けんぷファー ~もう一つの物語~   作:真夜

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二章『ケンプファー』前編

           

    ~春佳 side~

 

「はあ、はぁ…まぢ疲れた……」

 

 小道に入り、辺りを伺うが追っ手はいない。どうやらなんとか振り切れたみたいだ。

(…暑い……汗でYシャツがヤバいって…)

 自分の服を見る。この唸るような暑さの中をマラソン並みに走ったため、汗でびっしょりだった。濡れたYシャツは当然のように身体に張り付いてくる。その張り付いた感が、気持ち悪いことこの上ない。

 早く風呂に入りたいななんて思うが、今は帰宅中ではなく登校中なので、帰って風呂に入るというのは出来そうにない。

(朝から何やってんだか、俺は…)

 何故俺こと、南春佳がこんな不幸なことになっているかというと…始まりは朝だ。

 朝、俺は起きると女になっていた。これにはマジで驚いた。驚き過ぎて二回も夢だと思ってしまった程だ。

 自分で言うのもなんだが、運動神経以外の伸長、体重、テストの点数などが全てが平均な俺の日常が今日終わりを向かえた。新しい人生――そう中間性別スタートだ。

 どこかの丸いピンクのロボットみたいに「ミトメタクナイ!!」なんて言いたいが、今はもうこれが現実だと認めることにした。

 何故なら、女に変身するのを体験し、その上むねというものを触わってみたら感触あったからだ。揉んだら軟らかく、身体の芯がもぞっとする変な感覚があった。もうこれでは認めざる終えないじゃないか。

 そんなこんないざこざがあった後、また俺はある事情により鬼教師もとい、ゴリラ教師から逃げる、という不運に見舞われている。

 

「はぁ…あの糞ゴリラめ……」

 

 せっかく星鐵学院の2代美少女の沙倉さんと一緒に登校出来たかもしれないというのに、なんてことしやがると心の中で毒ずく。

 こんなことは滅多にない。というか、俺の通う私立星鐵学院高等学校は一般的に共学と言われているが実際は全く共学でわない。どちらかと言うと“一応共学”ってやつだ。

 そして、男女一緒の登下校が校則で禁止されているのだ。もし見つかった場合は罰則が下される。

 それが校則19条、男女一緒の登下校禁止令だ。こんな馬鹿げてる校則があってたまるかと思うが、もっとスゴいことがあるのでこれについては何とも言えない。

 今から十年前、星鐵学院は女子校だった。その卒業生達、いわゆるOGが共学になるのを頑固反対したのだ。

 

「そんな今更羨ま…いや、何が起こるか分からないから共学は駄目です」などと滅茶私情混じりの訴えがいくつもあったが学校側としては、「古い校舎から新しい校舎に作り換えるため、予算が必要だ」と皆のためなのか自分達のためなのか分からない理由をだし、卒業生達の意見に反対した。

 そしてOG達は反対が通らないとみるや、「せめて校舎を男女別に分けるべきです!」と言い出した。

 OGと理事達が理事会で言い争った結果、この意見は僅差で可決されてしまったらしく、広大な校舎は二つに分けられ、女子校舎と男子校舎が造られると柵と塀で隔てられた。二つの間は滅多に行き来できないように監視され、同じ高校なのに向こうが何をやっているのか全く分からない状況になった。

 これではまるで軍隊の学校だ。地面に穴掘って向こう側に行ってやろうか。まあ、聞いた噂によると実際に学校のどこかに女子校舎と繋がる穴はあるらしい。

 以上のことは、男子生徒の間で伝わっている星鐵学院の黒歴史である。女子の間では違う黒歴史があるらしく、噂によると共学になった頃は柵は無かった。だが、大半の女の子たちが我先にと授業を脱け出して男子の体育の授業を見に行くということが多発し、どちらの授業も成り立たないようになってしまった。それを見かねた学長が「男子校舎と女子校舎の間に柵を作れ」と命令を出した。

