けんぷファー ~もう一つの物語~   作:真夜

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あまりの忙しさに投稿遅れましたことに謝辞です。



五章『三年一組』後編

       *

 

 

    ~雫 side~

 

 

 道中、考え事をしていたせいか、想定していた時刻より早めに家に到着した。いつものように門を開けて中へと入ると、ドアの鍵を開けて右へと回す。

 ガチャリと聞き慣れた音を意識の外で聴きながら、家に居る家族へと「ただいま」と口にした。

 

「お帰りなさい、雫」

 

 娘の帰宅に気付いたのか、リビングからTVの音とは違う声が聞こえてきた。

 歳相応とまではいかないが、30代半ばです、と言えば7割方信じてくれるのではないかというソプラノボイス。でも、その声は20代のような高いものではなくて、落ち着いた雰囲気を醸し出していて、やはり分かる人にはそんな嘘は通用しない。元より、彼女はそんな嘘はつかないだろうが。

 靴を脱ぎ、他と同じように丁寧に向きを変えて揃えると玄関の横に置いてあるスリッパ掛けへと手を伸ばした。掛けてある絵柄の同じスリッパを2つ取っていると、扉を一枚隔てた向こう側からスリッパのパタパタとフローリングを叩く音が響いてきた。

 そんなに急がなくてもいいのに、と思うがそんなことは口にしないし、態度にも出さない。私がただ一人の娘で大切に育てられていることが分かるから。

 そんな母がせかせかと足音を鳴らしながらこちらに向かっているのを感じていると、リビングのドアがゆっくりと開いた。そして今度は急がず近付いてきた。

 

「雫ちゃん、お帰りなさい。」

 

「ただいま、お母様」

 

 両親のことは“様付け”で呼んでいたりする。父親ならお父様だ。これは家の決まりが厳しいだとか亭主関白の父から躾けられた、というわけではない。子供の頃からそう呼んでいた名残が今も続いている、という話。

 それに今更になって、お母さんだとか静香さん、だなんて呼んだら彼女のことだ、大そう驚くことだろう。そして、一番の理由として自分もこの呼び方に不満を抱いたこともないので、そのまま継続――という形になっている。

 そんな彼女は「今日は遅かったわね。どこか寄って来たの?」と訊きたそうな顔をしていた。

 

「楓と楓の友達と少し買い物に行っていたの」

 

「へぇ、懐かしいわね。楓ちゃんは元気?」と雫の母――三郷静香が聞いてくる。

 顔は整っていてどことなく自分に似ているが雰囲気がほわほわしている感じの女性だ。おそらく、私は綺麗な顔だけを引き継いで、性格に関しては父親譲りなのだろう。

 そんなことを頭の隅で考えながら、

 

「ええ、中学生の時と変わらず元気にしてるわ」

 

「中学生の時ねえ…懐かしいわね。 あなたたち二人はいつも一緒にいたわよね。まるで、姉妹のように」

 

「そうかしら?」

 

 スリッパを履き終わって床に置いていたカバンを手に取ると、静香(母)に続いてリビングに向かった。

 

「いつも『雫ちゃん、雫ちゃん』って学年も違うのに教室に会いに来てくれるって言ってたじゃないの」

 

「そんなこともあったわね」

 

「え? 今は違うの?」

 

「今は教室には来ないけど、よく生徒会室に来てくれるわね。 仕事が多いときは手伝ってもくれるし、楓にはよく助けられるわ」

 

「そうなの。じゃあ、今度楓ちゃんにお礼言わないとね」

 

 そんな他愛のない話を静香(母)と交わしながら、リビングへと繋がるドアを開けた。

 中に入ると温められたミルクのようないい匂いがした。その匂いでお腹が刺激される。家に帰ってきた、からお腹空いた、に思考がチェンジした。男の子っぽい思考だが好きな食べ物も似たようなものだし、そこのところは特に気にしないようにしている。

