μ’sが世界を救った後どうなったのか、その一部をお見せする回です。
この回で、『ラブライブ!×ゴジラ』は完結とさせていただきます。
また描写不足などで要望などありましたら設定集のようなものも投稿しようと考えております。その時はお気軽にどうぞ。
改めて、これまで多くのご声援をありがとうございました。
沼津。
そこは、暖かい人々と美しい自然が根付く、歴史ある良き街―
「むにゃむにゃ…みんな~…ありがとう~…」
とある日の朝、旅館『十千万《とちまん》』のある部屋に、少女の寝言が響いていた。
どうやら彼女は、人前で自分が踊る夢を見ているようだ。
その横に、一人の人影が現れる。
「………」
その影は、無言で彼女の寝顔の前に立ち続ける。
まるで、その様子を確認するかのように。
「私たち、やったよー…やっと…やっとラブライブに…」
そう呟く彼女の表情は、どこか嬉しそうだ。
だが、ユルユルになった口から涎が垂れているため、女の子としては非常にアレだ。
「…加減に…」
「うへへ、これでみんな、日本一のアイドルにー…」
「いい加減に…
起きろ――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!」
突然の怒声に、少女の身体が跳ね上がる。
「ぎゃ――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!」
衝撃と寝起きで眩暈がする頭で、少女は声の主を探す。
「い…いったい何!?
…あ」
すぐ傍にそれがいると感じ取り、顔を上げた瞬間、彼女はバツが悪そうな表情になる。
「あ、じゃないよバカ千歌。今何時と思ってんの!?」
そう言われたので自室の時計へと顔を上げてみると―
「えーと、今は…
え!?もうこんな時間!?美渡姉、なんでもっと早く起こしてくれなかったのー!?」
「何回も呼んだに決まってるでしょうが!!」
「えー!嘘だぁ!!」
「嘘だろうが嘘でなかろうが、早く行く!!」
朝っぱらから怒鳴られたその少女は、朝食もほどほどに家を飛び出ていった。
「あぁ…曜ちゃんと梨子ちゃん、もう先に行っちゃってるかなぁ?」
どこかあどけなく幼げに見える顔立ちに、肩にかかるかかからないかのオレンジ色の髪の毛。
高校2年生である、いかにも元気溌剌そうな彼女の名前は、高海千歌という。
まずは隣に住んでいる同級生である、梨子の所在を確認しに行く。
「りーこちゃん!今いる~!?」
インターホンを押して大声で呼んでみるが、反応はない。
「はあ…やっぱり行っちゃったか…」
しゅんとした彼女の肩を、後ろから誰かが軽く叩く。
「千歌ちゃん?」
馴染みのある声に振り返った千歌は、思わず顔をほころばせる。
その視線の先にいるのは、他でもない先ほど呼んだ少女であった。
フルネームは桜内梨子。バレッタでワイン色の髪の毛を止めており、お嬢様のような落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「あっ、梨子ちゃん!もしかしてずっと待っててくれたの!?」
「うん、あんまりにも遅いものだから、ちょうど行こうかと思ってたんだよ?
そしたら後ろで大きな声がするもんだから…」
「ごめ~ん…ちょっと今日、珍しく寝坊しちゃってさあ…」
苦笑いして、彼女らは海岸を駆けていく。
ーーーーーーーーー
「おはヨーソロー!
二人とも、今日もいい天気だね!」
二人に気づいてそう元気の良い挨拶をした、パーマのかかった髪の毛が特徴のボーイッシュな少女の名は、渡辺曜という。
千歌とは幼馴染の仲であり、最近登校する際は、いつもこの二人と一緒だ。
彼女も二人に加わり、学校の登校時間に間に合わせるために急いで歩道を走っていく。
「おっはよー、曜ちゃん!!」
「おはよう。ごめんね、遅くなっちゃって。今日、千歌ちゃんがかなーり寝坊しちゃったから…」
「もう~。余計なこと言わなくて良いよ、梨子ちゃーん…」
「大丈夫、大丈夫!まだ走っていけば十分間に合うよ!」
梨子にジト目で見られてぷぅ、と頬を膨らませた千歌に、曜がエールを送る。
「よ~~~~~し!!いっくぞ~~!!」
彼女の言葉に元気づけられたのか、いきなり千歌は全速力を上げ始める。
「ちょ、ちょっと、千歌ちゃん!?」
「…あ~、行っちゃったね…」
梨子の制止も聞こえなかったのか、彼女は既に何十m先に行ってしまっていた。
「はぁ…仕方ない。二人で後を追うか。ねぇ、曜ちゃ…」
ため息をついた梨子は、曜に話しかけようとしたが、言葉を詰まらせる。
彼女は、ある方向に視線を向けていた。
それとなく、梨子もそちらへ視線を送る。
その先にある景色には、沼津に初めに来た人間なら誰しもが思わず目を奪われる。
それも何か月も経ち、早くも彼女たちの生活に馴染みつつあるが、ふとした時に見てしまうのは未だに慣れていない証拠であろうか。
彼女たちから見える山のど真ん中に、朽ちた駆逐艦が数隻横たわっていた。
そのいずれにも何か巨大なもので挟まれたような傷があり、見事に景観をぶち壊している。
「…曜ちゃん?」
「…あっ、ごめん!思わずよそ見してた。
そうそう!早く私たちも追いかけなくちゃね!」
梨子がもう一度声をかけ直すと、曜は気を取り戻して笑顔を見せた。
二人はいつもの調子に戻り、日差しが肌を刺し、蝉の音が響く街並みを全速力で走っていった。
