大を漏らした俺の軌跡
俺は
董家の嫡男として生まれた俺は
当時、曹家が持つ私兵はたかだか知れていた。当然、将軍としてのポストも限られるわけで、若くして将軍と呼ばれる俺は嫉妬を買いやすかった。
ジジイとババアがいつまでも権力握って世代交代しない事を老害とも言う。その点では俺が仕える家は健全な方だと言えた。
子供の頃は神童だ、龍だともてはやされたが、俺以上に曹嵩様の息女である曹操様は若くして天才だった。
「カルタゴ軍が行ったのは、外線作戦における典型的な包囲ね」
「内線作戦としての有利性もあったのですが、トラシメス湖やカンネーの戦場に話を限定すると側翼を延伸させていれば包囲は避けられました。要はローマ人の指揮・統制がメタウルスで逆転するまで学習せずアホだったと言う事ですね」
戦場で敵を殺す事に疑問を抱かない。戦いを生業とする武官や上に立つ者なら当然だ。流された血は大地に染み渡り作物の栄養となる。いずれ俺の口に入るかもな。
「ガウガメラの大王についてもう一度聞かせ欲しいわ」
曹操様は戦の話がお気に召したようで、俺が教える戦術、戦史をどんどんと吸収して行った。こちらとしても教えがいのある優秀な生徒で良かった。
ある時、曹操様に声をかけられた。
「惇亭、珍しいお茶が手に入ったから貴方も一緒にどうかしら?」
「ありがとうございます、曹操様」
私室の棚に並んだ書は、秦や六国の時代の物で、今では貴重な物と言える。
歴史とは後世の者が好きに書く者だ。
貞淑な妻が実は淫乱で義理の息子と通じ王を弑虐したとか、兄が妹に手を出しその夫を前線で戦死させたとか色々とある。
お茶を飲みながら古代の合戦談義をする事はよくあった。俺としても話が合う相手は楽しい。だが今回のお茶には仕掛けがあった。
大切な会議中、猛烈な腹痛を感じた。脂汗を浮かべながら離席の許可を求めた所、曹操様が笑みを浮かべて俺の方を注視していた。
(ま、まさか……)
恐ろしいことを平然となさるのが曹操様だ。先日も、盗みを働いた家人を納屋に閉じ込めて焼き殺した。あの時の豚の様な悲鳴は忘れられない。
「ぐっ!」
激痛を堪える俺から曹操様は視線を離さない。やはりあのお茶はなんらかの物が入れられていたと確信できた。
知った時には手遅れだ。ブッシャアアアアとぶちまけられた汚物を残して俺は自室にダッシュした。
曹操様の爆笑する声と皆のざわめく声が背中越しに聞こえた。
「うわあああああああああ」羞恥心から叫んでいると外から声をかけられた。
「カツオ、話がある。入っても良いか?」
顔面をボコボコにされた曹操様を連れて曹嵩様がやってこられた。曹操様は俺の大人びて悠然とした態度を崩してやりたかったそうだが、やりすぎだ。
曹嵩様は娘の仕出かした事は万死に値すると謝罪され、娘の首を差し出すとまで言われた。
「頭をあげてください」
首なんか貰っても正直、俺の恥は消えない。その事を伝えると代わりに嫁にくれると言ってきた。
「惇亭、ごめんなさい」
涙目で謝罪する曹操様と俺の年の差は6歳。年齢的には許容範囲だが、俺の心の傷は消えない。
正式な婚姻は年頃になってから、その時に本人の自由意思でと決め婚約関係に留めた。それまでは嘘で皆幸せになれる。最後に逃げ切れば俺の勝ちだ。
曹操様は婚約したのだから真名を呼べと言ってきた。だが俺は首を縦にふらない。
「妻となるまでその名は軽々しく呼べません」そう言って言い訳をしておいた。真名なんて預けられたら、信頼を裏切る様で人の道に外れる。真名は女が男を束縛する罠だ。
(真名を呼んで良いのは親族だけだ)
曹家を離れる機会は待っていればやって来た。家長である曹嵩様の死だ。
唯一、俺が真名を預けた方で、悲しくはあったが大恩ある曹嵩様の亡き後、この家に仕える理由など無い。約束なんて無効だ。
曹操様は悪い人ではないが、異常性も併せ持っている。夫として支えるのは罰ゲームでしかない。他人と家族になると言う事は、全てを受け入れると言う事だが俺には無理だ。完璧を求める相手では家でも安らげない。