 イスに着くなり、食事はもう出来ていたのか温められたシチューが置かれた。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう。 頂きます」

 

「ええ、召し上がれ」

 

 そんな私を静香(母)はずっと見ていたが、「ふふっ」っと笑うと近くにあるソファーへと移動した。私の顔を見つめて何を考えていたのか、気になったが思考が変わる前に『はーい、明日の天気は――』という声が聞こえてきた。

 考えるのを止めて部屋の一角へと目を向けると、男性のニュースキャスターがあまり当たらない天気予報を出しているところだった。

 

「……………」

 

(これあまり当たらないから、信用出来ないのよね…今日だって――)

 昨日の天気予報では『明日は夕方から夜にかけてにわか雨が降るでしょう。 なので、折りたたみ傘を忘れずに持っていきましょう』と言っていたが、夕方は晴れていた。そして、夜の今もまだ降っていない。見事に天気予報は外れた、ということだ。そんなことが頻繁に起こっていたりしたら、流石に疑ったりもする。

 今日は念のために折りたたみ傘を鞄に入れて持ち歩いていたが、結局天気は崩れずいつもより重さが倍増しになるだけだった。

 重い鞄や生徒会の仕事で凝った肩を回すとコキコキと音がなった。最近の悩みの種がこれだったりもしたりするが原因は別にあるのでここでは割愛。

 …マッサージ椅子が欲しいわね、そう思いながら食べ終わった食器を持ち運び易いように重ねた。

 

「ご馳走様でした」

 

 ソファーに座っているお母様――静香に感謝の言葉を言った。

 それに気付いた静香(母)は立ち上がり「あら、片付けはお母さんがやるからいいわよ?」と食器を片付けようとしている所に言ってくれたが、

 

「自分で片付けるからいいわ。」

 

 そう口にすると「そお?」と言ってまたソファーに座る静香(母)に背を向けて、台所へと足を進める。

 持っていくとそこにはまだ洗っていない食器がぽつぽつと置いてあった。どうやらある程度まで溜まったら洗おうとしている様子。

 

「片付けるついでに食器洗っちゃうわね」

 

「えっ?悪いからいいわよ~お母さんが後で洗っとくから」

 

 この台所はコの字のような型をしているので、リビングからはほんの少しだが遠い。なので、静香(母)は大きめな声で叫んだ。

 

「別に気にしないで。ついでよついで」

 

 制服が洗剤やらで汚れてしまわないように、棚にかけてあったエプロンを手に取った。オレンジの生地に白のライン、という派手ではないが落ち着いてもいない配色。そんなエプロンを着け終えると、スポンジに洗剤を浸けて、馴れた手付きで食器をシャカシャカと洗っていく。

 するとリビングからキッチンに移動してきた静香(母)が御礼を言った。ふにゃっと表情を緩めると微笑んだ。

 

「雫ちゃん、本当に助かるわ~。いつも手伝ってくれてありがとね」

 

「ふふ、助けになってるなら良かったわ」

 

「もう雫ちゃんを嫁に貰う子は幸せ者ね。こんなに美人で炊事洗濯も何もかも出来るのよ?お母さんホント嬉しいわ」

 

「そう言ってくれると嬉しいわね。 でも、貰ってくれる人がいるかしら?」

 

「いるって。雫ちゃん、好きな人が出来たら甲斐甲斐しく色んなことしてあげそうだもの。 それに落ちない方がどうにかしてるわ」

 

 親と子供――というより、同年代の女の子みたいな会話をしている間に食器洗いは全部片付いていた。

 洗っている途中に泡が飛んでしまっていたらしく台が汚れていた。台布巾を濡らすと泡を拭く。そして、台布巾を水で綺麗に洗い流した。その流れで手も洗う。その一連の作業が流れる水のように行われるのに静香(母)は感嘆していた。

 そんな母を横目に見ながら、私は辺りを見渡した。

(…これで全部終ったかしら)

