~春佳 side~
バンバンバン――
図書館内に連続的に銃声が鳴り響く。それと同等に刃物か何かが切り裂く音も響いくる。たまに金属同士がぶつかり合ってキンッと高い音も聴こえてくる。恐らく雫先輩が操る武器を相手は拳銃で迎え撃っているのだろう。
因みに俺は生徒会室のある二階から一階へと続く階段の横に位置する所で、手すり越しに戦闘を眺めている。どこに目を向けても内はスゴいありさまだった。
まず始めに大人数で勉強出来るぐらいの大きさのテーブルが真っ二つに切り裂かれた。そして、敵が反撃として放った銃弾によりスチロール製の本棚のそこらじゅうに穴が空いた。さながら戦争――いや、ラスト・サム○イを見ているような感じだ。
日本には銃刀法があるため、もう拳銃は売ってない。あると言えばあるが、それにはライセンスが必要だし使うのは散弾銃だ。それにまず学校で使うものではないので俺は初めて銃声を聞いた。
(…っ、うるさ……耳隠しても聞こえてくるし…)と最初の感想としてはそんな感じだった。
ここは図書館。だから密閉空間であるあるからして、音が音楽教室並みに反響する。なので一発撃つだけでも相当響いたりする。そのお陰で一発目の銃声でほとんどの生徒は異変気付き、ここを脱出した。途中、転んだ女子生徒もいたりしたが、さっき無事外へと繋がるゲートをくぐった。
「とりあえず、これで関係ない人にはけが人はでないな…」
それでも不安は拭え切れない。なんせ敵のケンプファーは連射するのが好きなのか連続でトリガーを引く。トリガーを引けば必然と弾丸が出るのは世の常なので、流れ玉が怖い。ましてや銃声が半端なくうるさいときている。
俺は耳を軽く抑えつけながら雫先輩と敵の戦いを見ることにした。
「それにしても……」
(…相手の銃を持ってるやつは指が痙攣を起こさないのか?)
銃声なんて聞いたことはないが、音の間からして相手の武器は単発式。一発撃ったら弾がマガジンから上がり、引き金を引くとハンマーが落ちて銃口から飛んでいくやつだ。
敵はその単発式をマシンガンのような連射式で撃っている。その場合、連続的にトリガーを引かなくてならないわけで、結果的に普通なら人指し指が疲れてくる。だが指の疲れを知らないのか、最初と変わらないスピードでトリガーを引き続けているみたいだ。
「あんなスピードでトリガーを引き続けられるって…どんな指してんだよ……」
ついつい驚きのあまりに俺は独り言をこぼした。
人指し指だけマッチョになってそうだな…、なんてくだらないことを考えながら。
「もしかしたら…ワ○ピースに出てくる敵みたいに、“指丸”が出来るんじゃねえか?………ってんなわけないか」
ボケにツッコミをいれてくれる人がいないため、俺は自分でツッコム。
「それにしても、雫先輩ってスゴいな……」
上から覗くような感じに図書館内を見ているせいか、相手の動きも雫雫先輩の動きもつかめる。
無駄のない動きで攻撃を繰り出す姿は、まるで舞でも踊っているんじゃないかと錯覚すらする。片方の短剣を投げて攻撃しては引いて戻し、その瞬間にはもう片方の短剣を投げるというやり方をしていた。
なんだ単純じゃないか、と思うかもしれないが雫先輩はそんな単純な攻撃パターンをするわけはなく、短剣の軌道が分からないように毎回狙う場所を変えている。それでも適当に投げているわけではなくて、当たるか当たらないか分からないフェイントらしきものも交じっていたりする。口調は性格が出るとは言うが、攻撃の仕方もそれに近いものがあるのかもしれない。
敵は防戦一方のまま時間だけが過ぎていく。しかし、相手もバカではないようで隙を待っているらしい。攻撃が一瞬でも止んだ瞬間に転がるように移動しながら、飛んで来た方向に銃を撃っている。
だが雫先輩のそれは隙ではなくて、相手に自分の居場所を特定されないための間であるらしく、攻撃のチャンスを与える気は全然来ないらしい。移動しては休まず乱舞を繰り出し続ける。