「あら、惇亭さん?」
だから俺は都で出会った袁家の姫の元に身を寄せる事にした。
「おーっほっほっ」と高笑いをする姫様は、曹操様の学友で俺とも面識があった。
「華琳さんの元には居られない? だったら私に仕えなさいな」
事情を知った上で、下痢野郎と呼ばれていた俺を拾ってくれた。同じ金髪とは思えない優しさだ。
「世の為、人の為、粉骨砕身あい勤めます」
頑張るぞい、と意気込んでいたが、それに対して姫様は気さくで穏やかな性質の方だ。
「惇亭さん、真面目なのは良いですけど、我が家の家風に似合いませんわ。その考えは良い心がけですけど、最初はほどほどで良いと思います。私が貴方を見込んだのですよ」
大切なのは家中の和であり、天下万民では無い。主君、主家の為に仕えるなら波風を立てない、空気を読む事が大切だと諭された。
その時、本初様がぼんくらでは無い事に気付いた。この方は阿呆の振りをしてるか、そうでなくても天然なのだと。
「私の考えが浅かった様です。御指導ありがとうございます」
そんな風に社会の現実を教わりながら、俺は袁家で楽しく過ごしており、その過程で都に滞留する事も多かった。
本家筋の者が都で職責を負っていると、直参の家臣や分家筋の者は側仕えとして都の邸宅に詰める事も多い。
「カツオさん」
「はい、麗羽様」
今では我が忠と真名を捧げる主は、金糸の様な髪と目を奪われる美貌の持ち主である。
公と私を分けるのは家臣として当然の事だが、真名を預けられ呼ばないのも礼に反する。
「今日は私、お友達を連れて参りましたの」
本初様は、名士、名族の子弟と交遊関係が多い。人脈とは将来の布石とも言えた。
「それはようございます」
そして引き合わされた人物は、あの曹操様だった。
主の友人と言う事は知っていた。いつか再会すると思っていた俺は狼狽えず、
「華琳さん、うちの惇亭さんですわ」
「うちの?」
曹操の見た目は、まだまだ子供なのに嗜虐的な色が浮かんでいる。
今の俺は袁本初様に仕える身。彼女が将来、袁家を滅ぼす要因になるのなら排除すべきだ。
だが今から本初様に対して、友誼を深く感じる様に誘導すれば袁家を支える柱に成るかもしれない。そんな戯れ事も考えた。
「麗羽、惇亭を私に返してくれないかしら?」
「カツオさんを?」
俺の真名を聞いてピクリと曹操様の眉が動いた。
曹操様の強い眼差しは、前と変わらず人を惹き付ける。
「私が将来、貴女と覇を唱えるなら、貴女の側に立っていて欲しくない人材だもの」
曹操様はこの歳にして将来を見据えている。やはり侮れぬ。
「ふふふ。華琳さんは私を支える袁家の力を恐れていると言う事ですわね。名族の権威に怯えてかしづくのは宜しくてよ」
きらきらと輝く本初様を曹操様は、呆れた眼差しで見ていた。
その後、曹操様は辞去されたが、代わりに惇ちゃんが主の意を汲んで「引き抜きなんてふざけた真似、絶対に許さないぞ!」と、えらい勢いで怒って怒鳴り込んできた。
使いから知らせを聞いて戻って来た曹操様は、惇ちゃんを宥めた後、姫様に再度の引き渡しを申し込んで来た。
「華琳さんには関係ありませんわ。カツオさんが私に仕えたいと申し出たのですから」ときっぱり断ってくれた。
やはり本初様こそ我が主だ。曹操様や惇ちゃんが視線で殺せそうな程に睨んで来ていたが、俺は知らねえ。
自由を勝ち取ったのだから、これからの事はこれから考えればいい。
本初様は都での生活で逢紀、許攸、張邈ら将来有望な知己を増やす一方で、曹操様に利用されない様に、家中の者達に曹操様の身の丈に合わない野心を周知させておいた。
「惇亭よ。曹孟徳殿はその様な心根の方なのか」
「機会を利用なさる方ですから」
友人同士での馴れ合いは仕方が無い。しかし彼女の手練手管は悪辣だった。本初様の取り巻きとして袁家の名声を利用する。ふざけるな。
