けんぷファー ~もう一つの物語~   作:真夜

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四章『捜し人』後編

 

 

       *

 

 

    ~春佳 side~

 

 

 星鐵学院の校則的というより、別々に作られた校門により男女一緒には下校することは出来ない。なので、近くにあるコンビニで待ち合わせることにした。

 雫先輩たちより早く着いたのか、誰もコンビニにはいなかった。しょうがないので俺は中に入って待つことにした。自動で開いたドアを潜ると雑誌コーナーへと足を運ぶ。

(最近の世界情勢は、と……)

 少し厚めの雑誌を手に取る。パラリと捲ると毎月読んでいるページを探す。少年漫画なのに一つだけズバ抜けてカテゴリが――むしろ、異色を放っている(良い意味で)で手を止めた。

 そこには内側へとくるりと癖が付いた桃色の髪を可愛く揺らす女の子が映っていた。今日も過激に、大胆に『寝起き眼 + キャミソール姿』という黄金の組み合わせで可憐に微笑んでいた。

 肩からずれて下へと垂れ、チラリと覗ける部分が完璧に「作者め、男心を熟知しているな」と感心させられる。

 

「むむ……、今回もすごいな…。 いい感じに都会に喧嘩売ってるな」

 

 そんな邪なことを考えていても、身体は正直らしい。これからのことを思うと心臓がドクンと高鳴る。

 

「…ヤバい、緊張してきた……」

 

 ぐるぐるとお腹が鳴り出した。

 ――これは緊急事態だ。俺は急いでトイレはあるのか店内を見渡した。雑誌が置いてあるコーナーの近くにWCという標識を発見した。

(良かったぁ…あった)

 安心したのもつかの間で、また腹痛が俺を襲う。

 

「すいません、トイレ借りていいですか?」

 

 と近くで商品を陳列していた店員に訊いた。

 

「あ、はい。いいですよ。 そちらの角を真っ直ぐ――」

 

 店員は俺の表情を見て状況が分かったのかすぐ返事をしてくれたが、俺は返事を受け取る前に脱兎の如くトイレに向かっていた。

 後ろから店員の「あはは……」と笑う声が聞こえてきたから、大変だな、とか考えながら苦笑いを送っているんだろう。俺も店員立場だったら、間違いなくそう思うはずだ。

(腹が…痛い……なんでいつもこんな時に)

 早足で前まで来るとドアに手をかけた。運良くトイレは空いていたのでギリギリ間に合った。

 

「はぁ…」

 

(危なかったぁ…)

 はあ、とため息が出てくる。緊張するとすぐ腹痛を伴う自分の身体を呪いたいがこればっかしは治しようがない。まあ、今日のはしょうがないかと苦笑い。

 

「だって、星鐵二代美少女と一緒に行動してるんだもな…」

 

 全学年の生徒が一回はしてみたいと言われている、三郷雫と沙倉楓との買い物デート。俺の場合は買い物ではないが、そんなのは対して差はない。

 男子と外を歩くことのない雫先輩に関しては、この夢のようなことは絶対起こらない。だから出来たとしたら奇跡に近いだろう。

いや、訂正しておくけど別に俺がしたいってわけではないぞ。一般論を述べただけだ、と言っておく。

 

「……まさかの、俺って奇跡起こしちゃったのか?…」

 

 俺はちょっと嬉しくなって、小さくガッツポーズをする。

 

ぐらぐるぐる~

 

「く…クソっ……」

 

 周りの『羨まし過ぎる…地獄に落ちろ』という思いがこの事態に陥った原因ではないか、という考えが頭をよぎった。

(俺は…こんなことには負けない!!)