 そして、共学なのに男女別の校舎でその間には柵がある。という今の状況が出来てしまったらしい。

 このとんでもないことは新聞に取り上げられたことがあった。「金を無駄遣いしすぎだ」とか色々と書かれたらしいがこの学校は毎年倍率が何故か高い。それは本当に謎で星鐵七不思議の一つだ。

 

「誰が糞ゴリラだ?」

 

 後ろから誰かに質問された。それに俺は反射的に答える。

 

「だから、あの体育の教師だよ。 当たり前だろ?」

 

 そんなのも分からないのかと思い、後ろを振り向くとそこには猿道大先生がいた。

 

「ゴ…猿道先生!」

 

「見つけたぞ、南~。 それに今、私のことをゴリラと呼ぼうとしなかったか?」

 

「…はい?何のことですか??」

 

「白けたって無駄だからな?そう聞こえたぞ?」

 

「ティチャーの聞き間違えじゃないっすか?」

 

「いや、それはない。 それにお前さっき…ウチの学校の女子と一緒に登校してただろ??」

 

「え?何のことですか??俺は今登校して…」

 

「私は遅刻魔の連中の顔は覚えている。あれはお前だったはずだ」

 

(ヤバい…バレてたのか……名前は分かんないだろと踏んでのことだったのに)

 顔から汗が一筋流れる。背中なんてどっちの汗か分からんぐらいびっしょり。

 嘘を悟られないないように慎重に言葉を紡ぐ。

 

「先生に顔を覚えてもらえるなんて、全く光栄じゃないですけどやっぱり勘違いですよ」

 

「…おい、南。本音が駄々漏れだ……そういうのは隠すもんだろ?」

 

「はい?何のことですか??糞ゴリラ」

 

 話を反らす為に猿道先生を挑発していく。

 

「…キサマ……」

 

 猿道先生がキレそうなのがよく見てとれる。

(よし、あともう一推しか…)

 そう、これは作戦だ。俺がバレていたということは沙倉さんもバレているという可能性がある。それを忘れさせるために怒りの矛先を俺に向けさせるしか他に方法がない。

 なので先生がキレそうなことを考える。

(…あ、アレがあったわ!)

 以前に友達とポーカーをした時に、「バツゲーム無しでポーカーはつまらないので有りにしよう」と言いだしたやつがいた。

 皆で話し合った結果、猿道に「おぉ、糞ゴリラ……あなたは何故、糞ゴリラなのですか?」とロミオとジュリエット風に聞くというバツゲームになった。結局、バツゲームを提案したやつが負けて聞きに行ったのだが、それがまた猿道が滅茶苦茶怒ってそのクラスメートを生徒指導室に連れて行く、ということがあった。

 俺はあの時の自分たちに助けを求めてくる友達の顔を思い出し、生唾を呑む。

 

「ていうか、ふと疑問に思ったんですが…なんで先生は糞ゴリラと呼ばれているんですか?」

 

「南…ちょっと来たまえ」

 

(よし、やっぱりキレたか…)

 これで作戦が成功した。後は捕まらないように逃げるだけと思った矢先、糞ゴリラのごっつい右腕が俺に向かって伸びてきた。

 

「なにするんですか先生?」

 

 後ろに一歩下がって、魔の手もといゴリラの手をかわす。

 

「何って…お前を生徒指導室に連れていくんだ」

 

「いや、意味分かんないっすから」

 

 俺は糞ゴリラの更なる猛攻をさらりと交わし、急いで猿道と真逆に走りだす。今捕まったら、確実に説教を聞かなければならない。それだけはなんとしても避けたい。

 

「こら!またんか」

 

「…いやっす」

 

 後ろからドスンドスンと怒り狂ったゴリラの足音が聞こえてくる。

(バーカ、てめえなんかに捕まるかよっと)