姫様には曹操様には負けて貰いたくない。かつては仕えた方だが、今の俺は袁家を守るのだ。
「カツオさんは、私の友人を侮辱なさいますの!」
形の良い眉を寄せても本初様の美貌は損なわれていない。怒っていても、むしろ可愛さが増している。
「いいえ麗羽様。私はあの方の野心を警戒しております。心根の卑しい者は、常に上の者を引きずり下ろそうと狙っております。友誼に甘えるだけでは家が滅びますぞ!」
頭の良い方だ。姫様に諫言した所、取り巻く状況を理解をして頂けた。
しかし御優しいお方だ。納得はされていないだろう。
「カツオさんが、私の為を思って言って下さってる事は理解してますわ」
「勿体無きお言葉……」
「ですが、華琳さんとも出来れば仲良くして行きたいと思います」
俺も田豊みたいな軍師連中と違い、こう言う殺伐とした話は嫌いだし、武官連中みたいに暴れたい訳でも無い。
しかし袁家の将来を考えれば、公路様と強調しながら公孫賛や孫策にも対応しなくてはならない。
「今は宜しいでしょう。ですが、将来の禍根を野放しには出来ません。その時は……」
「私、袁本初が処断しますわ」
自他共に認める奔走の友であり、さよならを教える事は出来なかったが、姫様がそこまで言われるのだ。当分、曹操様は様子見だ。
姫様に拾われて数年後、武官としてそれなりの地位に着いた。
俺は袁家の将として戦場に居た。
これは不本意だが悠々自適の生活を実現する前に、邪魔するやつは皆殺しにしなければならない。階級闘争、それが現実だ。
ノンポリな俺は、急速な支持率を失いつつある漢の構造改革なんてどうでも良い。支配層の利害を代表する大ブルジョアジーである本初様が労働者人民を賊として討てとおっしゃるなら、鎮圧するだけだ。
そして結構、サクサク戦いは進んでいる。これは叛乱鎮圧だが結構楽勝で余裕だった。
盤上の遊戯でも敵の後ろに回れば脆い。戦の用兵も、これで大体の敵は雑魚になる。有能な将一人に率いられた士卒百人は、数千の百姓をも討ち滅ぼす。
「邪魔だ馬鹿、死ね!」
「痛っ!」
「馬鹿が! 余裕だ、小僧。そんなちんけな技量でこの私に敵うとでも思っていたか? 舐めるな、小僧」
悪役っぽい台詞を吐きながら俺は、向かってくるガキを蹴り飛ばした。オモロー。
敵は猿や犬並みの倫理観しかもたない階級的利害を主張するだけの左翼過激派。統治者側からすれば、不平不満を言うだけならまだスルーも出来たが、叛乱は許せない。
これでも私塾では勉学に励んでいた。だからそつなく仕事をこなして来た俺は上から期待をされた。
強力な人民支配力を持つ袁家。その領内を荒らす賊徒の討伐を命じられ、仲良くやっていた文醜の手を借りた。
構造改革派の賊徒は「造反有理」の旗を掲げた武装勢力であり、
獅子はウサギを狩るのも全力を尽くすと言う。俺も酒場で仲間を募った。
文醜は顔良と性的な意味で百合な関係らしいが、武の腕は確かな実力がある。だったら、上手く利用……協力して貰う事にした。
「文ちゃん、ちょっと良いかな?」
「よぉ、カツオの
賊徒の実効支配する解放地区に対して、俺は挟撃を行う事にした。
南北に長く警戒線を展開し待ち受ける。そこに文ちゃんが敵を追い込んでいく。単純な策こそ上手くいく。
俺の仕事は穢れから周りを守る事だ。敵は老人、子供も混ざっているが得物を向けて来る以上は、適正に対処するだけだ。
「賊を殺せば罪が消え魂が救われる。資産の半分はお前達の報奨だ。矢の補充を切らせるな」
火力が出て早い矢は重宝する。随時、伝令で指示を出した。
捕らえられた賊徒を上から見下ろしながら俺は可愛そうだとかそう言う感情は生まれなかった。
「愚かなり! 制裁の時間だ。袁家に牙を向け腐った叛徒どもに、害虫に喰われ果てる末路を教育してやれ」
賊の数は多いが、兵としての質は劣っている。こんな底辺の賊は雑魚で、烏合の衆。最早、敵ではありません。