 痛みが治まったので急いで拭いて、トイレから出る。さあ、ここからがここが重要だ。アレはどこだ?、と目的の商品棚を探す。

『アレって何』だって?。そんなのは例のストッパに決まってるじゃないか。

 

「あ、あった!」

 

 天が味方してくれたのか、最後の一箱を発見した。急いでそれを掴むとレジにダッシュする。その途中で飲み物のいるはすも手に取る。

 

「あら、どうしたの?」

 

 俺の味方をしてくれたと思ったが違うようだ。精神的ダメージを倍増させるため、上げてから落とすという卑劣な方法を用いてきた。今到着したのか雫先輩がいた。その後ろには沙倉さんもいる。

 

「そ、そこをどいてくれ…」

 

「春佳さん、どうしたんですか?」

 

 雫先輩の後ろからひょこっと沙倉さんが顔を出した。なんか可愛いな、と思ったりもしたが今は違うんだ。

 

「理由は分からないけど、南君は調子が悪いようね」

 

 腰を少し曲げて、腹を押さえている俺を見て状況が分かったのか沙倉さんに簡単に説明した。

 

「え、大丈夫なんですかっ?」

 

「………」

 

(いえ、大丈夫ではありません。もうヤバイです…)と言いたいが我慢するので精一杯。早く買って薬を飲みたい。

 

ぐるぐる…

 

「く…これお願い……」

 

 さっきので事情が変わった。一秒でも早くトイレに行きたいが、商品を持っては入れないので近くにいた雫先輩に預けた。

(雫先輩は何かしら?)と目で訴えてくるが答えている場合じゃない。むしろ、分かっているくせに俺の口から言わせようとしている感がある。だから、俺は無視して先を急いだ。

 俺はまた店員に了承を得るとトイレに駆け込んだ――

 

 

       *

 

 

     ~雫 side~

 

(さっきの様子から考えて、これは買っといてくれってことよね)

 南君から預かったストッパとペットボトルに目を向けた。握りしめたのか薬の箱が潰れていた。

 余程痛いらしい。そう思うとすぐ必要だということになる。

 私は下痢止めと水を片手にレジへと向かう。

 そんな状況を眺めていた楓が喋り始めた。またからかってくるんだろう。私がこういう噂がないから。

 驚いたような、何か面白いものを見つけたような顔をすると、キラキラとした瞳を向けてきた。

 

「きゃっ、雫ちゃん! やっぱりそうなんじゃないですか♪」

 

「何がかしら?」

 

「だ・か・ら、雫ちゃんと春佳さんの仲っ」

 

 ツンと楓が肩を突いてくる。星鐵がほとんど男女別のせいかこういう話になると彼女はからかってくる。私に何か噂が立つとすぐ訊いてくる。本当にこの手のジャンルは女の子の大好物らしい。

 

「…そう見える?」

 

「はい、見え見えですっ!」

 

「…………」

 

 言われてから気付く。だが、そんなことは考えてもなかった。トイレを見つめたあと、さっきの南君とのやり取りを思い出した。

 順番で言うなら、こうだ。

1.これ持ってて→ 2.とりあえず持ってる→ 3.すぐ必要だろうから買っておく。

 とくに何もない。どこら辺に騒ぐところがあるのだろう。自分では気づかないが外から見るとそう見えてしまうというアレかもしれない。

 いつものように頭を回転させるが、異性なんて考えたことがないのでよく分からなかった。そんな時、

 

「467円ですっ」

 

 思考を止めると「これで」と財布から500円玉を取り出して、店員へと渡す。ぼーっとしていたのか、お金を受け取ったまま立ち止まる店員がいたりしたが、目もくれず楓との話に戻る。

 

「楓の勘違いよ。私にはそんな気はないわ」

 

 少し遅れて店員から33円のお釣りとレシートを受け取ると、それを綺麗に折って財布の中へとしまった。楓は「え~そうなんですか~?」とまだ食いついていたが南君がトイレから戻ってくると同時にそれについては終了してくれた。

 ゲッソリとした顔で戻ってくると、南君は手に提げたビニール袋に目を向けた。驚いた顔をする気力もないのかぼそぼそと口を開けた。

 

「あ、ありがとう…」

 

「…ございますわ?」

 

「…ありがとうございます。今すぐ飲みたいから下さい……。 それでいくらだった?」

 

「素直で宜しい。 これが預かった薬と飲み物よ」

 

「ん、ありがとう」

 

