~春佳 side~
男子部で他校からもレベルが高いと噂され、男子部では“桃源郷”と呼ばれる女子部を俺は歩いている。これをクラスの奴らが耳にしたら驚くだろう。
――いや、あまりの羨ましさに発狂した奴らが襲い掛かってくるかもしれない。その理由は俺が居る場所も関係しているが前を歩く少女も一因となる。
「ねえ、真後ろを歩くのはやめてくれないかしら」
と振り返りもせず文句を言う。そんな彼女のさらさらと揺れる黒髪を見つめながら、
「俺の後ろに立つなあああ!!的な意味で?」
「? 何を言っているのかしら、変な視線を背中に感じるからよ。あなたがそんな目で見なかったら、私も何も言わないわよ」
「……はいはい、ずれればいいんだろ」
「いえ、横に来なさい」
特に文句は無いので俺は横に並ぶ。廊下を二列に歩いたら、邪魔じゃないか?という心配はない。何しろ今はまだ授業中だからだ。
(それより…、ホント冗談ネタが通じない奴だな。 沙倉さんには通じたのに)
「そうね、楓ならさっきの奴に乗れたかもしれないわね。あの子そういうもの好きだもの。意外よね」
「まあな」
まだよくわからないがこの生徒会長三郷雫と話すのも少しずつだが慣れてきた。クラスメイトの奴らが言うほど、サディストで女王様でもないのかもしれない。
そんなことをぼんやりと考えながら、俺と雫先輩は三年一組の教室へと向かっていた。
「なあ、ところで何で俺の名前を変えたんだ?」
「同じ名前の人が男子部にも女子部にもいるってのはおかしいでしょう?」
「まあ、そうだな」
「姓が被ることなんてよくあることだけど、フルネーム――それも漢字まではないでしょう」
「うん、聞いたことねえな。そう考えると、こっちの方がいいのか…」
非常に面倒くさいがもう一つの名前を覚えなくてはいけないらしい。どこのスパイ家族だっての。
「これが女子部での生徒証よ。教室に着く前にあなたの名前を確認しておきなさい」
「はいよ」
やけに新しい生徒証を渡された。
男子部のは等の昔に無くしたので、ご対面は久し振りと言ってもいいだろう。
(ん?なんだこれ……)
ケースには高そうな革でも使っているのだろうか、滑らかな触り心地だ。男子のざらざらとした易っぽっちさとは比べものにならない。
細かな部分が男子部とは柄が違うのは知っていたが、使っている素材まで違うとは思わなかった。流石、もと私立の女子校だ。金の使い方が違う。
ペラと表紙を捲ると、『三年一組 24番 南 遥華』と書いてあった。読み方は一緒なのだが漢字が全然違うみたいだ。
「ん~…」
「あら、南春佳(♀)が良かったかしら?」
「いや、それはないだろ…でも――」
(遥華っていう漢字がな~、覚えられるかな……)
もし間違って提出プリントに間違えた名前なんて書いてしまったら、バレることはないだろうが「何で自分の名前を間違えたの?」ってなるはずだ。普通の高校生なら間違えるはずはない。
「漢字が難しかった?」
「…まあ、そんなとこ――」
(…あ、考えごとしてて言っちまった……)
「――って言うのは冗談で、プリントで名前間違えたらやばいなって」
と付けたして誤解を解きに入るが、彼女の表情からしてたぶんバレてる。
でも、後半も確かなことで「絶対そんなヘマはしない」とは言い切れないのだ。
「間違えなければいいことよ」
「そんな簡単に言われてもなぁ……」
(俺は雫先輩みたいに何でもこなせるタイプじゃないし……)
得意なことは何ですか?と訊かれたら、すぐ「運動ですっ!」って答えられる自信はある。でも、それとこれとは別。
何回か階段を上ったあたりで「そろそろ着くわよ」と雫先輩が言ってきた。
(うっし!悩んでてもしゃーなしや。何とか乗り気ってやる)
という気合いも自己紹介が始まると数秒も持たずに崩れ去るのだった――
「あ~お前らは知らないだろうが南遥華さんは二年生の時に転校してきていた。…が、その後体調を崩してな。三年の今になって来れるようになったんだ。 だから、珍獣ハンターイ○トみたいな勢いでハントしないようにな」
担任が大まかに家庭の事情と注意事項みたいなのを説明した。生徒の紹介にそんなものが必要なのか?という疑問は持たないでおく。そんなことに神経を使っている場合じゃない。
なおも続く棒読みでやる気のない紹介を最後まで聞いていると、急に静まり返った。
「ほら、なんか面白い自己紹介でもしとけばモテるよ」
「え、ええ……」
なるべく女子が使いそうな言葉を記憶からチョイスした。でも、モテるってなんの話しだろう。
(それにしても、そういう理由できたか……。何も説明しなかったから、どうしようか迷ったけど心配いらなかったな…)
「…えっと、始めまして…かな? 南遥華です――よろしく。 あ、お願いします……」
「「…………」」
自己紹介が終わったので、何か質問が飛んでくると践んで身構える私――いや、俺。だが、飛んでくるのは沈黙というプレッシャーだった。
クラスメートはただ一点を見つめている。その先の終点にいるのは俺なわけだが、誰一人として目をそらす女の子はいなかった。
「っ…つら…」
(な…なんだ、この沈黙は……転校生って辛すぎだろ)
俺は率直な感想を漏らした。
しばらく沈黙が続いたと思うと、どこからか「美味しそうね」と聞こえてきた。
「…!?」
(美味しそうってなんだよ!?…俺の聞き間違えだよな!?)