武力闘争だ何だ、パンダと言いながらも訓練された正規軍の動きを予想できず、圧されている。そして我等が文ちゃんの武に対抗する術もなく、くたばっていく。
「悔しいか? 悔しければお前達も勉学に励み、人生で勝てば良い」
悪人は視野が狭く力を暴走させる。誤りは正す。叛乱は重罪であり、根絶やしにする必要がある。
根拠地を吐かせた。
死に勝る秘密は存在しない。恐怖は苦しい。愚民は簡単に口を割る。
「黙れ、次こそ同志が勝つ! 我等は死を恐れぬわ!」
「来た。良いね、格好良いわ。と言う訳でお前から尋問されて来い。ばいにゃん」
罪を悔い改めるか、強制的にこの世から退去させられるか。答えは簡単だ。
資産を守りたければ真実を隠す。
討伐を済ませて帰ると、俺と文醜が付き合ってると妙な勘違いを周囲にされた。
「文醜殿とは本初様を通して知己がありますね」
それ以上の関係では無いと確り否定するが、戦で命を預ける程、信頼する関係だと思われた。
「まぁ、文醜殿の武が私より優れているのは事実ですから」
そう言うと、「お前も頑張れよ」と説教されてしまった。俺って女の優れた職場で、これでも仕事の出来る方なんだけど……。
「カツオさん、食事に行くから供をしなさい」
「はい、本初様」
本初様に呼ばれ、文醜、顔良と共に供をした。今の俺は姫様の子分として従う事に納得できる。
カレーライス80、かつライス80、かつ丼80、玉子丼60、御飯10。西から伝わった料理の品書きを見ながら、財布の中身と相談をする。
「言っておきますけど、割り勘ですわ」
かつ丼を注文した所で本初様はそうおっしゃった。
「それは無いよ、姫!」
うーむ、最近は経済観念がしっかりして来て財布の紐が固い。文ちゃんが泣きついている。
俺は将来の明るい家族計画の為に、確り貯蓄しないといけないんだ。
袁家の給金は良いけど、いつか可愛い嫁さんが出来たら、家も欲しいし、子供も育てないといけないからな。
充実した毎日だったが、黄色い頭巾を被ったゲリラが漢帝国の各地に出没し出した。
「そうてんが、なんたらかんたら。とりあえず食い物、酒、女を寄越せ! さもないと皆殺しだぞ」
愛すべき我らが姫様の領内で暴れまわる糞虫どもの存在は許されなかった。
姫様は見た目アホの子だが統治者としては優れていた。動員された兵の錬度は高い。領民や家族を守るためと士気も旺盛だ。
「斗詩さん、猪々子さん、カツオさん。あの下品な賊徒どもを征伐して来なさい」
「はい姫様!」
俺達は姫様の為に、不満分子を徹底的に狩りだし領内の治安を回復した。
反乱鎮圧作戦を支えたのは猫耳フードコートの軍師で荀彧と言う少女。
「反乱で必要なのは策源地、住民の協力、他国からの援助よ。それらの内、どれかが無くなれば終息するわ」
適格な指示でその手腕は素晴らしかったが、口調は酷かった。
うちの猫耳軍師は見た目こそ可愛いが、かの荀家の一門で頭がキレる。
だから世間を見下している。特に男を。
ほとんど毎日が不機嫌で、「荀彧様」と呼びかけても無視される。こっちは仕事で話しかけてるのに仕事を舐めてんのか。そしてちょっとでもミスをすると所構わず罵倒される。
「給料泥棒、あんたなんか死ねば?」
今日も書類で部下の頭をバシバシ叩きながら説教をしていた。彼女は戦う相手を間違えている。その偏狭な悪癖ははっきりしていた。
強い叱責は反発するか畏縮してしまう。彼女は人の導き方が下手だ。叱るより誉めたり、相手の自尊心をくすぐってやれば動くのに。
お陰で人事担当に移動や退職を願い出る者が後を絶たなかった。俺に泣き付いて来る文官も居たが、どうにも出来ないからごめんね。
「桂花さんの物言いは悪いですけど、基準に達してないなら仕方ないですわね」
姫様はそう判断を下された。面倒だったのかもしれない。
しかし猫耳は文官として優秀でも、人としておかしい。いびられて依願退職するならまだましな方で、鬱に成り分限免職とされる者や自殺者まで現れた。袁家は財力だけはあるから補償が出来るけど、これでは中から組織が崩れてしまう。