(上から見てて分かることだけど――)
「…相手に反撃のチャンスはないだろな。いや、むしろ与える気がないって言った方が正しいか」
理由は俺が見たって分かる。これは俺がバカだからっていう訳ではなく、例え話に俺を使っただけとのこと。
短剣の柄には鎖が付いている。だから、動きは彼女の思うがまま…まさに変幻自在だ。それに対して相手は直線状にしか飛ばせない銃。利点として、とてつもなく弾足が速い。それがあっても相手はなかなか攻撃に転ずることが出来ないでいた。
「……………」
俺も同じ武器ならあんな風に出来るんじゃね?と一瞬考えたがすぐ無理だと諦めた。俺にはあんな器用なことが出来ないと分かってるからだ。
確かに練習すればそこそこ操れるかもしれないが、あんな正確に防御の薄いところだけを狙うなんてそうそう出来ることじゃない。それも弾丸にも劣らないスピードでだ。
「本当にアレは同じ人間ですか?って聞きてーな……」
手に発射装置みたいなの付けてて、それで飛ばしてんじゃないかと疑いたくなる。
(いや、ケンプファー自体が人間の枠組みから逸脱してるのから出来ることなのか…)
恐らくケンプファーの力があったらオリンピックのメダルを総なめ出来るに違いない。あの人類史上最速の男も容易に抜かせるのかもしれない。
雫先輩の操る短剣が敵の足を狙って飛んでくのがうっすらと見えた。相手も気付いたのか発砲し、攻撃をはじく。
もし俺がケンプファーになっていなかったら、今の短剣の影すら見えなかっただろう。変身すると戦う戦士としてなるせいか、著しく身体能力やら判断能力やらが底上げされる。だから、男の俺だったら、気付いたらぶっすりで意識飛んで終了みたいな感じだろう。
そんなことを考えるとゾワッと寒気がした。
「あんなのは敵に回したくないな…絶対に」
俺は彼女が仲間だということに安堵した。
「練習っていうのか分からんけど、たくさんやったんだろな…」
頭が冷静なせいか、それとも心のどこかが落ち着いてるせいか、色々なことが頭をめぐる。まるでデュアルディスプレイでお互い違うものを起動しながら操作している感じだ。
改めて雫先輩のことをスゴいと思う。
(ん?さっきから俺…スゴいしか言ってない気がするな……)
ふと気付いた自分のボキャブラリーの少なさに軽くショックをうける。
「てーか、俺こんな状況なのにめっちゃ冷静でいるな…。 ケンプファーって、思ってた程不便じゃないのかも……」
ケンプファーになると冷静に物事をあれこれと同時に考えることが出来るらしい。これにはケンプファーの便利さに感謝。普通だったら銃声を近くで聞いたら逃げるか、腰を抜かすかのどちらかだろう。もはや怖くて気絶するかもしれん。
だけど、今は流れ弾が飛んできても何とも思わなかった。
「んまあ、この姿を除いて…だけど……」
(これが女じゃなくて、男の姿だったらな~カッコいいのになー)
そういえば図書館の出入り口で腰を抜かしたのか歩けなくて泣いている女子生徒がいたなと思い出した。
(あれは…トラウマもんだろな…可哀想に)
あの泣いていた女子生徒とこの現場に居合わせた生徒全員に同情しますわと手を合わせて祈ってみた。気分的に。
そんな時に顔の横を何かがものすごい速さで通りすぎた。シュッと風切り音だけが聴こえる。
何だろうと思い、横を見ると柱に短剣が刺さっていた。雫先輩の方を見るとこっちを見ていた――というか、睨んでいた。
俺は了解しました!とばかりに敬礼をし、雫先輩に自分が何を見ていなければいけないかが分かったことを猛烈にアピールする。
「ケンプファーの戦いを見ておかないとな…」
(言うこと聞かないと、バーベキューの串肉みたいにされそうだし…)
そんな目に合うなんて真っ平御免なので(怖いので)素直に言うことを聞くことにした。