柵をハードルの用量で飛び越えるとまた走りだす。昔から運動神経には自信があったので、柵を飛び越えることなんて雑作もない。

 糞ゴリラはまたんか!と怒鳴り散らしているが無視。沙倉さんと別れてから結構時間が経っている。

(早く学校に行かないと――)

 

 

       *

 

 

     ~楓 side~

 

(春佳さんは大丈夫なんでしょうか…)

 わたしは学校に向かって歩きながら春佳さんが捕まった場合を考える。

 校則19条、男女の一緒の登下校禁止を破った場合、まず反省文10枚書かせられる。そして、2日間の軽い監視がかかる。

 監視について教師たちは軽い、と言うが実質、そんなあまい監視ではない。どこに行くにしても監視役の教師はついてくる。そして何より視線がうざいったらありゃしないとのこと。

 それを考えるだけで、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

「春佳さんと一緒に登校しなければ良かったのかな…」

 

 果てしなく凹む。

(ホント私って駄目だなぁ…雫ちゃんみたいにちゃんとしなきゃっ!)

 気合いを入れるため頬をぺちぺちと二回叩く。

 わたしは自分の一つ歳上だけど、親友の女の子のことを思い出した――

 

 わたしと三郷雫ちゃんは小学生の時に出会った。雫と最初に会った時は、後ろ姿とか雰囲気がとても凛として6年生には見えなくてとても驚いた。自分も6年生に上がれば雫ちゃんみたいに大人っぽくなれるのかなと思ったが特に変化はなく今に至る。雫ちゃん曰く、「楓はそのままでいいのよ?」とのこと。

(でも、私は雫ちゃんみたいにかっこよくなりたいなー)

 ふと、かっこいいに連鎖して朝の出来事を思い出す。

 

「あれは…なんだったのでしょうか」

 

 出来事は朝だった――

 朝、寝坊して遅刻しないように走っていたら曲がり角で人にぶつかってしまった。完全に自分の不注意だったのでごめんなさいと謝ると、「こっちこそすいません」と返ってきた。

 優しい人で良かったと思い、顔を上げるとぶつかった人はなんと中学からの友達で同じ学校の瀬能ナツルさんだった。

(あの時は、ナツルさんで良かった、と言ったらいけないかもしれませんけど、ナツルさんで良かったです)

クスクスと思い出し笑いをしてしまった。

 

「あっ、話がずれちゃいましたね」

 

 自分で自分にツッコム。少しそんな自分が恥ずかしくて、段々と自分の顔が熱くなるのを感じる。

 

「きゃー。 ナツルさんはどこかに消えちゃいましたけど…あの方は誰でしょう……」

 

 ぶつかってしまった後にナツルさんの提案により一緒に登校することになった。

 しばらく話しながら歩いていると、拳銃を片手に脅してくる女の子が現れた。

 今思うとあれはかつあげと言うものなんだろうか。あったことがないのでよく分からない。

 

「制服が星鐵のものでしたから、同じ高校だったのでしょうか…」

 

 本人は“三嶋紅音”と名乗っていたけど、どう考えても四組の三嶋さんには見えなかった。拳銃を向けてきた人はスゴい言葉使いだったが、四組の三嶋さんはそんな言葉を使うようには見えない。むしろ正反対で消え入りそうなぐらいだ。

 

「もう、分からないことだらけです……」

 

 最後、三嶋と名乗る女の子に撃たれそうになった時に助けてくれたかっこいい人についても…

 

「あの方は誰なんでしょう…」

 

 ふと、胸の辺りがきゅっとなり頬がまた熱くなるのを感じた。

 そして、触ってみると本当に熱くなっていた。

(もしかして、私…)

 

「…あの方に一目惚れしちゃった?」

 

 もう一度会いたいと思ったが、手掛かりは自分より身長が高く髪を上で結んでいるということだけだった。唯一の助けは同じ高校の制服を着ていたということだ。

 

「まずは自分で探してみましょう……ってその前に…」

 