「じゃあ、南君が戻って来たことだし、行きましょうか」

 

 南君に袋を渡しお金をうけとると出口に向かって歩きだす。通り過ぎる瞬間に彼にしか聞こえないよう声を潜めると、「これは貸しね」と伝えた。すると南君は飲みかけていた水を吹いた。

 

「どうしたの?水を吹き出すなんて汚いわよ?」

 

「それはお前が…」

 

「あら、なんのこと?」

 

 白を切る。いつも通り惚けてみた。背を向けているので南君の顔は見えないが、悔しんでいるであろう姿を思い浮かべるともっといじりたくなる。

 ふと、いつもは感じない感情が生まれた気がした。どうしたのかしら、と手を伸ばし顔に触るが特に変化はない。変わらない表情がそこにはある。少しの変化を除いてだが。

 

「どうしたの?雫ちゃん」

 

 いつの間には隣まで来ていた楓の声で我に帰った。考え事をするのはいつものことだが、誰かが横まで来るまで気付かないのは初めてだった。

 

「いや、なんでもないわ。 それより、楓が探してる人を探すわよ」

 

「あ、はいっ!」

 

 楓は待ってましたとばかりに強く頷き、歩きだした。

 暫く歩いていると急に楓が南君に向かって「あ、そういえば朝はすいませんでした」と言いだした。

(朝のことってケンプファーのことかしら…)

 話の内容が気になったりもしたが口には出さず、二人の会話を聞くことにした。聞き耳を立てる、とはこんな感じのことだろう。

 

「え?あぁ、あれか。 まー、大丈夫だったよ」

 

「あれかって忘れてたんですか?」

 

「ごめんごめん。今日は色々ありすぎてさ…」

 

 そう段々と小さくなる言声とともに南君は私の方を見てきた。恐らく私が眺めていたからではないと思う。そう彼の目が語っている。

(こういうのなんて言うのかしら――)

 

「何かしら?南君」

 

「いや、なんでも」

 

(――ん…分からないわね)

とりあえず、今分かることは南君の反応を見ていると無性に話かけたくなる。

 

「南君が目でセクハラしてくるわ、楓。 どうしましょう怖いわ」

 

「え~春佳さん、雫ちゃんをそんな目で見ないで下さい」

 

 楓は私と南君の間に立つと、雫を守るように両手を広げた。冗談や洒落であると長い付き合いの楓には伝わっているようだが、南君は分かっていないらしい。

 

「えっ!?見てない見てない!」

 

 そう言うと手を横に振った。おかしなことに、さっきから忙しなく表情がころころと変わっている。今は必至に誤解を解こうとしてる顔。犬で例えるならチワワってとこだろうか。

 あわあわと慌てる南君に私は追い討ちをかける。

 

「流し目で見てたじゃないの」

 

「春佳さん最低~」

 

 そこに楓も乗ってくる。意外と彼女もこういうところがあったりするのだ。

 チラと目を向けると誰が見ても『パニックに陥っているね』と思うくらい目がキョドっていた。そんな彼をもっと弄りたい気もしたがそろそろ目的地に着きそうだからやめることにした。

 

「楓、もうそろそろやめてあげましょう。 冗談が過ぎると本当の事になるわ」

 

「はい、そうですね。やめましょう。 からかってしまってごめんなさい、南さん」

 

「ええっ!?」

 

 チワワくんは口をパクパクさせて「もっと早くそう言ってくれよ!」と叫びたそうな顔をしていた。

そんな南君に小さな声で「文句はあとで聞くわ」と伝えると、私はある方向を指さした――

 

 

       *

 

 

    ~ナツル side~

 

 

 俺と紅音、そして予定には含まれていなかったますみと合流した俺は、紅音の案内で近くの商業施設が立ち並ぶ駅へ来ていた。

 臓物アニマルのハラキリトラの言われ買うことになった、“変身したときの服”――つまり、女性用の服やら下着やらをここに買いたいのだが――

 

「ええと…ここは……」

 