俺は泣いていた女の子のことは忘れて、戦いに意識を集中した――
*
~ナツル side~
「いいかナツル、よく聞け。このままここに居たら、防戦一方になっちまう。だから、向こうの本棚の陰まで一気に走るぞ」
本棚に目を向けると、そこは百科辞典コーナーらしく分厚い本だけが収められている棚だった。ぎっちりと収納されている上に、近くに生徒もいないので容易く切り裂くことも出来ないだろう。
(確かに、うまくすれば盾の代わりになるかもな…)
「おう」
「いち、にの、さん……てカウントしたら走るんだぞ」
さん、と言われたから走り出そうとした俺は足を滑らせた。
「なにやってんだ、ナツル!!倒されてーのか!? それとも何か、おめーはマゾかドM?」
「マゾでもMでも死にたがりでもねーよ!」
この瞬間湯沸かし女め…この状況でギャグ入れんな。俺はコントがしたいんじゃないんだ、と言ってやりたいが、口にチャックをする。じゃなきゃ、言った瞬間に蜂の巣決定だ。
紅音の顔を見るとやっかいなことに、どうやら冗談をかました気はなく大真面目だったらしい。「カウント無視したらアレに串刺しだぞ。 もうしくじんな!」と怒鳴ってきた。
紅音はイライラが限界まで来たのか、血走った瞳を左右にギョロギョロと動かしていた。様子を伺う紅音の真似をしようすると、隣から「いくぞ!」とカウントを開始した。
「いち、に、…さんっ!」
その合図に合わせて俺と紅音は同時に本棚の影へとダッシュした。運動にそれほど自信はなかったが、今はケンプファーなので常人の数倍は脚力がある。なので本棚までたいした距離ではなかった。
野球のヘットスライディングみたいに本棚の陰に滑りこんだ。紅音も同じことをしたせいで、猛犬女の身体が被さってきた。
ドサッと大きな音を立てたわりにそれほど痛くはなかった。痛いのは俺の背中だけ。
(あれ、意外と紅音ちゃん軽いな。それになんか柔らかい…)
「ちょっと、どけって…」
俺は被さるように倒れている紅音を退けるため腕を伸ばすと、
むにゅ――
「…っ!?」
変な効果音が聴こえたような気がした。それと女の子の悲鳴のようなものも。
なんだったんだ?という疑問を浮かべながら、紅音に目を向けると猛犬女バージョンの紅音は驚いたように目を見開いて口を金魚みたいにパクパクさせていた。
(何をそんなにパクパクさせて――お腹空いたのか…?)と考えにいたったあと事態を把握した。
「……………」
今、俺が下で紅音が覆い被さるように倒れている。そしてふわりと鼻孔をくすぐるいい香りに身体全体に感じる柔らかい感触。
普通なら『お…女の子の生足が……』などと考えるとこなのであろうが何故かそう思わないし、嬉しさがない。
何でだろうと考えたのは半秒もなかった。そんなことよりも命の危機を感じたからだ。
「あ、えと…すまん」
一応、謝ったものの紅音の目つきは非常に悪かった。心臓が弱い人だったら、倒れてしまうくらいだろう。
事故とはいえ、紅音の胸を触ってしまったことは反省するしかない。だから、もう一度口を開けた。
「すまん、紅音。今のは事故で故意に触れたわけじゃ――」
「……謝ってすんだら、警察はいらねえ…よな?」
そうだな、なんて言葉は命に係わるので苦笑いをすると、紅音は俺の額に銃口をぐりぐりという効果音がピッタシと言わんばかりの勢いで押し付けてきた。ゴンと後頭部から聴こえてくる。
よく見るとだんだんとトリガーにかけている指に力が入っていくのが確認出来る。
(おいおい…ちょっと待てって…)
そんなとき頭上からキン、キンと金属音が鳴り響いてきた。
「ははっ、野郎の武器じゃあ、この棚は抜けねえようだな」
こういうことも予想しての移動だったのか、ざまあみやがれと言わんばかりに紅音はニヤリと笑った。
(ん? …助かった、のか?)