猫耳に意見してみたが、無能な男が悪いと言う判断は覆らなかった。
国の為に働いて来た積もりだった。だけど違った。
「役立たずはいらないのよ!」
本当にこいつ、頭がおかしいのか。
俺にも決定的な言葉を浴びせかけて来た。
「下痢野郎、近寄らないで! 下痢が移るから!」
これまで、そこまで辛辣な言葉を貰った事は無かった。
「ぶっ、兄貴ざまあねえな」
「ちょっと、そんな風に笑ったらだめだよ」
同僚にまで笑われた。鬱だ。死にたくなった。
辞表を書くと姫様に慰留された。その気持ちはありがたいけど、心を病んでいた俺は南に移住する事にした。
姫様は良い方だったが、あの猫耳と同じ職場には居れない。
なので、俺はさっさと次の就職先を見つけて、南陽の公路様の元を訪ねる事に成った。
袁家では基本的に退職を認めていない。退職して対抗勢力に行かれては内情を知ってるだけに困るからだ。
だから内の団結は固いが、万年人手不足で俺も忙しく働かされていた。
(本当は、ぐーたら過ごす積もりだったんだけど、仕方ない)
姫様には拾って戴いた恩がある。なので文ちゃん達に、曹操様が立場を弁えず本初様に迷惑をかけないように、目を光らせる様には伝えておいた。
再会した曹操様の瞳には野心が滾っておりどうしようもない。本初様を悩ませる前には排除すべきだと今でも思っている。
「そう。仕方ありませんわね。もしカツオさんさえ良かったら、南陽で美羽さんに仕えて見ませんかしら」
「麗羽様の御恩情に感謝致します」
紹介状と土産の蜂蜜を背負って馬を走らせていると、賊に囲まれた。数は三人。
「お前ら、俺を誰か分かって道を塞ぐのか?」
俺は心優しいので四の五の言わせず、三人とも答える前に殺した後、身包み剥いで金目の物を頂戴した。
南陽郡に入り、最初の街に着いて古物商で小銭を稼いだ。
「賊だ! 賊の襲撃だ!」
なんか飯でも食おうと思ったら、厄介事が起きた。袁家の者として放置は出来ない。
「おい。役所は何処だ? 警邏の兵は何をしてる」
「とっくに殺られちまったさ! あんたも早く逃げな」
俺はそいつの顔面を殴り付けた。
「この馬鹿者が! 自分達の町を守ろうと気概のある者はいないのか。家族や仲間を守りたくはないのか。ここで漢に忠を尽くし、賊を滅ぼせ! そうすれば子々孫々にまで手柄が語り継がれる。しかし逃げれば、安寧な生活など来ない。今やらなくていつ戦うんだ?」
周囲を見回しながら演説ぶると、単純で踊らされる連中だった。
烈風苛烈、急激に凶悪化しつつある賊徒に漢の民は震え上がっていたが、集団心理で流されやすい。
「あ、あんたの言う通りだ! そうだよな。逃げるだけじゃ変わらねえか。皆でこの町を守ろう!」
「賊相手に退いてもうたら終わりやぞ。わしゃあ一歩も退かへんで!」
得物になりそうな物を持って、住民が集まって来た。まるで夢で見たヤーナムの街だな。
「それで、いかが致すべきでしょうか? 先生が俺達に協力してくれりゃ戦えます!」
「よく聞け。俺は袁本初様に仕えていた者で、戦の指揮をした事もある。だから俺に従えば勝てる。ま、何人かは死ぬだろうが、安心しろ。残された家族には、袁家を通して朝廷に税の免除を申請してやるだから戦って死ね」
俺の自己紹介で目の色を変えた。そして、死んでも保証してやると、やる気が出たらしい。現金なやつらだ。
「兵役経験者は前に出ろ」
伍長に任命して伍を指揮させた。そして伍を纏める為に、何人か兵法の心得がある者に任せた。
堀を掘ったり、土嚢を積んだりする時間も無い。
「こうなったら村に誘い込んでやるしかない。良いか、敵を分断し、殲滅する。ここで奴等を始末する。気合い入れろ。皆殺しにしてやれ!」
何でも西域では二十一人の兵士が数千の大軍と戦った事もあるそうだ。向こうは全員死んだが、此方の方が生存率は高い。
「董先生、御指示の通り、配置に着きました」