 俺は店名が上から下までびっしりと書いてある案内掲示板を見上げ目が点になる。地下一階から五階まであるようだ。

 どうやらここは“大型”と呼ばれるデパートに分類されるらしい。二階から四階までが衣服売り場なのか、赤い線で囲まれ婦人服という括りがされてあった。因みに地下は食品関係で五階はレストランなどの飲食店となっていた。

 

「この店です」

 

 紅音が目的地のフロアのある一角を指差した。俺はそれを目で追っていく。よく分からないブランド名が書かれていた。

 彼女の案内のもと俺達3人はエスカレーターで上まで昇ることになった。途中ますみが「エレベーターでびゅーっと上がって落ちましょう!」なんて言いながら袖を引っ張ってきたが、やんわりと断った。絶叫アトラクションに乗りたいなら、富士急に行ってくれ。彼処はすごいぞ、どどんぱとか。

 エスカレーターに紅音、俺、ますみの順に乗った。その途中、「服、服」と息をあらげて、ますみはぶつぶつと徐祖を言っていた。無視をするのにも限界というものがあるように、気が重くてしょうがない。

 因みにさっきから呼んでいる“ますみ”というのは、今日図書館で倒れた沙倉さんを運んだ時に廊下で出会ってしまった子だ。彼女のフルネームは西乃ますみ。クラスは一年三組。血液型はB型。成績は中の下。趣味は音楽を聴きながら寝ること。スリーサイズは是非ご自分で触って確めて下さいとのこと。

 一番最後のはセクハラになってしまうではなか…いや、今なら女だし、女の子同士ならそれには当てはまらない――と考えが巡った辺りで考えるのをやめた。

 まぁとりあえず、これらは全て彼女が教えてくれたことだ。それも何度も…。そのせいで最初は全く覚えられなかったが、全部覚えてしまった。当たり前だけど…スリーサイズ以外ね。

 当初の話では紅音との二人で買い物だったのだが「何でここに?」と紅音に聞くと、「その…追及されちゃって、誤魔化しきれなかったんです……」と返ってきた。

 最初は走って巻こうかと思ったが「逃げられないと思います…」との紅音ちゃんの助言を頂いたので、諦めて三人で買い物に行くことにしたのだ。

 

「…はぁ」

 

「…どうしたんですか?着きましたよ?」

 

 三階に到着すると紅音はあるお店に入って行った。そこは可愛いというには落ち着いた感のある、セレクトショップだった。

(…高校生より年齢層高くね?)というのが俺の最初の感想。

 ファッションについてはよく分からないので、紅音についていくことにした。

 

「ナツルさん綺麗だから、こういう所が良いと思って…」

 

 俺の身体に視線を這わせたあと紅音は若干頬を朱色に染めながら説明してくれた。とりあえず「ありがとう」とお礼を言った。正直、女の姿を誉められても複雑な感じだがますみがいるから文句が言えない。

 頬が引きつりながら近くにあった鏡を覗くと可愛いというより、美人だとか綺麗の部類の女の子が写っていた。

(自分でも確かに好みの方で綺麗だとは思うけど……なんか違うんだよな)

 そんなやり取りをしている時、真っ先にますみは「服ー、私も選ぶー」と叫びながら店の中に突入していった。その後に紅音は続くがゆっくりと続いて行く。

 俺は未知の領域に踏み込むためそんな突入は出来なかった。恐る恐る店内へと入る。

 生まれて始めて女性向けのフロアにそして、ショップに入った。驚愕続きだった。見渡す限り、服が並んでいた。壁問わずワゴンやら机の上にもだ。

 

「…………。」

 

(うわー、こんなに色んな種類の服があるのか…)

 適当に服を見ながらお店を歩いていると、ある1つのコーナーに紅音とますみが品定めしているのを発見した。一応、品定めをしてもらっている身なので、二人の側に行くことにした。俺は特にやることはないので、ぼーっと女の子二人が服を選んでいるのを眺めた。

(俺ってどんなのが似合うんだろう…)

 ますみが紅音より一足先に「きゃー、きゃー」と叫びながらTシャツを持ってきた。

 

「ナツルさん、これこれ!」

 

 広げられたシャツの正面には、二本のチェーンソーが組み合わされ、「KILL Teacher,KILL Cop」と書かれていた。

 

「…………。」

 

「完璧過ぎて痺れちゃいます!!。 良かったら授業中に着て下さい!」

 

(…校長室に呼び出しくらったら責任取ってくれるんだろうな?)