(春佳さんに謝んないと行けませんね)

 

 まずは朝のことを春佳さんに謝らなくては…と昼休みのやることを決める。

 

「…あ、どうやって男子校舎に行きましょうか……」

 

「沙倉、…沙倉楓さん!」

 

 考え事をしていた頭の上から声が降ってきた。誰に呼ばれたか分からなかったが反応的に答える。

 

「は、はいっ!、…なんでしょう?」

 

「…あなたは教室の前で何をぶつぶつ言っているの?」

 

「…えっ?」

 

 わたしは急いで周りを確認する。そこは自分の教室の前だった。どうやら、考え事をしながら歩いてきたため教室に着いていたことに気付かなかったらしい。

 はっと我に帰り、教室を見ると皆がわたしのことを見て笑っていた。

 

「あっ…あの、考え事をしていて……」

 

 急なことに対応出来ず、言葉がしどろもどろになる。

 自分でも何がなんだか分からなかった。ただ恥ずかしい。

 

「あ…、沙倉さん赤くなってる~可愛いー」

 

「これは…沙倉さんが天然ちっくになったね」

 

「こらこら、うるさいぞーお前ら~私が言おうと考えてたことを先に言うな~」

 

 あたしのことをからかうクラスメートを担任の大沢先生は注意をするが全然注意になっていない。むしろ、どんどん盛り上がっていく。

 

「…もう、やめて…下さい皆さん……」

 

 恥ずかしさがピークに来て、消えいる声でみんなに訴えるが聞こえてない。

 耳まで赤くなってる~と誰かが言った辺りで大沢先生がやっと話を終わらせてくれた。

 

「ほらっ、そこに立ってると授業出来ないから席座ってね~」

 

「あ、はい…すいません」

 

「まあ、そこでずっと弄られたいなら話は別だけど」

 

「それは嫌ですっ」

 

 ぷくーっと頬を脹らまして、先生にやめて下さいとアピールをする。

 

「あっはっは、まぁ席に着いて。 沙倉には遅刻のペナルティーとしてこの問題を解いてもらうかな?」

 

 大沢先生は黒板に書いてある問題(1)を指差した。

 

「あ、はい。これは微分して――」

 

 

       *

 

 

    ~春佳 side~

 

「う~あぁ~疲れた…」

 

 学校に着くまで色々あったが何とかたどり着くことができた。

 当たり前だか、1時間目には間に合わなかった。教室に着いたのは2時間目が始まって少し経ったあとだった。

 俺は教室に着き自分の椅子に座るなり、机に崩れるように顔をつける。

 

「うるさいぞ。南!」

 

 遅刻にうるさいと評判な国語の担当教師が怒鳴った。

 

「うぃ~すんませ~ん」

 

 だって、しょうがないではないか…糞ゴリラと早朝マラソンしてきたんだから、と心の中で愚痴る。だがけして、表立って言ったりはしない。理由は簡単だ。ただめんどくさいから。

 

「よし、次は昨日やった分の読み下し文をやるぞ~」

 

 先生は昨日書いたノート開け~と言いながら黒板に字を書き始めた。

(うぇ…俺、読み下し文嫌いなんだよね……当りたくねぇ~)

 読み下し文が苦手ということもあるが、まず昨日の授業の内容を覚えていない。うっすらと記憶しているのは、最初の15分ぐらいだけだ。だが、その15分もうとうとしてぎりぎり寝るのを我慢して、またうとうとしての繰り返しだった。だから、ノートなんて書いていてもピカソ並みのクオリティーだ。

 自分で書いたのに全く読めたもんじゃない。

 

「昼休み後だからいけないんだよ…」

 

 つんつんと後ろからつつかれる。なんだよ、と後ろの席の東田の方を向く。

 

「ん?どした??」

 

「いや、お前がどーしただよ。いきなり昼休み後だからいけないんだよとか言い出してさ」

 

