~春佳 side~
「ハル…ん、…ルカさん」
誰かが俺を呼んでる――ぼんやりとした意識の中で俺を呼ぶ声が響いてきた。
(学校もあるし、そろそろ起きないとな…)
眠さとこれから着替えて学校に行かなくてはいけないという怠さに苛まれたが気合いで起きた。ここで目を開けなかったら、二度寝ルートで遅刻確定だ。重い目蓋をこじ開ける。
「ん…眩し……」
部屋の天窓から入ってきた朝日の眩しさに目を細めた。外からは小鳥のさえずりが聴こえる。
「やっと起きましたかぁ~春佳さん」
「…ん~?」
何かが顔を覆ったのかさっきまで眩しかったのが普通に見えるようになった。いや、よく見ると何かが覗いていた。しかし、逆光のせいで誰なのかわからない。
光に慣れてきたのかだんだんと見えてくる。尖った耳に縦に細長い顔に――丸いつぶらな瞳
「え、誰…?」
「忘れちゃったんですか? 私ですよ、わ・た・し」
向こうは俺のことを知っているらしいが、俺は聞いたことがない声なので誰なのか分からなかった。
顔を見るために太陽光が当たらない場所まで動く。そして、声の主をもう一度見てみた。そこには「春佳さんがやっと起きた~」と言いながら、てこてこ歩いているぬいぐるみがいた。
「は、はぁあ!? なんでぬいぐるみが喋ってんだよ!それに歩いてるって!?」
さっきまで睡魔に負けて、二度寝をする一歩手前だったが一気に目が覚めた。そして、ぬいぐるみが喋り歩いていることに驚き、飛び起きた。
「まさかの、次世代ドラ○もん的な感じなのか!?」
「…はい?何言ってるんですか、春佳さん。 私はただのぬいぐるみですよ??」
「じゃあ、まさかの心霊現象……ポルターガイストか!?」
(幽霊なら座敷わらしだったら良いな…)と思ったが、ウチの家は建てたばかりで全然古くない。座敷わらしは昔からの古い家とかに出てくると言われている。なので、いるとしたら浮幽霊または地縛霊のどちらかだ。
(ま…まさかっ!?)
「いえ、幽霊ではなくて、ただのぬいぐるみです」
俺の心の声を読んだのか、疑問と回答が一致した。
「いやいや、“ただの”ってのはおかしいだろ。俺と話してるし」
「あ、はい。 私は喋れるぬいぐるみなんですよ」
ぬいぐるみはあたかも「普通ですよ?」とばかりに話した。喋れて、歩ける時点で“ただの”っていう枠組みからは逸脱してるような気がする。
(もしかすると…俺は夢を見ているのか?)
生まれてこのかた、ぬいぐるみは話せる、なんて聞いたことがない。音を出す玩具ならあった気がするが。ていうか、むしろ話せたらトイ・ス〇ーリー級じゃないか。これじゃ実写版映画が作れちまうぞ。
「あはは、夢でもないし、それでもないですよ。あ、ついでに言っときますけどさっきのも夢じゃないですよ?」
「人の心を読むな。ぬいぐるみのくせに」
「んな…そこまで――」
人種差別…いや、ぬいぐるみ差別だーとか小さな腕を俺に向けてきたが無視。意味分からん。
考えていることを読まれるってことは、俺って表情に出やすいのかな~、と思いながらこの話せるぬいぐるみにさっきのことを聞いてみる。
「さっきのも夢じゃないってどういうことだよ」
ぬいぐるみが俺の顔を見ようとして頭を上に向けようとしたが、頭が重かったようで後ろに倒れてしまった。
しょうがねーな、と思い、元の棚の上に戻してやる。
「あ、どうもありがとございます。春佳さんは優男ですね」
「褒めても何も出ねーぞ。 ていうか、続きを話してくれ続き」
優男だなんて言われたのはぬいぐるみが初めてだったので、恥ずかしくなりさっさと話を進めさせる。
「えーと、さっきの話というのはですね…あなたが鏡で自分の女の姿見て「…えぇっ!?女になってる!?」って言った辺りのことです。そして、頭ぶつけて…そのあとは……自分のむ――」
「分かった!!もう分かったから、それ以上言わないでくれ」
「続きを話せと言ったのは、春佳さんではないですか」
「…そこまでは別にいい」
それ以上言われたら触った感触を思い出しちまう。これは黒歴史決定だな、うん。