――――――――――――――――――――――――
「えー、そして最終的にこの『東京巨大生物事変』では、人的被害としては約二百万人が死亡、行方不明者が約三百万人。死傷者を含むと被害者は五百万人を超え、港区、千代田区および数区は壊滅、そこを中心とした都市機能が三年間ほぼ完全に停止という、自然災害としては人類史上過去最悪の被害を被ることとなったんですね。その後唯一生き残った巨大生物は、大気圏外に脱出後、国連の承認で米軍によるミサイル攻撃により宇宙空間から落下、東京湾へと逃走し、現在でも徹底した調査がー」
換気扇と、チョークが黒板に突き立てられる音だけが、教室に響く。
それが何分かほど続いた後、やがて教壇に立っていた中年の女教師はチョークを置いた。
「…はい、今日はこれまで。明後日は振替授業だから、教科書忘れないでね~」
一限終了のチャイムと同時に緊張感はどこかへと飛んでいき、束の間の休み時間が始まる。
「はぁ~…やっと終わったあ~」
千歌は梨子の席の近くに寄ると、彼女の机のど真ん中に、気が抜けたように頬を乗せる。
「千歌ちゃーん、そこにいるとプリントがカバンに直せないんですけど?」
梨子が座ったまま睨んでくるのも構わず、千歌はそのまま頭を目の前でゴロゴロさせる。
「あーもういやんなっちゃうよ現代社会なんて…こーいうのは歴史の時間にすればいいのに~」
「そんなことで駄々をこねても現代社会の時間はなくならないよ?千歌ちゃん?」
「うわーん!梨子ちゃんのいけず!」
子どものように泣き叫ぶ千歌と、困った顔でそれを見つめる梨子の傍に、曜が寄ってきて語り掛ける。
「お二人ともお疲れ~。本当、さっきはギリギリだったよね、梨子ちゃん」
「ええ、本当に。誰かさんが寝坊したおかげで授業二分前に着席なんて、人生初体験よ…」
「ぐぬぬ…」
「あっ、そういえば梨子ちゃん」
梨子からの視線を感じて萎縮する千歌をよそに、曜はふいに梨子に話しかけた。
「なあに?曜ちゃん」
しかしその返答に対し、曜の反応は奇妙であった。
「……………いいや。何でもない。別に聞かなくていいことだったな」
彼女の苦笑いに、梨子は首を傾げた。
――――――――――――――――――――――
「はぇ~、何度見てもしゅごい…キラキラした人達がたくさんいる…」
「ホントに綺麗ずら~」
放課後、がらんどうの部室でただ二人、仲良く食い入るようにスクールアイドル雑誌『ハイレゾリューションアイドルマガジン クロキュス』を見つめている赤色のツインテールをした少女とブラウンのロングの髪型をした少女の名は、それぞれ黒澤ルビィ、国木田花丸である。
「ほらほら見て、花丸ちゃん!この人なんか特に衣装のセンスがスゴいよ!」
「こんな綺麗な衣装…私たちもいっぺん着てみたいずら~」
「きっと曜さんに頼めば、きっとこれよりもっとカワイイ衣装作ってくれるよ!」
「それはいいずら!今度の機会に見せてみよう♪」
その時、突如部室のドアが開いて何者かが飛び込んできたかと思うとー
その者は右手でチョキを作ってそれを目元にあてがい、カッと目を見開いた。
「そこに颯爽と立ち現るは、神により楽園の地から追放されし罪深き堕天使、ヨハネ!!
今ここに復活の儀式を…」
「あ、善子ちゃん」
「だからヨハネ!!」
入ってきて早々突っ込みを言い放つ、ダークブルーの姫カットにお団子が特徴的な少女の名は、堕天使ヨハネ…ではなく津島善子という。
彼女にとっては大切なのであろうセリフを遮られたことに不満なのか、少々不機嫌そうな表情で二人の傍に座る。
「で、ずら丸とルビィは何見てんの?」
「スクールアイドルの特集ずら!」
「本当にすごいんだよ~。特に今回はラブライブ!開催5周年ということで、ページ大増量!
正に永久保存版なんだよ!ほらほら、善子ちゃんも見てみてよ!」
「ふ~ん…」
恍惚とした表情で雑誌に見入る二人の背後から、善子は雑誌を覗き込む。
そこに掲載されているのは、今まで輝かしい功績を残してきたであろう全国のスクールアイドル達。
そして、その中にー
「あっ…」
彼女たちAqoursの出発点となった、あのグループの名も。
「μ’sだ――――――――!!」
突如目を爛々と輝かせ、雑誌を持つ手に力が入るルビィに、善子は思わずぎょっとしてのけぞる。
「あぁ~、スノハレのμ’s、皆ちょっと頬が紅くなって可愛いなぁ~」
「本当に恋してるみたいずら…」
「こ、恋…ピギィ」
すっかり二人までもが顔を紅くし始めたのに半分呆れながら、善子は雑誌に載った彼女達を見ながら壁にもたれ掛かる。
「でも、スゴいわよね。この数ヶ月後に化け物達が来てここも含めて東京を潰し回ったのに、ラブライブ本大会を再び開催させるなんて」
その一言に、花丸とルビィは反応を示した。
「『東京巨大生物事変』ずら?
おらは千歌さんからちょっとしか話を聞いたことがないけど、本当にスゴいと思うずら!」
「スゴい、どころじゃないよ、花丸ちゃん!
あの事件の直後は、それは本当に、本当に悲惨な状況だったんだよ!?
音ノ木学院はほぼ全壊、放射能の影響でメンバー全員が仮設住宅暮らし!
こんな絶望的な状況で、μ'sはスクールアイドルの力を信じて草の根活動で寄付金を募りラブライブ!運営に直接訴えかけ続け、遂には全国のスクールアイドルを集めて超大規模なライブを敢行!!
その動員数は、『事変』直後にもかかわらずラブライブ!史上過去最多!!