どこかから聞こえてきた言葉に恐怖する、俺。
「えと、何か質問とか…あったら……どうぞ」
どうとでもなれ、という気持ちで口を開けた。沈黙の打開策はこれしかない。質問があるか訊いてみた。
「…いいかしら?」
「…どうぞ……」
(って、お前かよ!)と手を上げた三郷雫にツッコミを入れたくなったが、あまり目立ちたくはないので心の中でツッコミを入れた。ここは我慢するしかない。
知らない子に話しかかられて、テンパるよりはマシだろう。なにせ、女の子が聞くことなんて思いつかない。色恋沙汰なら皆無だ。
そんな俺の気持ちとは裏腹に――すっと立ち上がった雫先輩は、
「南さんは付き合っている人はいるの?」
「………は?」
急というか、場違い的な質問に気が抜けた。周りも彼女がそんなことを質問するとは思っていなかったらしく、雫先輩の方を向いてポカンとしている。
まさかのぶっこんできた、というやつだ。真面目で成績優秀の生徒会長がそんな質問を投げかけるなんて想いもよらなかったことだろう。
見栄をはって今の姿で“います”なんて口にしたら、男がいるってことになってしまう。そんな彼女より先に彼氏が居るなんてことは考えたくもない。
口ごもりながらも、俺は真面目に答えた。
「…い、いない……です」
「へえ、そうですか」
周りも一斉にこちらを向いてきた。所々で「え?何だって?」とこそこそ話をしているのが見て取れる。
気持ちは男で“彼女はいない”という意味で口にしたので、大分悲しくなってきた。クラスに女子しかいない所で「彼女いません」とかただの公開処刑だろ。
あまりの恥ずかしさに顔に血液が上がるのが分かる。まさに『穴があったら入りたい』という言葉通りだ。
(それもこれも――)
俺は事の元凶であるクラスメートを睨んだ。だが当の本人は全く動じていなく、質問が終わったので着席していた。
じっと見つめるその瞳は、俺の心を見透かしているのだろう。羞恥で頬を赤らめている俺を見て楽しんでいるようにさえ見える。
「あ~、残念だけどもう時間ないね」
腕時計を眺めながら、女教師は「時間が時間だから、次の質問で終わりね~」とこれからやる授業の準備をしながら、皆に聞こえるようにそう言った。
ザッザザ
教師が言い終わったとたん、全員が一斉に手を上げた。
「…先生。これはどうしたら……」
担任教師に助けを求めた。
「人気者だなー、南。 先生は嬉しいぞ? 手間が省けて」
「さ、さようですか……」
「じゃあ、休み時間や放課後にでも南さんに訊きなさい。以上」
「「はーい、先生♪」」
「………」
唖然とする俺の耳に届くのは、「立っているお姿――とても凛々しいですね」とか「すごい子が来たね」と楽しそうにお話しする声ばかり。
(先生…それ、全然助け船になってないです……)
そんな心の叫びは担任教師に届くわけはなく、無情に「席はあそこね」と雫先輩の隣の机を指さすだけだ。
「これからよろしくね、“南さん”」
「…ええ」
席に着くなり雫先輩が声をかけてきた。今さっき爆弾投下してきたくせに、涼しい顔をしている。対照的に俺の頬は引きつっているというのに。
「あたかもさっき知り合いました、みたいな話し方よくできたな」
姿形に声も女であるが話し方だけは変わらない。
何故かは分からないが、そこを気をつけろみたいなことを言われたから、周りには聞こえないように細心の注意を払って俺は話かけた。