 食器の洗い忘れもシンクの汚れもない。もう水を使って何かをする、というのはないので、エプロンを外して棚にかけた。

 

「じゃあ、もう終わったから部屋に行くわね」

 

「うん、いつもありがとね。助かっちゃったわ」

 

 食器を洗い始めて5分。山のようにあった様々な汚れ物は綺麗に片付いた。

 

「相変わらず早いわね~」

 

「そんなに早くはないわよ。もっと手際よくやれる人はいっぱいいるわ」

 

「そお?私的には十分だと思うんだけど。 逆にどうしたらそんなに早く出来るのか教えてくれない?」

 

「馴れかしら?」

 

「そんなあ~、わたしの方が主婦歴長いのに」

 

 冗談のつもりで言ったつもりだったが真に受けたみたいだった。「冗談よ」と言い残すとリビングを出た。

 自分の部屋のある二階に上がっていく。上がってすぐのところが私の部屋。

 電気を付けて机の上を見やるとそこにはいつも通りの体勢で腹から臓物を出したぬいぐるみ――通称、臓物アニマルの『カンデンヤマネコ 』が座っていた。

 急に「お帰りなさいませ、雫様」とカンデンヤマネコが喋り始めた。

 

「ただいま」

 

「今日は帰りが遅かったですわね。また生徒会の仕事が長引いたのですか?」

 

「それもあるわね」

 

「その会長っていう役所も大変ですわね」

 

 そう、これが私のメッセンジャーの『カンデンヤマネコ』。 全身の毛が逆立っていて、雷に打たれたというのがコンセプトの臓物アニマル。

 一度、気になって「何故、雷に打たれたのにお腹から臓物をだしているのかしら」と口にしたことがあったが、メーカーに訊いて下さいの一言。そこまで知りたいことではなかったので、それは今でも謎だったりする。

 特徴として、カンデンヤマネコは女なのか男なのか分からない中性的な声をして、私のことを“雫様”と呼んでいる。口をきくようになった時に質問したことがあったのだが、「私は周りのぬいぐるみと違うので」と言ってきた。

 まだ会ったばかりだったので「どう違うのかしら?」っていうのが疑問だったりもしたが、今になっては臓物アニマルにも個性があると分かっている。

 この子に関しては、分からないことがあると「私にも分からないことはありますわ」とすぐ言う癖もある。質問するとほぼそれで返されたりすることも稀にあったりもした。

 未だに彼らメッセンジャーのこともよく分かっていない。予想としては監視役や力のバイパスと考えている。

 そんなよく分からないぬいぐるみに今日も形式化し始めた質問をする。

 

「今日、二人も新しいケンプファーに会ったの。何か情報は入ってない?」

 

 考えるような素振りを見せた後、カンデンヤマネコは「…入っていませんですわ」と少し間があってから答えた。

 ぬいぐるみをつかんで「本当に?」と聞いた。脅しも兼ねて顔を近づけてジッと見つめ、反応を待つ。

 

 そんな時「私にも分からないことはありますわ」と、カンデンヤマネコからいつも通りの返しが来た。

(やっぱり、本人に聞くしかないわね…)

 私には知りたいことがあった。ケンプファーになってから二年間ずっと戦う理由を探しているが全然見つからなかった。当然今まで倒して来た人たちにも聞いた。でも皆同じように「そんなことは知らない」という。

 

「いい加減答えが出ないのは、キツいわね…」

 

「宿題が出来ないんですの?」

 

「違うわ。そのことじゃないわ」

 

 このままにしておくとうるさいので、何も言わずにカンデンヤマネコを掴むといつも通り押し入れにしまった。カンデンヤマネコもそれには慣れているのか、短く「雫様、おやすみなさい」とだけ口にすると静かになった。

 ピシャりと敷戸を閉めると、一旦止めていた思考を再開する。

 

「少し状況を変えてみようかしら…」

 

 四人に見付かった南春佳という存在もどうにかしないといけないが、変身すると男から女に変わるケンプファーが同時に二人現れたということも前代未聞なのだ。

(…良い案が浮かんだわ)

