ、と声を零す。そう、そうだった。今の自分はチャンピオンだった。チャンピオン・オニキス。一週間前にサカキと戦い、敗北し、その後、ポケモン協会からチャンピオン就任の打診を受け、受理し、

 

 そしてジョウト・カントーを代表するトレーナー、チャンピオンとなったのだ。そしてその直後が面倒だった。就任の発表、挨拶、取材、そういうイベントを乗り越えた後はポケモン協会から見合いをしないか、と申し込みが煩いのだ。連中、優秀なトレーナーの遺伝子は後世に残すべき、後はトレーナーの代表に人間の嫁がいないのは少子化を加速させる原因だと、結婚と見合いを進めてくるのだ。まぁ、

 

 あのワタルでさえ結婚しているのだ。たぶん、俺もどこかで結婚する必要はあるのだろう。

 

 愛なんて最初はなくても、一緒にいる内に生まれてくるだろうし。ともあれ、とりあえずはマツバへと視線を向けてから、再び尻尾の中へと沈みこむ様に目を閉じようとして。

 

『いや、寝ないでよ』

 

「こいつ! 直接脳内に……!」

 

 マツバが能力を馬鹿な事に使うので思わず完全に目が覚めてしまった。軽く欠伸を漏らしつつ上半身だけを持ち上げ、そして此方へと視線を向けるマツバを見る。軽く頭の裏を掻き、もう一度だけ欠伸を漏らしてから、

 

「んで、マツバさんこんな所でどうしたんだよ」

 

「いや、一応おとなりさんだから様子を見に来ているんだけど……寧ろ此方からすればどうしたの? って感じなんだけど」

 

「あー……まぁ、ちょっとした燃え尽き症候群かな……」

 

 一言で言えばそんなものだろう。燃え尽きた。その言葉が正しい。この世界へとやってきてから約八年間。それだけの時間が経過してしまった。子供が大人になるには十分な時間だし、世界を知るには十分すぎる時間だ。そして、ケジメと清算、”儀式”が終わったのだ。あの日、あの場所で、サカキと戦った。八年間で培った全てを叩き込んだ。それでも勝てなかった。勝てなかったのだ。紙一重というレベルだが、それでも勝てなかった。

 

 でも、それでも嬉しかった。

 

 サカキという男は、まだオニキスの憧れでいてくれた。

 

 ……だけど、それでも終わってしまったのだ。あの一連の戦いは、全てあの儀式の為。……オニキスという青年を、本当の意味で”本物”にする為の儀式だった。今まで背負ってきたものを引きずり、恩返しする為の時間は終わってしまった。これで、漸く、自分は前へと進めたような、そして本当の意味で個人として認められたような、そんな気がする。明確にこの世界で生きていると、自分で断言できるようになった。そう、俺はこの世界で生きる。生きている―――生きて行く。死んで、土に埋められるその瞬間まで、この世界で生きるのだ。

 

 未練も後悔もある―――だけど立ち止まらない。振り返らない。俺はこの世界の一部なのだから。この世界で生きるトレーナーの一人で、チャンピオンなのだから。逃げない、立ち向かう。そして生きる。数多く存在する人の内、その一人として生きるのだ。そして、ついにそれを終わらせてしまった。長年の成果、あっけなく、終わってしまったのだ。そりゃあもう燃え尽きる。燃え尽きた。だから少しだけ疲れてしまったのだ。

 

「目的も、やりたい事も、やらなきゃいけない事も解ってるもんさ。つかこの後でやる事ももう決めてある。手持ちの再育成を始めなきゃ次回のポケモンリーグでサイクル対策施されてくるから、新顔増やしたりで色々やらなきゃいけねぇ……でもなぁ……なんつーか……やっぱ燃え尽き症候群だわ。ここに来るまで全力疾走し続けてたからか、マジで疲れたわ。しばらくは休暇を取ってあるし、ゆっくりするわ」

 

「割とマジっぽいね」

 

 近くのソファにマツバが座る。そこで部屋の中にメイド代わりに使っている亜人種のハピナスが入ってくる。ピンク色のフリルのエプロンドレス姿のポケモンはマツバにホットレモネードを運んで、それを受け取ったマツバが片手でホットレモネードの入ったマグを掴み、此方へと溜息を吐きながら視線を向けてくる。

 

「まぁ、休暇を取ってあるなら別にいいんだけどさ。一応、カントーとジョウト代表だって自覚を忘れないでよ?」

 

「わぁーってる、わぁーってる……あーあ……アルトマーレにでも行こうかなぁ! 水の都ぉ! アルトマーレぇ! あそこ、ラティオスとラティアスがひっそりと暮らしているんだよな」

 