「だって、実際そうでしょう?」
「そうと言えばそうだけど…」
直接話したのは今日入れても片手で足りるぐらいだ。でも、そこまで猫を被るみたいな風に初めてを強調する必要があるだろうか。そんな疑問が湧いてくる。
流石ケンプファー。いつもの俺じゃこんなこと考えもしないだろう。そんな時、教卓の先生が話し始めたので考えるのを止めた。
「それでは授業始めますよー、教科書出して。 昨日の続きからだから――」
と女教師の声が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
雫先輩は机を近づけると教科書を差し出してくる。
「楽しくなりそうね」
「だといいですね」
なるわけないだろ、と心でツッコミながら皮肉交じりに俺は口にするのだった。
(はあ、これからどうなるんだ?俺は……)
とりあえず、なるべく目立つことなくここを切り抜けよう。そう強く思った――
*
~ナツル side~
「ふぁーあ…眠い……」
(昨日、夜更かしし過ぎたな……。)
眠すぎる午前の授業が終わり、今は昼休み。
ぼーっとするが昼飯の事を考えないといけない。昼抜きとか完全な死活問題だからだ。
いつもの売店へと行こうと席を立つと走って近付いて来るやつがいた。
「おい、瀬能!なんか女子部に可愛い子が復学したらしいぞ!」
そいつは走ってきたせいなのか、それとも興奮しているせいなのか、妙に息が粗い。
こいつのことは東田と呼んでいる。因みにさっきの話に戻るが、こいつのことだから後者だろう。こいつが女の子の話をしているからだ。
「へぇーそうなんだ。どんな子だ?」
「…お前はホント沙倉さんの情報以外は反応薄いよな」
「そんなの当たり前だ! 俺は沙倉さん一筋で他の子は興味ないからな」
「……………」
東田が痛い子でも見たかのような哀しい顔をした。
(おい、何だよ。その可哀想な顔は…お前の方が可哀想な奴だからな?)
端から見たら奇妙な光景だったかもしれない。お互い相手の頭を心配して捨て犬でも見るような顔をしていたのだから。
「それで?どんな子なんだよ」
興味はないが、東田は聞かなくても教えてくる。なら、聞いても同じこと。
そんな俺の言葉を待ってました!!と言わんばかりに、ポケットからメモ帳を取り出すとページを捲りながら話し始めた。どこか誇らしげである。
「何か三年生らしいんだが、金髪で顔はハーフっぽいらしいぞ! そして、グラマラスだっ!!」
「“らしい”ってことは、アレからの情報なのか?」
東田は「あぁ。三年のメンバーからの情報だから、確かだ」と胸を張って断言した。
アレっていうのは、東田が会長を務めている星鐵学院美少女研究会のことだ。正式に公認されることのないこの部活は、今もアンダーグラウンドな活動をしている。
「ふぅ~ん。じゃあ写真とかないのか。 言葉だけじゃイメージしずらいな」
「…なんだ?興味でも湧いたか?」
「うるせえ。そりゃあ、男なら可愛いと聞いたら顔ぐらい拝みたいだろ?」
「まぁ、そうだな。だが、もう少し待ってくれ。俺もこれから動く予定だが、写真の受け渡しは明日だ」
「明日?遅くないか?」
「ああ。俺も遅いと思って色々調べたんだが、どうやら雫様が近くにいるせいでなかなか撮れないらしいんだ」
(ん?今、“雫様”って言ったか?もしかして…こいつは三郷雫様に罵られる会にも所属してんのか?)