 部屋にあるパソコンの電源をへと手を伸ばす。

衣装ダンスに掛けてある鏡に妖艶に微笑む自分の横顔が映っていた――

 

 

       *

 

 

     ~春佳 side~

 

 

キーンコーンカーンコーン~

 

 予鈴――いわゆる遅刻まで残り10分を告げる鐘が鳴っていた。これが過ぎてしまうと、授業遅刻になってしまう。

(よっしゃ!間に合ったっ…)

 勢いよく校門を走り抜けたときの気分は長距離走でゴールテープを切った時みたいな感じだった。

 まあ、分かっているとは思うが、お決まりのというか定番化しつつある寝坊をして家から学校に着くまでの間を全力疾走して来たわけだ。

 因みに起きたというか起こされた時間は、あと10分で遅刻というギリギリの時間。逆によく起きた、と自分を褒めてやりたい。

(なんか…間に合ったのが奇跡だな……)

そう思うのも当然だったりもして、家から学校までは結構かかる。場所的に学校との間に坂道や何やとあったりするからだ。

 

「はぁ、はぁ…んっ……」

 

 もう息が切れ切れもいいところで、喉なんか渇きすぎて痛いぐらいだった。唾すら出て来ない。

喉は渇くは心臓は激しく鼓動するはで、息がし辛い。流石に二日連続で遅刻するわけにいかず全力で走ったからだ。俺は意外と真面目君なのだ。周りからは、時間にルーズだこうだと言われているが真っ赤の嘘。俺を貶めようとするクラスメイトの策略に違いない。

 俺はまた校門から教室まで走る。そんな時――

(くそ、、、腹が、、、)

 朝からとある理由で身体に深刻なダメージを受けたところが疼きだした。

 腹痛なんて生温い。意識が翔ぶぐらいの勢いと素晴らしいと称賛されるであろう角度で食い込んできた拳が溝うちを貫いたのだ。流石に貫通なんてことはないにしても痛みは尋常じゃない。

 

「あのぬいぐるみ野郎が…綿しか入ってないはずなのに、何であんな強力なパンチ持ってんだよ……。世界チャンプでも目指せんじゃねえか?」

 

 ちょっと俺は想像してみた。ぬいぐるみなので出場するのはライト級としよう。

カッコいいBGMとともに決勝戦の舞台へと歩き出す、ジュウサツイタチ。赤コーナーなのでパンツは赤。名前がコールされる中で颯爽と頭にかけていたローブを投げ捨てる。

手から離れたローブは風に流されて観客席へと落ちて行く。

 

『うおおおおおおおーーー』

 

 ジュウサツイタチは急に雄叫びをあげるとリングの淵を掴み、ジャンプ。それに続くようにファンの人たちも叫ぶ。

 

「シュッ、シュシュ――ふぅ」

 

 短い腕が風を切る音が響く。軽くシャドーボクシングをしたあと、息を吐くと気合を込める。見ている者はジュウサツイタチの背後にシャドーを垣間見る。

 覇気が出ているのかもしれない。目の前の敵を倒し、その手に勝利を勝ち取らんとする気迫。

 その顔つきは獲物を狩る獰猛な目つき――ではなく、ぱちくりとした黒い瞳。

 

「……………」

 

(うん、想像した俺が馬鹿だったな……)

 一瞬でも考えた自分が恥ずかしい。あの顔じゃ、迫力なんて出やしない。何しろ、元がぬいぐるみなので表情の変化はないに等しい。口元が微妙に歪むだけだ。

 そして、つぶらな瞳はイラつきをもたらすだけ。って、俺だけかもしれないが。

 気を取り直して俺は走り続ける。

 仄かに鼻孔をくすぐるいつもと違う匂いに異変を感じつつ目を開けると、また女の姿になっていた。これには驚きそうになったが何とか堪えた。

 ジュウサツイタチの話によると、どうやら俺が目覚めるすこし前にケンプファーの姿へと変身したらしい。

 これにはデジャヴをマジで感じた。ジュウサツイタチには内緒だが、仕返しをするという前提で前と同じ方法で戻してもらった。

 そして、流石にあの出来事まで体験するのではないかと怖かったので、いつもと違うルートで学校へと来た。

(くそっ…殴られた溝内がまだいてーな)