どこかで聴いたようなメロディが頭の中で流れた。新たに自分の黒歴史が追加されたらしい。もしここにテロップがあったのなら、『春佳は黒歴史を手に入れた』と表示されるだろう。
もう本当に棚から降りるの大変だったんですよぉ~春佳さん、とぬいぐるみのクセに文句をぶちぶち言っているがこれも無視。そんな問題じゃーない。
「あの、春佳さーん?」
「………」
ありえなさすぎて、信じたくない。俺は日常に変化を求めていたが性別に変化が欲しかったわけじゃない。本当に欲しかったのは、彼女と過ごすキラキラ光る青春だ。
「信じられないことでも、そのうち信じられますよ。」
ぬいぐるみは悟りでも開いているんじゃないかと思うぐらい、穏やかな口調で事実を突きつけてくる。
「はぁ…、お前と話してる時点で既におかしいことなんだから、認めざる終えない…よな……やっぱ。」
「やっと分かってくれましたか」
「あぁ…絶望的だっていうことだけはな」
ジュウサツイタチは口でこほんと言うとまた話し始めた。
「それでは変身の仕方ですが――」
「いや、ちょい待ち。変身だとかの前にお前はなんで話せんの?」
100歩譲ってあれは夢ではなくて現実だったということにする。だが、それとぬいぐるみが話すとどう接点があるのかかが分からない。
「えぇ~私ですか~…簡単に言えば天使的な――」
「…黙れ」
ぬいぐるみは話を途中で切られたせいか、ムスッとしているような気がするが違うもんは違うって言わなきゃね。俺はそう誰かに教わった、ような気がする。
「え?こんなに可愛――」
「いくないからね…何抜かしてやがる」
またしてもツッコミを入れてしまった。だって身体から内臓だしてんのは、可愛い部類よりキモい部類だろ。審査員が100人いたら100人全員、こいつを見て“可愛い”とは言わないだろう。もしいるなら、このぬいぐるみをくれたあの人か、この伝説的なぬいぐるみ――通称、臓物アニマルを売れると思い製造しまくった会社ぐらいだな。
今は当初の予想利潤率を大きく下回り、経営が大変なんだとかどうとか…さっさとこの事業から手を引けばいいのに、と思うがどうやら狂った社長がやっきになっているらしい。少し前にネットの掲示板で「新商品製作中~こう御期待!!」なんて書いてあったが、何を期待すればいいんだ?というのが俺の率直な意見だ。
「冗談は置いといて本題にはいりますが…」
「お、おう」
(そうだよ、俺は早く本題が聞きたいんだ…)
こっちはこれからの人生がかかっている。もしこのことが誰かにバレてどこかの地下研究所に連れて行かれるなんてごめんだ。
「簡単に言えば私はモデレーターのメッセージを貴方に伝えるメッセンジャーです。そして、あなたには変身して青と戦ってもらいます。そして、全員倒して下さい。」
「ちょっと待て、話をまとめて一気に説明すんな。いきなりすぎて全部頭に入んないんだよ。」
「あ、はいそうですね。春佳さんが手短に話して欲しそうだったので、大雑把に説明しちゃいました。」
「…分かんないところ、質問していいですか?」
「あ、はい。どうぞ春佳さん」
「…まず、もでれーたーとはなんですか?」
「………ふっ、モデレーターとは調停者のことですよ」
「…ふぅ~んって、てめえ、今笑っただろ!」
「いえいえ、笑ってなんていませんよ?馬鹿にしただけです」
ぬいぐるみは嘲笑うかのように口が変形した。
俺は何も言わず、ふらふらと机にあるものを取りに行く。
「…?」
引き出しの中にあるカッターを探したがいつも入れている所に無かった。
「ちっ…命拾いしたな……お前」
「え?春佳さん、何をしようとしたんですか??」
「…うるさい、少し待ってくれ頭で整理したい」
ジュウサツイタチのを話を止めて、さっき聞いた話を頭の中で整理する。
(ジュウサツイタチは調停者っていう上の奴の使いでここにいて、俺は青を倒す為に選ばれた的な感じか? …でも、なんだよ青と戦って全員倒せって……。 青って異星人的なやつのことなのか?)