「あ~うん。昨日の授業ん時に寝ちゃってさ。 んで、ノート取ってなかったから、読み下し文が尚更分かんねーと思ってさ」

 

「はは、だったらあんま声出さない方が身のためだぞ?」

 

 東田は笑いながら「ほら」とあるクラスメイトを指差した。春佳はその指の方向をみる。そこには高校1年の時に知り合って、何故か意気投合した瀬能ナツルがいた。

 

「ナツルがどうしたんだ?」

 

「あいつ、授業遅刻したから前川にそろそろ当てられるぞ?」

 

「へぇ~あいつも遅刻したんだ?俺より前だべ??」

 

「おう、って言っても春佳とそんな大差ないけどな」

 

(ふぅ~ん、そうなんだ。ナツルにしては珍しいな…いつもは遅刻だけはしないのに……)

 東田とナツルの方を見ていると東田の予想通りになった。

 

「じゃあ、瀬能。この文を読み下し文にしてみろ」

 

「えぇ、なんで俺なんですか?」

 

「なんで?って遅刻した罰だ」

 

「うぇ~最悪…」

 

 ナツルは教科書とノートとを交互ににらめっこしながら、少しずつだが読み下し文にしていく。

 

「まて瀬能。それは違うぞ?」

 

「うげっ…マジですか……」

 

「マジだ」

 

「じゃあ、これはどんな風になるんで…」

 

「それを瀬能が解くんじゃないか」

 

 意気ピッタリのナツルと先生のやり取りは、さながら新人漫才コンビ並だった。

 俺もそうだが、クラスの連中もクスクスと笑っている。

 

「…はは、ナツルの奴何回間違えれば全文終わるんだろな」

 

 ついつい笑ってしまう。これで2回目でもう3回目に達してしまいそうだ。

 

「これ面白いから、瀬能が何回間違えるか昼飯を賭けて勝負しないか?」

 

(東田のくせに俺の昼飯をたかろうってか…)

 勝負に勝った場合の利益と負けた場合の損害を考える。

 勝った場合は何が貰えるか分からんが東田の場合は大体パンを昼に食べているから、貰えるならパンだな…そして俺は朝のがあるから負けても大丈夫そうだな)

 

「おーい、ぼーっとしてどうしたんだ?」

 

「あぁ、すまんすまん。ちょっと考え事を…」

 

 自分では数秒の考えだったが実際は数分の考えだったらしい。

 

「まぁ、いいけど。とりあえずやるのかやんないのかどっちだ?」

 

「やるよ」

 

「じゃあ、あいつなら5回は行くな…」

 

「ん~…俺は6回にするわ」

 

 東田、俺の順番に自分の昼飯をかけてナツルの読み下し文の間違え回数を予想する。

 

「おい、南に東田!さっきからうるさいぞ!!」

 

 遂に前川が怒鳴った。

 

「「はーい、すんませーん」」

 

「それに余裕だな?…」

 

「何がですか?」

 

「…瀬能の次はお前だぞ、南」

 

「えっ!?読み下し文にするのはその文だけじゃないんですか?」

 

「あぁ、これだけだが…どーしても南がやりたそうたからな……瀬能、そこまででいいぞ?」

 

「あ、はい」

 

 急いでナツルの方を見るといい様だとばかりにこっちを見て笑っていた。

(くそっ、やっちまった…)

 どーせ当てられるなら少しぐらいやっとけば良かったと思うが過ぎたことはしょうがない…やるしかないらしい。

 

「…東田、ノート見してくれ」

 

「しょーがないな…はいよ」

 

「おう、ありがとう」

 

 読み下し文にするために東田のノートを見る。

(えーっと…何々?)