「助かってねえーよ、馬鹿」
そう言うやいなや紅音が頭をグリップの角でどついてきた。
「いっつ~…何しやがる!」
殴られた所を手で抑えながら、俺は紅音に文句を言った。
「馬鹿か、あたりめえだ。それに、これは前払い分だ。後で必ず殺す」
「いや、さっきのは事故だって言っただろ!?」
「いーや、違うな。わざと触っただろ?」
「お前のなんか、わざと触るわけ――」
ゴリッという音とカチャリとハンマーが降ろされる音は同じタイミングだった。また怪しく黒光する銃口を向けられた。
俺は余計なことを口にする前に口を塞いだ。
「あ、いや…何でもない」
「そう、黙ればいいんだ。そうすれば少しでも長生きできる」
「……………」
やっぱり引き金を引くことは確定事項らしかった。
「それより反撃といこうじゃねえか、“変態の”相棒」
いつの間にか仲間から相棒にレベルアップしていた。そして、変態が+αされたようだ。相棒と呼ばれてもいいとして、+αに意義を申し立てることにした。
「変態はいらねえだろ。相棒だけで充分だ」
「そうか? まあ、そんなことはどおでもいいんだ。お前の出番だぞ」
どおでもいい。ってお前が付けたんだろと言いたくなった、俺こと瀬能ナツルでした。
ナレーションのマネはすぐやめて紅音に疑問を投げかける。
「…俺の出番ってどういうことだ?」
「だからな…」と紅音は不気味に笑った。
「相手の居場所が分かんねえから、おめえがここから出て敵に姿を晒す。するとおめえを狙って敵が攻撃してくる。 んで、あたしが反撃して殺す
「……………」
「どうだ?完璧な作戦だろ? これでこの胸糞悪いやつともおさらばだってことだ」
「…待て、完璧じゃあない。俺はどうなるんだ!?」
紅音の計画には、俺が囮になるだけで、その後の対処がすっぽり抜け落ちているようだ。このままじゃ、敵は倒せるかもしれないが俺は剣にぶっさり串刺しだ。お前は嬉しいかもしれないが、俺は嫌だ。焼き鳥の物まねなんか希望していない。
「そんなことは知らない。自分で何とかしろ」
「自分で何とかしろって…ちっとも助けてくれないのか!?」
「いいから、早く姿を晒せ!おめえのツアウバーなら剣を防げるはずだ。それでなんとかしろ」
紅音は後は任せとけ!と言わんばかりにニカッと笑った。
「頼りにしてるぜ、相棒」
俺は一瞬、紅音の笑顔にドキッとした。くそっ、笑うとちょっと可愛いじゃないか…卑怯だぞ、なんて考えながら、目で抗議したが何も変わらなかった。顎で「行け」と指示されるだけ。
「…分かった。行ってやるよ」
「じゃあ、おめえの好きなタイミングで出てくれ。あたしはそれに合わせる」
ふう、と一息吐き出すと俺は決意を固めた。そして、意識を集中させていく。
「よし…行くぞっ!」
それを合図に俺は床を蹴って本棚の影から姿を晒す。
「……はっ!?」
飛び出しと同時にあることに俺は気がついた。
(『ツアウバー』の発動ってどうやるんだ!?)