考えれば考えるほど疑問が出てくる。ほら、また出てきた。変身って何にだ?って。意味不すぎて頭がショートしちまいそうだ。
「あぁ~…クソ。意味分かんね」
頭をボリボリかいた。どう考えてもこれがリアルとは思えない。
「ふふ、本当にものわかりの悪いおバカさんですねぇ~春佳さんは…」
ぬいぐるみは棚の上をぽすぽすと叩いて笑った。
クソ…他人事だと思いやがって…ゴミ箱にぶちこんでやろか?と思ったが、一応女の子に貰った物だからやめた。ただジト目で睨むことにした。
「…バカで悪かったな。」
ぬいぐるみは「まあ、そういうとこ嫌いじゃないですよ?」とお世辞を言ってきた。ホント上手いお世辞だこと。頬が引き吊りまくるぜ。
「とりあえず、何となくわ分かりましたか??」
「お前に好かれても嬉しくない…とだけ先に言っておく……」
「あ、ツンってやつですか?」
「違うっ!!」
ぬいぐるみがここまで色々な言葉を知っているとは以外だった。もっとこう、なんですかこれは…っていうのを想像していたんだが。時代が全く違う人が未来に行ってしまって、「なんだこの四角い箱は!!中に人間が入っているぞ!?」みたいな。
「さっきの話については、とりあえず分かったことにしとく」
「まあ、何となくな感じでいいです。いずれ分かりますから」
ぬいぐるみは、はふぅとため息をつくと、口の部分が薄ら笑いの形に変わった。
「…何だよ、いずれって。」
「そのままの意味ですよ?」
…なんかスッゲーナメられてる気がする。だが、時計を見るとそんなことしてる時間は残されていなかった。
「もう一度聞きたいんだけど…これは本当にリアルなんか?」
考えるのを諦めるのと最終確認のため確認してみる。
ジュウサツイタチは口元をピクッと動かして、含み笑いをしながら「現実ですよ? ツネッてみてはどうですか??」と言ってきた。いちいち憎たらしいぬいぐるみだこと。
力一杯、右手の人差し指と親指を回転させた。
くいっ――
頬にとんでもない激痛が走った。
「いたたたたたた!!」
力一杯つねったせいか、とてつもなく痛い…やはりリアルらしい。最近、つまらなくて何か楽しいこと起きないかな、とは思っていたがマジで起きるとは…。
「ところで、学校は行かなくていいんですか??」
「…行くよ。」
いつの間にか目覚まし時計の近くまで歩いたのか、ぬいぐるみは時計を見て「もうすぐ8時20分になっちゃいますよ~」と言ってきた。
(う~ん…でも、まだ聞きたいことが…)
「私も分からないことはありますが、質問には後ででも答えますよ?」
「分かった。学校から帰って来たら、じっくり話聞くかんな?」
「いいですとも~」とぬいぐるみは某番組のマネみたいなイントネーションで言うが、あれはいいとも~じゃなかったか?最近見てないから忘れたが。
「急いで支度しなきゃな…」
とりあえず今は諦めて、帰ってきてからじっくり聞くことにするか。
考えがまとまったので、制服に着替えることにした。時間が無いのでネクタイは鞄にぶちこむ。
(飯は…いいか。売店で適当に買えば。)
そうこう考えているうちに着替えが終わった。慣れたので2分とかからなかった。
「じゃあ、行ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃ~い」
懐かしいやり取りをして、少しはいい気分になったが、何せ相手が内蔵をぶちまけたぬいぐるみだからあまり嬉しくない。相手が彼女だったら~と思うが、それは夢のまた夢だ。
階段を一段飛ばしで降りて、玄関までダッシュ。その後も走らなければいけないということに萎えたが遅刻魔になりかけているので、遅刻は出来ない。
ロンファーを急いで履き、学校に向かって走り出した――
*
~ジュウサツイタチ side~
春佳が学校に向かって走って行くのをぬいぐるみは棚から眺めていた。
「さぁ、初めはどんな人と出会うんでしょう…」
敵だったらヤバそうですね、とは思うが何とかなるという予感がする。春佳が見えなくなったので、棚から降りるとぬいぐるみは辺りを見渡した。
「さあ、これからどうしましょうか……」
(春佳さんが居ないと暇なんですよね…)
モデレーターからはこれといって、あれをしろ、これをしろとは言われてない。やることがなく暇なのでとりあえず、やれと言われたことはちゃんとやったか思い出す――
1、春佳さんを変身させる。
2、状況を伝える。
3、変身の条件を伝える。
4、変身すると何が使えるのかを伝える。
「…あ、変身の条件とか何も教えていませんでしたね」
時間も無かったせいもあるが色々と伝えておかないといけないことを教えて無かった気がする。例えば、ケンプファーの姿で戦うだとか“青”というのは異星人ではなく人間だとか。
「まあ、春佳さんなら大丈夫ですよね」
大丈夫、と強引に納得する。そんな時、耳が何かに反応してピクッと動いた。
(…っ、これは……)
「…遂に出会っちゃいましたか」
ぬいぐるみは不適に笑う。
(春佳さんはどう驚くんでしょう…)
春佳の驚き具合を想像しながら、ぬいぐるみは眠りに付くことにした――