 言いたいことは山ほどあるが、あまり声は出したくないのでひたすら黙る。そして、肯定・否定は行動で示す。

 当然そんな奇抜すぎるデザインの服は着たくないので、黙って首を振った。

 ますみは俺の反応を確認後すかさず二着目を取り出す。どうやら後ろにいくつかスタンバっていたらしい。

 

「これはどうでしょう!?」

 

 今度は、十字架に磔にされた有名な宗教家が服にプリントされ、その下に「←こいつはペテン師。信じちゃダメ!!」とゴシック体で書かれていた。

 

「クリスマスイブの夜に、これを着て街を歩きましょう。 イルミネーションがいつもより綺麗に見えますよー」

 

 いやいや、いくら日本人が宗教に鈍いから安心だと言っても、日本にだって宗教者はいる。その人たちに見つかったら痛い目にあわされること間違いなしだ。

 これもまた嫌だから、俺は首を横に振ろうとしたら、その前に新しい一枚を差し出された。

 

「…っ!?」

 

(なんでこういうのしか選ばないんだ…)

 ますみの選んでくる洋服たちに驚愕していると、向こうから紅音が走って近付いてきた。大切そうに手に一枚洋服を持っていた。

 

「これなんかは…ナツルさんに似合うかも……」

 

 受け取るとシャツを広げてみた。一瞬向きやら袖口が分からず手間取ったりしたが紅音が教えてくれた。

 肩が細い紐だけになっているワンピースだった。大きく開いて肩を露出させるような服だった。因みに色は黒だ。

(確かに…こんな感じの服を女の子が着ているのを見たことあるな…)

 

「………。」

 

 紅音が顔色を窺うように『どうでしょうか…?』という目で見ている。そんな不安そうな瞳で見つめられても銀色でドクロがびっしり刺繍されてるのには抗議がしたい。

 返答に悩んでいると横から、

 

「だーめ。ナツルさんはこれがいい」

 

 とますみがブーイングした。ドクロについて文句を言うタイミングを逃したが、結果的に同意見なので俺は何も言わない。そんな中、ますみがまた俺の前にTシャツを広げた。

 

「…はっ!?」

 

 緑のウサビッチ並みにびっくりしてしまった。別に意識したわけじゃないが、あれが今の俺の驚き具合にピッタシだ。

 それは背中に「ヴラド串刺し公がトルコ兵を皆殺しにしている絵」がプリントされていた。

 

「こ…こっちの方が」

 

 紅音が出したのはスカート。さっきのよりもう少しマシな物を期待したが、TVで言うとピーだった。

(あんたらは俺に何をさせたいんだっ!)と叫び出したい衝動に駈られたが、何とか呑み込んだ。

 

「…………。」

 

 俺が何も言わない――いや、何も言えないせいでついに紅音とますみの間で『ナツルさんに着てもらうのはどちらか』という戦争が始まった。

 紅音はますみに比べ声は小さいが、ますみの勢いに負けじと頑張っていた。しかし、ますみ程ガンガンいけないようで負けそうになったりしていた。でも頑固として紅音は引こうとはしなかった。

(こういう時って、俺が止めるしかないのか…)

 いい加減周りの視線が気になってきた。元から視線を集めていたのにこれ以上目立ちたくない。店員なんか店長っぽい男性と話しながらこっちを見ている。客に関しては野次馬ばかりだ。

 なんて言ったら二人を納得させるか考えたが、自分の意見も通って二人共に関係ないことといえば一つしかない。

 

「買うのやめる」

 

 そう口にすると紅音とますみは驚愕した。

 

「え…やめちゃうんですか……?」

 

「もったいなーい。買うのー買うのー買うのー。着てくれない、私死んじゃいますー」

 