しかし、悩んでる暇はない。いつ敵の剣が飛んでくるか分からないからだ。そんな時、寿司屋とかでやるマグロの解体ショーが頭の中をよぎった。先端が鋭く尖った刃物にどんどん解体されていく、マグロ。最初は首で――想像しただけで恐ろしい。
(バラッバラになったら、どーすんだよ…)
だがいつまで経っても、敵は俺を攻撃してこない。
白刃のきらめきは、真後ろで起こった。
「野郎、見抜いてやがったかっ!」
紅音は飛んでくる短剣に発砲した。短剣は銃弾に弾かれ目標から大きく逸れて本棚に刺さる。
「柄に鎖が付いていたから、自在に攻撃出来たのか…」
俺はゴツッと銃のグリップで殴られた。
「何実況してんだ。それにおめえ、演技下手すぎんだよ」
「…はぁ!?意味分か――」
「分かんね」と言い終わる前に近くで派手な金属音が響いた。
「「なんだっ!?」」
音のした方向に目を向けると、重い書物が並べられたスチール製の本棚が真っ二つになって倒れているところだった。
(っ!?誰だよ、スチールは固くて抜けないだろなんて言った野郎わ)
「うおっ!?」
本棚はバラバラと本を落としながら、紅音の方に向かって崩れ落ちていく。
「危ないっ!」
急いで彼女の腕を掴むと力一杯引っ張った。
短剣は本棚をいとも容易く切りさいた後、切っ先をこちらに変えて向かってくきた。そこに紅音はすかさず引き金を引く。銃弾で弾かれた短剣は床に刺さったあと、ゆらゆらと蛇のように遠くに引っ込んでいく。
そんな短剣を見つめていると、横にいる紅音が憤慨した。
「あぁ、我慢ならねえ――。あの野郎、ぶっ殺してやる!!」
「おい待てって。相手がどこにいるかわかんないだ。逆にこっちがやられるぞ」
紅音はいきなり元本棚があった方に銃口を向けた。
「おい、どいした?」
紅音に吊られて俺も同じ方向に目を向けた。
(ん?誰かいる……)
だんだんと煙りがなくなり人影が見えた。そこに居たのはなんと沙倉楓だった。
その姿を確認した瞬間、紅音の目の色が変わった。
「てめえの仕業か!」
と叫びだした。今朝に続いて銃口を突き付けられた沙倉さんは「あ…あの……わたし、図書館で調べものしてて……そしたら――」と弁解をしているが今の紅音の耳には届いておらず、怒りのあまりに引き金に掛ける指に力がこもっていく。
紅音は完全に沙倉さんにトリガーを引こうとしていた。
「バカっやめ――」
「やめろお前ら!沙倉さんは関係ないんだ!!」
俺が叫んだのとどこかから声が響いてきたのは同時だった。
「誰だっ!」
と紅音が叫んだがしばらくしても誰も出てこない。出てくるどころか人の気配すら感じなかった。
そんな相手に痺れを切らしたのか隣にいる紅音が文句を垂れ始めた。いや、防戦一方の戦いに不満を溜めていたらしい。猛犬モード全開だった。
「三森すずこみたいな声しやがって、いつまで隠れていやがる! 出てこいぶっ殺してやる」
「……………」
どこにケチ付けてんだよ、とか出たら撃たれるんだから隠れているのが正解だろ、とか言ったら俺が撃たれるんだろ…なんて疑問を持ったりもしたが口にはしないことにした。理由はご自由に想像してほしい。
そんな時、倒れた本棚から大分離れた所に人影が見えた。細身な体躯に流れるように揺れる長い髪。そして、星鐵学院指定の制服。現れたのは女子生徒だった。
金色に輝く髪をなびかせると手に持っていたマフラーで顔を隠した。そのせいで表情が分からない。
そんな相手に紅音はいっそう警戒するように拳銃を向けると口を開いた。
「てめえ、何のようだ?」
「…沙倉さんは関係ない」
女子生徒はそう俺たちに聞こえるか聞こえないかくらいの声で答えた。俺も沙倉さんがこんな重たい本棚を倒したり、短剣を操ってテーブルを真っ二つにしたりなんてことが出来るわけがない。
「俺も沙倉さんが短剣使いじゃないと思う!」