ふと素朴なが湧いてくる。でも、今更三郷雫のファンクラブに所属してようが俺は驚かない。既にこいつの変わりっぷりは認識してるからだ。
俺はさっきの話で気になった事を訊いてみた。
「…つまりは会長が妨害してるってことか? 写真を撮らせまいと」
「なんかそうらしい」
「なんで?」と質問した。自分が撮られることさえ嫌っているらしいのにわざわざアングルの中に入って邪魔をするとは、変としかいようがない。でも、そのお蔭で彼女の数少ないショットが撮れたことには違いないどろうが。
東田は「ん~…」と唸ったあと、口を開いた。
「確かな情報じゃないが、その子が“あの副会長”になるんじゃないのかって噂が流れてる」
「マジか…」
副会長っていうのは、誰でも知っているあの生徒会長の補佐役のことだ。昔は居たが今は空席となっている。
前の副会長は、今の会長――三郷雫になってから、補佐を続けることが出来なくなってすぐ辞めた。理由は分からないがその後、何度か就任したが、不可解なことにすぐ辞めて行く感じだった。
それは男子部の間で“副会長は着任して一週間ぐらいで辞めていく”と変な怪談が話されるぐらい有名だ。
「まぁ、それはさて置き…俺はこれからその子を拝みに行ってくる。瀬能も来るか?」
「俺はお前が撮ってきた写真で顔を拝見するわ」
「付き合いわりいなぁ~。 まぁいい。行ってくるわ」
「あいよ」
「会長が近くにいるんだったら、写真なんか無理に決まってんじゃんか」というのを言うか迷ったが、あいつの執念はすごい。どうせ言ったって無駄なことだろう。
「あいつ、こういう時だけ足早いよな…」
教室のドアからから少し顔を出して、東田が向かっていった方向を見るがもう姿は見えなかった。
「まぁ、いいや。今日は春佳も来てないし、パンでも適当に買って食うか」
そんなこんなでパンを食べて眠いからまた寝て、昼休みは終わった。
そして、午後の授業はその延長で爆睡し、“先生に怒られては起きて、また寝て”を繰り返して今に到る。
背伸びして硬くなった身体を伸ばすと、俺は鞄を片手に立ち上がった。
(よし、さっさと帰ってハラキリをどつくとするか…)
「瀬能!」
名前を呼ばれたので、振り返るとそこにはいつの間に来たのか東田がいた。
「なんだよ。一緒に帰ろうぜ?」
「用があるんだよ。俺はさっさと帰る」
事実俺にはこんな身体にしたハラキリトラをどつくという、使命があるのだ。予想が付く買い物になんかに付き合っている暇はない。
「そう冷たくすんなよ。買い物に付き合え」
「どうせまた写真関係なんだろ?」
「ああ。さっき話した三年の娘と、昨日見つけた星鐵学院の可愛い娘の準備は万全にしとかねえと」
「ん?さっき撮りにいったんじゃなかったか?」
「いやな、今日は先生にガッチリマークされてて行くに行けなかったんだ…」
東田は残念そうに悔しがっているが、実際こいつがやろうとしていることは盗撮だ。だから、逆に出来なくて良かったんじゃないかと思う。もし見つかったら休学もいいとこだし。
「あっそ。んじゃ、俺帰るわ」
「つかな、昨日見つけた子なんだけどな、無口で無愛想なんだけどな。すげー可愛いのに強いんだぜ? ナンパしてきたやつらを、脅かして追っ払ったんだ」
「どうでもいいじゃねえか」
「馬鹿か、その強気な所が良いんだよ。ホント罵ってもらいたい…」
「……………」
(こいつの性癖に口出しする気はないけど、その表情ヤバイから早く元に戻せ。つか、その話の娘――たぶん俺だから)
東田に色々言ってやりたいが、昨日のことをバレたくはないので我慢した。
こいつのどうでもいい話しに付き合う気はないので、俺はさっさと歩き出す。
後ろから「おいっ、まだ話は終わってない――」と聞こえた気がするが空耳だろう。空耳アワーと同じだ。ってそれとは違うか。
東田を無視して教室を出ようとしたら、誰かとぶつかりそうになった。
「きゃっ……」
「うわっ、ごめん」
男の太い声ではなく、女子の悲鳴みたいな――って、よく見なくても女の子だった。
扉を開けた瞬間ぶつかりそうになったから、このクラスに用があったのだろう。何に対してもやる気が感じられない、と先生から飽きられているこのクラスに何の用だろうと、女の子の顔を見ると見知った娘だった。
「あの……」
そこにはうつむき加減で弱々しく話し始めた紅音がいた。常に切れている“あの紅音”ではないらしい。
「あれ、また俺に用?」
東田の「誰々?」という疑問が後ろから飛んで来るが無視。
「はい…」
「なに?」
紅音は「えっとですね…会ってもらいたい人が……」と指をくるくる回すと、俺の前からすっと退いた。
「ナツルさん」
「…え?沙倉さん?」
なんと紅音が会わせたいと言った人は沙倉楓だった。