(じゃあ、死亡フラグだな…)

 俺はそんな二人をおいて、無言で店を出た。紅音は文句を言わずついてきたが、ますみは「ご自由にお触り下さい」とプリントされたスカートを振り回し、「これ着てこれ着て、最後最後ー!」と叫んでいた。

(なんだそれは!履きたけりゃ自分で履け)

 結局、デパートから出るとスーパーに向かうことになった。

ますみはさっきのことをもう忘れたのか、「ナツルさんは今日、何を食べるんですかー?」と聞いてきた。なんかうちのクラスの奴等と同じ匂いがする。

 

「ねぇ、君たち」

 

 また軽い台詞が後ろから飛んできた。また東田かと思って後ろを振り向くと全くの別人だった。

 

「……?」

 

(……誰?)

 話しかけてきたのは、東田ではなくチャラい三人組の男だった。因みに、“また”というのは俺達三人がデパートに入る前の話だ。これもまた突然後ろから「ねえ」と東田が話しかけてきたのだ。それも滅茶苦茶馴れ馴れしく。あれは凄い気持ち悪かった。そのせいであいつの顔がまだ忘れられない。

 

「カラオケ行きたいんだけど、人数足りないだ。一緒にどう?」

 

(どうもこうもあるか。誰がお前らなんかと、カラオケに行くかよ)

 こいつらはどいつもこいつも似たような格好をしており、目がちかちかする服を着ている。カラス避けも兼ねてるんだろうか。

 

「…………」

 

 当然のことながら、俺はうんともすんとも言わない。注釈を入れると、喋れないんじゃなくて、こいつらに言葉を発するのがめんどくさいのだ。

 ますみ辺りがなんか言わないかと期待して見るが、彼女は露骨に嫌な顔をしているだけ。特には言わないらしい。紅音は怖がって俺の後ろに隠れて――うん、無理だな。

 

「そこのカラオケボックス行こうよ。すぐ近くだからいいだろ?」

 

 そう言いながら近づいてきた男に紅音が腕を掴まれた。彼女はびくっと震えると露骨を越えて怯えていた。頑張って口にした言葉も「…い、行きません」の一言だけ。弱気モードの紅音としては上出来だろう。

 

「冷てえーな~。 ちょっとくらい、良いじゃんかよお。な?」

 

「……す、少しだけでも…行きません」

 

 見ているだけでムカついてきた。東田のときより頭に来る奴らだ。

 連れて行かれそうになっている紅音の袖を掴むと俺は力いっぱい引っ張った。その時に彼女から「きゃっ」っと悲鳴が上がるが連れて行かれるよりマシだろう。一応、謝るけど後でだ。

 

「そっちの可愛い娘も来いよ」

 

 白色レグホンみたいな頭をしている野郎が喋り始めた。

(ニワトリ…みたいな髪型だな。すげぇ…って……)

 どこの床屋でお願いしたら、そんな頭にセッティングしてくれんだ?と疑問に思った辺りで誰かに袖を引っ張られた。控えめな引っ張り方だからますみではなく、紅音だろう。俺は後ろを振り向いた。

 

「……?(なに?)」

 

「…ナツルさんのことですよ」

 

「…え?なにが?」

 

「えと…その、そっちの可愛い子も来いよってやつです。 あれナツルさんに向けて言った言葉ですよ…」

 

 ニワトリ頭の発言に脳内議論をしている俺に紅音が小さい声でそう助け舟を出してくれた。やっと言われたことを理解。

(なんのことを言っているのか分からなかったけど、さっきのは俺のことだったのか…)

 ニワトリヘヤーが俺の腕を掴もうと近付いてくる。どう対処したものかと考えていると、良い案が浮かんだ。ニヤリと微笑む。――そう変身後の紅音のよく使う台詞だ。

 

「おい」

 

 近づいてくるニワトリ頭にこっちから近寄ると胸ぐらを掴んだ。そのままこっちに力いっぱい引っ張る。そのままドスを利かせた声で喋り出す。

 