褐色肌に黒髪の美人さんは眼鏡を直しながら報告して来た。
「ああ、周さん。ありがとう。貴女も隠れていて下さい。ここには俺が残ります」
女が優れていて女尊男卑社会であっても、例え男女同権であっても、男として俺にとって女は守るべき存在だった。そこは、あえて性差別者であろうと思う。
「お手並み拝見させて頂きます」
俺は腰に提げていた剣を抜いて地面に突き立てた。これはちょっとした演技だ。
そして用意して貰ったうどんをペロリと平らげて腹ごなしをした。
意外な事だが、凡夫な血を引く俺でも袁家に仕える者としての誇りと責任感はある。本初様に仕えた者として無様で華麗ではない姿を民には見せられないのだったのだ。
殺到する賊は徒歩の者ばかりだ。やはり馬は高級品であり、簡単には出してこないか。
「兄ちゃん、お前だけか? 他の連中はどうした」
可愛い女の子が居たら策は変更だが、むさ苦しい男ばかりだ。ノンケなので男に興味ねーし、賞金首になって貰おう。
「残念だったな。お前達はここで終わりだ」
「は、何言ってんだ。てめぇ」
敵の注意は俺に集まっている。
「やれ!」
俺は大声で号令を出すと、背後に走った。賊は追いかけて来ようとしたが、そこに、屋根で伏せていた住民が投網をかけて、そこらの物を上から投擲した。
頭上からの攻撃で賊は怯んだが逃がさない。右往左往してる所に、長物を構えた伍が側面や背後から叩いて追い込みをかける。
こんな感じで第一波の攻撃を凌いだが、怯む様な賊ではない。すかさず第二波の攻撃が始まった。今度は馬も混ざっている。
「身ぐるみ剥いだら賊の死体を積み上げろ。壁にするんだ」
街の入り口はあえて開放していた。外からは見えないが、入り口を囲む様に死体の壁で固めた。
勢いよく飛び込んで来た馬は、死体の山で脚を止めた。そこを槍や戟で叩かせた。刺すより横殴りの効果が大きい。馬から落ちた所を斧や鉈、鎌等で武装した住民がゾンビの様に襲いかかる。
血で血を洗う時代。罪人は許されない。
「思慮が浅い癖に、軽輩と見て侮ったな。策は成った、行くぞ!」
暴力は力はであり、使うと決めたのなら中途半端ではいけない。
馬に遅れて徒歩の者が飛び込んで来たが、ルーチンワークだ。投擲部隊も石で攻撃を支援した。
「ふんぬ!」
俺も手近な石を投げたが、顔に受けた敵は額から血を流して倒れた。気絶したのかピクリとも動かない。これも住民が美味しくトドメを刺して行った。
同じ漢の民として殺される賊への同情心……なんて物は、殺され奪われかけていた住民には存在しない。
この勝ち戦で、賊に抵抗すると言う新たな人生が開けた。
生き残った者は、俺や袁家を称え殺しの罪悪感から逃れる事を望んだ。
「これからも街の仲間同士で協力して行けば、賊に怯える必要も無い。漢の袁家と共に諸君ら民は生きるのだ! 同朋を害し、脅迫と死をもたらす者を許すな!」
権力と富を持つ者は強い。袁家の名の影響力を改めて実感した。
住民も、家族や仲間で組むのが一番と知った。道を誤らなければ、これからも幸せに暮らして行ける。
「漢と袁家に忠誠を」
「閣下」
「董先生」
住民や今回の協力者に見送られて俺は、公路様の居城に向け移動を再開する。
突然だが、褐色肌の姉ちゃん達に襲われた。
性的な意味ではないぞ。
俺は厄介事に巻き込まれやすいのか、南陽郡の治安が乱れているのか、再び悪党に遭遇した。
蓬莱まで行けるかな、等と考えながら川下りをしていたら、途中で河賊に襲われた。
これが褐色姉ちゃん達だ。
小舟であっても取り囲めば大型の船を拿捕出来る。
「この船は袁術軍が徴発する。皆、袁公路様の為に戦え」
乗り込んできた河賊は、姫様の従妹、袁公路に従う武将らしい。領民の徴兵は国力の低下に繋がる。そのため流民を徴兵する事もあった。だが旅人を襲うのは賊と変わり無い。
褌姉ちゃんの言葉に乗客、船員はざわめいた。いきなり戦えと言われて無理もない。
(なんと卑怯な!)