多くの人々に生きる希望を与え、その伝説は今でも語り継がれてるんだよ!!」
いつの間にか立ち上がって、拳を握りしめて熱く語っていたルビィを、花丸と善子は若干顔を引きつらせながら見上げている。
「はぇ~、やっぱりルビィちゃんはスゴいずら。そんな細かいことまで知ってるなんて」
「いつものルビィとは違う、堕天使の羽をも焦がす煉獄の如き情熱の焔を感じたわ…」
そこに、ドアを開ける音がしたかと思うと、快活な声が室内に響く。
「おっ!一年生揃ってるじゃん。どしたの?スクールアイドルの勉強?」
その声の持ち主である、青い髪にポニーテールを下げた高三の少女の名は、松浦果南である。
彼女は二人の持っているものに興味を持ったようだった。
「あっ、果南さん!そうです。今、ルビィちゃんがμ’sについて語ってくれて…あっ」
「?」
言葉を途中で止めた花丸にキョトンとしている果南の背後から、何者かの影が急に現れー
「かなーん、アーーーーーーーーーーウツッ!!」
「…うわあぁっ!?」
彼女の胸部を鷲掴む。
「………」
ひと時の沈黙が流れた後、苦笑した果南の口からため息が漏れる。
「…鞠莉ぃ。もうこれ何回目?」
「オゥ?もうちょっと力が強い方が良かったかしら?」
「そーゆー問題じゃないって…」
果南の振り向いた先で神妙な表情をして、「じゃあ、次回はどうしようかしら…マジックハンドでも使って…」などと小声で何やら言っている、金髪セミロングと頭頂部の三つ編みカチューシャが特徴的な少女の名前は小原鞠莉という。
「それはともかくとして、どんなこと教えてもらってたの?二人とも」
「えぇ、それは…あっ」
果南が聞き、花丸が口を開こうとした瞬間だった。
「かなーんちゃんへ、ダーイブ!!」
次はドアを開け放つのと同時に、果南の後ろから衝撃が襲う。
気がつくと、彼女は後ろから誰かに抱きつかれていた。
その声の持ち主をよく知っている彼女は、再び後ろに振り返る。
「まったく…今日は何かとちょっかい出されるなぁ…」
そこには、満面の笑みで抱き着いている千歌の姿があった。
果南と千歌とは幼馴染の仲であり、そのせいか挨拶もこのようにたまに大胆である。
「ノンノン、果南!これは愛情表現!
私はアナタを親しい仲だと認めているというワールドコモンなアピール!
私のだって、立派な愛情表現だわ♪」
「あれはワールドコモンじゃないと思うんだけど…」
果南がジト目で鞠莉を見つめていると、千歌の後ろから誰かの声が聞こえてくる。
「千歌ちゃーん、ちょっと待って、そこまで走らなくても………って、きゃああぁっ!?」
部室の開け放たれたドアから姿を現した梨子は、すぐ目の前の二人が織りなす光景に思わず顔を紅くする。
「あっ、梨子さんの顔がリンゴのように……って、倒れたああああ!?」
「リリーって、こういうのにとことん弱いのよねぇ…」
「みんな、お待たせ~!今日も元気にヨーソ…梨子ちゃん!?どうしたの!?頭から湯気を出して !!」
連なる混沌。連なる悲鳴。
そこに、九人目の少女が足を踏み入れる。
「………」
部室内を見守り沈黙を保つ、黒髪の姫カットを垂らした高三の少女、黒澤ダイヤは、腕組みをしつつ一言呟く。
「…みなさん?」
彼女の呼びかけに気づく者はおらず、直も喧騒は止まない。
その時、ダイヤの中で何かがプツン、と音を立てて切れた。
彼女は、額に血管を浮かべ、息を肺がはち切れんばかりに吸い込む。
「みいいいなさあああああああん!!!!!????
お・し・ず・か・にいいいいいいいぃぃいい!!!!!!!」
ーーーーーー
「はあ…そんなことで騒ぎになるとは…
実に片腹痛いですわ」
事情を聞いたダイヤは、未だに眉をひくひくと震わせながら毒づいていた。
今は九人ともおとなしく部室の席についている。
「でも、一番声が大きかったのはダイヤさんじゃ…」
「黙らっしゃい!」
控えめながら意見を述べた千歌を一喝すると、ダイヤは椅子に腰を下ろした。
「まったく…沼津を代表するはずのこのスクールアイドルグループ『Aqours』がこんな様子では、先が思いやられますわ。そもそも、あまつさえリーダーである千歌さんまでもがそんな様子では、このスクールアイドルグループ『Aqours』は…」
「ダイヤ、そろそろいいんじゃない?今んとこクレームも来てないんだから~」
底なしかと思うほどに口を突いて次々と湧き出てくるダイヤの言葉に、果南はそう言って苦笑いしていた。
それを聞くと、ダイヤはため息をつき、説教を止めて机を叩き、同時に千歌の方を見た。
「とにかく、千歌さん?貴女は当時のμ’sの活躍に憧れてスクールアイドルを始めたのでしょう!?