「サラっと口から幻のポケモンの情報が漏れるのは流石としか言いようがないよね……あ、そういえば準伝説は三匹とも逃がしたんだっけ?」

 

「まぁな」

 

 エンテイ、ライコウ、スイクンの事だ。ジョウト三犬に関しては野生へと帰した。というのも、元々エンテイを捕獲した理由はジョウトにおける足の確保で、今はツクヨミ、ワダツミ、カグツチが揃っている為、必要がなくなったし、スイクンとライコウも完全に必要のない犠牲だったからだ。それに、あまり伝説を独占しすぎるのも良くない。何かがあった場合、独占していたらバランスが崩れてしまう。誰かが外部で保有していた方が、運命が”回りやすい”ものなのだ。

 

 まぁ、ツクヨミは絶対に手放さない予定だし、ワダツミとカグツチ―――ルギアとホウホウに関してはポケモン協会から管理の任務を受けている。凶悪すぎる性能を保有する伝説のポケモン、現状、手持ちの10体だけで完全に伝説を討伐できるのは俺だけだ。となると、協会側としても管理できる人間に伝説は管理させておきたいのだ。というわけで、あの二体に関しては手放したくても手放せない。

 

 まぁ―――ゴールドとシルバーが大きくなって、伝説を従えられる格を得たら譲る予定だ。

 

 なにせ、あの二匹は本来、金と銀の手持ちとして仲間になる存在だったのだ。それが、一番自然な形だろうとは思っている。

 

「正直、チャンピオンってもっと気楽なもんかと思ったけど、予想外にめんどくせぇわこれ。アイツが断った理由も解るわ」

 

「そうなのか?」

 

「おう。チャンピオンってのはその地方における”トレーナーの代表”、或いは”ポケモンマスターという象徴”だからな、ポケモン協会が私生活に気を付けろ、嫁を持て、規範であれ、とか色々とちょっかいかけてくるんだよ。それがウザくてウザくてさ―――まぁ、他の地方のチャンピオンを見れば解るけど、大体無視してるんだけどな!!」

 

「し、してるんだ」

 

 妖怪アイス狂い―――シロナをみりゃあ大体それぐらい解るだろう。あとダイゴ。チャンピオンというのは文字通り”頂点”の存在だ。そんな存在がまともであるはずがない。ポケモン協会としては全てのトレーナーの見本となる人物がチャンピオンであってほしいが、そんな奴がチャンピオンになれるはずがない。だから、まぁ、基本的にチャンピオンというのは好き勝手な生き物だ。自分らしく、ただそれだけなのに恐ろしく強い。だけどそれでいいのだ。なのでポケモン協会からのコールは大体ぶっちする予定である。

 

 ここら辺、シロナやグリーンから教えてもらった。やはり、持つべきは友人である。

 

「まぁ、それでもボチボチ弟子でも作ろうかとは思うけどな」

 

「ジムリーダーだとジムトレーナーがいっぱいいるから、そこらへん悩まなくてもいいんだけどね」

 

 マツバの言葉に小さく笑う。チャンピオンの義務の一つには”技を伝える義務”、つまりは弟子を取って育成するという義務がある。勿論、他のチャンピオンも普通に従う事はなく、好き勝手やっているのだが、ここは素直に自分で人材でも発掘して、そして弟子を育成しようかと思っている。何だかんだで、自分が今まで育ててきた技術、見つけたノウハウ、

 

 それを誰かに伝えるというのは、ほとんど足跡が存在しない世界に、自分が生きた証拠を残す様で、嫌いじゃない。

 

「あー……だるぅ……ふぅー……」

 

「ほんとうに気が抜けてる感じだね」

 

「まぁな」

 

 ほんとうに、色々と区切りが付いたから。だから、こう、色々と気が抜けてしまっている。サカキからも息子を頼むと言われた以上、こまめに顔を見に行く予定だし、それ以外にも色々とやりたいことはある。そう、やりたいことはあるんだ。まだまだ、やりたいことがたくさんある。だからここは終着点ではなく、ただの通過点でしかない。人生というものはロングランで流れ場、大きなイベントを多数保有した通過点の連続でしかない。死んで、漸く終点を迎える事が出来るのだ。その終点にしたって最近はツクヨミやらカグツチ、ワダツミの連中が素直に眠らせてくれるかどうか怪しい。

 

 割と真面目にこの世界、人間が死んでも幽霊になったり、幽霊型ポケモンになったりして蘇るケースがあるのだ。

 

「なあ、マツバさんや」

 

「なんだいチャンピオンさんや」

 

「……俺が死んだ場合の蘇生率ってどれぐらいかなぁ」

 

「100%じゃないの?? なんか、こう、既に……まぁいいや」

 

「時間を取って説得する必要あるなぁ、やっぱ……」

 