 

「…帰ったらコロス」

 

 との誓いの言葉を忘れないように口に出して言った。

 携帯で時間を見ると本鈴まではまだ少しだが時間があった。飲み物を買うぐらいなら寄り道しても間に合うだろう。

(走って疲れたし、飲み物買ってから行くか)

 深呼吸をすると息がだいぶ落ち着いてきた。いつものように下駄箱に向かう。

 

「ん?『生徒会室に来て 雫』だ?」

 

 下駄箱を開けると一枚の紙が入っていた。差出人はあの雫先輩。

 なんだこれは。表、裏と確認するが、書いてあるのはそれだけ。

 見た感じラブレターには見えないそれは、ただ疑問を募らせるだけだった。

「なら雫先輩の殺害予告か何かだろう」というのが俺の見解だ。

 

「よし…」

 

(これは見なかったことにして、さっさと教室に行くか)

 先程自動販売機で買った缶の蓋をプシュッと開けると、二階への階段に向かった。

 気分で炭酸を買ったのだが、これは良いチョイスをしたのかもしれない。乾いた喉にも、疲れた身体にも炭酸のしゅわしゅわとする刺激は気持ち良かった。

 もう一口飲もうと缶を傾けたその時、

 

ガシッ

 

 何かに両腕を掴まれた感覚。前に進もうとはしているが、一向に前に進まない。

 

「ん?何で前に進めないんだ…って……何この状況っ!?」

 

 突然現れた男二人組に両腕をがっちりロックされていた。そのまま進みたい方向とは逆に引きずられいく。

「なに、なに!?」とパニクっていると窓からチラッと図書館が見えた。

 

「お前らまさか…」

 

 俺はピンときた。まさか、という気持ちで男たちの腕に目を向けるとそこには『生徒会委員 執行部』と書かれたテープを付けていた。

 こいつらは俗でいう生徒会の犬と呼ばれるもの達だ

 ここにきて最悪の予想が的中した。

 

「執行部って何だよ!俺が何かしたか!? おい、離せって!!」

 

「「……………」」

 

「シカトかよ! ちゃんと聞こえてんだろ、なあ!?」

 

「「……………」」

 

 ほぼ叫び声に近い質問にも答えず男たちは黙々と目的地に向かっていく。そんな時、

 

キーンコーンカーンコーン~

 

 と本鈴の鐘の音が校内に鳴り響いた。

 当然俺にも聞こえているわけで、これで遅刻が確定してしまった。あんなに走ってここまで来たのに、一瞬にしてパーになってしまった。

 権限を与えられている生徒会には、理由があれば遅刻しても免除がされる。だが、俺みたいな一般生徒にはどんな理由でも許されない。

(ああ…終わった……無駄に疲れただけになった…)

 諦めて引きずられること数分。急に男たちは歩くのをやめた。どうやらもう着いたらしい。

 

ドサッ

 

「…もう少し慎重に扱ってくれ」という懇願も無念に生徒会のドアの前に落とされる。

 これには流石に頭にきた。睨みつけるように眼を飛ばすと、文句を言った。

 

「流石にウゼえんだけど…あんたら何様だよ」

 

 相手はラグビー部に所属しているのではないか、というぐらいがっちりした体格をしているが男にはやらねばいかぬときがあるって言うじゃないか。今がその時だろう。

 そんな俺をまた無視して、男たちは沈黙を続ける。

 また口を開こうとしたとき、俺の声を遮るようにどこまでも届くであろう声が響いた。

 

「――南君、中に入りなさい」

 