それなら最低限自分がリーダーであるという自覚ぐらいは持って頂きたいですわ!!」
詰め寄ってきたダイヤに睨まれながら目の前で指を差され、千歌は思わず顔をのけ反らせた。
「は、はいぃ…」
彼女の気迫に押し負け、千歌はほぼ反射的に首を縦に振った。
「μ’sの活躍といえば…梨子さん!」
「どうしたの、ルビィちゃん?」
梨子がルビィの方に顔を向けると、彼女はキラキラした視線を梨子へと集中させていた。
「梨子さんって、当時は東京に住んでいらしたんですよね!もしよかったら…あっ…」
途中でルビィは言葉を詰まらせ、さっきの様子から一転して、しまった、とでも言いそうな青ざめた表情をした。
その時、曜がハッとした表情で梨子とルビィを見つめた。
「…?」
梨子が首を傾げていると、ルビィは何度も頭を下げ始めた。
「す…すいません!!…あんなに多くの被害が出たのに、当時の状況を聞こうとしてしまって…」
「あ…それなら大丈夫よ。私の住んでた地域は被害を免れてたから」
その一言を聞くと、ルビィは頭を下げるのを止め、前を向く。
曜は一瞬目を見開くと、脱力したようにため息をついた。
「え…本当…ですか?」
「ええ」
「そ、そうだったんですか~」
あっけからんとした答えを聞き、一気に花丸の肩へと崩れ落ちるルビィを横目に、ダイヤはその視線を梨子へ向け直した。
「勿論、身内に被害がなかったから良い、というわけではありませんが…
確かに私も当時の実際の状況には興味があります。もし嫌でなければ聴かせていただけます?」
「まぁ、私は大丈夫ですけど…同じ東京でもかなり離れてたので、あまり他の地方の話と変わらないと思います。
赤い空とかμ’sの呼びかけとかはネットで見たのと同じだったし。
…ただ、怪獣たちの叫び声とか、ビルの壊れる音とかは嫌というほど聞こえました」
梨子の語りに、メンバーたちは静かに聞き入っている。
「怪獣の大きさは?ちょっと前に沼津に出た…なんだっけ…あれの何倍?やっぱあれよりも強いの!?」
千歌が梨子に聞くと、彼女は少し思い出しながらその質問に答える。
「…『エビラ』だったと思うわ。確か、上陸前に海上で『MOP3』とやらを数発撃ち込まれて駆除されたんじゃなかった?東京の怪獣たちはそんなものではなかったわ。100mはくだらなかったし、通常兵器でどうにかなるなら、あんな被害は出なかったと思う」
やけにネーミングがストレートな生物の名を梨子が呟くと、思わずルビィが小さく噴き出す。
「ぷぷっ…なんかちょっとおかしいよね…エビに似てるから『エビラ』って…ぷぷぷ」
「ルビィちゃん?そんなことを言ってるとそのエビラに永年永劫呪われるかもしれないずら?」
「ピギィッ!!」
花丸の脅しに一気に顔が青ざめるルビィを横目に、善子は肘をついていた。
「何このやり取り…で、肝心のμ’sには会えたの?」
「いいや、私が見たのは空を飛んでく九色の光だけよ。その後はご存知の通り空が真っ赤になって皆パニックになったせいで覚えてないわ。ただね」
そこまで言うと、当時の様子を思い出すかのように梨子は少しだけ微笑んでから話を続けた。
「μ’sを応援する声は、確かに遠くからでもよく聞こえてきたの。最初は驚いて、本当にこんな時に何やってるんだろうって、全く信じられない気持ちだった。
…でも、私もパニックになってたせいか、あまり悪い気はしなかったかなぁ。
だって、その声援には本当に気持ちが籠ってたから。本当に楽しそうに応援してたのよ。
だからちょっとだけ、あの時はこれを聴きながら世界が終わっても良いかも知れない…なんて思った。
…なんて思ってたら知らないうちに事件は片付いちゃったけどね」
「…なるほど。話はよく分かりましたわ」
ダイヤが、さっきまでの怒りを忘れたかのように落ち着いた口調で梨子に語りかける。
「当時からずっと、政府が非公式にするほどあまりにも常識外れな出来事でしたので、本当にあのμ’sの活躍は存在したのか少し気になっていたのですが…現地の声をしっかりと聞けて満足ですわ」
その表情には微笑が浮かんでおり、彼女のμ’sのファンとしての幸福が垣間見えていた。
「まぁ、ああいう神秘的な出来事をネット上で見ると、こんなの巨大なガセネタなんじゃないか、なんて思っちゃう時もあるからね。時間が経つと結局、テレビでなんかの専門家があの時は集団幻覚がどーたらこーたらと言って並べてるのを信じる人も多いし」
「政府もまさか、たった九人のスクールアイドルグループがこの地球を歌で救った!なーんて日本全国や世界に向けて言えないからね。きっと他にもいろんな思惑が絡んでるんだろうけれど」
果南と鞠莉が言うように、μ’sの歌は全国に発信されたにも関わらず、政府はこのことを公式に発表しておらず、また日本国民全員が事実を信じている訳ではない。
その理由はまず、あまりにも突拍子もない、科学的に原因を証明出来ない出来事であったことと、原理は不明ではあるが全員に歌が伝わった訳ではないこと、そして事変後の彼女たちはその出来事について明瞭に言及しなかったこと、そして過剰にメディアがこの出来事を報道したため、むしろ猜疑心を持つ人々が出現したことである。
「まぁ、何にせよ世界が残っててよかったんじゃない?