(昨日から立て続けに出会っているが、うん――美人と何回あってもありがたみは薄れんな)
「お……おい……」
後ろから驚いた東田の声が聞こえてきた。恐らく仰天しているのであろう。
まあ、当たり前と言えば当たり前。かの沙倉楓が瀬能ナツルという平均男子を訪ねて来たのだから。
(うん、自分で言っても辛いもんは辛いな…)
「なんで、あの人が…」
「さっきからうるさいな。どうしたんだよ東田――」
文句を言いながら目を向けると、沙倉さんの後方にもう一人いたことに俺は気が付いた。
俺も東田同様「なんでっ!?」と驚愕した。
そこにいたのは星鐵学院の生徒会長にして天才三年生、三郷雫だった。
昼休みに彼女の話を東田としたが、実際に会うのは始めてだ。噂通りの完璧少女。
モデルのような体型と美貌を持ち、洗練された物腰に抜群の頭の切れと運動神経を兼ね備えている。
確か聞いた話によれば、入試では全教科満点を叩き出して教師たちを驚かしたらしい。そして、入学するなり生徒会長の座を勝ち取りこの学校を大きく変えた。
しかし、この生徒会長は石頭とか頑固者ではなく、生徒の権利だけは身を挺して守る生徒の味方。
生徒からは多大な人望を得ていて、教師陣からは一歩置かれるという今の状況を作り出した、パーフェクトガール。それが目の前に立つ生徒会長その方だ。
状況が掴めず、俺は紅音に近づくと小声で話かけた。
「これは、どういうこと?」
「なんか、男子部に用があるみたいなんです。ついでに一緒に来てくれって言われちゃって。 着いてきたら、ナツルさんのクラスに…」
紅音も理由は聞かされてないのかいつも以上に戸惑っていて、きょどきょど、そわそわが倍増しになっている。
「え…どうして……?」
後ろにいる東田が言葉を搾り出すようにゆっくりとまた疑問を発した。
それには同感。彼女の役目柄、男子部にも結構顔を出すこともあるが、余計な会話は一切しないというか、させないのだ。
必要なことだけを伝え、用が終わったらぱっと帰る。しかもその間、相手に話をさせるような隙を与えないらしい。
なので、ここでも変な噂話があって、「三郷雫と世間話が出来れば寿命が延びる」だ。
誰が言い出したのかよく分からないが、このことを信じるやつが居たりするから困る。今もあちことから、こそこそと話声が聞こえてくる。
「えー…あのー……」
会長と目があってしまったので、とりあえず話かける。
「……………」
話かけてはみたがやっぱり返事は返ってこない。その代わりに感慨もない目付きで、俺のことを見ている。
後ろでは東田が「カメラカメラ」と呟きながら離れて行くのが分かる。
(クソ~俺も出来ることなら、今すぐここを離脱したい…)
心の中で叫んでも何も変わらないのでこちらから来た理由を訊く。
「なんの用でしょう?」
沈黙に耐えかねて、質問すると周りがざわざわし始めた。驚き方は多種多様だ。「なんでツートップが!?」と叫ぶやつもいる。
そんな周りが気になったのか紅音はまたキョロキョロし始めた。
しばらくすると、会長が口を開けた。
「聞きたいことがあるから、ついて来て」
短く端的に用件だけ伝えるスタイル。噂通りだ。
それだけ言い残すと、背を向けて歩き出してしまう。その後に続くように沙倉さんもついていく。
取り残される俺と紅音。顔を向け合うと紅音は顔を傾げた。彼女もどこに行くのか分からないようだ。
「…周りがうるさいせいか場所を移したいのかな?」
「どうなんでしょうか…」
「とりあえず、行こっか紅音ちゃん。 ここに居ても騒がしくなる一方だし」
紅音は「はい」とだけ言うと俺の後を続くように歩き始めた。
何も騒ぎになるようなことはしていないはず、と思いたいが思い当たる節はあったりする。
(でも、あの時は――)
そんな不安を持ちながら、見失わないように歩く速さを上げた――
*
~春佳 side~
「ねぇねぇ、南さんってハーフっぽいけど、どことどこのハーフなの?」
「そんなことより、お家どこら辺?今度遊ばない!?」
「ちょっと、どいてよー」
「携帯のメアドは~?」
などと午後の終了のチャイムがなると、バーゲンセールのおばちゃん並みの勢いで俺の周りにクラスメートが集まってきた。
その動きは俊敏で、俺が驚いている間に囲まれて逃げ道をカットさていた。なんというコンビネーションだろう。
「えっ!?……え!?」
女の子たちは自分たち自身で囲いを作ると、シャーペンとメモ帳を片手にジリジリと近付いてくる。
どの娘も目が血走っているような気がするのは、俺の見間違えだと信じたい。花園とさえ言われている女子部がこんなところだと思いたくはないからだ。
(く、来るな…それに逃げ道がっ!!)