 昨日書いたであろう文を探すがどこにもない。違うページかなと思いページを捲るが何も書いていない。唯一書いてあるのは、「今朝、お前沙倉さんと一緒に登校しようとしたらしいな?」とだけだった。

(…面倒くさい情報収集能力だな……伝達が早いんだよ)

 一瞬、ツッコムか悩んだがコンマ一秒で結論が出た。

 

「…東田、お前のノートはいいや」

 

 ノートを東田の机に叩きつける。

 東田はてめえ、人のノート借りといてなんてことしやがるなどと文句を言っているが無視。何も書いてないノートなんて、借りた内に入らないに決まってるだろ。

 

「ちょっと昨日書いた部分のノート見してくんない?」

 

 右隣のクラスメート――たぶん三田君に昨日、ちゃんと書いたか聞いてみる。流石に東田の二の舞は踏みたくない。

 

「字汚いけどいいかな?」

 

「そんなのは全然良いですとも」

 

 ノートを開けると今度はちゃんと書いてあった。それも答えらしきものまで。

(あざますっ!三田君)

 

「――――です」

 

「お~ちょっと違うとこはあるけど正解だ。座ってよし。」

 

「ほーい」

 

 周りからおおーと歓声が上がる。だが実際俺が考えたわけではない。三田君が文の隣に答えらしきことを書いていたので、それを言っただけだ。

 

「ごめん、マジ助かった」

 

「ううん、別にいいよ」

 

 東田とは違い丁重にノートを返した。今度から三田君は神様レベルの扱いをしなければ。

 

 2時間目と比べて3、4時間目は特に何もなく順調に終わった。

 ほぼクラス全員寝ていたということを除いて。因みに俺は寝ていた側だ。催眠術でも会得しているんじゃないかと噂の社会学の先生の授業で起きている方が奇跡だ。

 

「ふぁ~あ、よく寝た~」

 

 俺は固まった身体を伸ばす。ばきばきと身体から聞こえてきて、「どーした!?」と思うがこの感覚が気持ちいのでやめられない。

 

「お~い、春佳」

 

 呼ばれて振り向くと妙ににやけた東田がこっちに歩いてきた。俺はこいつの下の名前が分からないという事実があるが、案外下の名前が分からなくても世の中やっていけるわけで未だに覚える気はない。

 東田は星鐵学院美少女研究会というアンダーグラウンドな活動をしている部活の会長を自任している。彼は「星鐵学院美少女研究会は夢の橋を架ける部活だ!」と言っているが実際、非合法かつ学校に部活として認定されていない。なのでバレたら処分を受ける。

 そして東田の言う、夢の橋を架ける部活というのはあながち嘘ではなくて、この共学なのに男女別の校舎の男女の出会いを作るのが目的だ。

 聞いた話によると本当に男子の校舎と女子の校舎に脚立という橋を架けたことがあるらしい。その案を考えた奴もそうだが、それを実行してでも彼女、彼氏を作りたいという部員の度胸に驚きだ。

 俺も彼女は欲しいがそこまではいいや。

 

「…んあ?何~??」

 

「お前、眠そうだな」

 

「まぁ…早朝マラソンしてきたからな」

 

「…は?」

 

 東田はなに言ってんだ…こいつ馬鹿か、みたいな顔で見ている。馬鹿はそっちだろう。この前の小テストで俺の方が4点も上だぞ。

 

「それは置いといて、どした?」

 

 確かに俺は早朝にマラソン並の運動をしてきた。だが、一緒に走ったのが糞ゴリラなので嬉しくないし、楽しいことでもない。だから、いちいちからかわれそうなネタをバラまくつもりはない。それにもし、追いかけられた理由を聞かれたら酷だ。

 

「もう忘れちまったのか?国語の授業の賭けの話だよ」

 

「あぁ、完璧忘れてたわ…んで、どうだったっけ?」

 

「瀬能が言い直したのは5回だった。…だから、俺の勝ちだな」

 

「いや、あれは先生が途中で止めさせたからだろ」

 

「それとこれは別だな。春佳、お前の負けだ」

 

 東田はビシッと人指し指を向けてきたので、春佳はやんわりと人指し指を掴むと曲がらない方向に曲げる。

 

「いててててててっ何しやがんだ!」

 

「ちょっとした、テロリズムがな」

 

 さっきのとどんな関係が!?と東田が叫んでいるがスルー。

(俺って最近…スルーし過ぎかな?)