「さっきからいちいちウゼえんだよ。 その何触ったか分かんねえ汚い手で、あたしに馴れ馴れしく触ろうとしてんじゃねえよ。クソが」

 

 女からドスの利いた低音ボイスが発せられたのに驚いたのか、ニワトリ頭はぎょっとしていた。そりゃあ、そうだろう。俺だって同じ目にあったらこんな顔をして驚くだろう。

 俺は続けてこう言う。

 

「てめえのくだらねえヒマ潰しに付き合うほど、こっちはヒマじゃねえんだよ。時は金なり、っていうだろ?…その意味が理解出来ねえなら今すぐ殺してやるよ」

 

 ポケットからあるものを出すと男の腹に、グッと硬いものを押し当てた。

 

「ンだとこのアマ…」

 

 向こうも流石にムカついたのか反抗してきた。俺はそれに答えるかのように、右手の力を込めてぐりぐりと押しつける。

 

「これ以上何か喋っていらねえ化学物質吐き出すなよ? てめえらみたいなクズのせいで地球温暖化が加速してるっていうのにこれ以上出されたら迷惑だ。」

 

 話をまとめるように簡潔にした。

 

「――つまりだ。俺の言いたいこと、分かるよな?」

 

 俺はニワトリ頭をぎろりと睨んだ。相手も睨み返してくるが、全然怖くない。まぢケンプファーに感謝。特に難しく考えなくてもどんどん言葉が出てくる。目標は変身後の紅音だ。

 

「あ? どうする?? 日本のCO2削減に協力したいなら今すぐして止めてやるよ」

 

 そこまで言うと男達は悔しい顔をして去っていった。

 ナンパ共は去ったので手に持っていたライターを、ポケットにしまう。朝からずっと入れっぱだったのだが、こんなとこで役に立つとは…以外だった。

 

「なんか女になると、途端に人から声をかけられるな」

 

「あたし、いつもはナンパされないんですけど…」

 

「けど?」

 

「ナツルさんが美人だからだと思います」

 

 ますみも「そーそー絶対さう思う。ナツルさん美人だから、男達がずーっとこっち見てんの。きゃー素敵今すぐ私を抱いてー」なんて騒いでいた。

(んー…これは喜んで良いことなのか? 実に複雑な心境だな…)

 

「スゲーな、君。 強いねえ」

 

 別方向から聞き覚えのある声をかけられ、一気に頭が痛くなかった。この妙にスカした声の主はあいつしかいない。振り向きたく気持ちを抑えると声のした方に顔を向けた。予想通りの東田だった。

 

「ずっと見てたんだけど、あいつらこの辺りじゃ有名な連中だよ? 追っ払うなんて君やるじゃん」

 

「……そう」

 

 ずっと見てたってことは絡まれた時から近くにいたということ。「だったら助けに来いよ」って感じだ。むしろ、女子の前でそんなことを口にするとかただの腰抜けだってバレバレだぞ。なんて文句を言えないので、ただ睨むことにした。

 

「ん~良いねえ、その目付き。やっぱり、写真撮らせてよ。そこの彼女も一緒にさ」

 

「…………」

 

 全然ビビらない。むしろ一瞬恍惚とした顔しやがったぞ、こいつ。俺は無言のまま紅音の腕を掴むと引っ張って、東田から離れていく。追ってきそうなので若干早歩きでどんどん人の板垣を抜けていく。

 

「あー、待ってよ。一枚で良いからさあ」

 

 叫びながら東田は追いかけてくる。追い付きそうになった瞬間、くるっと俺は後ろに振り返った。

 そこで一言――

 

「失せろ!」

 

 目を丸くしてお口あんぐりになった東田を置き去りにして、俺達はずんずん進んでいった。

 

「ナツルさん素敵ー。口の悪さがたまんなーい」

 

「…ナツルさん、さっきの人、あんなことしちゃっていいんですか?」

 

 何故か喜ぶますみとは反対に紅音は心配そうな顔で聞いてくる。そんな彼女に俺はこう答えた。

 

「あいつは鳥類と同種だから」

 

「……えっ?」

 