指揮官らしいピンクブロンドの髪をした恥女は舷側に並べられた俺達を品定めをしていたが、言ってはならない言葉を口にした。
「貴方、体格は良いわね。でもなんだか臭うわ」
鬱陶しい糞ったれピンキーが調子に乗りやがって。
周さんと同じ江南出身の女なのだろうが、素養が全く違う。あの人は教育を受けた人だったが、此方はじゃじゃ馬だ。
ピンキーの頭を切り飛ばしてやろうとしたら、殺気に気づいたのか良い反応で避けやがった。やるじゃないか、恥女であっても武人の端くれか。
俺はそのまま川に飛び込んだ。
最初の一撃に失敗した後も戦うのは無意味だ。
「あばよ、糞ったれピンキー」
船上で何やらわめいていたが関係ない。
「
「ん? なんや、あれ。死んでるんか」
何だか声が聞こえる。目を開くのも億劫だ。
「お~い。あんた、生きてるんか? 生きてるんやったら返事しぃや」
川を流され体力を消耗して、体は冷えきっている。寒い。
「しゃあないな」
目が覚めると実家の近くに流されていた。
「可憐だ……」
俺が公路様に仕える予定をキャンセルして、新たに仕える事を誓った相手は、并州刺史の董卓様。うちの遠縁らしいが、こんな可愛い子が親戚に居たなんて知らなかった。
土左衛門(水死体)になる所を拾ってくれた恩人だ。
「自分、ついてるな。
そう話しかけてくるのは同僚となった張遼。機動打撃としての騎馬運用に優れた野戦指揮官だ。最初に出会った一人でもある。
「そうよ、月に感謝しなさい」
軍師の賈詡は最初、俺のことを警戒していたが遠縁とわかると逆に仕事を色々と回してくる様になった。
「ああ、感謝している」
愛すべき主人は「カツオ義兄様」と呼んで慕ってくれるし、新しい職場の仲間は気持ちいい連中だ。これから頑張ろうと思う。
そう思っていた時期もありました────。
汜水関。それは漢帝国の都である洛陽防衛の最前線で華雄、張遼と俺が陣地占領していた。
城壁から下を覗くと眼前に広がる旗と兵士の群れ。それは反董卓連合だ。彼女たちの名目は「都を占領して皇帝陛下を幽閉してるわるーい賊軍をやっつけるよ!」と言う事だが、何故こうなったかは色々と行き違いとか複雑な事情がある。
権力を求めない我らの主だが、賈詡は主のために暗躍していたらしい。迷惑な話で、世間様の恨みを買ってしまった。
「どないせぇって言うねん」ため息混じりに言った張遼の言葉に俺も同意する。
「まったくだな」
汜水関では迂回して側背から叩くと言う選択は取れない。だから連中は正面攻撃をするしかなかった。正面攻撃は展開が容易で攻撃も簡単と言う事だが、こちらの反撃をもろに喰らって損害を出すと言う欠点がある。
「うーん……」
俺の心境は複雑だった。仕えていた曹操様や姫様の旗が見える。たまに「おーっほっほっ」と言う声が聞こえてくるのが懐かしい。今の俺が仕える主の敵だが、俺自身は敵と割り切る事が難しい。
「まぁ、あの糞ったれピンキーは気にせず叩けるがな」
眼下では袁術軍配下の孫策軍が攻めてきていた。ぷるるんとしたパイオツは敵の罠だな。
「おのれ、色香で惑わそうとは姑息な……」
優れた武将と言っても隙はある。一日中、気を張り巡らせているなんて事はあり得ない。食事、排泄、入浴、就寝、性行の時などだ。男を女が体で誘惑するのはありきたりな手だが有効と言える。
だが大義に殉じる俺に隙はない。
関には右翼に華雄隊、予備隊に張遼隊、俺の隊が左翼に展開している。頼もしい仲間と共にイカレピンキーを迎え撃つ。
「ピンク野郎、悔しかったら攻めてこい。俺の首はここだぞ」
城壁の上から俺がからかうとピンキーは何やら叫んで眼鏡クールビューティーに抑えられていた。
(あれって周さんじゃないか?)