 これ以上何かしても変わらなさそうなので潔く諦めることにした。

 

「はぁ…分かったよ」

 

 鞄から朝買ってきた昼飯を取り出して東田に渡した。

 

「おっサンキュー、じゃっ俺は部活があるからまたな」

 

「はいよ」

 

(…二度と帰ってくんな)

 自分の鞄を開けて、朝飯用に買ったやつを探す。

 朝のあれのせいで朝飯を家で食べてる時間がなくて、適当な時間に食べようと買ったが結局食べる暇がなくて、手をつけていないのだ。俺は変な形に潰れたサンドイッチを取り出した。

 

「まぁ、足りないけど無いよりましか…」

 

 サンドイッチを片手にいつも一緒に食ってるナツルを探す。

(…あ、いた)

 ナツルはいつも通り自分の机に座ってパンを食べていた。だが、やっていることはいつもと同じだが雰囲気が少し変わっていた。

 

「ナツルーなんかあったん?」

 

 ナツルに近付きながら、質問を投げかける。

 

「ん、ああ…春佳か。まあ、色々あってな……」

 

俺の問いに反応して、こっちを向いて答える。

(…!?)

 

「どーしたっ!?なんか、悟りでも開いたかのような顔してんぞ!」

 

「…そーかい?」

 

 ナツルはこの人生は諦めたかのような、逆に清々しい笑顔をした。

 

「何があったのかしんねーけど、諦めんなって」

 

「…おう、励ましありがとう」

 

 俺も諦めずに頑張るから、と言おうと思ったがやめた。何を?って言われても、今日から男として生きていくことが出来なくなったっぽいと言うしかない。だが、そう言うと“南春佳は性転換した”とか勘違いされても困るから言わない。

 

「おーい、瀬能…ちょっとこっちこい」

 

「ん?何??」

 

「瀬能を呼んでる人がいる」

 

「先生なら、俺は死んだって言ってくれ」

 

 東田に呼ばれたナツルは廊下の方に歩いていく。

(先生に呼び出されるとか、何かしたんか?)

 サンドイッチを食べながら事態の観察をすることにした。

 

「あ、ナツルが連れていかれた」

 

(こそこそ話しやがって何が起きたのか分かんねーじゃん)

 俺は残りのサンドイッチを口にぶちこんだ。流石に一気に入れすぎて焦っていると、また東田が寄ってきた。

 

「なふだよ?こふはおれのだふお」

 

「はぁ?何言ってるかさっぱりだ…そんなことより、お前何した??」

 

「ふあふをしてないふお」

 

 口の中のサンドイッチを呑み込もうとするがなかなか、呑み込めない。だから、東田にはこちらの言っていることが上手く通じてないらしい。

 

「はぁ、まあいいや。ちょっとついてこい」

 

 何があったのか分からないが東田についていくことにした。

 教室を出て廊下に出た。そこには生徒会直属の風紀委員が立っていた。

(なんか、ヤバい…感じかも)

 ヤな感じがしたので逃げようとしたが風紀委員に腕を掴まれた。

 

「逃げても無駄ですよ?」

 

「…何のことでしょうか?? 俺はトイレに行こうかと」

 

「嘘は駄目ですよ。バレバレです」

 

(ヤバいヤバいヤバい…)

 逃げようとしたが捕まってしまった。生徒会直属の風紀委員が来たということは、たぶん朝のことを聞いてくるだろう。

 

「南さん、生徒会長がお呼びです。ついてきて下さい」

 

「あ、はい」

 

(…あれ?)

 職員室でも生徒指導室でもないらしい。生徒会長様直々になんの用件だろう。おかしいと思ったがついて行ってみることにした――

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