あれから数年たって、世界中に怪獣が続々現れ始めててんやわんやだけど、何とか私たちもこうやって生きてるし、アイ活も何とかやっていけてるじゃない。事実はどうであろうと、私たちがやるべきことは決まってるわよ」
善子の発言にメンバーたちの視線が集まり、彼女たちの心の声を代弁するかのように花丸が呟く。
「善子ちゃん、珍しくまともなこと言ってるずら…」
「珍しくって何よ!!あと善子じゃなくてヨハネ!!」
お馴染みのツッコミが入ったところで、腕時計を見ながらダイヤが声を全員に聞こえるように張り上げる。
「…皆さん、気づけば練習開始の時間を過ぎていますわ!屋上に向かいましょう」
「それはいけないわね。ほら、皆さんハリィーアッッップ!!」
鞠莉の叫びを背景に、ガヤガヤとしながらAgoursのメンバーたちは部室を出ていく。
その中で、梨子が曜に横から語り掛ける。
「曜ちゃん…やっぱり、曜ちゃんが聞きたかったことって…」
彼女から顔に視線を向けられた曜は、浅くうなずいた。
いつの間にか、彼女たちはメンバーたちの最後尾で歩いていた。
「…うん、そう。私、ルビィちゃんと同じようにて聞こうとしたんだ。
でも、もし梨子ちゃんが事変のせいで何かを失くしてたら、て考えちゃって…」
「なるほど…まぁ、確かに私も誰からもあの事変について聞かれなかったなぁ」
「きっとみんな、気を使ってくれてるんだろうね」
その時、曜と梨子の前方に突然影がかかる。
「ふーむ…そういうことだったのですか、お二人とも」
驚いた二人は思わず身体ごとのけ反るが、そこにいたのはわざと声を低くしてとぼけている千歌の姿であった。
梨子が頬を膨らませて千歌に抗議する。
「もう、千歌ちゃん、驚かせないでよ~」
「えへへ、ごめんごめん。二人とも何かしんみりしちゃってるからさ~」
「別にそんなつもりはなかったんだけど…」
そこで、曜は思い出したように千歌に話を振る。
「ねぇ、今更だけど、千歌ちゃんはμ’sに憧れてスクールアイドルを始めたんだよね?」
それに、千歌は疑いなく首を縦に振った。
「うん、そうだよ」
「ルビィちゃんや梨子ちゃんの話を聞いていてふと思ったんだけど…
千歌ちゃんは、μ’sのどういうところに憧れたの?」
千歌は一瞬虚を突かれた表情をした後、俯いて考え込む。
「…う~ん。思ってみれば深く考えたことはなかったかも。気がついた時には体が動いてたっていうか」
如何にも向こう見ずな性格らしい彼女の発言に、二人は思わず苦笑いを浮かべる。
しかし、当時を思い出す千歌の表情に笑みが宿ると、二人の意識は自然に彼女の言葉に引き込まれていく。
「…ただ、あの時…みんな楽しそうだったんだ。東京事変の時は、声しかしなかったから実感が湧かなかったけど…実際に東京で大画面で見た時、画面の中の遠くには瓦礫がたくさん見えてたのに、μ’sのみんなが笑顔で歌ってたんだ。
単純に、その姿に憧れたっていうのかな。どんな悲しい出来事があっても、例えそれが変えられないモノでも笑顔を忘れずにいるμ’sを見て、この人たちみたいに一度だけでも輝きたい!って。そう思ったのかも」
その微笑みには、確固たる目的に対する意志が含まれているように感じられた。
「千歌ちゃん…」
それにつられるように、曜と梨子も微笑を浮かべる。
「…じゃあ、そのための第一歩として、毎日30分の筋トレはバテずにこなさないとね♪」
「もー!今日の梨子ちゃん、なんか意地悪!!」
「あはは…それだけスーパースクールアイドルへの道は険しいのであります!てとこかな?」
曜も梨子に交じって茶化しながら、千歌たち二年生は階段を駆け上がっていく。
もうすぐ屋上だ。夏日の厳しい日差しの熱が次第に強まっていく。
一番最後に走っていた彼女たちは、扉を開け放つ。
「みんな、お待たせー!!」
日下に、少女の声が響き渡る。
ここに、新たなる九つの光が誕生しようとしていた。
ーーーーーーーーー
南極。
そこは、一部の生命しか生存を許されず、一面を氷雪が支配する場所。
文字通り、そこには氷と雪以外何もない。
白がすべてを永遠の時間へと閉じ込める場所ー
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!」
ーのはずだった。
その白を貫き破ったのは耳をつんざく咆哮と蒼い光。
そのすぐ横を、巨大な物体が高速ですり抜ける。
無数の星が並ぶ上空で、先ほどの物体ー身長50mはあろう、トンボのような巨大生物が飛び回っている。
その名は「メガギラス」。
別名「超翔竜」。
以前に東京怪獣事変の際に存在が確認されたヤゴ怪獣「メガヌロン」の究極進化形態である。
当時は自動車による衝突で絶命するほどの生命力しか確認されていなかったメガヌロンであるが、このメガギラスは他の大型怪獣に匹敵する巨躯と耐久力と攻撃能力を有している。
中でも抜きんでているのはその飛行能力。全長50m、体重1万2000tでありながら、瞬間移動のごとき高速飛行を可能にしている。
そして、その眼下にて此方を睨みつけている、黒き鱗に包まれ、三列の蒼い背びれを暗闇に静かに光らせている巨大生物はー
『怪獣王』ゴジラ。
これ程までに素早い獲物は初めてなのか、彼は舌打ちするかのように短く唸る。
それを見たメガギラスは自身の狡猾な性格を表すが如く、大きく裂け、牙の生え揃った口を曲げてニタリと笑った。
一見昆虫のような外見をしているメガギラスであるが、所々このように昆虫以外の動物の特徴を持っている。
研究機関『MONARCH』の学者の間では翅の形状、表皮の形質から、爬虫類型の怪獣の系列ではないか、または何らかの方法でそれらの系統の怪獣の遺伝子と自身の遺伝子を合成し、自己進化を行ったのではないか…などと諸説あり、結論としては不明である。真相は彼自身にしか分かるまい。
そんなことなど関係なく、両者はその場を離れず睨み合う。
極寒の地を容赦のない突風が吹き抜ける中。
先に動いたのは、メガギラス。
ゴジラの反応が追いつかないうちに首元に迫り、両腕の先端の巨大なハサミで正面からゴジラに食いつく。