そんな時、昔見たあるテレビ番組が脳を過る。今は終わった某動物番組だ。
『兎は恐がりなので、基本追いかけたら逃げます。なので、逃げ出した場合は周りを囲んで逃げ道を無くし、ゆっくりと追い詰めましょう。 そうすれば、そこを動かなく難なく捕まえることが出来ます』
それを聞いた時は「スゲェ!簡単に捕まったよ」なんて感動していたが、今思うとなんと兎からすれば恐ろしいことをしていたんだろう。
俺は当の兎ではないが、抵抗せずおとなしく捕まったのも何となく分かる気がした。
なんていうか、周りを囲まれて上から見下ろされるこの怖さといったらハンパじゃない。
(…し、雫先輩はどこだ?)
助けを求めて隣の席に顔を向けた。この状況は彼女にしか何とかすることは出来ないだろう、と直感的に感じたからだ。
「…っ!!!」
だが、時、既に遅し。この言葉通り雫先輩の姿はそこにはなかった。あるのは横に掛けられた彼女の鞄だけ。
(鞄じゃ助けになんねえんだよっ!)
唯一の救世主こと三郷雫がいないことに驚愕していると顔のすぐ近くから、気配を感じた。妙に近くその息遣いすら感じられる距離にいた。
「ねえ~話聞いてる?」
そう言うとその気配の主は後ろから抱き付いてきた。
瞬間的に感じる暖かさと重さ。そして、衝撃的な背中全体に伝わるふわりとした柔らかさ。
「…っ!?」
(っ…ひぃ!?なんかやわらかいのが背かに!?)
いきなり背かにやわらかい感触を感じて、ビクッとする俺。
そんな反応を可愛いく思ったのか、彼女はさっきより割増でぐりぐりと押し付けてくる。男の姿だったら衝撃的過ぎて倒れていたかもしれない。感じたことのない感触に只々俺は動揺した。
「きゃっ――こ、擦れるからあんま動かないでね?」
「――っ!? すいません……」
甘え声が俺の耳元で紡がれる。仄かに頬に感じる暖かさ。さわさわと触れたり離れたりする柔らかい髪。そのすべてを鮮明に感じる。
俺は反射的に謝った。どんどん頬が熱くなっていくのが自分でも分かる。
そんな反応を見て、可愛いと思ったのか、「あ、ずるいー」と周りからブーイングの嵐。だが、一向に彼女は抱きつきをやめない。
「あの…せん――」
“先輩”と呼びそうになり急いで口を紡ぐ。
「…違うわよ~私は千紗。“せん”って呼んじゃだめっ」
「あ、ごめんなさい…」
(別に名前呼んだわけじゃないんだけどな…)
自分のことを千紗と呼ぶ彼女は特徴的なふわふわとした話し方だった。でも、未だに抱き付いていられるということは、かなり気も強いのだろう。俺だったらこんなに周りから敵意ある目で見られたら3秒で離しますよ。
因みに3秒というのは、いわゆる男の意地だ。とても、小さいが。
そんな俺と千紗のスキンシップの長さに痺れを切らしたのか、一人の女子生徒が引き剥がしに入ってくる。
「ちょっと、一人だけズルいわよ!私にもさせてよ」
「えっ?」
(「私にもさせてよ」ってこの人を止めるために引き剥がすんじゃなくて、自分が次にやりたいからやるの?)