「ん?」

 

「あと、執行部はもう帰っていいわよ」

 

「「はっ」」

 

 執行部の二人は足の踵を揃えると生徒会室の方に向かって敬礼した。そのままくるりと背を向けると階段を降りていく。

(ここは兵隊の養成所かよってね…)

 

「そこでずっと立っていたって何も変わらないわよ」

 

 真後ろから声が響いた。振り向くとそこには誰もいない代わりに扉が一つあった。

 

「はいはい、入りますとも」

 

 適当に返事を返すとドアを開けて中に入った。そこには整頓されてはいるが、高く積まれた紙の束が所狭しと机に並んでいた。

その中でも一番デカく豪勢な机に彼女はいた。俺が入ると雫先輩は顔を上げた。

 

「あなたどこに行こうとしていたの?」

 

「……生徒会室です、けど…」

 

「嘘ね。教室に行こうとしていたわ」

 

 彼女は目を細めると、確かな確信でもあるような感じにそう言い放った。

(どこで見ていたんだし…)

 

「いいえ、見てないわよ。ただ教室に行こうとしていたら、南君を連れて来てって言っただけよ」

 

「用意周到じゃないですか…ていうか、俺の行動バレバレじゃん」

 

「そうね。あなたの考えはお見通しね」

 

「そこに”すりっと”が入ったら面白かったのに――いや、なんでもない」

 

「そう、ならいいわ」

 

(ヤバいヤバいヤバい…めっちゃ睨んどるよ……めっさ恐いよ…ホント今すぐ帰りたいよ)

 とは言えず心の中だけで済ませた。とりあえず、場を取り繕うと笑ってみることにした。

 

「…は、ははは」

 

 たぶん笑えてない。声なんてむしろ掠れていて、口から洩れるに出ているようなものだった。

 そんな中でもどうにか笑おうと努力してみるが、顔の筋肉が言うことを聞いてくれなかった。どうやら俺の気持ちより、身体は正直者らしい。

(ていうか、恐怖の大連鎖並みに次は汗が出てきたよ…)

 背中でタラーッと一筋、汗が流れ落ちていった。

 

「…それで考えを隠してるつもり?むしろ、丸わかりよ?」

 

「なんも隠してないからね…。深読みし過ぎなんだよ、先輩は」

 

「そうかしら?」

 

「そうだって」

 

「そ、それより話ってなんだよ。 用がないならもう行くぞ?」

 

「あなた、ここに来たばかりじゃない。気が早いわ」

 

「いやいや、そんなことないですよ。こちとら先輩のせいでまた遅刻しちまってショックなんだ」

 

 軽くショックですよ、という意味を込めて肩を落としてみた。若干演技くさいかもしない。

 雫先輩は少しは俺の気持ちを汲んだのか、

 

「こんな時間に登校するあなたが悪いのだけど、しょうがないから今回の遅刻は生徒会で何とかしておくわ」

 

「おおー、それはありがたい」

 

「その代わり、女子部に入りなさい」

 

「……………」

 

(その代わり、という接続後の使い方がおかしいぞ……)

 

 驚きを隠せないでいると「何か不満かしら?」と言いたげに見つめてきた。

 

「いやいや、不満とかじゃなくて…根本的におかしいだろそれ。 第一に俺、男だし」

 

 ケンプファーに変身すれば、女になるが俺は男だ。女子部に行く意味が分からん。

 彼女は背もたれ付きの椅子に寄り掛かると、「そうかしら?」と言った。そして口元が動いてニヤっとした。

 何か楽しいことでもあったのか。って、俺のことか。

 

「何が可笑しいんだよ?」

 

「これからの南君のことを考えるとね」

 

「……何企んでんだ?」

 

「いいえ、企んでなんかいないわ。むしろあなたを助けてあげたくらいよ」

 