どうやら腕力も中々なもののようで、ゴジラは鋏を掴んで抵抗するもメガギラスは決してその腕を離そうとはしない。
ゴジラも遂に耐えかねて背びれを点滅させたところで、メガギラスは尻尾を曲げてゴジラの方に向ける。
彼が口内を輝かせて熱線を放とうとした刹那、メガギラスは尻尾の先の刃のような針をゴジラの腹部に突き刺す。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!????????」
予想外の痛みにゴジラは思わず怯むが、そのまま熱線の発射を中止するわけにはいかない。
しっかりと相手を眼中に捉え、再び口を開いて火中に葬ろうとするが、ここでゴジラは気づく。
自分の熱線が出ないことに。
そう。メガギラスは今、尻尾の針からゴジラのエネルギーを吸い取っているのだ。
激しく点滅していた背びれも、次第に輝きを失っていく。
それでもゴジラは自らの腕力でメガギラスを引きはがそうとするが、一気にエネルギーを吸われたせいかパワーが思ったように出ない。
メガギラスはどうやらこれを狙っていたらしい。
十分にゴジラの動きが鈍くなったところで鋏の力を弱めると、メガギラスはゴジラの腹部から針を引き抜いてすぐさまゴジラに体当たりを仕掛ける。
黒き巨体が、地響きと共に倒れる。
すぐさま彼は起き上がろうとするも、彼自身の重量と身体の麻痺によってほとんど身動きも取れない。
メガギラスは勝鬨を上げるかのようにいななき、身を翻す。
ゴジラから数百m離れた地点にまで離れると、メガギラスは全身を光らせる。
「―――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!」
そして一際大きく咆哮すると、彼はその身から自身の全長をも超えるほどの超巨大火球を放った。
あまりの熱量によって付近の氷雪を溶かしていきながら火球はゴジラに迫り、遂には激突した。
「―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼の苦悶の鳴き声をかき消すかの如く爆発がゴジラを包み込み、周囲の氷山から水蒸気が一気に立ち昇る。
しかし、メガギラスは『王』相手に手加減はしなかった。
彼はゴジラの周囲を回り込むように飛行しながら翅を超高速で振動させ、擦り合わせ始める。
すると独特な高音が鳴り始め、その高周波によって直下の氷山が共鳴してひび割れ始める。
やがてそこの氷山が崩落を始めると同時に、メガギラスは低空飛行でゴジラの周囲を飛び回っていく。
高熱により溶けかかった氷山は次々と粉砕されて崩れ落ち、たちまちゴジラを埋めていく。
メガギラスが飛行を止めた時には既に、そこに元の景色はなかった。
もはや『王』の姿はなく、氷の平地が残るばかりであった。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
彼は狡猾な性格と高度な知能により、確実にゴジラを封じることに成功したのだ。
いくらあのゴジラであっても、あの短い腕では自力で脱出することは敵わない。
また、ゴジラからは相当なエネルギーを奪取した。あれでは体力回復して自力で脱出するより前に、低温によって眠りにつかざるを得ないだろう。先ほど溶けて砕け散った氷も、再びゼロ度を下回る超低温によりくっついて固まり、ゴジラにとって脱出は非常に困難なものになるに違いない。
メガギラスはこの氷の大地にて全てに対する勝利を宣言した。
既に、足元の氷が蒼く染まり始めていることに気づくこともなく。
「………!!??」
氷が奥深くからひび割れてきていることに、長い間勝利の余韻に浸っていたメガギラスはようやく感づく。
彼が本能的な危機を感知して飛び立った直後に、ついに氷の表面にもひび割れが至りその間から蒼い光の筋が何本も顔を出した。
それを確認する暇もなく、地上から天空に蒼い雷が貫き、周囲の氷は音もなく一瞬で蒸発する。
強烈な衝撃波に耐えかねてメガギラスは大きく吹き飛ばされるが、何とか平衡感覚は保ち、氷と土が蒸発したことで出来上がった地上のクレーターの中心を見つめた。
蒸気が上がり、何も残っていないまっさらな土地に、此方を見上げながら見下している『王』の姿が、そこにー
メガギラスは両眼を大きく見開く。
この戦略は、これまでのゴジラとの戦闘の結果より見出された、彼に確実に勝つための唯一の方法だった。
それが、今この場で音を立てて崩れていくのだ。
メガギラスは予想のつかない相手に恐怖すら覚えたが、ここで背中を見せれば必ずそこをやられる。
メガギラスは悔し気に唸り、ゴジラを見下ろしながら反撃、もしくは逃走の機会をうかがう。
見てみれば、未だに前はがら空きだ。両腕を鋏で封じてしまえば、やはり相手には反撃のしようがない。
そこを突きエネルギーを再び吸い取れば、確実に消耗は早くなる。
まだ氷から脱出するだけの体力を兼ね備えていることには驚きだったが、それだけのパワーを秘めているなら、それを吸収することで今度こそゴジラを沈黙させうるほどのエネルギーが手に入るはずだ。
翅を震わせ、尻尾の針を構えながら、メガギラスはゴジラめがけて突進する。
ゴジラは、その場から動くことはない。
何の苦労もなくメガギラスはゴジラを捕まえ、再び針を相手の腹部に刺す。
それにゴジラは何の抵抗もしない。ただ自分のエネルギーが吸い取られるのを見ているだけだ。
一方のメガギラスは再びニヤリと笑う。
このままエネルギーを吸い取っていけば、いずれ相手は衰弱するだろう。
さっきの復活は意外ではあったが、今度こそは失敗はしない。
先ほどは自らの限界も考え手加減してしまったが、今回は確実にエネルギーを搾り取り、死に追い込むのだ。
そこまで考えた時、メガギラスは腹部に異変を感じた。
それは、まるで何か大きなものに刺されているかのようなー
突然、彼の喉の奥から何かがこみ上げ、口外へと吐き出される。
そこで初めて彼は、それは彼自身の体液であることを知る。
腹部を見ると、蒼い光を放つ槍のような物体がそこを横に貫いていた。
何故?