冷静さを指揮官が失えば、部下は死にやすい。矢弾の雨に射たれて倒れ伏すピンキーの兵士達。あいつは何だか戦うと面倒臭そうなので、このまま矢弾で死んで欲しい。みんな死ねば良い。
頑強な俺達の抵抗で第一線を抜けない連合軍は、薄暮を利用しての攻撃で縦深深く陣地を攻略すると言う策に出た。敵孫策軍、曹操軍、劉備軍から抽出した少数精鋭による混成部隊だ。
「来た来た」
確かに妥当な策ではあった。こちらが予想してなければだが。
陣地防御とは陣地に籠ってるだけではない。それはまあ、陣地前で敵を撃滅出来るならそれが一番だ。敵の攻撃を破砕するのが第一目標であり時には逆襲をする。
「行くで、いてこましたれ!」
と言う事で、張遼の号令で逆襲が始まった。矢弾の雨を降らせて敵の動きを封じると、騎馬と歩兵を分離して敵を包囲した。黒髪の綺麗な武将が勇戦していた。あれが劉備軍の関羽か。
いかに一騎当千と言っても歩兵と分離された騎兵は脆い。囲まれて討ち取られるだけだ。この過程で糞ったれピンキーを捕らえた。
「殺せ!」なんて吠えてるが、面倒なので牢屋に他の捕虜と一緒に放り込んでおいた。
今夜の夜襲はもう無いだろう。部下に交代で仮眠を取らせる。俺も寝よう。
孫策を捕らえられた呉の部隊は妹の孫権が指揮を執った。翌日、右翼に展開する孫権軍は袁術軍と合わせて約五万。
孫権は孫策と同じ血筋とは思えないほど冷静沈着な性格で、左第一線の出丸を包囲した。この間、姫様は曹操軍等の主力六万を中央から再度突撃させた。
(あ、文ちゃんだ)
中央突進部隊は城門を中々破れないが、姫様は指導者に相応しい状況判断だ。
要害の地形は兵力の劣勢を補い敵の攻撃を制限している。貧弱な道路と整備されていない交通網は、連合軍に門を指向して攻撃するしか選択を許さなかった。攻撃の準備、展開、第一線に至るまですべてが俺達から見えている。
先日の戦闘で敵を撃破した事で味方の士気は天を突く勢いで、奮闘している。
「敵の新手が来ます!」
「ありゃ」
懐かしい曹家の旗が見える。予備隊として下がっていたが、再度投入されたらしい。知り合いが多いから殺りにくい相手だ。
(何で出てくるとかは、考えるまでもないか)
俺としては戦いたくはないが、曹操様はこの戦で世に出ると決意されている。
軍勢から小柄な曹操様が一騎で出て来た。
「軍使でしょうか」
「あれは、曹孟徳様だよ」
部下の前で敵に『様』って敬称を着けてしまったけど、ま、良いか。
「惇亭、聞こえているんでしょう! 帰ってきなさい。私は怒ってないわ」
曹操様、家出をした子供ではないんだから、その台詞は無いでしょう。周りから妙な視線を受ける。糞。
「申し訳ありません、曹操様。今はゆえあって敵味方に別れております。刃にて返答させていただきます」
曹操様が俺の事を睨んでいるけど、離れてるし怖くありませんから。
弓を構えたうちの兵が「射って良いですか?」なんて訊いてくるし、危ないから早く帰ってください。見逃してあげます。
曹操様のうしろでは外野が騒がしく、「華琳様の申し出を断るなど許さん。私が切る!」とか言ってるのが想像出来る。惇ちゃんが怒って妹に押さえられていた。
相変わらず一本木な性格をしていて可愛いなあ。