 伝説の三人とは後日、ゆっくりと時間を掛けて話し合おう。惜しまれながらもふもふな尻尾の中から体を起き上がらせ、体を伸ばす。たっぷり数時間尻尾の中に埋もれていただけに、割と体に調子が良い。この尻尾、気持ちが良いだけじゃなくて、炎ポケモンが元となっている黒尾のせいか、体を芯から温め、血行をよくしてくれるのだ。こう見えて、ぐだぐだしつつ体の健康はちゃんと保っている、というか最近体の被害を無視して活動しすぎなので、超回復に頼らず治療していたのだ。

 

 名残惜しそうに体に絡みつく黒尾の尻尾をはがし、彼女をボールの中へと戻すと、コンコン、と部屋に続く扉が叩かれる。

 

「お、来たか。入って良いぞ」

 

 そう答えると、扉が開き、再びハピナスの姿が見える。ハピナスが横へと退くと、扉を通って見覚えのある赤帽子姿がやってくる。近づいて来た赤帽子―――レッドと軽くハイタッチを決め、拳を合わせる。そこからマツバへと視線を向け、軽く手を振る。

 

「そんじゃ次のシーズンまで確実に戻ってこないと思うから。ウチの管理に関してはハピ子さんに一任してるから、施設使いたかったら一言ハピ子に宜しくな」

 

「いや、いやいやいやいや、待て。何処へ行こうとしているんだ。というかレッド君まで一緒だし」

 

 レッドが無言でサムズアップを向ける。まぁ、考えられる限りの最強戦力だ。

 

「個人的にもカントーやジョウト以外の地方に行きたかったしね、オニキスの誘いは渡りに船だったんだよ」

 

 という訳で、旅のメンバーは自分とレッドの二人、手持ちはリーグで使った面子にフライゴンさんとツクヨミを加えた合計十一体という大所帯だ。まぁ、今回の旅には新しい面子を―――スタメン発掘という意味もあるし、再育成をする為でもあるが、それ以上に一つ、

 

 元日本人、■■としての最後の義務を果たす為の旅でもある。

 

「君達、これから一体何をする予定なんだ?」

 

 サカキのボルサリーノ帽―――あの戦いの後でサカキからもらったそれを被り、ゴーグルを取る。まぁ、まだ使える場面もあるかもしれないが、このゴーグルはある意味でも”子供の象徴”だったものだ。だったら、これからは外すのもありだろうと思う。

 

 ミリタリージャケットも外し、その代わりにハピナスのハピ子さんが持ってきた白色のロングコートを装着し、簡易的な着替えを完了させる。新しい旅には着替えが必要だ。気分の一新という意味でも。だからこれからはこの恰好がメインだ。ちょっとだけ、ボスの姿を真似ているのは秘密だ。

 

「アルトマーレでちょっと観光してから、シンオウ、イッシュ、カロス、ホウエンって回る予定。完全に回り切るには数年必要かな? って僕とオニキスで思ったんだけどね、そこまで急ぐ旅じゃないし」

 

「ま、なぁに、ちょっと未来の主人公の仕事を奪うだけさ。フレアもギンガもプラズマもマグマもアクアも必要ねぇからな。ちょっくらピンポイントに悪の組織を潰して回るだけだよ。結成されていねぇのが幾つかあるから、ちょちょいと面倒な部分もあるけど……まぁ、ポケモンマスターが二人揃えば何とかなるじゃろ」

 

 それを聞いていたマツバが一瞬だけ動きを止め、そして苦笑する様に笑みを浮かべて、

 

「あんまり、やりすぎて協会の方に怒られない様にね」

 

「善処します」

 

「考えておく」

 

 男三人でそこで軽く笑い、窓の外に広がる晴天を眺め、笑みを浮かべる。

 

 そう、終わらない。物語は死で完結する。それは人生の絶対だ。だから、俺の物語は終わらない。まだここでエンディングを向かえない。ゲームと違って、クリア後のシナリオを終わらせても、それで終了を迎える事はない。この世界で、一人のトレーナーとして生きる、そんな何でもないどこにでもある様な日常が続くのだ。

 

 だからこそ、全力で生きる。

 

 これが、最後の義務だ。

 

 この世界に生きる人間としても、見過ごせない。”主人公”はもう、必要ない。

 

「さて、新たな旅を始めますかぁ―――!」

 

 ポケモンマスターになっても―――冒険に終わりはないのだ。




 長い間お付き合いありがとうございました。これにて完結です。

 次回であとがきになりますので、そちらの方で色々と制作に関する話や、裏話、今後の展開に関してはなそうかと。

 ただやはり、続編の”ホウエン”編に関しては未定です(数日後一次帰国予定

 とりあえずは、オニキス君の恩返しとケジメの物語は一旦終了です、みなさんお疲れ様でした

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