彼がその原因を知る間もなく、ゴジラの頭突きによって引きはがされ、地面に落ちる。
想像を絶する痛みに地上で醜くもがくメガギラスの前に、ゴジラは歩いてくる。
そして片足を高く上げ、彼はそれを思い切り振り下ろす。
パキッという音と共に砕け散るメガギラスの尻尾。
それと共に彼の戦意も砕け散り、意識を恐怖が完全に支配した。
次に落ちてきたゴジラの足を這いずって何とか逃げ回り、メガギラスは翅を震わせ、よろけながらも空中に浮く。
逃げる。それしかない。
何も考えられなくなったメガギラスは、ゴジラに背を向けて逃げようとする。
だが、時もう既に遅かった。
「!!!!!!????????」
腹部に刺さっていた槍が、爆発する。
はらわたが爆炎と共に飛び散り、腹部は丸ごと吹き飛ばされた。
メガギラスの身体が、ぐらりと揺れる。
王に挑戦し続けた者は遂に敗れ、地獄の元へと墜落していく。
そんな彼の複眼に、ある光景が飛び込む。
それは、嘲笑。
こちらに口内を向け、光らせる『王』は、最初から自分に勝てると思っていた此方を、確かに嘲っていた。
憤怒と絶望と虚無感をはらんだ彼の複眼を、蒼い光が満たしー
メガギラスは、跡形も残さず爆散した。
――――――――――――
相手の命が潰えたことを確認したゴジラは、本当の勝利の咆哮を上げた。
だがそれは、永遠の支配を宣言するものではない。
どこかでまた何かが蠢く。
それにゴジラは答えるかのように、咆哮を終えるとぎろりと目を光らせ、出てこいというかのように傍の氷山を睨む。
一見変哲もない景色。いつの間にか吹雪が鳴り始めている。
そこに現る、三つの影。
一つは『カマキラス』。身長は90m。体重は2万t。片腕が鎌、もう片腕が槍へと変化した蟷螂怪獣である。先程のメガギラスには劣るが、マッハ0.5で飛行することが出来る。また、光の屈折率を調整して周囲の景色と同化することができ、奇襲に最も適した性質である。
もう一つは『ジラ』。全長は90m。イグアナが核実験によって遺伝子変異を起こした怪獣であり、その姿はゴジラに酷似している。とはいえその身体は細く、体重は9千tと、怪獣の中ではかなり軽い。しかし、それによって400~480km/hという破格の速力を手に入れている。
そして最後は『クモンガ』。体長60m。体重3万t。名前が示す通り巨大な蜘蛛の姿をしており、通常の蜘蛛とは違い、糸を口から吐く。この怪獣も身軽な部類に入り、跳躍力も目を見張るものがある。
かくして、第二ラウンドが始まる。
先手はジラ。前屈姿勢を取り、ゴジラを見据えて一気に駆け出す。
その速力たるや彼の周りの吹雪も乱れるほどで、クモンガとカマキラスはその風圧から跳躍して逃れる。
ゴジラはそれに向けて熱線を放つが、ジラはこれをジャンプして回避。全身が筋肉に覆われ、体重が軽い彼だからこそこなせる芸当である。
ゴジラはそれを見計らい、次に尻尾を振るう。その先には、僅か数秒にて葬られる哀れな怪獣の姿がー
なかった。
ジラは、ゴジラを遥かに高く飛び越え、空に尻尾を振るって戸惑うゴジラの背後に着地。
足音に気づき後ろを振り向こうとしたゴジラに、強烈なタックルをお見舞いする。
意識の外からの強撃にたじろぎ姿勢を崩しかけたゴジラに、カマキラスが襲いかかった。
カマキラスはゴジラの頭部にしがみつき、執拗に目を槍状の腕で潰そうとする。
すると、これを見たクモンガが、その口から毒針をゴジラの頭部めがけて発射した。
その毒針はゴジラだけでなくカマキラスにも多数突き刺さり、彼は思わず甲高い悲鳴を上げる。
そしてその隙を逃さずクモンガはゴジラとカマキラスの頭上へ一本の太い糸を発射。
その糸は空中でネット状に広がり、カマキラスとゴジラの頭に覆い被さる。
南極の気候によりその糸は瞬く間に凍り付き、ただでさえ強力な粘着力を更に強化する。
苦しみもがく二匹に、クモンガは続けて糸をスプレー状に発射する。
ゴジラの足元に当たった糸はゴジラの足と地面とを接着し、自由な動きを阻害していく。
身動きが取れないゴジラは残った尻尾を振り回すが、この状況ではどうにもならない。
それにも容赦なくクモンガは糸を発射し続け、ゴジラをカマキラスごと糸だるまにしていく。
―と、そこでジラが氷山の頂上から、二匹にばかり集中していたクモンガに飛び掛かり、踏みつける。
上空からの重力と体重が組み合わさったボディプレスに、硬い外殻を持たないクモンガは泡を吹き散らす。
暴れるクモンガ相手に、ジラは指先のコンクリートをも割る鋭い爪でその体表をえぐり取る。
傷口から体液をまき散らし、苦悶の鳴き声を上げたクモンガはジラを振り落とそうともがくが、ジラの強靭な脚力によりクモンガは鷲掴みにされており、ますます痛みを増すばかりだ。
そして、ここで意外なことが起こる。
ゴジラの背中の糸だけが、溶けだしたのである。
そう、ゴジラの背ビレには膨大な熱量が蓄えられていることに、クモンガは気づいていなかった。
高熱によって蛋白質の糸は強度を失い始め、一本ずつ次々とほどけていく。
そして、背ビレのうちの一つが鋭く尖った槍のような姿へと変化し、右脇の辺りへ伸びてゆく。
ゴジラは自由になりつつある右手をその槍へと伸ばして握りしめる。
そして一気にそれをー
自分の身体から引っこ抜いた。
赤い鮮血が飛び散り、ジラとクモンガは思わず争いをするのも忘れ呆然とゴジラを見ていた。
だが出血もすぐに収まり、ゴジラは槍を握る右手に力を込める。