その証拠に当の本人もびっくりした顔で俺たちの会話を聞いている。時々、「…短剣?」だとか「……関係?」とか口にしている時点で当事者じゃないだろうと決定付けている。ついでに言うなら俺の中の決定機関もそう断言している。
「それを決めるのはあたしだ。まだ楓が全くの無実だとは思えねえ」
「だから沙倉さんじゃなくて、あいつが――」
「あいつが短剣使いじゃないのか?」と口にしようと思った瞬間、現れた女子生徒でもなく沙倉さんの後ろが煌めいた。ものすごい速さで短剣が飛んできた。
「くそっ!嵌められた!! 避けろナツルっ!!」
それにいち早く気付いた紅音はすかさず発砲した。俺は沙倉さんの近くにいたので転がってそれを避ける。
短剣はまた銃弾に弾かれ、俺の元居た場所を通過して本に突き刺さると動きを止めた。その後、命が吹き込まれたかのようにクネクネと動き回って刺さった本を落とすと、またどこかに消えていった。
「てめえも陰険野郎の仲間か?」
「……………」
「…沈黙か。 じゃあ、肯定ってことでいいんだな?」
二回目の沈黙は流石に肯定として受け取ったのか、トリガーを引く力が強まった。それに気づいたのか背を向けると走り出した。
「はっ!!逃がすかよ。 今更、尻尾巻いて逃げようたって、そうはさせねえ」
紅音の叫び声とともに銃口から連続で弾丸がはき出された。相手を仕留めるためだけの使命を持った銀色の弾は女子生徒との距離をものすごい速さで詰めていく。
ケンプファーの力が無ければ弾速250メートル毎秒以上の速さを誇る球筋なんて見えやしない。ましてや女子生徒と紅音との距離はおよそ10mそこら。瞬きする間には当たっている、そう断言しても良いぐらいとてつもない速さを誇る弾丸が背中へと迫った瞬間、驚くべきことが起こった。当たる、と思った瞬間、女子生徒が視界から消えたのだ。
「なっ!?」
紅音の舌打ちに紛れて俺の間抜けな声が響いた。
どれも的確に放たれた弾は背を向け逃げる女子生徒へと当たるはずだったが、ただ宙を擦れて行くだけで一発も当たらなかった。それも横に躱したわけでもなく、地面に伏せたわけでもなかった。“宙を飛んだ”とも思わせる人間離れした脚力でジャンプしたのだ。
それはもう“ケンプファー”だと決定的な証拠だった。
(短剣を使わないってことは、…俺たちを攻撃してきたケンプファーとは違うのか?)
そんなことを考えているうちに着地するやいなや物凄いスピードで走り出した女子生徒は紅音の猛攻を掻い潜ると俺たちの前から姿を消した。
「やっぱりあいつもケンプファーじゃねえか。今日は運がいいじゃねえか?ナツル」
「そうか?俺はそう思わないけどな」
目が覚めたら女になってて、登校中に紅音と会って意味も分からないまま戦わせられるなんて、ちっとも嬉しくなんてない。ましてや幸運だ、なんてこれっぽっちも思えない。
けっ、と吐き捨てるようにガバメントを肩に乗せると、紅音は五割増しでニヤリと微笑んだ。目は獲物を追う猛犬そのものの如く鋭く血走っていた。俺はそれを横にただ諦めを込めたため息をつくしかなかった。
「そういえば、陰険野郎がもう一人いたな」
そう呟く紅音はもう爆発寸前の火山かのようにイライラとしているのか、トリガーに掛ける指に力が籠っている。
「さっきの女子も気になるけど、さっきの攻撃…沙倉さんの後ろから飛んで来なかったか?」
俺の目ではあの女子生徒ではなく沙倉さんの背後から飛んで来たように見えた。また沙倉さんに白羽の矢が立つのかと紅音の様子を伺うと以外にも紅音の目は沙倉さんではなく女子生徒がいた場所に向いていた。今は誰もいない。あるのは崩れた本棚から落ちた分厚い本だけの場所を。
「さあな。そう見えるように短剣を操ったのかもしれねえ。 まあ完全にやられたことだけは確かだ。それに――」
まるで某漫画の主人公宜しく、辺りを睨めつけるように見ると紅音は「あいつの気配も消えてやがる」と口にした。“あいつ”とは突然現れたさっきのケンプファーのことだ。