 紅音はよく分からないと言いたげな顔をしていた。そう男子部二年四組の連中は大抵そうだ。一ヶ月前にあった日本史の宿題なんか他のクラスと比べると圧巻で、クラスの内七割が全くやっておらず、残りの三割はやっているが分かるところだけだったらしい。と言っても後者も白紙に近かったとのこと。

 教師はそれを見て金魚みたいに口をパクつかせて卒倒した。その後、担任は泣きながら説教をしたが、それすらも放課後には綺麗さっぱり忘れていたという体たらく。因みにに俺は七割の方ね。

 

「そんなことよりおかず。スーパーどこ?」

 

 ますみがウサギみたいにぴょんぴょん跳ねながら、進行方向を指さす。

 

「あそこでーす。そこから横断歩道を渡った方が近く……あーっ!」

 

 ますみが近くで大声を出したので、心臓が跳ね上がった。

(こら!俺が心臓悪かったら、今のでぽっくり逝っちまったぞ)

 

「なんだなんだ!?」

 

「ナツルさんの手首が光ってるー!」

 

 手首じゃなく、腕輪が光ってるんだがとつっこみたいがそんな場合じゃない。とりあえず彼女は勘違いしているらしく、「すごーい、静脈って光るんですね。 チョウチンアンコウみたい」と面白がっていた。

ますみがバカで良かったーと、一瞬安心してしまったがそれどころではなくなった。発光が早くなってきたのだ。

 

「ナツルさん、大変です…!」

 

 紅音は顔を青ざめさせていた。これは女から男に戻る合図だからだ。

 そりゃー男に戻るのは嬉しいのだが、場所が場所。こんなところで性別がチェンジしたら、変態扱いどころじゃない。これからの人生がチェンジだ。

 それに隣にはますみがいるので、こんなところを目撃されたら、それこそどこかの研究所に売り払われてしまうかもしれない。

 

「うわっ、やばっ。 紅音ちゃん、早くケンプファーになって!」

 

「こ、ここでですかっ!?ますみちゃんがいますから、無理ですよ…」

 

 チラリと腕輪を見るとまた発光するスピードが早まっている。

(あ…やばっい!)

 俺はますみに叫んだ。

 

「ちょっとごめん!帰るっ!!」

 

 言い終わると近くにあった地下駐車場にダッシュした。中に入ると同時に青い光りが全身を包んだ――

 

 

       *

 

 

    ~春佳 side~

 

「雫先輩…もしかして……」

 

 沙倉さんに聞こえないように声のボリュームを下げて要件を伝える。最後まで言わなくても伝わったのか小さく頷いた。

 

「南君が思ってる通りよ」

 

「えっ?こんなことってあり得るんですか…?」

 

「分からないわ。だから、あなたのジュウサツイタチに聞きたいのよ」

 

 流石の生徒会長でも男から女に変わるというのは今まで二人も出会ったことはなかったらしい。少し驚いている。

 雫先輩は頬を赤く染めて固まっている、女の子に顔を向けると話しかけた。

 

「楓…さっきの女の子でいいのかしら」

 

「………」

 

 沙倉さんは聞こえていないのか、無言のまま黙って見つめている。

 

「…沙倉さん?」

 

 そんな時、彼女は急に話始めた。途切れ途切れという感じだ。一語一句漏れが無いように集中して彼女の言葉を集めていく。

 

「雫ちゃ…きょ……して…い」

 

「「………?」」

 

 雫先輩と俺の頭の上にクエッションマークが出来る。まぁ三分の二――というかほぼ俺のが占めているが。

 

「雫ちゃん、春佳さん……協力して下さい!」

 

 沙倉さんは凄い勢いでこっちに振り返ると叫ぶように協力して欲しいと叫んだ。何を?なんて言葉を口にしようとしたのは俺だけだったみたいだ。

 沙倉さんの問いにすぐ雫先輩は短く答えた。

 

「ええ、いいわよ」

 

 雫先輩の顔を見ると、彼女は何か考えがあるのかいつもとは違ううっすらとした笑みをこぼしていた――

 

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