直後に、その槍はー
自分の顔に張り付いているカマキラスの頭へと直行した。
悲鳴を上げる暇もなく、カマキラスの頭部は貫かれ、形を無くす。
後に残った胴体と脚はしばらく動いていたが、まもなくしてただの屍と化した。
ゴジラはカマキラスだったモノをいつの間にか糸から解放された左手で鷲掴み、すぐ横に棄てた。
後に残ったのは、クモンガとジラの二匹。
ゴジラは彼らを睨み付けると、右腕を後ろに下げて低く構える。
いち早くそれが何を意味するか理解したジラは、クモンガを踏みつけて跳躍して後ろに下がった。
先ほどのジラの攻撃で内外共に相当なダメージを受けていたクモンガは、動くこともままならずー
その頭は、真正面からゴジラの投擲した槍に真っ直ぐ貫かれた。
彼はしばらくよろけ、一歩一歩後ろにさがっていく。
遂には狂ったように傷口から無数の糸を放出しながらその場に果て、同時に槍が大爆発を起こした。
一匹だけ残ったジラは、完全に怯えていた。
自分のいったい何を以て目の前の怪物を倒せと言うのか。
だが、ここに来るのは怪獣としては当たり前のことであった。
怪獣は破壊・戦闘本能が生存本能と同等の地位に並立した特殊な生物群である、というのは有名な話である。
ある程度の力を持った怪獣は戦闘相手を求める傾向にある。
勿論食料確保のため縄張りを広げる意図もあるが、彼らの多くは『戦闘』そのものを求めているのだ。
そして彼らが人間を巻き込んだ熾烈な闘争の末に辿り着く場所ーそれが、この南極だ。
ここにいる絶対的な力を持つ王としてのゴジラと闘うためだけに、年中あらゆる巨大生物たちがここを訪れ、死んでいく。これのおかげで地球上に怪獣が溢れかえらずにすみ、このような地球の自浄作用のおかげで我々人間は滅ぼされずに済んでいるのだーと力説する学者もいる。
だから、ジラもゴジラに引き付けられてここに来たわけなのだが、流石に彼も生物である以上分かる。
この『王』には勝てない。だから、自分は逃げるべきなのだと。
ジラは前項姿勢になるとゴジラに背を向け、全速力で大地を蹴り、走り出した。
向かうは海。海中なら自らのポテンシャルを引き上げて逃げ切ることが出来る。
ゴジラはジラの瞬発力を知ってのことか、その場から一歩も進まない。
代わりに、それまで蒼に輝いていた背ビレを深紅に染め始めた。
数分後、ジラは海岸に容易に到着した。彼の横では氷が次々と崩れ落ちていく。
改めてジラは周囲を見回して敵がいないことを確認する。
そしていよいよ海中へと飛び込もうとした、その時。
背後から、轟音が聞こえてくる。
思わず振り向くジラ。
その目に飛び込んできたのは、炎と氷の洪水だった。
―――――――――――――
扇子状に広がった窪み。
その正体は、ゴジラの熱線によってえぐり取られた南極の大地であった。
自ら挑んできたにも関わらず逃げ出そうとした臆病者の消滅を確認したゴジラは、鼻を鳴らした。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
今度こそ誰も自分に挑んでくる者はいない。
ゴジラは、天に向かって咆哮を上げる。
それが終わった後、南極は再び静寂に包まれた。
カマキラスとクモンガの亡骸を後にして、ゴジラはその場を去る。
だが、行く先々に何らかの死体が無くなることはない。
皆が、今までゴジラに挑みかかりその命を無駄にした者たちである。
自分に敵対する者は絶対に息の根を止める。
それがゴジラの『流儀』だ。
結局、あの東京での一件からも、ゴジラは孤独であることを辞めていない。
ずっとこの南極にこもり、挑んでくる怪獣を『締める』のがもはや日課になっている。
特段不便ではない。東京までのように人間があの不愉快な『光』を落としてくることもないし、見ることもない。やや寒さには弱かった点もここ数年の生活で慣れてきた。
ただ、『あの時』に感じた感覚が恋しくなる時もないわけではない。
しかし、恐らくそれを求めようとすることは許されない。
彼は、人間ではない。彼が怪獣であり、ゴジラという存在である以上、他の生物と馴れ合う訳にはいかない。
ただ、『あの人間たち』が残したあの感覚は、ずっと留まっているのだ。
何故それを忘れることが出来ないのか?それほど、あの感覚は彼にとって大事なものだったのだろうか?
それは彼自身にもさっぱり分からない。
今日も、彼は凍った屍に囲まれて一夜を過ごす。
空を見上げると、無数の星々が空を囲ってきらめいている。
一息つくと鼻から白い蒸気が出て上がっていき、やがて消える。
その中で、流れ星が一つ、空を駆けた。
それを見ていたゴジラの意識の奥底に、何かが駆け巡る。
新たな挑戦者の殺意でもない。食料である鯨が発する超音波でもない。
どこか懐かしいような、しかし全く今まで感じたことのない反応。
…そう、これは『あの時』の感覚と似ている。
彼は海の向こうを見やった。
もしかしたら、ずっと遠いどこかで発されたものかもしれない。
彼はその時、何とも言えないものを感じた。
明らかに『殺意』や『敵意』ではないそれを、彼はどう感じれば良いのか分からない。どういう反応をすればよいのか分からない。
いずれ、この感覚の『原因』と向き合わねばならないかもしれない。
そうこうしている間に、今日の烈しい戦闘からかゴジラの瞼は重くなってくる。
それに抵抗することなく、彼は目を静かに閉じる。
何が真実であっても、彼の闘いは続く。
そう、彼の闘いは、永遠にー