 と言ったあと雫先輩は続けるように「――酷いこと言うのね。私、傷付いたわ」と付けたした。

 どこをどう見たらそう見えてくるのか知りたいぐらいだった。無表情でそう言われるこっちの身にもなってほしい。

当然俺はツッコミを入れる。

 

「どこがだよっ!鉄――いや、何でもない…」

 

 危うく口を滑らして、悪口を言いそうになった。

(これ以上言ったらいくら生徒会長の雫様でも“一応”女の子であるからして傷付くだろうから、やめとこう)

 そんな中、無言の重圧が俺を襲ってきた。目付きも鋭い。

 

「うっ…」

 

「……………」

 

 また雫先輩の目付きが悪くなった。俺は人を怒らせる天才ではないかと思わせるくらい迫力が増していた。それはもう軟な身体だったら穴が空きそうなくらいのものだった。

 

「でも、俺を虐めるのが目的だとしても納得いかないんだけど…」

 

「…何であなたはすぐそういう方向に話が進むのかしら」

 

ふと、雫先輩は俺を見るのをやめて、机に目を落とした。

(あれ?なんか呆れられた気が…)

 

「あなたがいけないのよ?」

 

「…?」

 

「4人に見付かったって言ったでしょ? それが情報を揉み消す前に男子部で広がってしまったの。すごく可愛いけど痴女な女子生徒が来たって」

 

「…俺のせいだから自業自得…だと?」

 

 彼女は「ええ」とだけ頷くように言うと、机の引き出しを引いて何かを取り出した。

 

「はい。これがあなたのもう1つの学生証よ」

 

「……………」

 

 もう準備は万端で俺の入学は決定事項だ、と彼女が持っている学生証が言ってきた。別に喋ったわけではないが、そんな気がした。

学生証を受け取ると中身を確認する。最初のページに貼られる写真はやはり変身後の自分だった。

(なぜ女子の姿なんだっ!?)というのが最初の感想だったが、考えてみると一応女子部用のだから当たり前のことだ。ここに男子の俺が写ってたら逆にドン引きものだろう。

 

「…一応訊きますけど……俺、男の子ですよ?忘れてたりしませんか??」

 

「忘れてなんかいないわよ。あなたがいけないの」

 

「それはそうだけど~…これはヤバいでしょ?」

 

 自業自得なのは分かってはいる。でも、あれはしょうがなかったことだ。そこは考慮してほしい。

 

「無理なものは無理よ。もう決定事項」

 

「俺に拒否権は無いんだな……」

 

 そんな時、ふと思い浮かんだことがあった。

 男子禁制の女子部に男の俺――つまりは、

 

『あっこいつ、また胸大きくなった!?その胸揉ませろ~』

 

『きゃっ…あ、だめ…やめてよ~』

 

 身体をなめ回すように手を動かすクラスメイトの女子。

 それを近くで見ていた友達も『いいな~私も入れてっ』と叫んで、中に加わる。

 

『もう!あんたまで加わらないでよっ』との叫びも届かず、脱がされていく布たち…

 

『はぁ、はぁ…もぅ、だめ……』

 

 腕で隠してはいるが、間からチラチラと覗く恥ずかしさで朱に染まった白い肌――

 

「っ!!」

 

ぶふぁっ!!

 

~春佳の妄想修了~

 

 

「………っ!?」

 

(…いかんいかん。つい想像してしまった。俺は何を――)

 

「…あなたはいったい何を考えているの?」

 

「あ、いや…何も」

 

 妄想から帰還した俺を待っていたのは、雫先輩の鋭い眼光だった。それはいつもの睨みなのだが、いつもよりキツい気がした。

 これはすぐ謝らないと命に関わるるかもしれない。すぐ謝るを実行した。

 

「…はい、ごめんなさい」

 

「分かればよろしい。じゃあ、今日からいらっしゃい」

 

「えっ?早くない!? まだ心の準備ってものが――」

 

 と叫んだが軽く無理された。

 雫様に罵られる会の会員なら嬉しいだろうが俺は会員でもないしマゾじゃない。だから文句を言ってやろうとすると、雫先輩の口から意外な言葉が漏れた。

 

「…綺麗ね」

 

 彼女は俺の生徒証の写真を眺めていた。

(…俺のことを言ってんのか?)