驚きのあまりまたタイミング逃した。ずるずると話が勝手に進んでいく。
「あ、待って!だったら、私もやりたい」
またどこからかそんな言葉が飛んで来た。減るばかり、我先にとどんどん来る。
「……………」
(なんなんだ…このクラスは……さっきまであんなに大人しかったのに)
クラスの雰囲気の変貌っぷりにあたふたしていると、閉めきられていた教室のドアが開かれた。
「千紗、話してあげて。 南さんは話があるからついて来て」
ドアを開けて入ってきたのは、救世主――三郷雫だった。
千紗も雫先輩の登場に流石に諦めたのか首に回していた腕を離してくれた。苦しくない柔らかな圧迫から解放される。
俺は「は、はいっ」とだけ言うと彼女の後を追って出口に向かう。後ろから名残惜しそうな声が聞こえたが、聞こえなかったことにして俺は教室をあとにした。
「なあ、今まで何処に行ってたんだ?」
「ちょっとした用事よ」
「用事って?」と訊こうとすると、「…話し方」と注意される。
「これから生徒会室に行くのよ」
「仕事?だった…でしたら私は帰りますけど……。ここに居ても変な注目浴びるだけ――でしょうし」
(うげっ!…流石に姿は女だけど、中が男だからこの話し方は気色悪いな……)
自分で喋っているのに違和感が半端ない。敬語にも慣れていないから、プラスαだ。
そんな苦悩に苦しんでいる俺を余所に、何も気にしていない雫先輩が会話を続ける。
「いいえ。あなたに書いてもらいたい紙があるの」
今、耳に入って来た言葉を頭の中でリピートした。
(………うん、)
「……遺書か…なんて書こうかな」
「どうしたらそんなに話が湾曲するのかしらね…」
俺の馬鹿さ加減に呆れたのか、声のトーンがいつもより低くい。
「…え?違うのか?」
俺はてっきりずっとこのままでいろ的なことを言われたのかと思った。男のあなたとは今日でさよならよ、みたいな。
最悪なことにはならなかったようで、「違うわよ」と言うと生徒会室に入るなり一枚の紙を渡された。
「…ん?」
自分の読み間違えではないか、と思い、もう一度目を通すが感じの読み間違えはない。
はっきりとした字で、『私、 は生徒会副会長に立候補します』と書いてある。その空欄は俺が記入するやつだろう。
そして、下の推薦者には、『推薦者 三郷雫』と記入してある。完全なる推薦証である。
「なんで俺が生徒会に入んなきゃいけないんだ?」
「同じ赤のケンプファーだから。って言えば私が考えてること伝わるかしら?」
「……………」
(うーむ、確かに仲間は近くにいた方が助かるかもな…特に俺に関しては…)
現生徒会長が目で返答を求めてきた。でも、記憶が正しければ――生徒会長からの推薦は断れないはずである。裏を返せば自ら選んだ任命証だからだ。
じっと見つめても表情からは何もつかめない。
何も雫先輩が何を求めているのか分からないが、俺はため息をつくと頷いた。
「まあ、敵がいつ来るか分からないからな」
俺は受け取った紙に自分の名前を書くと渡した。
「本当に“これで”いいのね?」
雫先輩は紙を見ながら「これでいいのね?」と再確認してくる。
「あぁ。仲間だからな」
奇妙な沈黙。しばらく、俺の顔をじっと見つめたあと「へぇ、そう」と短いことばを口にすると用紙を机の引出しへとしまった。
ん?なんで再確認なんかしたんだ?という疑問もつかの間、雫先輩が付け加えるように口を開けた。
「あ、それと明日の放課後は空けといて」
「え?」
「授業が終わったら、ここに来て」
ここというのは、今居る生徒会室のことだ。そのことから連想するのは、
「もう雑用か?」
「来ればわかるわ」
そう言うと彼女はさっさと生徒会室から出ていった。もう用は終わったから帰るわね、とでも言いたいのだろう。
俺は雫先輩が言った言葉の意味が分からず立ち尽くす。
「おい…それって――」
頭の中でさっきの会話が再生される。
『明日の放課後は空けといて』
『え?』
『来ればわかるわ』
(これはどう考えても…アレしかない。でも、そういう感じで誘われたわけじゃない気が……)
「これは…デートなのか?」
違うだろうとは思いつつ、ドキドキしていまう俺だった――