「どこに行ったんだ?」
「はっ、また隠れたんだろ?苛々させやがる…。んで、楓はどうした?」
「今ので気を失ったみたいだな…」
猛犬女が躊躇わず撃ったおかげで、沙倉さんは気絶していた。眼前を死神が何発も通過していったのだから、当たり前だ。俺だってこんなのくらったら腰を抜かすだろう…、などと冷静に考えている自分に気付くと驚いた。
(こういうのもケンプファーになった副産物なのか)
紅音はそんな沙倉さんを見て、「根性なしが」と吐き捨てるように文句を垂れているが実際はこの状態が正しいのだ。目の前で銃を撃たれて気絶せず驚きもせず、冷静でいられる俺らがおかしいのだ。
キーンコーンカーンコーン
そんな時、静寂を終わらせるかのように昼休みの修了を知らせる鐘の音が図書館全体にながれた。外からもチャイムが聴こえてくる。
「やべえ。昼休みが終わっちまった」
チャイムを聞いた紅音が嘆いた。
「真面目だな。俺なんか三回に一回は遅刻してんぞ」
「そんなこと自慢気に言うな。 変身前のあたしは真面目なんだ。一緒に考えるな」
「そりゃーどーも。俺は目立たないし、良い子でもないんでね」
俺と紅音はそこまで無駄口を叩いたのち、黙った。
敵の攻撃を待っているのだが、いつまで経ってもこない。図書館内はいたって静かだ。短剣の空気を切り裂く音も、鎖が摩れる音も何も聞こえない。
紅音は辺りを伺うように目をきょろきょろと動かしたあと、こう言った。
「敵の気配もねえ」
「そんなの元々無かったけどな」
「うるせえぞ。てめえが鈍感なんだ。 陰険野郎、どこ行きやがったんだ?」
俺も紅音も回りに警戒しながら、ゆっくりと本棚の影から出た。これはちょっとした賭けだったが敵の攻撃はこなかった。
「…まさか、本当に消えたのか?」
「そうかもな」
「はっ、あたしに怖じ気づいて――」
「いや、さっきの囮に気付いたくらいだ…それはないだろ。それによく考えれば、さっきあの長身のケンプファーを攻撃してる時だって俺たちを攻撃出来たはずだ。なのに何もしてこなかっただろ…?」
「なめた真似しやがって。胸くそ悪い」
そんな紅音に俺はふと思ったことを聞いてみることにした。
「…さっきのは奴は分からないけど、…敵はうちの生徒で、もしかしたら優等生かなんかなんじゃないのか?」
紅音は「なんだと!?」と言ったあと、合点がいったのか拳銃を消した。前から思っていたがそれはどこにしまってんだ?、と訊きたくなったがやめておこう。今の紅音にそんなこと訊いたら、そんなの知らねえ!って即答だろう。
そんなことを考えていると、舌打ちが聞こえてきた。
「…あたしは女子部に帰るぞ。後は勝手にしろ」
「おいっ、沙倉さんはどおすんだ!」
俺は気を失って本をベットに床で気を失っている沙倉さんを指差した。
「おめえが運べ」
「なんだと――」と言おうすると、いきなり現れた銃口がこんにちわをした。これぞ武力行使。実力社会の構図かもしれない。
俺は撃たれたくはないので、潔く訂正した。
「俺が沙倉さんを保健室まで運ぶよ」
「そうだな。あとは頼んだぜ」
そう言い残して片手をぷらぷらと振ると紅音はさっさと女子部側のゲートへと向かっていった。そんな彼女の背を見送ったあと、沙倉さんに目を向けた。
「このままにしておけないか…」
眠るように倒れている沙倉さんの腰と肩に手を回す抱き上げるように持ち上げた。ケンプファーの力のおかげもあって簡単に持ち上げることが出来た。
「さあ、行くか」そう俺は呟くと紅音が向かった先へと足を進めた――
前編が良いところで切れなかったので後編はお話が少なめです。
少し付け足しても多分少ないです。
「これだったら全部まとめて投稿すればよかったな・・・」
なんて思ったりもしましたけど、今まで前・後編もので来ているので流れに乗ることにしましたm(_ _)m
すいません