「はい」と差し出された生徒証を受け取り、中を開ける。そこには変身した時の写真が貼ってあった。

(うん、ナルシストではないけど…やっぱり可愛いな……)

 

「って、そういえば、ここにも問題がっ!! これいつ撮ったんだ!?」

 

「それは内緒よ」

 

「てか、学年が三年ってどういうことやねん…それに雫先輩と同じクラスやし」

 

「あら、私のクラス知ってたのね。意外だわ」

 

「そりゃあ、有名人だからな」

 

「そうかしら?」

 

「そうだよ。うちのクラスにも信者が沢山いる」

 

俺が口にした“信者”という言葉を聞いて、彼女は眉をひそめた。

 

「私は神じゃないのに勝手に担ぎ上げられても困るわ」

 

「…まあ、有名税みたいなもんだべ」

 

 雫先輩はため息を一つつくと、あなたは担ぎ上げてないようねと言ってきた。

 当たり前だろ。スタイル抜群で綺麗だと思うが、俺は信者ではない。拝んだり、信仰の対象なんかにしたりしない。

 

「南君、話方変わってるわよ」

 

「いやちょっと、テンパり過ぎまして…」

 

 とりあえず何て言えばいいのか分からないので「はは」と笑う。

 

「じゃあ、話はこれだけだから」

 

 もう話は終わった、と言わんばかりに机に置いてある資料に目を向ける。

 

「いや、まだ言いたいことがいっぱいあるんだけど」

 

「これでいいかしら?」と言うと彼女の周りが一瞬輝いた。それに続くように袖から覗く俺の腕輪も赤く光り始め、数秒後には全身を包んだ。

 自分の身体を眺めると女の子へと変身していた。伸びた前髪の間からわりと大き目な胸が目に映った。

(…うん、女だね……)

 改めて理解した。今、ケンプファーへとなった。

 

「ってちがーう!っておい、どこに行くんだよ」

 

「一時間目はあなたのせいで参加出来なかったから、二時間目からは参加するのよ」

 

 壁にかけてあった時計を見ると、結構時間が過ぎていた。あと少しで1時間目が終わる。

 

「流石、優等生」

 

 ふむふむと納得する俺。そんな俺に一瞥をくれるとじっとこっちの方を見た。当然俺意外ここにはいないわけで、見ているのも当然自分だ。

 緊張のせいか額に汗が滲む。それも気にせず雫先輩は目を逸らさないでいた。

 

「これから私たちは教室に向かうけど――話方、気を付けてね」

 

「わ、分かった」

 

 そう、変身した時に声も男の低い声から女の高い声に変わるのだが、喋るのは男の俺なわけでどうしても雑な言葉使いになる。だからそれを言いたいのだろう。

彼女は踵を返すと、生徒会室のドアに手を掛けた。そして、振り向かえらずこう言った。

 

「じゃあ、行くわよ」

 

「ああ」

 

「それともう一つ伝えておくことが出来たわ」

 

「…出来た? あってじゃなくてか?」

 

「そう、今出来たの」と思いついた言わんばかりに言うと、振り向き様にこう口にした。

 

「――途中で逃げようなんて思わないことね」

 

ギクッ

 

「そ、そそんなことしないって、ははは……」

 

「そう、じゃあいきましょうか」

 

 どうやらこれからしようとしていたことはバレバレらしい。先読みされるは出鼻を挫かれるはで、逃げるチャンスを逃した。

(はぁ、誰か助けて……)という心の叫びは誰にも届かない。

 俺は否応なくこれから女子部という未知の領域に突き進んでいくらしい。

 何故か階段を登る度に嬉しさが募るのではなく、何故か反対に胸に不安が募っていくばかりだった――

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